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第461話 本番前の控室
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祖霊還御大祭最終日。午前中はミアとキャロに連れ回される。
人の多さに辟易としながらも、見て回れたのはほんの一部。
不完全燃焼気味のミアとキャロだが、メインイベントはこれからだ。
腹も膨れた午後からは、待ちに待った獣従王選手権の決勝戦である。
「九条殿は、合図をしたら客席の後ろから現れる感じでお願いするにゃ」
「わかりました」
「じゃぁ、派手に頼むにゃ!」
そう言って控室から出て行くネヴィア。バタンと閉まった扉の音を最後に、辺りはシンと静まり返る。
ここは、獣従王選手権が行われる闘技場内の地下にあるメリル用の控室だ。
流石は決勝に出場する選手の控室。王宮の貴賓室並みのおもてなしは至れり尽くせりであったが、それもメリルがいた間だけ。
当の本人は笑顔で行ってくる――とだけ言い残して、先程決勝の舞台へと旅立って行った。
そして残されたのは俺一人。ミアやキャロ、それとカイエンを除く従魔達は今頃、観客席の最上階に位置するVIP席で決勝の開始を待ち望んでいる事だろう。
女王ヴィクトリアとその娘ヴィオレ。そしてその婿であるエドワードが一堂に会するその隣で試合観戦なぞ、俺なら願い下げである。
ネヴィアという緩衝材がいるとは言え、何を言われるのかと気構えねばならず、また失礼の無いようにと気を遣わなければならない時点で、試合が頭に入って来るわけがないのだ。
その点で言えば、俺はカイエンと一緒にメリルと戦い、盛り上がったら適当に負けるだけでいいのだから簡単なお仕事ではあるのだが、懸念点がないわけでもない。
「ホントに大丈夫かなぁ……」
俺と組む従魔は、ネヴィアが騎士団の中から厳選してくる手筈だったのだが、そのお眼鏡に適う従魔は見つからなかったのだ。
――もっとこう迫力のある従魔がいいにゃ。ウルフじゃ普通すぎてつまらにゃい……。
獣使いの従魔と言えばウルフ――というくらいポピュラーなもの。
主に従順であるが故に扱いやすく、そこそこの戦闘力を有していながらも比較的安易に迎えられるので、多くの獣使いに好まれているのだが、ネヴィアはそれが気に入らず、インパクトが足りないと言い出したのである。
気分屋と言うかワガママと言うか……。流石は猫の血を引く一族だ……。
とは言え、カガリもワダツミも見た目が獣離れしすぎているので、既に多くの者達から俺の従魔であると認知されてしまっている。
そこでネヴィアが白羽の矢を立てたのは、ブルーグリズリーのカイエンだ。
カイエンだってそれなりに露出してしまっているとは言ったのだが、一時的に染めてしまえば問題ないだろうということで、白熊として新たにデビューすることになったのである。
もちろんタダではなく、お肉食べ放題という報酬を提示されたからこそだ。
流石にカイエン……もとい、ハクエンを客席に連れて行くわけにもいかず、現在は呼べばすぐに会場入り出来る従魔用の控室にて待機しているはずである。
「「ワァァァァッ!」」
すると、物音1つしなかった部屋に遠くから微かに聞こえてくる大歓声。
暫くの間鳴り止まない声の波は、メリルの登場に会場が沸いているのだろう。
時折聞こえてくる悲鳴は、黄色い声とでも言うべきか……。メリルの事だ。熱心なファンもいるに違いない。
「始まったか……」
獣従王選手権が行われている会場は、元の世界で言う所のサッカースタジアムくらいはあろうかという面積を誇る巨大な円形闘技場。
正式な観客動員数は知らないが、まぁこの規模なら1万人は余裕で入るんじゃなかろうか?
