生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
448 / 633

第448話 巫女とドラゴン

しおりを挟む
「くそッ!」

 高貴な女性とは思えぬ台詞を口にしながらも、翼を羽ばたかせテーブルを飛び越えるセシリア。
 予期せぬ突風に、皆が顔を背けた瞬間。セシリアはキャロの後方へと回り込み、その首に腕を回すと持っていた短剣をキャロの頬に突きつけた。

「動くなッ!」

「セシリアッ! 落ち着くにゃ! 早まるんじゃにゃい!」

 慌てふためく八氏族の代表達。キャロを傷付ければ黒き厄災の怒りに触れかねないのだ。必死になるのも頷ける。
 そんな緊迫した状況にもかかわらず、九条一人だけがニヤニヤと余裕の表情を浮かべていた。

「何がおかしいッ!?」

「いや? 刀身の付いてない短剣で、何がしたいのかと思ってな」

 言われてハッとしたセシリア。その手に握っていた短剣が妙に軽くなっていることに気が付き、視線を落とす。
 九条の言う通り、何故かそこには刀身がなかった。セシリアは革の巻かれた木製のグリップをキャロに突きつけていたのである。

「なッ!?」

 刀身を落としてしまったのかとキョロキョロと足元を確認しだすセシリアに、九条は一人大爆笑。
 息苦しそうにヒィヒィ言いながらも、自分の膝をバシバシと叩く。
 気付いていないのはセシリアだけだった。それは僅かな間に行われたのだ。
 キャロが持っていたぬいぐるみの縫い目からそっと引き抜いたのは、黒刃の短剣だった。
 子供の手には余るものだが、それをセシリアの短剣にちょっぴりくっつけただけ。そして、キャロはそれをすぐにぬいぐるみの中へと仕舞ったのである。
 九条が、キャロに護身用として持たせていたのは武器喰らいウェポンイーター。所謂魔剣と呼ばれる物の一種だ。
 刺されても文句は言えない状況にもかかわらず、キャロはセシリアの武器だけを無力化した。キャロは、まだセシリアに更生の余地があると判断したのだ。

「く……九条殿……流石に笑い過ぎでは……?」

 そういうアッシュも笑いを堪えているのが丸わかり。
 セシリアは刀身を探すのを諦め、持っていたグリップを力いっぱい投げ捨てると、キャロを抱えながらジリジリと後退していく。

「言っておくが、下には熊がいるぞ? 食べられたくなければ、窓からの脱出は諦めたほうが身のためだ」

 窓からチラリと下を覗くセシリア。そこには、逃げられないようにと待機している従魔達。

「オーライオーライ! 鶏肉は何時でも大歓迎だ! ガハハ!」

「確かに翼は鶏肉と呼べなくもないが、どちらかといえば人肉ではないのか?」

 冷静なツッコミをいれるワダツミを無視し、嬉しそうに手を振るカイエン。その姿は餌が投げ入れられるのをせがむ動物園の熊そのもの。
 不謹慎にも有翼種ハルピュイアの手羽先はどんな味がするのだろうと考えてしまった九条は、頭を振り一瞬にしてその考えを払拭すると、セシリアに最後のチャンスを与えた。

「2度は言わない。今のうちに諦めておけ。悪いようにはしない」

「まだよッ! キャロは渡さないッ!」

 勢いよく開かれた窓。そこから飛び出したセシリアは、キャロを抱えたまま大空を舞った。
 それを追うかのようにバタバタと窓際に集まり、飛び去って行くセシリアを見つめる八氏族の代表達。その表情には焦りが感じられるが、九条だけがその場から動かず、僅かに沈んだ表情を見せていた。

「九条殿! 本当に追わずとも良いのか? キャロが……」

「大丈夫です。キャロが誰の巫女なのか、ご存知でしょう?」

 不安気な顔で振り返るクラリスに、九条はただ大きく溜息をつき、静かに両手のひらを胸の前で合わせた。

 ――――――――――

「キャロ! ディメンションウィング様を呼びなさい! このままだと、あなたも落ちてタダじゃすまないわよ!?」

 全盛期より退化してしまった有翼種ハルピュイアの翼。通常生活で使うことがあるとすれば雪下ろしで屋根の上に飛び乗る程度。
 鍛えているのは騎士や兵士としての職に就いている者くらいであり、それでも長距離飛行は絶望的だ。
 フラフラと覚束ない様子で空を飛ぶセシリアは、それだけで必死。雪が降っていなかったのが、不幸中の幸いである。

「セシリアさん。諦めましょう? 今ならまだ間に合います」

「うるさい! 早く呼べッ! お前だけ落としてもいいのですよッ!?」

 眼下に広がるメナブレアの街。時折ガクンと高度を落としては、僅かばかり持ち直す。
 そして、セシリアが目の前に迫る巨大な防雪壁を超えようと、翼に力を込めた瞬間だった。
 遥か上空から甲高い音を響かせ降下してくる黒き厄災。それは一瞬にしてセシリアを鷲掴みにすると、一気に高度を上昇させる。

