生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
428 / 633

第428話 決闘を終えて

しおりを挟む
「あっはっはっ! だから九条に勝てるわけないって言ったでしょ?」

 ケシュアがエルザとの通信を終え、戻ってみればこの有様。ベッドで横になっているメリルの隣でゲラゲラと大声で笑うその様子は、遠慮なぞ微塵も感じられない。
 そのおかげか、緊張感の漂っていた部屋の空気も僅かに和む。

「万が一という事もあるだろう? 勝負とは時の運だ。やってみなければわかるまい……」

 気丈に振舞ってはいるが、メリルの表情からは悔しさも滲み出ていた。

 あの後、俺達は流されたメリルの本体を見つけ、すぐにミアに回復術ヒールを頼んだ。
 その傷の深さといったら尋常ではなく、カイエンの回復を後回しにしてしまったほど。
 なんとか一命は取り留めたものの、失った血は戻らない。メリルは満足に立つことすらできずに、こうしてベッドに横たわっているという訳である。

「お客様は?」

「皆びしょ濡れだったけどケガはないわ。温泉を無料開放して温まってもらってるところよ。その間にみんなで手分けして服を乾かしてる。獣使いビーストテイマーのお弟子さん達と、孤児院の子供達も総出でね」

「そうか……すまない……」

 ホッと安堵した様子のメリルであったが、その視線は天井から離れない。
 メリルには見慣れた天井だろう。若干の獣臭さを感じる部屋は、従魔達と共に暮らす者の宿命ではあるのだが、別に悪い気はしない。
 俺とミアは、そんな2人のやり取りに聞き耳を立てながらも暖炉の前に陣取っていた。
 地べたに座り、俺の股の間にすっぽり収まるミア。流されはせずとも大量の水飛沫を浴びたのだ。服も完璧には乾いておらず、俺達も温泉に入りたいのだが、客が優先。余計な刺激を与えない為にも俺達は最後なのである。

「そうだ。エルザ婆から九条に伝言。近いうちにこっちに来るから正式に話し合いたいって」

「はぁ? ケシュアを通じて話せばいいだろ。こっちに来るってどんだけ時間かかるんだよ。俺は仕事を終えたらすぐに帰るぞ?」

「エルザ婆が直接来るって事は……。まぁ、そういう事よ。多分時間の心配は必要ないわ。獣術師アニマライザーが本気を出せば、馬車なんかより早く着くと思うし」

 言われて思い出した。エルザは獣術の適性を有しているのだ。
 ベルモントで追い回された苦い記憶が甦る……。

「それで? 九条はメリルに何を求めるか決めたの?」

「……まだ考え中だ」

 すぐに思い浮かぶようなら苦労はしない。幾つか候補があるにはあるが、イマイチどれもパッとしないというのが正直なところ。
 どうせネクロガルドにつき纏わないよう言ったところでそれが叶うはずもなく、だからと言ってこれ以上ファッション奴隷を増やしても……。
 ネクプラを潰せば、買い取った孤児院の子供達が路頭に迷いそうで後味が悪く、そう考えると現実的なのはカネで解決といったところか……。
 ネクロエンタープライズの売上金の数%を毎月献上させるとか……。
 不労所得として考えるなら悪くはないが、ネクロガルドの関連施設と関係を持つのも気が引ける。

「セカイセーフク! セカイセーフク!」

「あら? 九条がネクロガルドに入ってくれれば、それも夢じゃないかもよ?」

「鳥の言う事を真に受けるんじゃねぇよ……」

 俺の後ろで丸くなっているワダツミの角で羽を休めているのは、セキセイインコのピーちゃんだ。
 何と言えばいいのか……インコのクセに我が強い。
 メリルとの決闘に向け、出来るだけ小さく重量の軽い動物をとハムスターかネズミを探していたのだがそう簡単には見つからず、この際ネクプラの動物ふれあい広場からウサギかモルモットでも拝借しようと足を運んだところに居合わせたのが、コイツである。
 インコであれば重量の問題はクリアしている。それに万が一の事があっても、空を飛べば逃げるのは容易。これ以上ないパートナーだと思い、声を掛けたのだ。

「おい九条。そのインコ、うちで飼育しているラッキーだろ?」

「……違うが?」

「チガイマス チガイマス」

「ほら。ピーちゃんもそう言ってるだろ」

 盛大な溜息を漏らすメリル。だが、怒っているという感じではなく、どちらかといえば呆れながらも口元は緩んでいた。

「はは……流石は本物の魔獣使いビーストマスター。インコを手懐けるくらいお手のものか……。まぁ、どちらにせよ今更勝敗を覆す気はない。1回戦目がなかったとしても、負けていただろうからな……」

 バレるのは時間の問題だとは思っていた。流石に飼育している動物達は把握しているだろう。種類が豊富ですぐにはわからずとも、調べればいない事には気付くはず。
 こちらとしては、試合が終わるまでにバレなければそれでよかったのだ。

「あたいは腑に落ちないんだ。何故、お前はそこまでして争いを避ける? 何故、進んで人から恨みを買おうとするんだ……」

「ケシュアから聞いていないのか? 俺は面倒くさい事が嫌いなんだよ。八方美人なぞ望んではいない。人の機嫌を窺うのなんて正直言ってうんざりだ。地位も名誉もカネもいらん。周りからチヤホヤされたいとも思っていないし、人付き合いも最低限で十分。隣の国で戦争が起きようが、自分の周りが平和ならそれでいい。もっと欲を言えば身体も動かしたくはないし、一日中寝て過ごしていたい。ある意味、勇者とは真逆の存在だよ」

 肩を竦める俺に、顔を強張らせるメリル。
 別に共感を得ようなどとは思っていない。人間と獣人、それ以前に元々は違う世界に住んでいたのだ。価値観の違いはあって当然。理解しようと思っても、そう簡単に歩み寄れるものではない。

「お前は……。お前の生きる意味はなんだ!? 死人のように過ごす事がお前の望みなのか!?」

「生きる意味なら目の前にいる。ミアと従魔達が幸せならそれでいいんだ。俺は強欲じゃないんでね。手の届く範囲で十分満足できるんだよ」

「じゃぁ、何故こんな辺境の街まで来たんだ!? 依頼を断り、家で寝ていればよかっただろう!」

 言い得て妙だが、それが出来れば苦労はしない。
 ウチのデメちゃんが御迷惑をおかけして申し訳ない――と言ってどうにかなるなら、最初からそうしている。

「出来れば俺もそうしたかったよ。……だが、俺の日常が脅かされるのであれば、その限りではないということだ。……お前だってそうだろ? 何故、孤児院を買ったんだ? 義理か? 人情か? それとも子供達の将来性を見込んでの人材確保か? 理由はどうだっていいが、それが脅かされるとしたらどうする? すぐに諦めて手放すのか?」

「断固戦うに決まっているッ!」

 その決意は立派だが、至極当たり前の事を言っているだけ。
 自分の家に無断で侵入してきたならず者を、咎めぬ者なぞいるわけがない。

「それで? 戦って敵わなかったらどうするんだ? 実際、お前は負けたんだ。俺が孤児院を手放せと言ったらどうするつもりだ? それとも、俺には孤児院の事がバレないとでも思っていたのか?」

「……ネクロガルドの報告から、九条はそこまで非道ではないと……」

 メリルと橋の上で対峙した時の事を思い出した。
 ネクロガルドから得た俺の人物像が作戦の根本にあったのだろう。俺の査定が気になるところではあるが、少なくとも見損なう程度には評価されていたという事か……。

「じゃぁ、その報告は間違いだったな。残念だが、孤児院は即刻手放してもらう」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...