474 / 633
第474話 女王演説
しおりを挟む
メナブレア城の敷地面積は広大だ。城壁がそれをすっぽりと覆い、その中には王宮に始まり、迎賓館に居館、兵舎に門衛棟に倉庫など、いくつもの建物が存在している。
その全てがバロック様式に近い見た目でありながら、一番大きな王宮でも最上階は3階という低階層。
その正面玄関の真上。これ見よがしに迫り出しているバルコニーは、洗濯物を干すにはもってこいの場所だが、そうではない。
その用途は一目瞭然。眼下は、多くの民衆で溢れ返っていた。
「おにーちゃん……私、緊張してきたかも……」
その様子を、部屋の窓からこっそり覗き見ていたミアは、振り向くや否や先程のキャロと同じ顔色になっていた。
俺達がいる場所は、正面バルコニーから向かって東側の部屋。
そこは幾つかの椅子と、同じ数の姿見が置かれているだけの簡素な部屋。さながら舞台の控室だ。
「何を今更……。キャロよりはマシだろ?」
「九条おにーちゃん。私も緊張してきたかもぉ」
子供のような猫なで声で、ミアと同じセリフを耳元で繰り返したのはケシュア。
俺の左腕に抱き着いたかと思ったら、甘い吐息を吹きかけられる。
世の男性なら誰もが喜びそうなシチュエーションではあるのだが、相手がケシュアだというだけで、それも半減だ。
「似てねぇんだよ。二度とやるな」
隙を見せたら負けである。その腕を振り解くと、ケシュアは不満気に口を尖らせた。
これから始まるのは、女王演説。所謂国民へと向けたスピーチだ。
メナブレアでは、この短期間に色々な事が起こりすぎた。
黒き厄災復活に加え、明らかになった巫女の存在。そして祖霊還御大祭中止騒動等々、もはや情報規制は難しい状況。
故に、女王自らが説明責任を果たし、俺達はその功労者として紹介されることになったのである。
「おにーちゃんは、なんで緊張してないの?」
どう説明するべきかと、眉間にシワを寄せる。
場慣れしているから……と言うのが手っ取り早いが、ミアが求めている答えはそうじゃない。
緊張しないコツを聞き出したい――と、いったところだろう。
「自分がどう思われようと気にしなければいいんだ。旅の恥は掻き捨てって言うだろ? 別にここで失敗したって、それがコット村まで広まることはない。そう考えれば、少しは気が楽にならないか?」
「た……確かに……」
そんな、気付きを得た――みたいな迫真の表情で頷かれても、大袈裟が過ぎる。
「そう難しく考えるな。皆が盛り上がっていれば、それに応えて手でも振ってやればいいし、空気が冷え込んでいたら一礼だけして、目を合わせないよう城壁のブロックの数でも数えてればいい。簡単だろ?」
俺がそれを言い終わった瞬間だった。外から上がったのは、割れんばかりの大歓声。
それは、閉め切った部屋の窓がビリビリと振動するほどだ。
「どうやら、始まるみたいだな」
俺達のいる所とは反対側の西部屋からバルコニーへと姿を見せたのは、獣人達の女王ヴィクトリア。
俺がその顔をしっかりと拝めたのは、今回が初めて。
闘技場のVIP席で同席していたミアとキャロからの情報では、ちょっと怖そうな人――とのことだが、確かに纏う空気は張り詰めている。
歳の頃は30前後。所謂人型の獣人だ。露出した部分だけで判断するなら、猫妖種のようにも見えるが、判断材料がケモミミしかない為、断言はできない。
胸を張り、歩く姿はしなやかでありながらも何処か力強い。王様にありがちな如何にもな真紅のマントは煌びやかで、その手に携えている王笏は、権力を象徴しているかのような神々しさだが、その頭には猫の手を模した肉球が象られていて若干のファンシーさも窺える。
鳴り止まない歓声。こんな状態では、女王の話なぞ聞こえないのではないかとも思ったが、手すりギリギリで足を止めた女王が息を大きく吸い込むと、聴衆は嘘のように静まり返った。
「グランスロードの民たちよ。我々は間違った歴史認識を正さなければなりません。遥か昔、我々の祖先は黒き厄災の恩恵を受けていました。しかし、それは犠牲の上に成り立つもの。その非情さ故に、秘匿とされていた生贄の存在を知る者は少ないでしょう。長い間、王国はみなさんを欺いていました……。私には許しを請う資格はありません……」
