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第447話 独占欲
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「本当に残念だわ。こんなことしたくはなかったのに……」
ランタンの光を反射し、ギラリと光る鋭い刃先。それが何を意味しているのか、わからぬ者はいないだろう。
「キャロに最後のチャンスを上げる。私と一緒に来なさい」
誰もがそれに危機感を覚えると、キャロとセシリアしかいないと思われていた部屋に響き渡る男の声。
「そこまでだッ!」
その声に驚き、咄嗟に短剣を隠しつつも辺りを見渡すセシリア。しかし、その姿は見当たらない。
「淑女の会話を盗み聞くなんて……、何処のどなたかしら?」
平静を装い動じる気配を見せないセシリアに対し、キャロは安堵の表情を浮かべながらも不自然な方向へと視線を向けた。
そこにあるのは、天蓋付きの大きなベッド。その下からまるで芋虫のようにもぞもぞと這い出てきたのは、他でもない九条である。
「話は全て聞かせてもらった」
ローブに付いた埃を掃いながらも、ゆっくりその場に立ち上がる九条。
その登場の仕方は、お姫様のピンチを救うヒーローというにはあまりにも地味。
どちらかと言えば強盗か、寝込みを襲おうとしていたストーカーと言った方がしっくりくる。故に説得力なぞ皆無。
「何の事かしら? それよりも、あなたは自分の心配をした方が良いのではなくて?」
「何故、俺が自分の心配を?」
「当然でしょう? 王宮への不法侵入は大罪よ? 私がここで声を上げれば、捕らえられるのはどちらかしら? 小児性愛者さん?」
この期に及んでもセシリアは冷静を貫いていた。
エントランスの騎士が羅列した面会者の中に、九条の名はなかった。それは無断であることの証明だ。
皆がどちらを信用するのかは、考えずともわかること。小児性愛者と名高い人間の冒険者と、国の為に尽くして来た八氏族の代表の一人。
たとえキャロが九条側に付いたとしても五分。セシリアには、まだ言い逃れられる自信があった。
従魔を連れていない九条なぞ取るに足らない存在。実力では勝てなくとも、立場は有利。地の利は確実にセシリアにあるのだ。
「まぁ、十中八九俺だろうな」
九条だってそれくらい承知の上である。そのうえで己の身を晒したのはキャロの保護はもちろんの事、それだけの自信と根拠があるからだ。
「取引よ九条。巫女の使者として、ディメンションウィング様の再封印を手伝うんでしょう? それを諦めて。そうすれば今日の事は黙っておいてあげる。あなたの立場を考えて封印したって事で口利きしてあげるから、それで我慢なさい」
それは取引材料になり得ない。そもそも九条は、最初から黒き厄災を封印しようなどとは思っていないのだ。
ダンジョンで大人しくしていれば、それは事実上封印されているのと何ら変わりはない。獣人達にそれを確認する術はないのだから。
「まぁ、俺的には悪くない条件だが、キャロはどうする?」
「もちろん連れて行くわ。既に巫女様を匿う準備は出来てる」
「それで?」
呆れたように聞き返す九条。セシリアはその様子に苛立ちを覚え声を荒げた。
「話を聞いてなかったの? ディメンションウィング様のお力で今までの怨みを晴らすのよ! まずはシルトフリューゲルから……。そして今度は獣人が人間を支配する番!」
「じゃぁダメだ。その条件は呑めない」
元々交渉の余地がないことはわかり切っていた事だが、それでも九条がセシリアの話に乗って見せたのは、その腹の内を自らに喋ってもらう為である。
「そうでしょうね。ならこうしましょう。あなたの住むコット村だけは除外してあげる」
「そういう事じゃない。正直シルトフリューゲルがどうなろうと知ったこっちゃないが、キャロを巻き込むな。巫女は復讐の道具じゃない」
「じゃぁ、巫女は何の為に存在しているのよ? これは獣人の問題なの! 知りもしないくせに口を出さないで!」
