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第430話 お友達大作戦

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「こんばんは、ローゼスさん」

「おやおや、ミア様ではありませんか。こんな夜更けに何か御用でしょうか?」

「キャロちゃんに会いたくて来たんですけど……」

「ふむ……」

 突如呼び出されたローゼスが城門にやって来ると、眼前に並ぶ面々を見て悩ましい表情を浮かべた。
 ミアとカガリ、そして黒い鎧の見慣れぬ冒険者が1人。肝心の九条とケシュアの姿はない。

「失礼ですが、そちらの方は?」

「おにーちゃんが雇った私の護衛の冒険者さんです」

「はじめまして。冒険者のストレです」

 フルフェイスの黒兜から聞こえてきたのは、落ち着いた女性の声。その兜を持ち上げると、勢いよく飛び出す2本の耳。それは戦兎族ボーパルバニーの特徴の1つ。
 年の頃は30前後。冒険者には似つかわしくない華奢にも見える体格は、鎧とのギャップで若干アンバランスに感じるものの、胸のゴールドプレートはまごうことなき本物だ。
 そんなストレから向けられる、優しさに溢れた笑顔と差し出される右手に、ローゼスは戸惑いながらも握手を交わす。

「……ミア様であれば面会は構いませんが、ご用件と言うのは……」

「キャロちゃんとお友達になりに来ました! 生贄のお仕事は大変だから、せめてキャロちゃんに思い出を作ってあげなさいっておにーちゃんが! プレゼントも用意したんです!」

 ミアがリュックから取り出したのは、綺麗なリボンに包まれた白いウサギのぬいぐるみ。
 その気遣いに、ローゼスの顔が綻んでしまうのも無理はない。

「なるほど、流石は九条様ですね。キャロ様の心のケアまでお考えとは……。このローゼス、頭が下がる思いで御座います。ですが……」

 ローゼスがチラリと向けた視線の先には、ストレの腰に下げられた1本の直剣。

「あぁ、失礼。武器の類はお預けします。盾も預けた方がいいでしょうか? 身体検査を受けることもやぶさかではありませんが?」

「いえ、武器だけで十分。ストレ様のご配慮、痛み入ります。……ですが、ミア様。私も同席させていただきますことをご理解ください」

「はい。勿論です。こちらこそ突然の訪問で、無理を言ってごめんなさい」

 礼儀正しく頭を下げるミアに感心しながらも、ローゼスはミア達を連れキャロの部屋を目指し歩き出す。
 そこは王宮とは少し離れた別の建物。来賓用に特別に建てられた迎賓館である。
 その扉の前には、物々しい雰囲気の騎士が2人。ローゼスに気が付くと、軽い敬礼の後に扉を開けた。
 すかさず寄って来た使用人にコートを預け、更に廊下を進むとようやく辿り着いたキャロの部屋。

「キャロ様。お客様がお見えになっております」

「……どうぞ……」

 ローゼスのノックに返ってきたのは、聞き覚えのある小さな声。
 丁寧に開けた扉から覗いた大きな部屋。ローゼスの後に続きミアとカガリが部屋に入ると、その声の主であるキャロはカガリを見て目を輝かせた。

「本日は、ミア様がキャロ様とお話がしたいという事で参られました」

「こんばんわ!」

「こ……こんばんわ……」

 結露した窓の一部分だけが拭き取られ、その窓際に立っていたキャロは控えめな挨拶をミアに返す。
 それと同時に顔を曇らせたのは、後方に控えた黒い鎧の冒険者に気が付いたから。

「それではミア様。わたくしはお飲み物のご用意をさせていただきます。……ストレ様はここで控えていただけると……」

「わかりました」

 その声は先程とは打って変わって小さな声。ローゼスはそれを気にすることなく厨房へと姿を消した。

「私はミア。おにーちゃんの担当だよ。よろしくね!」

「う……うん……。キャロ……です……」

 遠慮なしにグイグイ迫って来るミアに、キャロはその真意を測りかね、不安を覚えながらもよそよそしい自己紹介を口にする。
 小さな手で交わされた握手。引っ込み思案なキャロは、無意識に持っていたぬいぐるみを強く抱きしめた。

「かわいいぬいぐるみだね」

「うん。ありがとう……。ママが作ってくれたの」

 恐らくは白兎であったであろうぬいぐるみは、見るも無残。年季物だろう事は、泥のような色と取れかけの耳が物語っている。

「そうだ。今日はキャロちゃんに、プレゼントを持ってきたの」

「プレゼント……?」

 ミアは背負っていたリュックを一度降ろし、中から用意していたぬいぐるみを取り出した。

「はい、どーぞ」

「えっ!? これって……」

 キャロはそれをすぐには受け取らなかった。既製品では出せない手作りならではの風合い。同じ物は2つとないはずなのに、それはキャロが持っているぬいぐるみと非常に似た物であったのだ。
 満面の笑みを浮かべるミア。その両手から押し付けられるように渡されたそれを、過去の記憶と照らし合わせる。

「わぁ、偶然だね。キャロちゃんのぬいぐるみと一緒だぁ」

 確かに似てはいるが、片方は使い込んでいてボロボロだ。暫く洗っていない所為でくたびれていて、色合いなんて全然違う。
 だからこそ、キャロは瓜二つではなく似ていると思っただけなのに、それを同じ物だと認識しているミアは酷く目が悪いのか、それともツッコミ待ちなのか……。

「ミアちゃ……ミアさん。これ……どこで……」

「ちゃん付けでいいよ? 私もキャロちゃんって呼んでるし。色々とお話しよ?」

「え? ……うん……」

 半ば強引にキャロの背中を押し、テーブルへの着席を促すミア。
 子供には大きすぎる円卓。そこに並べられた椅子に座るだけでもよじ登らなければならず、キャロにとっては一苦労。両の手がぬいぐるみで塞がっているので尚更だ。
 しかし、何も問題はない。こんな時こそカガリの出番である。
 どうやって座ろうかと悩んでいたキャロの身体がふわりと浮き上がると、次の瞬間には椅子の上に降ろされる。

「わわっ」

 その不思議な感覚に顔を上げると、目の前には気になっていた大きなキツネの魔獣。
 それでも驚かなかったのは、キャロがネクロエンタープライズの動物達に慣れているからである。

「その子はカガリって言うの。おにーちゃんの従魔なんだよ?」

「……触っても……いい?」

「うん。優しくね?」

 それを待ちわびていたかのように寄せられる大きな顔。目を瞑っているのは信用されている証なのだとメリルから教わっている。
 それでも相手はキャロの身体よりも何倍も大きな魔獣だ。細心の注意を払い、そっと伸ばした手で控えめにカガリの頬を撫でた。

「わぁ。ふわふわだぁ……」

「当然! 私が毎日ブラッシングしてあげてるんだから!」

 突如得意気に胸を張るミアがおかしかったのか、くすくすと笑顔を見せるキャロ。

「ミアちゃんのお兄さんって、話し合いの時にいた黒いローブの人? そのお洋服はギルドの担当じゃないの?」

「そうだよ! 担当でもあり、おにーちゃんでもあるの。残念ながら血は繋がってないけど、一緒に暮らしてるんだ!」

 2人の境遇は似ていた。元々は孤児であり年齢的にも近い。お互いの保護者が従魔持ちのプラチナプレート冒険者という事もあってか話題には事欠かない。
 ローゼスが用意してくれたホットミルクも後押ししてか、キャロが心を開くのも時間の問題であった。
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