澄んだ空気を伝う声は凛としていて、感情を乗せながらも決して叫んではいない。
「みなさんも耳にしているでしょう。黒き厄災の復活を。我々はその真相を確かめるべく、調査隊を派遣しました。そして判明したのです。闇の中へと葬り去られていた歴史の真実を。我々が生贄と呼んでいた者達は、竜に仕える巫女であったのです」
窓越しに見える女王の横顔が、こちらを向いた。
それは、俺達の出番が近いという合図だ。
「みんな、準備はいいか?」
やや緊張の面持ちで頷くミア。その手には、カガリの毛が握られていた。
恐らくは無意識だろう。結構強めに引っ張っているようだが、当の本人は緊張故か気付いていない様子。
一方のカガリはというと、嫌な顔ひとつせずミアには慈しむような優しい瞳を向けていた。
「そんな我々の歴史認識を正してくれた調査隊の者達に、この場を借りて感謝の念を伝えたい。多くの国民が彼等の存在すら知らないでしょう。しかしその功績は、我等の新たな道標となるのです」
バルコニーに出ると、女王から前へ出るようにと身振りで促され、控えめにその隣に並び立つ。
そこから見える景色は圧巻であった。眼下には、溢れんばかりの人。
その全ての視線が一カ所に集中しているのだ。ミアじゃなくとも気圧されて当然である。
「まずは、人族である九条とその従魔達。同じくミア。そしてエルフ族のケシュア。種族の垣根を超え、我等獣人族に尽力してくれた彼等に最大級の賛辞をッ!」
巻き起こる大歓声が、まるで衝撃波のように俺達に打ちつける。それは闘技場で聞いたものの比ではない。
素直に歓迎されているのか、それとも女王の力なのかはわからないが、ひとまずはホッとしたというのが正直な感想である。
恐らくはミアも同じ気持ちだろう。見合わせた顔は、素直に嬉しそうだった。
聴衆の期待に応えるかのように手を振る。
俺とケシュアは控えめに。ミアは子供らしく大きな弧を描くように生き生きと――。
その全てがバロック様式に近い見た目でありながら、一番大きな王宮でも最上階は3階という低階層。
その正面玄関の真上。これ見よがしに迫り出しているバルコニーは、洗濯物を干すにはもってこいの場所だが、そうではない。
その用途は一目瞭然。眼下は、多くの民衆で溢れ返っていた。
「おにーちゃん……私、緊張してきたかも……」
その様子を、部屋の窓からこっそり覗き見ていたミアは、振り向くや否や先程のキャロと同じ顔色になっていた。
俺達がいる場所は、正面バルコニーから向かって東側の部屋。
そこは幾つかの椅子と、同じ数の姿見が置かれているだけの簡素な部屋。さながら舞台の控室だ。
「何を今更……。キャロよりはマシだろ?」
「九条おにーちゃん。私も緊張してきたかもぉ」
子供のような猫なで声で、ミアと同じセリフを耳元で繰り返したのはケシュア。
俺の左腕に抱き着いたかと思ったら、甘い吐息を吹きかけられる。
世の男性なら誰もが喜びそうなシチュエーションではあるのだが、相手がケシュアだというだけで、それも半減だ。
「似てねぇんだよ。二度とやるな」
隙を見せたら負けである。その腕を振り解くと、ケシュアは不満気に口を尖らせた。
これから始まるのは、女王演説。所謂国民へと向けたスピーチだ。
メナブレアでは、この短期間に色々な事が起こりすぎた。
黒き厄災復活に加え、明らかになった巫女の存在。そして祖霊還御大祭中止騒動等々、もはや情報規制は難しい状況。
故に、女王自らが説明責任を果たし、俺達はその功労者として紹介されることになったのである。
「おにーちゃんは、なんで緊張してないの?」
どう説明するべきかと、眉間にシワを寄せる。
場慣れしているから……と言うのが手っ取り早いが、ミアが求めている答えはそうじゃない。
緊張しないコツを聞き出したい――と、いったところだろう。
「自分がどう思われようと気にしなければいいんだ。旅の恥は掻き捨てって言うだろ? 別にここで失敗したって、それがコット村まで広まることはない。そう考えれば、少しは気が楽にならないか?」