少なくともセシリアよりは九条の方が相当詳しいのだが、当然それを教えるつもりはなく、九条はセシリアを見下し鼻で笑った。
「お前みたいな奴が、黒き厄災を悪用しない為に設けた緩衝材ってとこだろうな。魔王だって、言う事を聞く巫女が出現するまで殺す――なんてやり方は想定外だったろうよ……」
巫女ガチャ……という言葉が九条の頭を過るもそれを口にしなかったのは、言ったところでこの世界の住人にはわかるはずもないからだ。
「あなた、自分の立場がわかっているの? 私が声を上げただけで、人生が終わるかもしれないのよ?」
「御忠告痛み入る。だが、俺は気にしないから好きなだけ人を呼んでくれ」
これだけ九条が自信を見せているのだ。セシリアは疑うべきであったが、それをハッタリと捉えバカ正直に悲鳴を上げた。
「きゃぁぁッ! 侵入者よッ! 誰かぁぁッ!」
その声のデカさときたら、閑静な住宅街にムクドリの巨大な群れが飛来したかのよう。
思わず耳を塞いでしまいそうな騒音に、セシリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
そして、大量の足音と共に部屋に護衛の騎士達が押し入り、九条は捕らえられる――はずだった。
「呼んだか?」
その声は、部屋の内部から聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
笑みが消え、素っ頓狂な声を上げながらも声のする方に目を奪われたセシリア。
そこにあったクローゼットの扉がゆっくり開くと、中から出てきたのは人狼種のアッシュと戦兎種のクラリスであった。
九条同様に登場の仕方は地味の一言に尽きるが、セシリアとしてはそんなこと気にしている場合ではない。今までの話を聞かれていたのだから――。
「な……何故そんな所にッ!?」
ここへきて初めて動揺を見せたセシリアであったが、追い打ちとばかりに聞こえてきた声は天井から。
「私もいるにゃ」
声の方を振り向くと、部屋の隅に張り付いていたのは猫妖種のネヴィア。
手足を突っ張り棒のようにして身体を支え、天井から目を光らせるその姿は、猫というより蜘蛛である。
「ヒィッ!?」
気配を消し、薄暗い部屋の角で微動だにせず張り付いていたのだ。驚いて当然である。
キャロの視線で気付かれてしまうのではないかと一同はヒヤヒヤしながら見守っていたが、背を向けていたとはいえセシリアは全く気付いていなかった。
それだけではない。九条がベッドの隣に備え付けられていた大きめのチェストの引き出しを開けると、その中に寝そべっていたのは土竜鼠種のリックである。
「チチっ……。かたじけない九条殿。引き出しは中から開けられなくて……」
笑顔で頭をぽりぽりと掻きながらも九条に頭を下げるリックではあったが、その目はもちろん笑ってはおらず、すぐにセシリアを睨みつけた。
「な……何故お前達がここにいるのです!?」
セシリアの疑問も当然だ。バモスを除く、全ての八氏族の代表がキャロの部屋に集結していたのだから。
「考えずともわかるだろ? お前の企みがバレてるからだよ」
「――ッ!?」
九条の辛辣な返しに、言葉を詰まらせるセシリア。
それぞれの代表達も、つい先程までは半信半疑だった。キャロとの会話を聞くまでは――。
「九条殿の言う通りでしたね……」
溜息まじりに肩を落とすクラリスに、皆が深く頷いた。
流石のセシリアもこの人数に話を聞かれていたとなると、言い逃れは不可能に近い。
九条はずっと気になっていたのだ。生贄の決議投票で、何故セシリアが嘘をついてまで賛成票を投じたのか……。
協議の場では反対を表明していたのに、裏ではキャロに生贄になるよう勧めていたというのも、腑に落ちない。
そんな中、キャロが生贄ではなく巫女であったという事実をファフナーから聞いたことで、九条の中にある疑問が生まれたのだ。
――生贄が巫女であるとするなら、誰が一番得をするのか?
