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第443話 巫女デビュー

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 翌日、朝早くに八氏族評議会への出頭が命じられ、迎えのローゼスと共に王宮へと向かったのは、ケシュアとカガリに跨るキャロだけ。
 ケシュアが評議員室に足を踏み入れると、当然九条不在の理由を求められる。

「失礼ですが、九条殿は?」

「九条は体調不良で欠席。私は代理だけど大体の事は聞いて来てるから大丈夫。何か問題でもある?」

「いえ……」

 少々不満そうな人狼種ワーウルフのアッシュ。とは言え、強くは言えないのが現状だ。
 その体調不良が、獣人達によってもたらされた可能性は否めない。

「それだけ? 他に何か言う事があるんじゃないの?」

 ケシュアの強い口調に八氏族の代表達が顔を見合わせると、一同が立ち上がりケシュアに向けて頭を下げた。
 それはもう見事と言わざるを得ないほどに深々とだ。

「まずは君達が無事で何よりだ。この度は本当に申し訳なく思っている。君達の襲撃を企てた者については、既に捜査を開始している。八氏族評議会の威信にかけても探し出し、厳正に処罰するつもりだ」

 だから、溜飲を下げてくれ――と言いたいのが誰の目から見ても丸わかり。これ以上問題が増えても困るとアッシュの顔に書いてある。
 黒き厄災を始め、九条達を襲った不届き者の捜索。その上、九条が国際問題だと声を上げれば、スタッグ王家も相手にしなければならず、過忙を極める事請け合いだ。

「面を上げていいわよ? そのことについては九条から聞いてる。ひとまず八氏族評議会に対しては責任を追及しないって言ってた。私もまぁ、同意見ってことで構わないわ」

「九条殿とケシュア殿の寛大なご配慮に、深く感謝する」

 許しを得たと勘違いしているようだが、そうじゃない。そもそも九条は八氏族評議会の捜査なぞには、何の期待もしていないのだ。
 全員が着席すると、ソワソワと落ち着かない様子を見せる評議員達。ケシュアは、その期待に応えるかのような咳ばらいで皆の注目を集めた。

「じゃぁ、キャロ……巫女様を呼ぶわね?」

 無言で頷く評議員達の緊張した面持ちに、ケシュアは吹き出しそうになるのを堪えながらも扉を開けると、入って来たのはカガリに跨るキャロ。
 その堂々とした姿は、数日前とは見違えるほどに凛々しくも勇ましい。白と赤の対比が映える巫女装束は皆の目には斬新に映っていたようで、九条の狙い通りと言うべきか、評議員達はその姿を前に息を呑んでいた。

「ローゼスから聞いていた報告は、どうやら嘘ではないようだな……」

 巨猪種オークのバモスの一声に、一同は唸るように顔を顰める。

「考えを改める事ね。あなた達が生贄だと思っていたのは、黒き厄災に仕える巫女だったってわけ。調べもしない古臭い伝承なんかを信じてるからこーなんのよ」

 場の雰囲気は完全にケシュアのペース。言い返そうにも現場を知らぬ為政者ばかり。
 何よりカガリに跨るキャロが大事そうに抱えているのは、王家に伝わる黒き厄災の竜鱗が霞んで見えてしまうほどの物。
 つい先ほど賜ったと言われてもおかしくない色艶は、まごうことなき本物である。

「疑うわけではにゃいが、巫女とはにゃんだ?」

 当然の疑問だ。八氏族評議会の最終目標は、黒き厄災からの脅威を取り除く事にある。
 キャロは生贄ではなく巫女であった。ならば、それが獣人達にどういう影響をもたらすのかは知っておかねばならない。