「た……確かに……」
そんな、気付きを得た――みたいな迫真の表情で頷かれても、大袈裟が過ぎる。
「そう難しく考えるな。皆が盛り上がっていれば、それに応えて手でも振ってやればいいし、空気が冷え込んでいたら一礼だけして、目を合わせないよう城壁のブロックの数でも数えてればいい。簡単だろ?」
俺がそれを言い終わった瞬間だった。外から上がったのは、割れんばかりの大歓声。
それは、閉め切った部屋の窓がビリビリと振動するほどだ。
「どうやら、始まるみたいだな」
俺達のいる所とは反対側の西部屋からバルコニーへと姿を見せたのは、獣人達の女王ヴィクトリア。
俺がその顔をしっかりと拝めたのは、今回が初めて。
闘技場のVIP席で同席していたミアとキャロからの情報では、ちょっと怖そうな人――とのことだが、確かに纏う空気は張り詰めている。
歳の頃は30前後。所謂人型の獣人だ。露出した部分だけで判断するなら、猫妖種のようにも見えるが、判断材料がケモミミしかない為、断言はできない。
胸を張り、歩く姿はしなやかでありながらも何処か力強い。王様にありがちな如何にもな真紅のマントは煌びやかで、その手に携えている王笏は、権力を象徴しているかのような神々しさだが、その頭には猫の手を模した肉球が象られていて若干のファンシーさも窺える。
鳴り止まない歓声。こんな状態では、女王の話なぞ聞こえないのではないかとも思ったが、手すりギリギリで足を止めた女王が息を大きく吸い込むと、聴衆は嘘のように静まり返った。
「グランスロードの民たちよ。我々は間違った歴史認識を正さなければなりません。遥か昔、我々の祖先は黒き厄災の恩恵を受けていました。しかし、それは犠牲の上に成り立つもの。その非情さ故に、秘匿とされていた生贄の存在を知る者は少ないでしょう。長い間、王国はみなさんを欺いていました……。私には許しを請う資格はありません……」
澄んだ空気を伝う声は凛としていて、感情を乗せながらも決して叫んではいない。
「みなさんも耳にしているでしょう。黒き厄災の復活を。我々はその真相を確かめるべく、調査隊を派遣しました。そして判明したのです。闇の中へと葬り去られていた歴史の真実を。我々が生贄と呼んでいた者達は、竜に仕える巫女であったのです」
窓越しに見える女王の横顔が、こちらを向いた。
それは、俺達の出番が近いという合図だ。
「みんな、準備はいいか?」
やや緊張の面持ちで頷くミア。その手には、カガリの毛が握られていた。
恐らくは無意識だろう。結構強めに引っ張っているようだが、当の本人は緊張故か気付いていない様子。
一方のカガリはというと、嫌な顔ひとつせずミアには慈しむような優しい瞳を向けていた。
「そんな我々の歴史認識を正してくれた調査隊の者達に、この場を借りて感謝の念を伝えたい。多くの国民が彼等の存在すら知らないでしょう。しかしその功績は、我等の新たな道標となるのです」
バルコニーに出ると、女王から前へ出るようにと身振りで促され、控えめにその隣に並び立つ。
そこから見える景色は圧巻であった。眼下には、溢れんばかりの人。
その全ての視線が一カ所に集中しているのだ。ミアじゃなくとも気圧されて当然である。
「まずは、人族である九条とその従魔達。同じくミア。そしてエルフ族のケシュア。種族の垣根を超え、我等獣人族に尽力してくれた彼等に最大級の賛辞をッ!」
巻き起こる大歓声が、まるで衝撃波のように俺達に打ちつける。それは闘技場で聞いたものの比ではない。
素直に歓迎されているのか、それとも女王の力なのかはわからないが、ひとまずはホッとしたというのが正直な感想である。
恐らくはミアも同じ気持ちだろう。見合わせた顔は、素直に嬉しそうだった。
聴衆の期待に応えるかのように手を振る。
俺とケシュアは控えめに。ミアは子供らしく大きな弧を描くように生き生きと――。
10
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる