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第441話 最後の巫女
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部屋の扉をそっと閉じると、玉座の間に足を向ける。
「2人は寝たのか?」
「ああ。ようやくな……。騒がしくてすまないな」
嵐が過ぎ去りホッとした様子のファフナーは、強張っていた身体の力を抜くかのように顎を地面に付けた。
「気にするな。久方ぶりに往時を偲ぶことも出来た。むしろ感謝しても良いくらいだ」
玉座の間にいるのは、俺とファフナーの2人だけ。
ミアが風呂として使っていた石棺に寄りかかると、その水は既に冷たくなっている。
「それでマスター殿、キャロ――と言ったか……。巫女の娘は何と?」
「あっさり振られたよ。メナブレアに残るそうだ」
「そうか……」
俺がお手上げとばかりに肩を竦めると、ファフナーは明らかに沈んだ表情を見せた。
もう少し仏頂面だと思っていたが、意外と表情は豊かである。
「どうした? キャロが気になるのか?」
「ああ……。あの娘は、何処となく最後の巫女に似ているんだ……」
始まりがあれば終わりがある。当然巫女も然りだ。その原因は、なんとなくだが想像はつく。
「2000年前の戦争が関わっているのか? 思い出したくない過去なら、無理に話す必要はないが……」
「いいや。聞いてくれ。人と話せる機会なぞ滅多にないからな」
大きな図体には到底似合わない感傷的なファフナーの瞳。その内に宿った光には、先程キャロに向けていたであろうものと同じような哀愁を漂わせていた。
「人と魔との争いが始まった時、獣人達も2つの勢力に分かれた。そして愚かにも我を奪い合ったのだ。正直、我には勝敗の行方なぞどうでもよかった。我が巫女はその意思を汲み、中立の立場を維持しようと努めたが、心労が祟りこの世を去った。そして、次代の巫女は有翼種の娘。魔を是とする者達の中から誕生したのだ。それが新たな争いの火種になる事は明らかであった。結果、反対勢力の手により巫女は幼くして殺されてしまったのだ……」
巫女を味方に付ければ、ファフナーを支配できるとでも思ったのだろう。
ならば、自分達の思想に染まった巫女が誕生するまで、巫女殺しが繰り返されることは明白だ。
巫女制度が裏目に出てしまったとでも言うべきか……。ファフナーが獣人達のもとを去り、魔に属した心情もわかるというものである。
「中立などと煮え切らない立場を取っていた事を激しく後悔した……。我の失態で尊い命が失われたのだ……。怒りに身を任せ獣人達を滅ぼしてやろうとも考えたが、蘇生の可能性を諦めきれず我は魔王を頼ったのだ。……残念ながら息を吹き返すことは叶わなかったが、よみがえることは出来た」
「それって……」
「マスター殿も使えるのだろう? 死霊術を。我の所為で命を落とし、成長の止まってしまった身体となってしまったことを海よりも深く詫びた。丁度キャロと同じような歳の幼子。意味が分かっていたのかは不明だが、笑顔で許してくれたのだ……」
「それが、最後の巫女か……」
それだけの事があったのだ。キャロへと向ける柔らかな視線も腑に落ちるというものだ。
ファフナーが巫女をどれだけ想っているのかが窺い知れた。種族は違えど、名実ともにパートナーとして認めていたのだろう。
「そうだ。ファフナーはこれに見覚えはあるか?」
そう言って荷物の中から取り出したのは、エドワードから預かった黒き厄災の竜鱗。
「勿論だ。まごうことなき我の一部だが、それがどうした?」
「獣人達はこれを友好の証だとぬかしていたぞ?」
それを鼻で笑うファフナー。