生贄を推奨していたアッシュ、ネヴィア、クラリスの3人が順当だ。中でもキャロと同じ戦兎種のクラリスが受ける恩恵は大きいはず。
しかし、それだけではなかった。その中にはセシリアも候補として上がってしまうのである。
土壇場で賛成に票を投じたのもセシリア……。キャロに生贄を勧めたのもセシリア……。そして、ミアの生贄身代わり案に反対したのもセシリアだ。
ファフナーから聞いた最後の巫女は、有翼種の幼子。セシリアが最初から巫女の存在を知っていたのだとしたら、今までの不自然な行動にも全て合点がいくのである。
「ちッ……違う! 私じゃない! リックだ! 全てはリックが仕組んだこと! 私はハメられたのよ!」
先程まで座っていた椅子を倒してしまうほどの動揺を見せ、必死な言い訳。
その慌てぶりに、冷やかな視線を向ける他の代表達は一斉に溜息をついた。
「まさか、言い訳まで九条殿の言う通りとは……」
「チチッ……だから、私はやっていないと言ったでしょう?」
素直には受け入れがたいアッシュと、疑いが晴れたと言わんばかりに胸を張るリック。
当初、九条達を襲撃したのは土竜鼠種であるリックが裏で手を回していたものだと思われていた。
黒き厄災の再封印を阻止する為、強硬手段に出たのだろうと推測するのは当然。リックの日頃の行い――というより、土竜鼠種の人間に対する恨みは周知の事実。
しかし、九条がキャロに憑依していた時、カガリはリックの言葉に嘘はないと言い切ったのである。
確かに、そんな状況の中で襲撃を行うなぞ疑ってくれと言っているようなもの。アリバイ工作もなしに襲撃を計画するなぞ愚の骨頂だ。
そこで九条は、ザジの存在を思い出した。
黒き厄災が復活し、シルトフリューゲルの軍を蹴散らしたのは2か月近く前のこと。
九条達がエドワードに呼び出され、王宮を訪れている間に黒き厄災の封印を解いたと自称するザジが捕えられた。――タイミングが良すぎるのだ。
事情聴取を行い、土竜鼠種が人間を恨んでいることを聞かされた九条達。それを聞かなければ、土竜鼠種に不信感を抱かなかった。
その時から、リックを疑うよう先入観を植え付けられていたのである。
「巫女を匿う準備は出来ているんだったか? 俺達を襲撃し、キャロを奪うつもりだったんだろう? 成否を問わず、その罪はリックさんに被せればいい」
九条達が襲撃を受けた事でリックが生贄賛成に票を投じたのではないかという疑念も深まり、セシリアから見れば一石二鳥。巫女の奪取も出来ていれば一石三鳥だ。
「お前は最初から生贄が巫女であることを知っていたんだ。その力を独占する為に、敢えて生贄のまま話を進めた。ミアの身代わりを否定し、俺達にキャロの同行を求めたのも、襲撃時に連れ去る対象がいないと困るからだろう? まさか王宮内でキャロを誘拐するなんてこと、出来ないものなぁ?」
先程セシリアが言ったのだ。巫女が死ねば代替わりをすると。九条はそれを八氏族の代表達には教えてはいない。
「ち……違う! わ……私は……ッ」
「違うならそれを証明してみせればいい。是非御高説を賜りたいね。俺とここにいる八氏族の代表達が納得できる理由を説明できるならな」
セシリアが、巫女の力の証明として黒き厄災を呼んでみろと言った時、九条は今回の元凶が誰なのかを確信した。
本来、巫女に黒き厄災をコントロールする能力なぞ備わってはいないのだが、キャロが黒き厄災を皆の前で呼んで見せたのである。
セシリアの目にはそれが魅力的に映り、再封印までにキャロを説得してしまえばという欲が出てしまったのだ。
それに釣られ、九条に騙されているとも知らずにノコノコとこの場に現れた時点で、セシリアは詰んでいたのである。
ランタンの光を反射し、ギラリと光る鋭い刃先。それが何を意味しているのか、わからぬ者はいないだろう。
