生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第462話 縛血契約

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 メリルが決勝で負けてくれれば楽が出来る――などと考えている場合ではない事くらい一目でわかる大惨事。
 既視感のある状況に、思わず息を呑んだ。
 項垂れ地面で膝を折るメリルは微動だにしない。決勝戦用と言っていた特注の衣装は、汚れこそないものの血に染まっている事が遠目でもわかるほど。
 ”シンクロナイズプロテクション”を使ったのだろう。自分の意識を従魔に移す、メリルの得意技だ。
 その効果は絶大だが、従魔へのダメージを自分の身体で肩代わりしなければならないという諸刃の剣。
 それを使っても敵わぬ相手。正直体格差を見れば、まともな勝負にならないことは見てわかる。
 どちらに意識があるのかは不明だが、危険な状態な事に変わりはない。

 ザナックが生きていた――。そんな事実なぞどうでもいいと思えるほどの威圧感を放ち続ける巨大な魔獣。
 牛のような頭から生える2本の角は、ドリルのような螺旋を描きながらも前方へと延びていて、獅子のような巨大な体躯は大型トラックを思わせるほどの重量感。
 濃淡な紫色の体毛は見るからに禍々しく、今にも災いを呼び起こしそうな紅い眼は、畏怖を覚えるほどに暗く忌まわしい。
 それは、お祭りで見た山車。魔獣ベヒモスに酷似していた。

 俺が控室にいる間、一体何が起こったのか……。瞬時に頭を働かせ、冷静に状況を分析する。
 決勝戦前、もしくは決勝戦中にザナックが見知らぬ魔獣と共に乱入した。そして、メリルに勝負を挑んだか、一方的に襲い掛かったと見るべきだ。
 いずれは最強となる――と、自負していた男。それは今現実となったが、問題はその先である。
 メリルとの勝負に満足したザナックが、大人しく身を引くならそれでいい。今はザナックをどうにかするより、メリルの命が先決だ。
 メリルが勝ち目のない試合でも受けざるを得なかったのは、観客の安全を最優先に考えたからだろう。
 キャロだけではない。孤児院の子供達もこの会場の何処かにいるのだ。ザナックの申し出を断りでもすれば、どうなるかは想像に難くない。

 咄嗟にVIP席を見上げる俺。指示があればそれに従う事もやぶさかではないのだが、頼みのネヴィアは暴れるキャロを抱き上げその口を必死に押さえていた。
 この状況だ。キャロにとっては酷だろう。今にもメリルに駆け寄りたいという気持ちもわかるが、今出て行けばメリルの犠牲が無駄にもなりかねない。
 皆の表情から焦りの色は隠せていないが、余計な刺激は避けるべきと判断したのだろう。王族やその護衛も動かない。
 もちろんカガリやワダツミもだ。ミアの守護を最優先に考えているなら、それでいい。

「そこのお前ッ! 動くなと言っただろうが!? 自分の席に戻れッ!」

 突然ザナックが声を張り上げ、指を差す。その指先を辿った先にいるのは、俺である。
 ごまんといる観客たちの中で、俺だけが突っ立っているのだ。当然目立つ。
 集まる視線にマスクの中では小さく舌打ちをする。正体がバレていないのは不幸中の幸いか……。

「す……すいません……」

 情けなくペコペコと頭を下げ、急いで座る場所を探すも超満員。
 奇跡的に開いている席があるはずもなく、仕方がないので目の前の階段に腰を下ろすも、そこは通路。やはり目立つ。

「俺様は自分の席に戻れと言ったんだ。聞こえなかったのか?」

 それがあるなら苦労はしない。ないから困っているのである。
 ちょっと席を詰めてくれ――と言って、許される雰囲気でもなさそうだ。

「よ……用を足しに行ってたら、誰かに席を盗られちゃったみたいで……アハハ……」

 苦しい言い訳なのは重々承知の上だ。とはいえ、それ以外に思いつかない自分のボキャブラリーのなさが恨めしい……。
 そんな俺を、食い入るように睨みつけるザナック。
 自分でもわかっている。十分怪しく見えるだろうと……。

「いや、待て! お前が抱えているそれはなんだ!? 何故優勝杯を持っているッ!?」

 その視線にハッとして、優勝杯を後方へと隠すも時既に遅し。
 ざわざわと騒がしくなる観客たちをよそに、まさかの凡ミスにマスクの中で顔を歪める。
 どうせすぐにメリルが指摘するのだから裸で持っていても構わないと思っていたが、せめて布でも被せておくべきだったか……。

「何故隠す!? 貴様、それを盗んでどうするつもりだッ!?」

 激しく勘違いをされてはいるが、まぁそう見えてしまうのも仕方がない。
 とは言え、この優勝杯もザナックの狙いの内であるなら、さっさと渡して帰ってもらった方が話は早い。