「確かに我がくれてやった物だが、友好のつもりなぞ全くない。奴等は小癪にも巫女の亡骸を隠したのだ。それを差し出す条件として、我の加護を宿した竜鱗をくれてやると言ったら、喜んで飛びついてきたのだよ」
「加護?」
「言葉の綾だ。そんな効果、あってもくれてやる義理はない。ただ剥がれ落ちた鱗の1枚に過ぎん」
なるほど。この鱗には、結局なんの効果もなかったという事か……。
状況的には、宗教にハマったが故に騙されて買った高額な壺と似たようなもの。
当然の報い……と言いたいところではあるが、これで済んでいるのならファフナーは相当に慈悲深い。正直、復活と同時に滅ぼされても文句は言えないレベルだ。
そうならなかったのは、獣人の中にも魔王に与する者達がいたからなのか、長い年月によって怒りが薄れてしまったか……。
単純に俺の事を考え、矛を収めてくれている可能性もあるが……。
「獣人達を恨んではいないのか?」
「勿論恨んでいるさ。この怒りが風化することはないだろう。だが、それをこの時代の者達に背負わせても仕方あるまい?」
俺がいなければ、真っ先に獣人達を滅ぼしていた――くらいの解答が返ってくると思っていたが、まさかファフナーからそんな言葉が出てくるとは思わず、目を丸くしてしまった。
「英断だな。素直に尊敬するよ」
言葉にするのは簡単だが、それを実行するのは難しい。恐らくは幾つもの葛藤を乗り越え、その境地に辿り着いたのだろう。
四天魔獣皇なんて、どれも話の通じない乱暴者だろうという偏見を持っていたが、そんな自分が恥ずかしい。
亀の甲より年の功――なんて言葉で片付けるつもりはないが、少なくともファフナーは常識的思考の持ち主であり、人間味のある価値観を有していた。
「出来れば巫女には幸せになってほしい。我と関わる事で不幸になってほしくないのだ。恐らくキャロは、既に両親を亡くしているのだろう? 今までの巫女も拠り所のない者達ばかりだったからな……。マスター殿が預かると言うなら安心できるのだが……」
そうしたいのは山々だが、こればっかりはキャロが決める事である。本人の意見を無視すれば、それは誘拐するのと同じこと。
とは言え、ファフナーの言っていることもわかるのだ。俺だってミアを目の届かない所に預けるのは不安でならない。
ちゃんとプレゼンをすれば、キャロの気持ちをこちら側に傾けることなぞ造作もない。俺には、キャロとルイーダをいつでも会わせてやれるという切り札があるのだ。
しかし、それを使うつもりはない。そんなことをすれば、キャロの死に対する価値観がバグってしまいかねないからだ。
「一応キャロが世話になってるネクロエンタープライズには、プラチナの冒険者がいるぞ? 関係も良好、母親としては十分じゃないか?」
「ほう。それはマスター殿と比べて、どれほどの力を有しているのだ?」
「どれほどと言われても説明に困るが、少なくとも直近の決闘では俺が勝ったし、俺よりは弱いんじゃないか? 状況にもよりけりだが……」
「そんな者を信用しろと?」
「この国には、プラチナプレート冒険者が2人しかいないらしい。そのうちの1人だと考えれば、これ以上ない条件じゃないか?」
目を細めるファフナー。俺が疑われているのはいいとしても、メリルの強さに不満があるなら、もう誰にもキャロを任せられない事になるのだが……。
「ふむ……。ならばもう1人のプラチナにも協力を仰げばよい。カネならココの財宝を……」
「そりゃ無理だ。恐らくもう死んでる」
「何故だ?」
「何故って……、お前が祭壇から崖下に放り投げたアイツだよ……」
シンと静まり返る玉座の間。言葉を失うのも当然だ。
「弱すぎるだろ!?」
「言いたいことは痛いほどよくわかるが、無茶を言うな……」
正々堂々正面からぶつかり合えば、もう少し歯ごたえがあったのかもしれないが、真相は闇の中である。
ファフナーから見れば、誰が相手であろうとその殆どが弱者判定なのではないだろうか?
