生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第476話 最後の晩餐

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 女王の演説を終え、俺達は迎賓館での最後の晩餐の真っ最中。招待客は今回の功労者だけという、俺への配慮が窺える立食パーティーだ。
 当然、静かな食事会になるものだとばかり思っていたが、どちらかと言えば無礼講に近い騒がしい状態となってしまっているのは、招待された者の中に無法者がいたからである。

「王宮の奴等は、こんなうめぇもん毎日食ってんのか? あぁ?」

 険しい表情で握ったフォークを肉に突き刺し、そのまま口へと運ぶメリル。
 それをワインで豪快に流し込んでいく姿は、正に遠慮なしといった振る舞い。敢えて言うなら、冒険者流の食事風景とでも言うべきか……。
 個人的にはマナーなど気にせず気楽に食事を楽しめるので、それも大歓迎なのだが、場違い感は否めない。

「いえ……滅相もない。今日が特別なだけでして……」

 苦笑いを浮かべながらも、渋々答えているのは八氏族評議会のクラリス。
 メリルの勢いに気圧されている八氏族評議会の面々が若干気の毒ではあるのだが、それも当然と言えば当然だ。
 顔を合わせるや否や、生贄だからとキャロを連れ去った恨みは忘れてはいないと憤るメリル。
 キャロは勿論メリルの味方。その時点で八氏族評議会には謝る以外の選択肢は残されておらず、メリルに必要以上に絡まれた結果、目を合わせては子犬のように震えていた。
 メリルがそんな感じなので、ミアとキャロもそれに倣い好き勝手に食べ始めた結果、大衆居酒屋のような雰囲気になってしまったという訳である。

 晩餐会に参加しているのは、八氏族評議会からネヴィアを除いた4名。そして俺達に仕事を依頼したエドワード。巫女のキャロは当然として、ネクプラからメリルとエルザとケシュアだ。
 勿論従魔達もいるのだが、カイエンの姿だけが見えないのは、大きさ故に部屋に入れなかったからである。
 カイエンの想定外の巨大化に、約束と違う! などと泣き言を述べていたネヴィアが、カイエンに連れ去られていったのが最後。
 今頃は別の場所で、ネヴィアとの約束であるお肉食べ放題を満喫している頃だろう。
 王宮の食糧在庫は不明だが、ブレーキ不在の今、腹八分目では足りないからとネヴィアを食べてしまわないかが、若干の気掛かりではある。

「それで? ネクプラの魔眼中毒者たちの容体は?」

「魔眼中毒者って……。別に好きで魔眼の餌食になったわけでもないでしょうに……」

 俺の質問に、山盛りのサラダを頬張るケシュアはそれを飲み込み、呆れたような表情を向ける。

「一応は快方に向かっておる。全員ともなると、まだ時間は必要じゃがな……。比較的症状が軽度だったザナックのギルド担当は、喋れるまでには回復した。直に事情聴取も始まるじゃろうて」

 ケシュアの隣からひょっこりと顔を出したのはエルザ。
 歯が悪いのか、お皿の上には比較的柔らかい物しか乗っていない。

「そうか……。色々と助かるよ」

「なぁに。闇魔法や呪いの類はワシ等の専売特許じゃからの……イッヒッヒ……」

 他の者には聞かれないようボソリと呟くエルザ。最後のウィンクは余計である。

 残念ながらザナックは息を引き取ってしまった為、今回の動機やセシリアとの関係などは闇の中。それを王宮側が知る為には、当事者から聞き出す以外に方法はない。
 勿論、それは王宮側だけの話。俺はというとザナックの魂を呼び出し、事の真相は把握済みだ。
 まぁ、それも予想通りと言うべきか、特筆するべき点は何もない。
 敢えて言うとするならば、人を呪わば穴二つ――と言ったところか……。

「スノーホワイトファームはこれからどうなる?」

「さぁのう……。サウロンはまだ喋れるような状態ではないのでな……」

 順当にいくなら、スノーホワイトファームのナンバー2であるサウロンが代表職を引き継ぐのが妥当ではあるが、問題は今回の責任の所在である。
 当事者であるザナックとセシリアが主犯という事になるのだろうが、サウロンも今回の件に関与していたのは明白だ。
 自分から何とかすると言って鉱山へと向かって行ったのだから、少なくともベヒモスの事は知っていたはずである。
 ザナックの奇行を止めようとしていたのであれば情状酌量の余地もあろうが、帳消しという訳にもいくまい……。

