生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第479話 ローレンスの受難

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 シンと静まり返った部屋に、コンコンと上品なノックが響く。

「ローレンス様。教会からお客様がお見えになりました」

 扉越しに聞こえる女性の声。
 ローレンスと呼ばれた初老の男性は、読んでいた分厚い本をそのままに、顔だけを上げた。

「ああ、わかった。すぐ行く」

 溜息をつき、閉じた本を無造作に投げ捨てる。
 それに違和感を覚えないのは、書斎全体が読み散らかされた本に埋もれていたから。
 調べものをしている時は、いつもそう。読み終えた物や、読むにすら値しない物は、本棚に収納するのも億劫なのだ。
 それは、使用人に片付けるな――と周知するほどの徹底ぶり。
 ローレンスが重い腰を上げると予め用意しておいた物を手に取り、険しい表情を見せながらも書斎を後にした。

 ここは、シルトフリューゲル帝国エンツィアン領から南に位置する小さな領地ローレンス。
 その首都であるアヴァロスクに、ローレンス卿の屋敷はあった。
 元々はエンツィアン領もローレンス領であったのだが、300年前の失脚でその殆どを奪われた。
 教会の働きかけがあったからこそ、ローレンスはまだ貴族という地位を守れてはいるが、それも風前の灯といえるだろう。
 虎視眈々と復権を狙ってはいるものの、ニールセンとノースウェッジの縁談は阻止できず、シュトルムクラータはより盤石で強固な守りとなってしまった。
 更には、ヴィルヘルムの返還時に交わされた和平条約によりスタッグには手出しが出来ず、侵攻なぞもっての外。

 ローレンスは計画失敗の原因を、欲を出し過ぎたからだと解釈していた。
 ヴィルヘルムと結託し国家転覆を目論んだまでは良かったが、その上スタッグ王家の血まで奪おうとしたのは、逸り過ぎたと言わざるを得ない。
 300年前、黒翼騎士団の裏切りと、スタッグ王が同盟を拒んだ事によりローレンス家は没落した。
 そんなスタッグに復讐を誓い、いずれは手中に収めようと画策してはいるのだが、時期尚早。
 何事も順番が肝心だ。まずは地盤を固めるのが先決であったと、ローレンスは少々の反省と後悔の念を覚えていた。

「お待たせしました。アドルフ枢機卿」

 ローレンスが応接室に顔を出すと、来客用のソファでリラックスしていたのは、眩しいハゲ頭を露出させている中年男性。
 一見すると何処にでもいそうなおっさんだが、ヴィルザール教会では教皇に次ぐ地位である枢機卿を拝命するほどの実力者だ。

「いえいえ。こちらこそお忙しい中、お時間を割いてまで面会に応じてくださり、心から感謝申し上げます」

 その場で立ち上がり、軽く頭を下げるアドルフ。
 私服ではなく法衣を着ていることから、教会関係者としての来訪は明らか。

「まずは、こちらをお納めください」

 そう言って、ローレンスがテーブルの上に置いたのは、真っ白に塗られたオシャレな木箱。
 金で縁取られており、華やかなジュエリーボックスを連想させるが、その天面には教会のシンボルが描かれていた。
 両腕を伸ばしたアドルフは、それを仰々しくもほんの少しだけ開けると、中身を確認してすぐに閉じる。

「流石はローレンス卿、敬虔な信徒であらせられる。この行いは、きっとヴィルザール様もお喜びになることでしょう」

 ローレンスが恭しく頭を下げると、アドルフ枢機卿はその頭にそっと触れ、神へと祈りを捧げる。

「ローレンス家に神の御加護と祝福があらんことを……」

 祈りは一瞬のうちに終了。次にアドルフは、腰に付けていた革袋をいそいそと外しテーブルへと置いた。
 目の前に置かれている箱と同じ、教会のシンボルが刻印されている革袋だ。
 それを使用人の1人が箱と共に回収し、部屋を出て行く。
 その一連の動作は、まるで同じことを何度も繰り返してきたかのような滑らかさ。

「さて。お布施を詰め替えている時間だけは、神も耳を傾けてくださっているはずです……。なんでも仰ってください、ローレンス卿」

「では、私の身の潔白を証明する為、聞いていただきたい」

 ワザとらしいとさえ思えるほどの笑みを浮かべるアドルフに、ローレンスは真剣な眼差しを向ける。

「まずは、証人を……」

 すると扉のノックと共に入って来たのは、先程出て行った者とは別の使用人と、松葉杖をついた1人の男性。

「ほう? もしや彼が例の?」

「はい。コット村を襲撃した兵の唯一の生き残りです」

 そう紹介された男性の目は虚ろ。それは、まともな受け答えが出来るのかと勘繰ってしまうほど。
 片目には包帯が巻かれ、片足を失くしている様子は、見るも無残な敗残兵といった風貌だが、この世界ではそれほど珍しくもない。

「コット村でのことを話せ。要点だけでいい」

 ローレンスの言葉に力なく頷いた男性は、当時の様子を震えた声で語り始める。

「僕たちが到着した時、コット村は無人でした……。上官殿の命に従い、周りの家々に火を放っていると、いきなり魔族が現れたんですッ! 気付けば仲間たちが巨大な竜巻に飲み込まれていて、どうしていいのかわからなかった……。そして魔族の男が言ったんです。コット村の者達は全て自分が始末したと! 九条を殺すのは自分の役目だから手を出すなと!!」

 それを冷静に聞くアドルフは、つまらなそうに聞き返す。

「ふむ……それで? 魔族があなたを見逃した――とでも言うのですか?」

「僕たちはメッセンジャーとして生かされたんです! 帰ってこのことを伝えるようにと……。そうしないと身内を殺すと脅され……」

「……たち?」

「生かされたのは僕を含めて5人だけでした。しかし、帰還中ブルーグリズリーに襲われ……」

「なるほど、そうですか……。ご報告感謝します。もう下がっても良いですよ」

 最後に頭を下げ、兵士だった男は使用人と共に部屋を出て行った。
 するとアドルフは、酷く渋い顔つきで深いため息をつく。

「はぁ……それで? ローレンス卿は彼の話を私に聞かせて、何を仰りたいのです? よもや彼の話を全て信用しろとでも?」

 今の話は真実だ。……なのだが、アドルフにとっては荒唐無稽としか言いようがなかった。
 現在、ローレンスには裏切りの容疑が掛けられている。
 ヴィルヘルムにアドルフまでをも巻き込んだ計画は、九条の働きによって頓挫した。もちろんコット村へと送り込んだローレンスの軍も壊滅し、皆が等しく痛手を被ったはずだった。
 しかし、蓋を開けてみればコット村には活気が溢れ、襲撃の爪痕など微塵も残されていない。
 それ以上にローレンスの立場を悪くしていたのは、コット村経由で流入してくる商人たちの存在だ。
 ブルーグリズリーの生息域ということもあり、険しい峠道を超えるには、命を賭ける必要があると言われるほどの難所。――にもかかわらず、商人たちの往来は日に日に増えている。
 襲われても逃げ切れるほどの駿馬を飼い慣らしている訳でも、屈強な護衛を同行させている訳でもない。ならば安全になったのかというとそうではなく、斥候として送った兵士は十中八九逃げ帰ってくる始末。
 商人が往来するようになったことにより税収は増え、ローレンスの懐はこれ以上ないほどに潤っている。
 それは不自然極まりなく、ローレンスとコット村との間で何らかの密約が交わされたのではないか――と、疑われても仕方がなかった。
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