「盗もうだなんて滅相もない。えーっと……磨いておくようにと言われていて……。あっ、コレいります? 良かったら、あげますよ?」

「違う! 既に俺様の物なんだよッ! メリルに勝利したんだからなぁ! さっさと持ってこいッ!」

 申し訳なさそうに腰を出来るだけ低くして、トコトコと客席の階段を降りていく。
 途中チラリとVIP席を盗み見ると、ネヴィアが何かを伝えたそうにハンドサインを送っていたので、なんとか解読を試みる。

 ――酢豚の……パイナップル……抜いてくれ……? ……どう考えても絶対に違う。

 結局何もわからぬまま客席の最下段に辿り着くと、2メートルほど下の会場へと飛び降りる。
 血まみれのメリルを横目に通り過ぎ、素直にザナックへと優勝杯を差し出した。

「どうぞ……。優勝おめでとうございます……」

 余程嬉しいのか俺のマスクにツッコミもせず、ザナックは優勝杯を満足げに受け取り、感慨深げにそれを見つめる。
 用が済んだらさっさと帰れ――と言ってやりたい気持ちをグッと抑え、色々と聞かれても面倒だとすぐに背を向けたのだが、それを引き留めたのは他でもない隣の魔獣。

「待て。貴様から忌まわしき黒竜の匂いがする……」

 地の底から響くようなドスの効いた声に、俺はピタリと足を止める。
 勿論、魔獣が喋れることに対して驚いたからではない。その忌まわしき黒竜が、ファフナーの事を指しているのだろうと気付いたからだ。
 恐らくは、コイツがベヒモスと呼ばれていた魔獣……。
 生き残っていたのか……それとも血族なのかは不明だが、コイツを従魔にする為ザナックが俺から魔獣使いビーストマスターの事を聞き出そうとしていたのなら合点がいく。

「思い出したぞ……。その格好……黒竜と共に我に盾突いた獣人の一族だな……?」

 全然ちがいますぅ! と、泣いて懇願したいのは山々だが、疑いようのない戦装束を身に纏っている時点で勘違いは避けられない。
 とはいえ、このままではベヒモスの怒りを買うことも必至。悪化していく状況に、ここからどうにか軌道修正は出来ないものかと思案する。
 マスクを剥ぎ取り、人間であることを証明すればベヒモスからの疑いは晴れるが、今度はザナックから敵視され意味がない。

「あの時の雪辱、まずは貴様で晴らしてやるッ!」

 最早八方塞がり。もうやるしかないのかと歯を食いしばったその時だった。

「ちょっと待ってくれ。話が違う!」

 それを止めたのは、他でもないザナックだ。
 まるで俺を庇うように、ベヒモスとの間に割って入る。

「お前の願いは既に叶えた。今度はお前が、我の約束を叶える番だ」

「わかってる! だが、無抵抗な一般人には手を出さない約束だ! お前が狙うのは巫女と黒き厄災だけだろ!」

「気が変わった。我に歯向かった者たちの一族も根絶やしにする」

「ダメだ! 契約に従い俺様の言う事を聞け、ベヒモスッ!」

 傍から見れば、仲間割れ。
 辺りに不穏な空気が漂い始めると、声を荒げるザナックにベヒモスはニタリと気色の悪い笑みを浮かべる。

「馬鹿め……まだ気付かないのか? お前は我が血を飲み契約した。つまり、お前が我の下僕となったのだ。……逆なんだよ、相棒」

 その事実に、蒼ざめていくザナック。

「なん……だと……」

「巫女の顔を知っているというから、従っているフリをしただけのこと。お前はもう用無しだ」

 ベヒモスの視線がVIP席へと向いたその瞬間、ザナックは悲鳴にも似た叫び声を上げた。

「ぐぁぁぁぁッ!!」

 両の手で頭を抱え込むと力を無くした膝が折れ、顔面を苦痛で歪ませながら悶絶する。

「ハハハ……実に愉快だ。契約の理すら知らぬ者が、最強を名乗るとは片腹痛い。刹那とは言え、良い夢が見られただろう? 大した力もなさそうだが、我の贄となる事を誇りに思うがいい」

 まるで心の底から楽しんでいるかのように声を弾ませるベヒモス。
 その対象が、たとえザナックであったとしても不快な事には変わりない。

「時代が移り替わっても、強者を前にすれば血が騒ぐか? それとも、マスクの下から漏れ出る殺気に気付かぬとでも? ……どちらにせよ次はお前だ。そして巫女を嬲り、積年の恨みを晴らしてやる……覚悟しておけ!」
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