「キャロに最後のチャンスを上げる。私と一緒に来なさい」
誰もがそれに危機感を覚えると、キャロとセシリアしかいないと思われていた部屋に響き渡る男の声。
「そこまでだッ!」
その声に驚き、咄嗟に短剣を隠しつつも辺りを見渡すセシリア。しかし、その姿は見当たらない。
「淑女の会話を盗み聞くなんて……、何処のどなたかしら?」
平静を装い動じる気配を見せないセシリアに対し、キャロは安堵の表情を浮かべながらも不自然な方向へと視線を向けた。
そこにあるのは、天蓋付きの大きなベッド。その下からまるで芋虫のようにもぞもぞと這い出てきたのは、他でもない九条である。
「話は全て聞かせてもらった」
ローブに付いた埃を掃いながらも、ゆっくりその場に立ち上がる九条。
その登場の仕方は、お姫様のピンチを救うヒーローというにはあまりにも地味。
どちらかと言えば強盗か、寝込みを襲おうとしていたストーカーと言った方がしっくりくる。故に説得力なぞ皆無。
「何の事かしら? それよりも、あなたは自分の心配をした方が良いのではなくて?」
「何故、俺が自分の心配を?」
「当然でしょう? 王宮への不法侵入は大罪よ? 私がここで声を上げれば、捕らえられるのはどちらかしら? 小児性愛者さん?」
この期に及んでもセシリアは冷静を貫いていた。
エントランスの騎士が羅列した面会者の中に、九条の名はなかった。それは無断であることの証明だ。
皆がどちらを信用するのかは、考えずともわかること。小児性愛者と名高い人間の冒険者と、国の為に尽くして来た八氏族の代表の一人。
たとえキャロが九条側に付いたとしても五分。セシリアには、まだ言い逃れられる自信があった。
従魔を連れていない九条なぞ取るに足らない存在。実力では勝てなくとも、立場は有利。地の利は確実にセシリアにあるのだ。
「まぁ、十中八九俺だろうな」
九条だってそれくらい承知の上である。そのうえで己の身を晒したのはキャロの保護はもちろんの事、それだけの自信と根拠があるからだ。
「取引よ九条。巫女の使者として、ディメンションウィング様の再封印を手伝うんでしょう? それを諦めて。そうすれば今日の事は黙っておいてあげる。あなたの立場を考えて封印したって事で口利きしてあげるから、それで我慢なさい」
それは取引材料になり得ない。そもそも九条は、最初から黒き厄災を封印しようなどとは思っていないのだ。
ダンジョンで大人しくしていれば、それは事実上封印されているのと何ら変わりはない。獣人達にそれを確認する術はないのだから。
「まぁ、俺的には悪くない条件だが、キャロはどうする?」
「もちろん連れて行くわ。既に巫女様を匿う準備は出来てる」
「それで?」
呆れたように聞き返す九条。セシリアはその様子に苛立ちを覚え声を荒げた。
「話を聞いてなかったの? ディメンションウィング様のお力で今までの怨みを晴らすのよ! まずはシルトフリューゲルから……。そして今度は獣人が人間を支配する番!」
「じゃぁダメだ。その条件は呑めない」
元々交渉の余地がないことはわかり切っていた事だが、それでも九条がセシリアの話に乗って見せたのは、その腹の内を自らに喋ってもらう為である。
「そうでしょうね。ならこうしましょう。あなたの住むコット村だけは除外してあげる」
「そういう事じゃない。正直シルトフリューゲルがどうなろうと知ったこっちゃないが、キャロを巻き込むな。巫女は復讐の道具じゃない」
「じゃぁ、巫女は何の為に存在しているのよ? これは獣人の問題なの! 知りもしないくせに口を出さないで!」
少なくともセシリアよりは九条の方が相当詳しいのだが、当然それを教えるつもりはなく、九条はセシリアを見下し鼻で笑った。