「判決が出るまではなんとも言えんが、まぁなるようになるじゃろ。しばらくはネクプラの方で面倒を見てやってもええしの。孤児院の補助金も出る事になっておるし、ネクプラの経営は順調じゃ。何より獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップの優勝賞金がガッポリ入ったからの。イッヒッヒ……」

「どっちも、お前のカネじゃねぇだろ……」

 うやむやになっていた獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップの優勝者。八氏族評議会に王族をも交えた協議の結果、今年は異例中の異例。2名が選出されたのである。
 メリルを倒したベヒモス。さらにそれを倒した、モフモフ仮面とファフナーが優勝という何とも絞まらない結末ではあるが、街の雰囲気を少しでも明るくする為、優勝者なし――は、選択肢としてはあり得なかったとのこと。
 当然この場合のモフモフ仮面は俺に該当するのだが、俺はそれを辞退し、賞金の全てをファフナーに譲ったというわけ。
 ファフナーも勿論いらないので、それは巫女のキャロに……。キャロはメリルに……。そしてネクプラが受け取ったという流れである。

「本当にお主が受け取らずとも良いのか? 流石のプラチナ冒険者でも、はした金とは言えん額じゃろ?」

「くどいな。いらねぇっつったらいらねぇんだよ。持って帰るのも手間だしな」

 別に格好つけてる訳でも、恩を売ろうとしている訳でもない。本当にいらないのだ。
 ミアも最初は「貰っておけばいいのに……」と、口をへの字に曲げていたが、俺がそっと耳打ちをしたら、すぐに賛同し180度意見を変えた。
 忘れていたのだろう。そんな賞金を遥かに凌駕する額の金銀財宝が手の内にある事を。
 ズバリ、ファフナーが溜め込んでいたお宝たちの事である。
 ダンジョンの中の遺物は、発見者に所有権が認められるのは冒険者の常識。それにファフナーからも、好きにして構わないとお許しが出ている。
 その気になれば、それだけで一生暮らしていける額のお宝。勿論すぐに売ったりはしないが、いざという時の為の貯蓄だと思えば、優勝賞金の半分くらい譲る余裕も生まれるというものである。

「……ただ使い方は間違えるなよ? 俺が貰えるはずだった分は、キャロの養育費としての寄付だ。それ以外で使ったらタダじゃおかねぇからな?」

「わかっておるよ……」

 表彰式は女王演説と同時に行われ、モフモフ仮面に扮したメリルがその場で優勝杯を受け取った。
 ベコベコに変形してしまっている優勝杯は、ベヒモスやトレントに踏みつけられたからだ。
 既に杯には見えないが、無理をすれば味がある形とも言えなくもない。
 それは歴史を裏付ける逸品として修理はせず、そのままの形で受け継いでいく事になったらしい。

「九条さん……この度は誠にありがとうございました」

 腰を低くしながらも、俺に近づいて来たのはリリーの兄であるエドワード。

「いえいえ、別に大したことでは……」

 おめーの所為で、すげぇめんどくさかったぞ! ……とは、口が裂けても言えやしない。
 俺がファフナーを復活させなければ、そもそもグランスロードに来る事もなかったのだ。
 とはいえ、色々と収穫もあった。黒き厄災の調査を通して、ファフナーの素性や獣人達の歴史も知ることができ、予想外ではあったもののネクロガルドとの和解も出来た。
 これから先、エルザやケシュアにまとわりつかれても、以前よりは穏やかに接していけそうである。

「私に出来る事があれば、なんでも仰ってください」

「うーん……そうですね……。リリー様には、九条がめちゃくちゃ頑張りましたので暫く休暇を与えては? と、それとなく報告してもらえれば……ってのはダメですか?」

「もちろんお任せください! 九条さんの御活躍は、妹のリリーも鼻が高い事でしょう! ……逆に九条さんがリリーに会う事がありましたら、兄は元気でやっていると、そうお伝えください」

「ええ。わかりました」

 笑顔で交わされた握手。その手を離すと、お互いが同時に溜息をついた。そして、気まずそうにしながらも、口角を緩める。
 俺はようやく訪れた達成感から。エドワードは恐らく安堵からだろう。
 当初、評議会員の前では何処かよそよそしかったエドワードであったが、今は違う。
 その自然な笑顔は、何かを吹っ切ったような……。獣人達の国でもやっていける――そんな自信の表れにも見えた。
 それは、本来の依頼である黒き厄災調査の裏に隠された、小さいながらも切実な願い。遠く離れた兄を助けたいというリリーの想いが込められていたことだろう。
 その手助けが出来たと思えば、今回の旅は僥倖であったと言っても過言ではなかった。
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