「黒き厄災の代弁者ってところかしら? 巫女こそが黒き厄災を手懐けられる唯一無二の存在であり、魔王が残した最後の良心なのかもね」

「それは、巫女様を通して黒き厄災とのコミュニケーションが図れるということかにゃ?」

「はぁ……。それは私に聞くより巫女様本人に聞いた方がいいんじゃない?」

 呆れたように溜息をつくケシュア。肩を竦めながらもキャロに目を配ると、キャロは頷きながらも恐る恐る口を開いた。

「ディメンションウィング様は言いました。憎しみにより封印は解かれたのだと……」

「それは……」

 猫妖種ケットシーのネヴィアは、そこまで口にして言い淀んでしまった。ネヴィアだけではない。皆それに思い当たる節があったのだ。
 獣人達が憎しみと聞いて、まず始めに思い浮かぶのは人族に対する怨み。シルトフリューゲルの軍に与えたであろう被害が、それにあたるのだろうと。
 皆の視線が集まる先は、土竜鼠種グラットンのリックである。
 人族に対する敵意を隠さないが故に、真っ先に疑われてしかるべき種族であり、その代表だ。

「やはり、リック。貴様が裏切ったのだな? 生贄賛成に票を投じたのも、貴様の手の者が駐屯地警備の任に就いていた時期に合わせる為だとすれば、辻褄は合う」

「違いますバモス殿! 確かに再封印については否定派ではありますが、他国の使者を襲うことがどれだけの大罪かは理解しています! 法を犯すような事は決して致しておりません!」

「ならばそれを証明して見せよ。出来ぬのだろう?」

「既に騎士団による捜査には全面的に協力しています! 疑われても致し方ない言動を取っていたことも認めましょう。ですが、それはセシリア殿やバモス殿だって同じでしょう? 口にはしていないだけで、人族を怨んでいない訳がないッ!」

 最早何を言っても聞く耳なぞ持たれない状況。今更違うと声を上げたところでその信憑性は薄いのだが、それが嘘でないことを知っているのはカガリだけ。

「今はそれどころではないでしょう? 巫女の扱いはどうするのです? 黒き厄災との対話が可能であれば、国民の安全確保が最優先では?」

 場を鎮めようと口を出す戦兎種ボーパルバニーのクラリスだが、その顔には締まりがない。

「フンッ! キャロが生贄ではなく巫女であったのだ。戦兎種ボーパルバニーの長は、さぞ鼻が高かろう。気分は既に次期女王候補か?」

「バモスッ! 黙りなさいッ!」

 ドカンと強く叩かれる円卓。心の内を見透かされれば、機嫌も悪くなるというものだ。

「静粛に! 次期女王はさておき、クラリスの言う事も尤もだ」

 シンと静まり返る評議員室。皆の視線は自然とキャロへと流れていく。

「キャロ……いや、黒き厄災の巫女よ。我々は平和的共存を望む。その為には努力は惜しまないつもりだ」

「ディメンションウィング様は、俗世に興味がありません。しかし、あなた達が巫女である私を亡き者にしようとしたことについては、酷くお怒りになられています」

 キャロに言われずともわかっていた答えではある。生贄であろうが巫女であろうが、襲撃したという事実は変わらない。

「チチチッ……だから言ったではないですか。封印なぞ考えず、放っておくのが一番だと! 触らぬ神に祟りなし。藪蛇……いや、この場合藪竜ですかな? チチチッ」

 息を吹き返したかのように吠えるリック。土竜鼠種グラットン特有の陰湿な笑い方は、生贄容認派の神経を逆なでするには十分すぎるほどに不快だ。

「そもそも、お前が襲撃なぞしなければッ……」

「何度も言うが、私はやっていないッ!!」

 その後の様子は、議論とは名ばかりの責任のなすりつけ合い。良い大人達が揃いも揃って言い争う姿は滑稽だが、それに終止符を打ったのは今までダンマリを決め込んでいた有翼種ハルピュイアの長、セシリアだ。
 額に手を当て、盛大な溜息は大袈裟が故にワザとらしい。

「馬鹿馬鹿しい以前に嘆かわしい。それでもあなた方は八氏族の代表ですか? 他にやることがあるでしょう?」

「ほう。ならば無知な我に教えてくれ」

 セシリアをギロリと睨みつけるバモスであったが、セシリアはそれを物ともせずカガリの上のキャロを指差した。
 そして、不敵な笑みを浮かべて見せたのである。

「そもそもキャロが巫女ではない可能性は、考えないのですか?」
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