勿論屋根なぞないのだが、防雪壁の真横という立地の良さも相まって、積雪の心配は殆どない。
案の定と言うべきか、メリルの決勝の相手はネクプラのお仲間。メリルが手を抜かずに正々堂々と戦うなら負ける心配はないらしいが、こっちとしては負けてくれても一向に構わないというのが正直なところだ。
キャロが悲しんでしまうのは不本意だが、それもまた人生の厳しさだと思って受け入れてもらおう。
時折、会場が揺れるほどの衝撃を感じるのは、それだけ激しい戦闘が繰り広げられているという証拠。
そんな決勝戦の最中に後ろを振り向く観客がいるとは思えないが、出来ればバレないように時間ギリギリにこっそり移動するのが好ましい。
メリル曰く、決勝戦にかかる時間は恐らく30分前後だろうとのこと。
早すぎても遅すぎてもダメ。観客に気付かれるのを防ぐ為、15分程は様子を見てから客席の最後方で合図を待つつもりだ。
「それにしても、この気合の入り様は予想外だな……」
俺の隣に置かれていたのは、ネヴィアが用意したモフモフ仮面の被り物。
俺はてっきり木製ののっぺりしたお面のような簡易的な物を想像していたのだが、出てきたのは剥製かと見紛うほど精巧に作られた革製の覆面である。
それは頭からすっぽりと被るタイプで、見た目は雄ライオンの頭そのもの。鬣のもふもふ具合は手触りも完璧で、正直言って非の打ち所がない。
敢えて言うなら多少ムレそうではあるが、外の寒さを考えればそれも気にならないだろう。
用意された衣装も特注品。モフモフ仮面の設定通り、古の獣使い達が着ていたであろう戦装束が再現されているらしい。
王宮の宝物庫に眠っていた衣装を俺のサイズに合わせたようだが、勝手に持ち出して後で怒られたりしないのだろうか?
黒く塗られた木製の脛当に、膝の下をキュっと絞った軽衫袴に似たパンツ。ヘソまで隠れる分厚いベルトはコルセットのようにも見える。
胸当ては革製で、その上から丈の長いジャケットを羽織る。
防寒の為襟を立てて着るのが正解らしいのだが、ジャケットには前で結べるような紐やボタンすら付いていない為、前は常に開けっぱなし。
襟よりも先に腹の防寒をどうにかしてほしいというのが、正直なところだ。
そんなことを考えながらも渋々着替え、あとは仮面をかぶるだけというところで、妙な違和感に気が付いた。
「ん? 音が……止んだ……?」
静かすぎるのである。
どれだけ耳を澄ましても聞こえない会場からの賑わい。まさかと思い、扉を開け放っても変わらない静けさ。
「やべぇ! もう終わったのか!?」
最初の歓声があがったところから試合が開始したと仮定しても、まだ10分程度の時間しか経っていない。
仮に試合が終わっていたとすれば、すぐに優勝杯の授与式が行われるはず。それは俺の出番を意味する。
こうしてはいられないと、ライオンのマスクを手に取り、急いで控室を飛び出す俺。
走りながらもマスクを被り、首の後で紐をキツく縛ってからの急停止。
「クソッ! 優勝杯!」
忘れ物を取りに控室へと戻る。その勢いたるや、元の世界で法要に遅刻しそうになった時の速度と同等以上。
焦りは禁物と頭ではわかっていても、急いでしまうのは日本人の性か……。
テーブルに無造作に置かれていた黄金の優勝杯を小脇に抱え、今度こそ控室を後にすると、VIP席の対面に出るであろう客席への階段を駆け上がる。
「ハァハァ……このマスク、息がしずれぇ……」
戦うのは従魔であり、俺じゃない。激しい運動は想定されていない為か、意外な盲点に酸欠気味。
それでも間に合わせるため出口の光へと向けて一直線に走り抜けると、開かれた視界に自分の目を疑った。
陽光の眩しさに目を細めながらも会場を見渡すと、そこには予想だにしない光景が広がっていたのだ。
静まり返った観客席に漂う悲壮感。手で口を覆う者、強く目を瞑る者と様々だが、皆の顔は一様に蒼ざめ絶句していた。
