生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第436話 ケシュアとカイエン

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「コラッ! 止まれッ! 止まれって言ってるの!」

 カイエンの背に跨り、その毛皮を本気で引っ張るケシュア。しかし、カイエンは止まる気配を見せやしない。
 ワダツミやカガリとは違いどちらかといえばパワータイプのカイエンだが、それでも落下すればケガでは済まされない速度だ。途中下車は許されない、まさに暴走列車である。

「この先は行き止まりよ! 知ってるでしょ! 聞いてるの!?」

 勿論聞いてはいるのだが、カイエンが返事をしたところでケシュアにそれがわかるはずもない。
 塔の内部は、螺旋状に続く長い通路を登っていくだけの一本道。幾つもの壁画がまるで走馬灯のように過ぎ去り、見えてきたのは開かずの扉。
 何かの間違いで開いていてほしいと願うケシュアであったが、その願いも虚しく扉は固く閉ざされていた。

「こんな所に連れて来て、どういうつもり!? 私にこれを開けろって言うの!?」

 逃げ道はなく、袋の鼠。残された時間で扉の仕掛けを探し出し、紐解くことなぞ夢のまた夢。
 そんなケシュアに出来る事といえば、その焦りと怒りをカイエンにぶつけることくらい。

「この役立たずッ!」

 ケシュアから放たれた渾身の右ストレートがカイエンの脇腹にヒットするも、焼け石に水。
 殴られたところをボリボリと掻きながらも、カイエンは後ろ足で立ち上がりケシュアをギロリと睨みつける。

「な……何よ……。アタシとやろうっての?」

 樫の杖を両手でぎゅっと握り締め、ズリズリと後退りしていくケシュア。
 至近距離でブルーグリズリーに勝てる者なぞ、そういない。体力自慢の物理系冒険者や攻撃系魔法が得意な魔術師ウィザードならいざ知らず、自然から力を借りる事に特化した樹術師ドルイドに瞬発的なパワーを発揮する魔法は少なく、腰が引けるのも仕方がないのだ。

 勿論、仲間割れをしている場合ではないのは、カイエンだってわかっている。
 カイエンが九条から与えられた任務は、ケシュアを守りながらもこの場に出来るだけ長く留めておくこと。合図があるまでは、勝手に塔を降りられては困るのである。
 しかし言葉は通じず、だからと言って力尽くという訳にもいかない。となれば、意思疎通を図る為にもやることは1つである。

「がう」

 突如、開かずの扉を指差すカイエン。

「……え? 何? 扉を開けろって? 出来るわけないでしょ?」

 それに勢いよく首を横に振ると再度扉を指差し、今度は荷物を退けるような動作を追加する。

「……扉……は、置いといて?」

「がうがう」

 それに頷き返したカイエンは、間髪入れずに来た方向を指差し、加えて虚空へ向かってのシャドーボクシング。

「扉は放っておいて、敵を迎え撃てってことね。……まぁそうするしかないのはわかるけど、そもそも連れてきたのはアンタでしょうが……」

 首を大きく横に振り、首から下がるアイアンプレートを手のひらに乗せる。

「従魔の証がどうしたのよ。……いや、もしかしてこれも作戦なの!? ……あり得なくもないか……。そもそも九条が自分の従魔を見捨てるとは思えないし……」

 ケシュアはブツブツと小声で呟きながらも、自分の置かれた状況を整理し始めた。
 何故、聞いていた作戦と違う状況に陥ってしまったのか。当初はローゼスのみを逃がすという作戦だったはず。
 カイエンがただ道を間違った可能性も否めないが、九条が助けに来ないことを鑑みるに、これは意図した行動であると推測できる。
 単純に敵の追手を分断するという作戦なら、隠す必要はないはずなのだ。

「もしかして、私に知られたくない何かがあるってこと……?」

 隠されれば知りたくなるのが人の性。とは言え、ここから脱出するには追手をどうにかするしかない。

「流石は九条。考えたわね……」

 その為にもまずは目の前の敵である。カイエンと共に道を切り開かねばならないのだ。
 魔獣ではないが、前衛を任せるには十分すぎるほどの戦力。九条の従魔という肩書は、そんじょそこらの冒険者より信頼できる。
 ケシュアはそこまで考えて、ふとある事に気が付いた。