そもそも獣人とドラゴンを比べるのがおかしいのだ。知識のない者がパッと見ただけでも、どちらが強者なのかは一目瞭然だろう。
「ならば、キャロを獣人達の王にしてはどうか? 誰も逆らえないほどの権力を有してしまえばよいのだ」
いきなりの親バカっぷりに本当はポンコツなんじゃないかと疑うも、巫女への想いの裏返しと取れば、まぁ理解は出来なくもない。
「そりゃそうだが、一朝一夕で出来るわけがないだろ」
ファフナーほどの力があれば出来なくもなさそうだが、力で解決しようものなら逆にキャロが恨みを買うだけ。
とは言え、地道に活動していてはどれだけ時間が掛かる事やら……。
黒き厄災の巫女――というだけで相当なアドバンテージだが、王家の仲間入りを果たすには越えなければいけない壁が山ほどある。
立候補して票を集めれば、すぐ王様になれるという訳ではないのだ。
「要は、キャロの安全を確保した上で、今後キャロが狙われないような環境を作り出せばいいんだろ?」
「そうだが……当てはあるのか?」
「まぁ、任せておけ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺に、ファフナーの顔には不安の二文字が色濃く表れていた。
「2人は寝たのか?」
「ああ。ようやくな……。騒がしくてすまないな」
嵐が過ぎ去りホッとした様子のファフナーは、強張っていた身体の力を抜くかのように顎を地面に付けた。
「気にするな。久方ぶりに往時を偲ぶことも出来た。むしろ感謝しても良いくらいだ」
玉座の間にいるのは、俺とファフナーの2人だけ。
ミアが風呂として使っていた石棺に寄りかかると、その水は既に冷たくなっている。
「それでマスター殿、キャロ――と言ったか……。巫女の娘は何と?」
「あっさり振られたよ。メナブレアに残るそうだ」
「そうか……」
俺がお手上げとばかりに肩を竦めると、ファフナーは明らかに沈んだ表情を見せた。
もう少し仏頂面だと思っていたが、意外と表情は豊かである。
「どうした? キャロが気になるのか?」
「ああ……。あの娘は、何処となく最後の巫女に似ているんだ……」
始まりがあれば終わりがある。当然巫女も然りだ。その原因は、なんとなくだが想像はつく。
「2000年前の戦争が関わっているのか? 思い出したくない過去なら、無理に話す必要はないが……」
「いいや。聞いてくれ。人と話せる機会なぞ滅多にないからな」
大きな図体には到底似合わない感傷的なファフナーの瞳。その内に宿った光には、先程キャロに向けていたであろうものと同じような哀愁を漂わせていた。
「人と魔との争いが始まった時、獣人達も2つの勢力に分かれた。そして愚かにも我を奪い合ったのだ。正直、我には勝敗の行方なぞどうでもよかった。我が巫女はその意思を汲み、中立の立場を維持しようと努めたが、心労が祟りこの世を去った。そして、次代の巫女は有翼種の娘。魔を是とする者達の中から誕生したのだ。それが新たな争いの火種になる事は明らかであった。結果、反対勢力の手により巫女は幼くして殺されてしまったのだ……」
巫女を味方に付ければ、ファフナーを支配できるとでも思ったのだろう。
ならば、自分達の思想に染まった巫女が誕生するまで、巫女殺しが繰り返されることは明白だ。
巫女制度が裏目に出てしまったとでも言うべきか……。ファフナーが獣人達のもとを去り、魔に属した心情もわかるというものである。
「中立などと煮え切らない立場を取っていた事を激しく後悔した……。我の失態で尊い命が失われたのだ……。怒りに身を任せ獣人達を滅ぼしてやろうとも考えたが、蘇生の可能性を諦めきれず我は魔王を頼ったのだ。……残念ながら息を吹き返すことは叶わなかったが、よみがえることは出来た」
「それって……」
「マスター殿も使えるのだろう? 死霊術を。我の所為で命を落とし、成長の止まってしまった身体となってしまったことを海よりも深く詫びた。丁度キャロと同じような歳の幼子。意味が分かっていたのかは不明だが、笑顔で許してくれたのだ……」
「それが、最後の巫女か……」
それだけの事があったのだ。キャロへと向ける柔らかな視線も腑に落ちるというものだ。
ファフナーが巫女をどれだけ想っているのかが窺い知れた。種族は違えど、名実ともにパートナーとして認めていたのだろう。
「そうだ。ファフナーはこれに見覚えはあるか?」
そう言って荷物の中から取り出したのは、エドワードから預かった黒き厄災の竜鱗。
「勿論だ。まごうことなき我の一部だが、それがどうした?」
「獣人達はこれを友好の証だとぬかしていたぞ?」
それを鼻で笑うファフナー。
「確かに我がくれてやった物だが、友好のつもりなぞ全くない。奴等は小癪にも巫女の亡骸を隠したのだ。それを差し出す条件として、我の加護を宿した竜鱗をくれてやると言ったら、喜んで飛びついてきたのだよ」
「加護?」
「言葉の綾だ。そんな効果、あってもくれてやる義理はない。ただ剥がれ落ちた鱗の1枚に過ぎん」