「見たかメリルッ! 俺様こそが最強の獣使いだッ!」
会場のど真ん中で高らかに声を上げたのは、スノーホワイトファームの代表ザナック。
その隣には、見たこともない巨大な魔獣がメリルの従魔であるシルバを足蹴にし、勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのである。
人の多さに辟易としながらも、見て回れたのはほんの一部。
不完全燃焼気味のミアとキャロだが、メインイベントはこれからだ。
腹も膨れた午後からは、待ちに待った獣従王選手権の決勝戦である。
「九条殿は、合図をしたら客席の後ろから現れる感じでお願いするにゃ」
「わかりました」
「じゃぁ、派手に頼むにゃ!」
そう言って控室から出て行くネヴィア。バタンと閉まった扉の音を最後に、辺りはシンと静まり返る。
ここは、獣従王選手権が行われる闘技場内の地下にあるメリル用の控室だ。
流石は決勝に出場する選手の控室。王宮の貴賓室並みのおもてなしは至れり尽くせりであったが、それもメリルがいた間だけ。
当の本人は笑顔で行ってくる――とだけ言い残して、先程決勝の舞台へと旅立って行った。
そして残されたのは俺一人。ミアやキャロ、それとカイエンを除く従魔達は今頃、観客席の最上階に位置するVIP席で決勝の開始を待ち望んでいる事だろう。
女王ヴィクトリアとその娘ヴィオレ。そしてその婿であるエドワードが一堂に会するその隣で試合観戦なぞ、俺なら願い下げである。
ネヴィアという緩衝材がいるとは言え、何を言われるのかと気構えねばならず、また失礼の無いようにと気を遣わなければならない時点で、試合が頭に入って来るわけがないのだ。
その点で言えば、俺はカイエンと一緒にメリルと戦い、盛り上がったら適当に負けるだけでいいのだから簡単なお仕事ではあるのだが、懸念点がないわけでもない。
「ホントに大丈夫かなぁ……」
俺と組む従魔は、ネヴィアが騎士団の中から厳選してくる手筈だったのだが、そのお眼鏡に適う従魔は見つからなかったのだ。
――もっとこう迫力のある従魔がいいにゃ。ウルフじゃ普通すぎてつまらにゃい……。
獣使いの従魔と言えばウルフ――というくらいポピュラーなもの。
主に従順であるが故に扱いやすく、そこそこの戦闘力を有していながらも比較的安易に迎えられるので、多くの獣使いに好まれているのだが、ネヴィアはそれが気に入らず、インパクトが足りないと言い出したのである。
気分屋と言うかワガママと言うか……。流石は猫の血を引く一族だ……。
とは言え、カガリもワダツミも見た目が獣離れしすぎているので、既に多くの者達から俺の従魔であると認知されてしまっている。
そこでネヴィアが白羽の矢を立てたのは、ブルーグリズリーのカイエンだ。
カイエンだってそれなりに露出してしまっているとは言ったのだが、一時的に染めてしまえば問題ないだろうということで、白熊として新たにデビューすることになったのである。
もちろんタダではなく、お肉食べ放題という報酬を提示されたからこそだ。
流石にカイエン……もとい、ハクエンを客席に連れて行くわけにもいかず、現在は呼べばすぐに会場入り出来る従魔用の控室にて待機しているはずである。
「「ワァァァァッ!」」
すると、物音1つしなかった部屋に遠くから微かに聞こえてくる大歓声。
暫くの間鳴り止まない声の波は、メリルの登場に会場が沸いているのだろう。
時折聞こえてくる悲鳴は、黄色い声とでも言うべきか……。メリルの事だ。熱心なファンもいるに違いない。
「始まったか……」
獣従王選手権が行われている会場は、元の世界で言う所のサッカースタジアムくらいはあろうかという面積を誇る巨大な円形闘技場。
正式な観客動員数は知らないが、まぁこの規模なら1万人は余裕で入るんじゃなかろうか?
