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第469話 ソウルスペシャリスト
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ファフナーとベヒモスのブレスの応酬は、最早無差別テロである。
その影響をモロに受けたのは、ケシュアの作り出したトレントだ。
轟々と燃え盛るトレントを横目にエルザがVIP席へ避難すると、最初に目に付いたのは床に寝かされ、安静にしていたメリル。
衣服は血まみれだが、峠は越えたと言わんばかりの穏やかな寝顔。その首筋、口元、胸に手をかざしたエルザは、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「ワシが改めて回復術を使う必要はなさそうじゃの……。ミアには感謝の言葉もない」
「ううん。間に合ってよかった。……それよりも、おにーちゃんは!?」
一瞬の間を置き、キョロキョロと辺りを見回すエルザ。
VIP席に残された者は、ミアとキャロ、そしてカガリとワダツミにネヴィアだけ。
全員がモフモフ仮面の中身を知っている者達だ。
「まぁ、九条なら心配いらんじゃろ……」
エルザが手すりから下を覗き込むと、そこにはカイエンの魂を引き抜く九条の姿。
その状況に、エルザは大きなため息をついた。
「やれやれ……。人目なぞ気にせず本気を出しておれば、今頃は倒せておったというのに余計な手間を掛けさせおって……。メリルを叩き起こさねばならなくなったではないか……」
「えっ?」
その意図がわからないミアは一瞬エルザに視線を移すも、それを遮ったのはワダツミだ。
ワダツミからミアへと向けられた真剣な眼差し。ミアはその意味を理解していたが、ミアが口を開くよりも先にエルザがそれに待ったをかけた。
「契約を結んだ従魔なら、魔眼による上書きは避けられるじゃろうが、行こうとは思うなよ? 役目を違えるでない」
ワダツミの主人は九条だ。それに加勢したいのは山々だが、与えられている役割はミアとキャロの守護である。
とはいえ、主人のピンチに駆け付けられない歯がゆさは、焦燥感を覚えるほど。
それを知ってか知らずか、エルザは九条を見ながらも不敵な笑みを浮かべていた。
「スロースターターにもほどがあるが、まぁ大丈夫じゃろ。それとも、主人を信じられぬのか?」
それは従魔としての信条でもある。
エルザなんかに再認識させられたと悔やむワダツミであったが、間違ってはいないと心を落ち着かせた。
下では、カイエンが地面に突っ伏し、九条は魔法書を仕舞いながらもベヒモスを睨みつけていた。
そして金剛杵を構えると、躊躇なくベヒモスへと向かって大地を蹴ったのだ。
それはベヒモスにとっても好都合。ファフナーからの追撃を免れるには、九条を盾にするのが手っ取り早い。
大型の魔獣同士がしのぎを削れば、近くの九条に被害が及ぶと考えるのは妥当。
魔法で強化されているとはいえ、所詮は人間。多少の手合わせで、九条では脅威になり得ないと確信していた。
僅かな時間でいい――。九条に魔眼を掛けさえすれば、ベヒモスの勝利は揺るぎないものとなるのだ。
九条を襲う2本の角。それはトレントの太い幹を貫くほどの硬度を誇るが、九条はそれを真正面で難なく受け止めた。
「――ッ!?」
片方の角を脇腹で抱え、踏みとどまるその姿は、既に人間の域を超えている。
体格差は圧倒的にベヒモスが上……。にもかかわらず、持ち上げられることも振り回されることもなく、九条はまるで大岩の如くどっしりと構えていたのだ。
「貴様ッ! どこにそんな力をッ!」
無言のまま振り上げた金剛杵。次の瞬間、それは勢いよく振り下ろされ、ベヒモスの片角を見事に叩き割る。
「……流石は九条……。まさか、このワシから主導権を奪うとは……」
その目を疑うような光景を、理解していたのはエルザだけ。
「エルザさん!? 鼻血が……」
ミアに言われて、鼻筋を擦るエルザ。
手の甲に付いたそれをジッと見つめては、舌打ちを漏らす。
「なるほどのぉ。この歳になって初めての経験じゃわい……」
「今、回復術を……」
「大丈夫じゃ。少し反動がきただけ。すぐ止まる」
そう言って、エルザはズズズと勢いよく鼻を啜る。
その間にも、下では激戦が繰り広げられていた。
片角を折られ距離を取ったベヒモスに対し、九条は間髪入れずに詰めていく。
「調子に乗るなぁッ!」
金剛杵を振りかぶる九条。ベヒモスはそれにカウンターを合わせるかのタイミングで口を大きく開ける。
九条は、それをギリギリまで引き付けてのスライディングで躱すと、顔の下に潜り込み、金剛杵でベヒモスの下顎を強打。
その威力は、口を無理矢理に閉じさせながらも、衝撃で歯を砕いてしまうほどだ。
それは、明らかに今までの九条の動きではなかった。
もっとも近くにいるであろうミアでさえも見たことがないポテンシャルである。
「おにーちゃん、すごい……」
「そりゃそうじゃ。あやつ、ワシの魔法を奪いおったからの」
「えっ?」
それに驚きの声を上げるミア。
魔法を奪うなんて話は、見たことも聞いた事もない。
「獣術は対象の魂を疑似的に作り出し、それを体に憑依させることで対象と同等の力を得る――というものなのは、ミアも知っておるじゃろう? 九条は、その魂を自分の支配下に置いたんじゃ」
獣術は、作り出した魂を憑依させるのに、継続的に魔力を消費する。
1つの身体に2つの魂を同居させるのだ。それを固定、維持する為に常に魔力を送り続けなくてはならない。
九条は、竜の魂の維持の為に送られてきていたエルザの魔力を強制的に切断し、自分の魔力を維持費として消費し始めたのだ。
獣術の才がない九条には、無から魂を作り出すことは不可能。だが、疑似的とはいえそれは魂。その扱いで、九条の右に出る者はいない。
九条ほどの魔力があれば、維持はおろか出力調整も自由自在なのである。
獣術の神髄は、生き物の魂を疑似的に作り出すことにある。神聖術等の強化魔法とは違い、肉体を直接強化するものではないのだ。
それは、人間の限界を超える強化を可能にするということ。
当然竜の魂は、ドラゴンと同等の力を有することを可能とするが、九条はそれを支配下に置き自分の魔力を際限なく供給することで、既にドラゴンをも超える力を手にしていたのである。
「恐らく、純粋な力比べで今の九条に敵う奴は、そうおらんじゃろうな……」
それを聞いたミアとキャロはお互いに顔を見合わせると、沸き上がる高揚感を抑えきれず、つい声を上げてしまった。
「「やっちゃえ! モフモフかめぇーんッ!」」
その影響をモロに受けたのは、ケシュアの作り出したトレントだ。
轟々と燃え盛るトレントを横目にエルザがVIP席へ避難すると、最初に目に付いたのは床に寝かされ、安静にしていたメリル。
衣服は血まみれだが、峠は越えたと言わんばかりの穏やかな寝顔。その首筋、口元、胸に手をかざしたエルザは、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「ワシが改めて回復術を使う必要はなさそうじゃの……。ミアには感謝の言葉もない」
「ううん。間に合ってよかった。……それよりも、おにーちゃんは!?」
一瞬の間を置き、キョロキョロと辺りを見回すエルザ。
VIP席に残された者は、ミアとキャロ、そしてカガリとワダツミにネヴィアだけ。
全員がモフモフ仮面の中身を知っている者達だ。
「まぁ、九条なら心配いらんじゃろ……」
エルザが手すりから下を覗き込むと、そこにはカイエンの魂を引き抜く九条の姿。
その状況に、エルザは大きなため息をついた。
「やれやれ……。人目なぞ気にせず本気を出しておれば、今頃は倒せておったというのに余計な手間を掛けさせおって……。メリルを叩き起こさねばならなくなったではないか……」
「えっ?」
その意図がわからないミアは一瞬エルザに視線を移すも、それを遮ったのはワダツミだ。
ワダツミからミアへと向けられた真剣な眼差し。ミアはその意味を理解していたが、ミアが口を開くよりも先にエルザがそれに待ったをかけた。
「契約を結んだ従魔なら、魔眼による上書きは避けられるじゃろうが、行こうとは思うなよ? 役目を違えるでない」
ワダツミの主人は九条だ。それに加勢したいのは山々だが、与えられている役割はミアとキャロの守護である。
とはいえ、主人のピンチに駆け付けられない歯がゆさは、焦燥感を覚えるほど。
それを知ってか知らずか、エルザは九条を見ながらも不敵な笑みを浮かべていた。
「スロースターターにもほどがあるが、まぁ大丈夫じゃろ。それとも、主人を信じられぬのか?」
それは従魔としての信条でもある。
エルザなんかに再認識させられたと悔やむワダツミであったが、間違ってはいないと心を落ち着かせた。
下では、カイエンが地面に突っ伏し、九条は魔法書を仕舞いながらもベヒモスを睨みつけていた。
そして金剛杵を構えると、躊躇なくベヒモスへと向かって大地を蹴ったのだ。
それはベヒモスにとっても好都合。ファフナーからの追撃を免れるには、九条を盾にするのが手っ取り早い。
大型の魔獣同士がしのぎを削れば、近くの九条に被害が及ぶと考えるのは妥当。
魔法で強化されているとはいえ、所詮は人間。多少の手合わせで、九条では脅威になり得ないと確信していた。
僅かな時間でいい――。九条に魔眼を掛けさえすれば、ベヒモスの勝利は揺るぎないものとなるのだ。
九条を襲う2本の角。それはトレントの太い幹を貫くほどの硬度を誇るが、九条はそれを真正面で難なく受け止めた。
「――ッ!?」
片方の角を脇腹で抱え、踏みとどまるその姿は、既に人間の域を超えている。
体格差は圧倒的にベヒモスが上……。にもかかわらず、持ち上げられることも振り回されることもなく、九条はまるで大岩の如くどっしりと構えていたのだ。
「貴様ッ! どこにそんな力をッ!」
無言のまま振り上げた金剛杵。次の瞬間、それは勢いよく振り下ろされ、ベヒモスの片角を見事に叩き割る。
「……流石は九条……。まさか、このワシから主導権を奪うとは……」
その目を疑うような光景を、理解していたのはエルザだけ。
「エルザさん!? 鼻血が……」
ミアに言われて、鼻筋を擦るエルザ。
手の甲に付いたそれをジッと見つめては、舌打ちを漏らす。
「なるほどのぉ。この歳になって初めての経験じゃわい……」
「今、回復術を……」
「大丈夫じゃ。少し反動がきただけ。すぐ止まる」
そう言って、エルザはズズズと勢いよく鼻を啜る。
その間にも、下では激戦が繰り広げられていた。
片角を折られ距離を取ったベヒモスに対し、九条は間髪入れずに詰めていく。
「調子に乗るなぁッ!」
金剛杵を振りかぶる九条。ベヒモスはそれにカウンターを合わせるかのタイミングで口を大きく開ける。
九条は、それをギリギリまで引き付けてのスライディングで躱すと、顔の下に潜り込み、金剛杵でベヒモスの下顎を強打。
その威力は、口を無理矢理に閉じさせながらも、衝撃で歯を砕いてしまうほどだ。
それは、明らかに今までの九条の動きではなかった。
もっとも近くにいるであろうミアでさえも見たことがないポテンシャルである。
「おにーちゃん、すごい……」
「そりゃそうじゃ。あやつ、ワシの魔法を奪いおったからの」
「えっ?」
それに驚きの声を上げるミア。
魔法を奪うなんて話は、見たことも聞いた事もない。
「獣術は対象の魂を疑似的に作り出し、それを体に憑依させることで対象と同等の力を得る――というものなのは、ミアも知っておるじゃろう? 九条は、その魂を自分の支配下に置いたんじゃ」
獣術は、作り出した魂を憑依させるのに、継続的に魔力を消費する。
1つの身体に2つの魂を同居させるのだ。それを固定、維持する為に常に魔力を送り続けなくてはならない。
九条は、竜の魂の維持の為に送られてきていたエルザの魔力を強制的に切断し、自分の魔力を維持費として消費し始めたのだ。
獣術の才がない九条には、無から魂を作り出すことは不可能。だが、疑似的とはいえそれは魂。その扱いで、九条の右に出る者はいない。
九条ほどの魔力があれば、維持はおろか出力調整も自由自在なのである。
獣術の神髄は、生き物の魂を疑似的に作り出すことにある。神聖術等の強化魔法とは違い、肉体を直接強化するものではないのだ。
それは、人間の限界を超える強化を可能にするということ。
当然竜の魂は、ドラゴンと同等の力を有することを可能とするが、九条はそれを支配下に置き自分の魔力を際限なく供給することで、既にドラゴンをも超える力を手にしていたのである。
「恐らく、純粋な力比べで今の九条に敵う奴は、そうおらんじゃろうな……」
それを聞いたミアとキャロはお互いに顔を見合わせると、沸き上がる高揚感を抑えきれず、つい声を上げてしまった。
「「やっちゃえ! モフモフかめぇーんッ!」」
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