なるほど。この鱗には、結局なんの効果もなかったという事か……。
状況的には、宗教にハマったが故に騙されて買った高額な壺と似たようなもの。
当然の報い……と言いたいところではあるが、これで済んでいるのならファフナーは相当に慈悲深い。正直、復活と同時に滅ぼされても文句は言えないレベルだ。
そうならなかったのは、獣人の中にも魔王に与する者達がいたからなのか、長い年月によって怒りが薄れてしまったか……。
単純に俺の事を考え、矛を収めてくれている可能性もあるが……。
「獣人達を恨んではいないのか?」
「勿論恨んでいるさ。この怒りが風化することはないだろう。だが、それをこの時代の者達に背負わせても仕方あるまい?」
俺がいなければ、真っ先に獣人達を滅ぼしていた――くらいの解答が返ってくると思っていたが、まさかファフナーからそんな言葉が出てくるとは思わず、目を丸くしてしまった。
「英断だな。素直に尊敬するよ」
言葉にするのは簡単だが、それを実行するのは難しい。恐らくは幾つもの葛藤を乗り越え、その境地に辿り着いたのだろう。
四天魔獣皇なんて、どれも話の通じない乱暴者だろうという偏見を持っていたが、そんな自分が恥ずかしい。
亀の甲より年の功――なんて言葉で片付けるつもりはないが、少なくともファフナーは常識的思考の持ち主であり、人間味のある価値観を有していた。
「出来れば巫女には幸せになってほしい。我と関わる事で不幸になってほしくないのだ。恐らくキャロは、既に両親を亡くしているのだろう? 今までの巫女も拠り所のない者達ばかりだったからな……。マスター殿が預かると言うなら安心できるのだが……」
そうしたいのは山々だが、こればっかりはキャロが決める事である。本人の意見を無視すれば、それは誘拐するのと同じこと。
とは言え、ファフナーの言っていることもわかるのだ。俺だってミアを目の届かない所に預けるのは不安でならない。
ちゃんとプレゼンをすれば、キャロの気持ちをこちら側に傾けることなぞ造作もない。俺には、キャロとルイーダをいつでも会わせてやれるという切り札があるのだ。
しかし、それを使うつもりはない。そんなことをすれば、キャロの死に対する価値観がバグってしまいかねないからだ。
「一応キャロが世話になってるネクロエンタープライズには、プラチナの冒険者がいるぞ? 関係も良好、母親としては十分じゃないか?」
「ほう。それはマスター殿と比べて、どれほどの力を有しているのだ?」
「どれほどと言われても説明に困るが、少なくとも直近の決闘では俺が勝ったし、俺よりは弱いんじゃないか? 状況にもよりけりだが……」
「そんな者を信用しろと?」
「この国には、プラチナプレート冒険者が2人しかいないらしい。そのうちの1人だと考えれば、これ以上ない条件じゃないか?」
目を細めるファフナー。俺が疑われているのはいいとしても、メリルの強さに不満があるなら、もう誰にもキャロを任せられない事になるのだが……。
「ふむ……。ならばもう1人のプラチナにも協力を仰げばよい。カネならココの財宝を……」
「そりゃ無理だ。恐らくもう死んでる」
「何故だ?」
「何故って……、お前が祭壇から崖下に放り投げたアイツだよ……」
シンと静まり返る玉座の間。言葉を失うのも当然だ。
「弱すぎるだろ!?」
「言いたいことは痛いほどよくわかるが、無茶を言うな……」
正々堂々正面からぶつかり合えば、もう少し歯ごたえがあったのかもしれないが、真相は闇の中である。
ファフナーから見れば、誰が相手であろうとその殆どが弱者判定なのではないだろうか?
そもそも獣人とドラゴンを比べるのがおかしいのだ。知識のない者がパッと見ただけでも、どちらが強者なのかは一目瞭然だろう。
「ならば、キャロを獣人達の王にしてはどうか? 誰も逆らえないほどの権力を有してしまえばよいのだ」
いきなりの親バカっぷりに本当はポンコツなんじゃないかと疑うも、巫女への想いの裏返しと取れば、まぁ理解は出来なくもない。
「そりゃそうだが、一朝一夕で出来るわけがないだろ」
ファフナーほどの力があれば出来なくもなさそうだが、力で解決しようものなら逆にキャロが恨みを買うだけ。
とは言え、地道に活動していてはどれだけ時間が掛かる事やら……。
黒き厄災の巫女――というだけで相当なアドバンテージだが、王家の仲間入りを果たすには越えなければいけない壁が山ほどある。
立候補して票を集めれば、すぐ王様になれるという訳ではないのだ。
「要は、キャロの安全を確保した上で、今後キャロが狙われないような環境を作り出せばいいんだろ?」
「そうだが……当てはあるのか?」
「まぁ、任せておけ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺に、ファフナーの顔には不安の二文字が色濃く表れていた。
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