勿論屋根なぞないのだが、防雪壁の真横という立地の良さも相まって、積雪の心配は殆どない。
案の定と言うべきか、メリルの決勝の相手はネクプラのお仲間。メリルが手を抜かずに正々堂々と戦うなら負ける心配はないらしいが、こっちとしては負けてくれても一向に構わないというのが正直なところだ。
キャロが悲しんでしまうのは不本意だが、それもまた人生の厳しさだと思って受け入れてもらおう。
時折、会場が揺れるほどの衝撃を感じるのは、それだけ激しい戦闘が繰り広げられているという証拠。
そんな決勝戦の最中に後ろを振り向く観客がいるとは思えないが、出来ればバレないように時間ギリギリにこっそり移動するのが好ましい。
メリル曰く、決勝戦にかかる時間は恐らく30分前後だろうとのこと。
早すぎても遅すぎてもダメ。観客に気付かれるのを防ぐ為、15分程は様子を見てから客席の最後方で合図を待つつもりだ。
「それにしても、この気合の入り様は予想外だな……」
俺の隣に置かれていたのは、ネヴィアが用意したモフモフ仮面の被り物。
俺はてっきり木製ののっぺりしたお面のような簡易的な物を想像していたのだが、出てきたのは剥製かと見紛うほど精巧に作られた革製の覆面である。
それは頭からすっぽりと被るタイプで、見た目は雄ライオンの頭そのもの。鬣のもふもふ具合は手触りも完璧で、正直言って非の打ち所がない。
敢えて言うなら多少ムレそうではあるが、外の寒さを考えればそれも気にならないだろう。
用意された衣装も特注品。モフモフ仮面の設定通り、古の獣使い達が着ていたであろう戦装束が再現されているらしい。
王宮の宝物庫に眠っていた衣装を俺のサイズに合わせたようだが、勝手に持ち出して後で怒られたりしないのだろうか?
黒く塗られた木製の脛当に、膝の下をキュっと絞った軽衫袴に似たパンツ。ヘソまで隠れる分厚いベルトはコルセットのようにも見える。
胸当ては革製で、その上から丈の長いジャケットを羽織る。
防寒の為襟を立てて着るのが正解らしいのだが、ジャケットには前で結べるような紐やボタンすら付いていない為、前は常に開けっぱなし。
襟よりも先に腹の防寒をどうにかしてほしいというのが、正直なところだ。
そんなことを考えながらも渋々着替え、あとは仮面をかぶるだけというところで、妙な違和感に気が付いた。
「ん? 音が……止んだ……?」
静かすぎるのである。
どれだけ耳を澄ましても聞こえない会場からの賑わい。まさかと思い、扉を開け放っても変わらない静けさ。
「やべぇ! もう終わったのか!?」
最初の歓声があがったところから試合が開始したと仮定しても、まだ10分程度の時間しか経っていない。
仮に試合が終わっていたとすれば、すぐに優勝杯の授与式が行われるはず。それは俺の出番を意味する。
こうしてはいられないと、ライオンのマスクを手に取り、急いで控室を飛び出す俺。
走りながらもマスクを被り、首の後で紐をキツく縛ってからの急停止。
「クソッ! 優勝杯!」
忘れ物を取りに控室へと戻る。その勢いたるや、元の世界で法要に遅刻しそうになった時の速度と同等以上。
焦りは禁物と頭ではわかっていても、急いでしまうのは日本人の性か……。
テーブルに無造作に置かれていた黄金の優勝杯を小脇に抱え、今度こそ控室を後にすると、VIP席の対面に出るであろう客席への階段を駆け上がる。
「ハァハァ……このマスク、息がしずれぇ……」
戦うのは従魔であり、俺じゃない。激しい運動は想定されていない為か、意外な盲点に酸欠気味。
それでも間に合わせるため出口の光へと向けて一直線に走り抜けると、開かれた視界に自分の目を疑った。
陽光の眩しさに目を細めながらも会場を見渡すと、そこには予想だにしない光景が広がっていたのだ。
静まり返った観客席に漂う悲壮感。手で口を覆う者、強く目を瞑る者と様々だが、皆の顔は一様に蒼ざめ絶句していた。
「見たかメリルッ! 俺様こそが最強の獣使いだッ!」
会場のど真ん中で高らかに声を上げたのは、スノーホワイトファームの代表ザナック。
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