「お前みたいな奴が、黒き厄災を悪用しない為に設けた緩衝材ってとこだろうな。魔王だって、言う事を聞く巫女が出現するまで殺す――なんてやり方は想定外だったろうよ……」
巫女ガチャ……という言葉が九条の頭を過るもそれを口にしなかったのは、言ったところでこの世界の住人にはわかるはずもないからだ。
「あなた、自分の立場がわかっているの? 私が声を上げただけで、人生が終わるかもしれないのよ?」
「御忠告痛み入る。だが、俺は気にしないから好きなだけ人を呼んでくれ」
これだけ九条が自信を見せているのだ。セシリアは疑うべきであったが、それをハッタリと捉えバカ正直に悲鳴を上げた。
「きゃぁぁッ! 侵入者よッ! 誰かぁぁッ!」
その声のデカさときたら、閑静な住宅街にムクドリの巨大な群れが飛来したかのよう。
思わず耳を塞いでしまいそうな騒音に、セシリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
そして、大量の足音と共に部屋に護衛の騎士達が押し入り、九条は捕らえられる――はずだった。
「呼んだか?」
その声は、部屋の内部から聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
笑みが消え、素っ頓狂な声を上げながらも声のする方に目を奪われたセシリア。
そこにあったクローゼットの扉がゆっくり開くと、中から出てきたのは人狼種のアッシュと戦兎種のクラリスであった。
九条同様に登場の仕方は地味の一言に尽きるが、セシリアとしてはそんなこと気にしている場合ではない。今までの話を聞かれていたのだから――。
「な……何故そんな所にッ!?」
ここへきて初めて動揺を見せたセシリアであったが、追い打ちとばかりに聞こえてきた声は天井から。
「私もいるにゃ」
声の方を振り向くと、部屋の隅に張り付いていたのは猫妖種のネヴィア。
手足を突っ張り棒のようにして身体を支え、天井から目を光らせるその姿は、猫というより蜘蛛である。
「ヒィッ!?」
気配を消し、薄暗い部屋の角で微動だにせず張り付いていたのだ。驚いて当然である。
キャロの視線で気付かれてしまうのではないかと一同はヒヤヒヤしながら見守っていたが、背を向けていたとはいえセシリアは全く気付いていなかった。
それだけではない。九条がベッドの隣に備え付けられていた大きめのチェストの引き出しを開けると、その中に寝そべっていたのは土竜鼠種のリックである。
「チチっ……。かたじけない九条殿。引き出しは中から開けられなくて……」
笑顔で頭をぽりぽりと掻きながらも九条に頭を下げるリックではあったが、その目はもちろん笑ってはおらず、すぐにセシリアを睨みつけた。
「な……何故お前達がここにいるのです!?」
セシリアの疑問も当然だ。バモスを除く、全ての八氏族の代表がキャロの部屋に集結していたのだから。
「考えずともわかるだろ? お前の企みがバレてるからだよ」
「――ッ!?」
九条の辛辣な返しに、言葉を詰まらせるセシリア。
それぞれの代表達も、つい先程までは半信半疑だった。キャロとの会話を聞くまでは――。
「九条殿の言う通りでしたね……」
溜息まじりに肩を落とすクラリスに、皆が深く頷いた。
流石のセシリアもこの人数に話を聞かれていたとなると、言い逃れは不可能に近い。
九条はずっと気になっていたのだ。生贄の決議投票で、何故セシリアが嘘をついてまで賛成票を投じたのか……。
協議の場では反対を表明していたのに、裏ではキャロに生贄になるよう勧めていたというのも、腑に落ちない。
そんな中、キャロが生贄ではなく巫女であったという事実をファフナーから聞いたことで、九条の中にある疑問が生まれたのだ。
――生贄が巫女であるとするなら、誰が一番得をするのか?