「カイエンを護衛に付けてくれるなんてね……。私なんか何時見捨てられてもおかしくないのに……」

 この襲撃を利用しケシュアを1人置き去りにすれば、九条は自分の手を汚すことなく厄介者との縁を切れたのだ。

「……まぁ、今回は詮索するのやめたげよっかな……」

 これから激しい戦闘へと突入するというのに、何故かケシュアの口元は緩んでいた。

「ヨシッ! 頼りにしてるからね! カイエンッ! ……って、言った傍からなんでやる気なさそうなのよ……」

 ケシュアがあれこれ考えている中、カイエンはというと通路のど真ん中で寝転がっていた。
 肘を付きケツをボリボリと掻くその姿は、まごうことなきおっさんである。

「緊張感なさすぎでしょ……。従魔は飼い主に似るって言うけど、あながち間違いじゃないのかもね……」

 ――――――――――

 それから30分の時が過ぎ、敵を迎え撃つ準備は万端。ケシュアとカイエンの前には大きな壁が出来ていた。
 太い木の根が地面からせり上がっているようにも見えるそれは、ケシュアが魔法で作り出した防御壁。
 通路を二分してしまうほどのそれは、1か所だけワザと隙間を作っている。そこを通る者から各個撃破しようという目論見なのだ。
 人数差を覆すには、それ以外に策はない。故にこちらから攻めるという選択肢はなく、時間はかかるが籠城した方が勝率は高い。
 後は相手に魔術師ウィザードがいないことを願うばかりなのだが……。

「いくらなんでも遅すぎない?」

 数では相手に分があるのだ。対策を練られる前に殲滅するのは常套手段なはずなのだが、待てど暮らせど敵は来ない。

「私なんて眼中にないってこと? まさか、全部九条の方に行ったわけじゃないわよね?」

 それはそれでケシュアにとっては好都合。もう少し待機して、音沙汰がなければ塔を降りようと思案していると、ケシュアは足元が僅かに振動していることに気が付いた。

「……地震? それとも……」

 塔を揺るがすほどの軍勢が大挙したのだとすれば、ケシュアとは言え勝ち目はない。
 徐々に増していく震度に、唾を飲み込み警戒を強めるケシュアであったが、それは全くの思い違いであった。
 地の底から響くような重低音と同時に襲ってきたのは、酷い耳鳴り。鼓膜を突き刺すような甲高い音が、足元から一気に頭上へと抜けていく。
 その瞬間、ケシュアは誰かに見られているような感覚を覚えた。それは通路の先からではなく、すぐ隣の壁の奥から感じた悪寒。
 目の前の壁が破壊され、死が顔を覗かせる――。そんな幻覚に囚われてしまうほどの恐怖と不安に、壁から目が離せない。

「……何……今の……」

 ケシュアの額に浮かぶ脂汗。それはほんの一瞬で過ぎ去ったにも拘らず、身体が硬直してしまうほどの重圧だ。
 塔の主を知る者からすれば、壁一枚隔てた向こう側に何が居たのかは想像に難くない。

 ビリビリと震える塔の余韻。それだけの事があったはずなのに、カイエンはまるで意にも介さず通常運行。
 寧ろビビリまくるケシュアを見て、口元を緩めてしまうくらいには余裕があった。

「アンタ……鈍感すぎるでしょ……」

 そうではない。カイエンもケシュアと同じように異変を感じ取っていたのだ。ただそれに狼狽しなかったのは、襲われないことを知っていたから。
 九条からの合図を受け取り重い腰を上げたカイエンは、ケシュアの作った防御壁を力任せに破壊する。

「ちょっと! どこいくの!?」

 ケシュアの声に振り返ることなく塔を降っていくカイエン。
 そして見えてきたのは、死屍累々たる光景であった。

「――ッ!?」

 来る時にはなかった争いの傷跡。その激しさは、壁画を覆う血液の量が物語る。
 20近い兵士の亡骸はまだ鮮度が高く、流れ出る血液が小さな川を作り出すほどだが、問題は誰がそれをやったのかという事だ。
 ケシュアも冒険者としてはプロである。致命傷となった傷跡から凶器を割り出すことは容易だが、不可解な点が多すぎる。
 その中でも特に目立っていたのは、首を切り落とされていた複数の亡骸だ。
 不意打ちで1人だけというならわかるが、対峙していてここまで綺麗に首だけを刈り取れるはずがない。
 これだけの惨状だ。返り血を浴びずに倒すことなぞほぼ不可能。しかし、帰り道には足跡は愚か、血の一滴さえ垂れていない。

「……仲間割れで、しかも相討ち……? そんなことってある?」

 仮に仲間割れでなかったとしたら、これをやった者は一撃で首を跳ね飛ばしてしまうほどの剛腕でありながら、返り血を浴びないよう立ち回れる技量の持ち主ということになる。
 ケシュアはそこで考えるのを止めた。答えの出ない問題を解き続ける事こそ不毛であると悟ったのだ。

「まぁ、助かったってことでいいか……」
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