「よくやったわ、キャロ! このまま東へ向かいなさい。そこに巫女の為に用意した隠れ家がある。そこに一旦身を潜めましょう」

 ひとまずは助かったと考え、セシリアには笑顔が戻る。
 鋭い爪に少々の痛みを覚えながらもホッとしていたセシリアだが、これからの事を考え辟易ともしていた。
 もうメナブレアにセシリアの居場所はない。だが、目標である巫女の奪取は出来たのだ。
 失ったものは大きいが、まだ最悪の状況ではない。キャロと黒き厄災がいれば、人間達には復讐が出来る。
 見せしめに人間の都市を幾つか蹂躙すれば、志を同じくする同胞たちが自然と集まる。セシリアはそう考えていたのだ。

 メナブレアは既に霞むほどの距離。見納めだとばかりに暫く感慨に耽っていると、セシリアは違和感に気が付いた。

「キャロ? ディメンションウィング様は何処へ向かってるの? 私は東に向かえと言ったの。高度はもう十分よ。もう下からじゃ私達は視認できないはず……」

 その返事はキャロからではなく、頭上から聞こえた。それは雷鳴が雲の中で轟くような、お腹に響く重低音。

「何故、我が貴様の言う事を聞かねばならぬ?」

「ま……まさか! ディメンションウィング様がお言葉をッ!?」

 評議員室では、キャロの身体を借りて喋っているのだとばかり思っていたのだ。驚くに決まっている。

有翼種ハルピュイアのメスよ。よく聞け。これから貴様に試練を与える」

「試練!?」

「貴様が我を使うに値する者かどうか、我が直々に見極めてやろうと言っているのだ」

 セシリアにとっては願ってもない機会だ。詳しくは不明だが、人語を操れるのなら巫女を通さずとも意思の疎通が可能であるということ。
 黒き厄災から直々に選ばれた。自分が言葉を交わす価値がある者であると認められたのである。
 セシリアの気分が高揚するのも仕方ない。

「やります! やらせてください! どうすれば!?」

「なぁに簡単なこと。危機的状況での判断力を試させてもらうまでよ」

 そう言うと、セシリアは空中で解放された。

「えっ……」

 突如始まる自由落下。黒き厄災の後ろ姿が徐々に小さくなると、すぐに視認できなくなった。
 一瞬にして引く血の気。こんな高所からでは、たとえ羽ばたいたとしても着地まで体力が持つはずがない。
 当然気流の乗り方なぞ知る由もなく、絶体絶命と呼べる状況ではあったがセシリアは諦めなかった。
 万が一でも生き残ることが出来れば、黒き厄災の力はセシリアの思い通り。それは命を賭けるに値するのだ。

「ごめんね、キャロ」

「えっ?」

 セシリアはそれだけ言うと、抱き抱えていたキャロを手放した。それは冷酷な選択であったが、仕方のない事だった。
 重量を減らせば、それだけ生き残る確率は上がる。巫女が死んでも、新たな巫女が選定されるだけだ。今はキャロより自分が生き残る方を優先したのである。

 後は実力と運次第。セシリアが迫りくる地面を見据えた、その時だった。
 黒い影がセシリアを横切り、キャロはその背に攫われたのだ。

「巫女を守ろうとする気概を見せるどころか、切り捨てるとは……。貴様に我を使う資格なぞない」

 すり抜けざまに言われたその言葉が、セシリアの全てを支配した。
 セシリアは選択を誤ったのである。求められていたのは生き残る為の機転ではなく、仲間を見捨てない覚悟であったのだ。
 絶望に溢れた歪んだ表情。遠のいて行く黒き厄災の後ろ姿に、助けを求めるよう伸ばした手は何も掴むことはなく、セシリアはそのまま落ちていった。

「仲間の庇保こそ獣人の誉だと言われていた時代も既に無し――ということか……」

 巨大なドラゴンから出た盛大な溜息は、ほんの少しだけ炎が漏れ出てしまうほど。それは、時代を跨いだ者だけが知る事の出来る憂いでもあった。
 デカイ図体に似合わず遠くを見つめ、哀愁に耽る。そんな中、キャロはその長い首を一生懸命よじ登る。
 そして、ようやく頭の上まで登頂すると、恐らく耳があるであろう付近で優しい言葉を囁いた。

「ありがとう。ファフナー」

 太陽のような明るい笑顔を見せていたキャロであったが、残念ながらファフナーからそれを見ることは叶わない。
 だが、わかっていた。その感情の乗った声が、ファフナーの古い記憶を呼び覚ましたからだ。
 それは最後の巫女から向けられた、とびきりの笑顔であった。

「ふっ……礼を言うのは我の方だ……。2000年前の過ちを繰り返すことなく巫女の命を救えた……。我にはそれだけで十分なのだよ……」

「そっかぁ」

 キャロはその場にペタリと座り、その頭を優しく撫でた。
 ゴツゴツの分厚い皮膚を持つドラゴン種なだけに、ファフナーには触られているという感覚すら皆無であったが、うっすらとした温度変化だけは感じ取れていたのだ。

「キャロよ。寒くはないか?」

「全然平気! むしろ気持ちがいいくらい! もう怖くないよ?」

「そうか……。ならば、このまま空中散歩といこうではないか。マスター殿には終わったらすぐに帰るよう言われているが、待たせておけば良かろう。どうせこれが最後なのだからな」

「うん!」

 まさに夕日は沈んだばかり。そんな薄紫色の地平線を境に、地上には街の灯りが。そして上空には、無数の星々が輝いていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...