生贄を推奨していたアッシュ、ネヴィア、クラリスの3人が順当だ。中でもキャロと同じ戦兎種のクラリスが受ける恩恵は大きいはず。
しかし、それだけではなかった。その中にはセシリアも候補として上がってしまうのである。
土壇場で賛成に票を投じたのもセシリア……。キャロに生贄を勧めたのもセシリア……。そして、ミアの生贄身代わり案に反対したのもセシリアだ。
ファフナーから聞いた最後の巫女は、有翼種の幼子。セシリアが最初から巫女の存在を知っていたのだとしたら、今までの不自然な行動にも全て合点がいくのである。
「ちッ……違う! 私じゃない! リックだ! 全てはリックが仕組んだこと! 私はハメられたのよ!」
先程まで座っていた椅子を倒してしまうほどの動揺を見せ、必死な言い訳。
その慌てぶりに、冷やかな視線を向ける他の代表達は一斉に溜息をついた。
「まさか、言い訳まで九条殿の言う通りとは……」
「チチッ……だから、私はやっていないと言ったでしょう?」
素直には受け入れがたいアッシュと、疑いが晴れたと言わんばかりに胸を張るリック。
当初、九条達を襲撃したのは土竜鼠種であるリックが裏で手を回していたものだと思われていた。
黒き厄災の再封印を阻止する為、強硬手段に出たのだろうと推測するのは当然。リックの日頃の行い――というより、土竜鼠種の人間に対する恨みは周知の事実。
しかし、九条がキャロに憑依していた時、カガリはリックの言葉に嘘はないと言い切ったのである。
確かに、そんな状況の中で襲撃を行うなぞ疑ってくれと言っているようなもの。アリバイ工作もなしに襲撃を計画するなぞ愚の骨頂だ。
そこで九条は、ザジの存在を思い出した。
黒き厄災が復活し、シルトフリューゲルの軍を蹴散らしたのは2か月近く前のこと。
九条達がエドワードに呼び出され、王宮を訪れている間に黒き厄災の封印を解いたと自称するザジが捕えられた。――タイミングが良すぎるのだ。
事情聴取を行い、土竜鼠種が人間を恨んでいることを聞かされた九条達。それを聞かなければ、土竜鼠種に不信感を抱かなかった。
その時から、リックを疑うよう先入観を植え付けられていたのである。
「巫女を匿う準備は出来ているんだったか? 俺達を襲撃し、キャロを奪うつもりだったんだろう? 成否を問わず、その罪はリックさんに被せればいい」
九条達が襲撃を受けた事でリックが生贄賛成に票を投じたのではないかという疑念も深まり、セシリアから見れば一石二鳥。巫女の奪取も出来ていれば一石三鳥だ。
「お前は最初から生贄が巫女であることを知っていたんだ。その力を独占する為に、敢えて生贄のまま話を進めた。ミアの身代わりを否定し、俺達にキャロの同行を求めたのも、襲撃時に連れ去る対象がいないと困るからだろう? まさか王宮内でキャロを誘拐するなんてこと、出来ないものなぁ?」
先程セシリアが言ったのだ。巫女が死ねば代替わりをすると。九条はそれを八氏族の代表達には教えてはいない。
「ち……違う! わ……私は……ッ」
「違うならそれを証明してみせればいい。是非御高説を賜りたいね。俺とここにいる八氏族の代表達が納得できる理由を説明できるならな」
セシリアが、巫女の力の証明として黒き厄災を呼んでみろと言った時、九条は今回の元凶が誰なのかを確信した。
本来、巫女に黒き厄災をコントロールする能力なぞ備わってはいないのだが、キャロが黒き厄災を皆の前で呼んで見せたのである。
セシリアの目にはそれが魅力的に映り、再封印までにキャロを説得してしまえばという欲が出てしまったのだ。
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