生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
413 / 637

第413話 駆け引き

しおりを挟む
「おい。何時までそこに居座るつもりだ? さっさと仲間の所に報告に行けよ」

 ローゼスの案内で宿に着いたのは、あれから数分後のこと。
 本来は1人1部屋の予定であったが、カイエンが部屋に入れない所為で急遽宿ごと貸し切りとなった。
 そのおかげと言うべきか、ケシュアはロビーに設けられた一番大きな暖炉の前で、カイエンと一緒に暖を取っていたのだ。

「せめて体の震えが収まるまでは、待ってくれてもいいじゃない!」

 ブルーグリズリーのマントを羽織り、鼻水をズルズルと啜りながらも暖炉の前に両手を掲げるケシュア。
 震えながらも体育座りで縮こまるその姿は、正に子ウサギのようである。

「ネクロガルドは、俺を力尽くでねじ伏せる方針に転換したのか?」

「メリルの事? 聞いてみないとわからないけど、そんなことないと思う。九条に勝てるわけがないでしょ?」

「じゃぁ、なんで決闘なんて言い出したんだよ。メリルもプラチナだろ? ただ力比べがしたかっただけか?」

 俺との決闘を望む理由。それには全くと言っていいほど興味はないが、このまま狙われ続けるのも億劫だ。毎回ケシュアを盾にするのも面倒臭い。

「わからないって言ってるでしょ。案外そうかもしれないわよ? 獣人は力で勝敗を決めたがる傾向にあるし……」

 備え付けのソファに身を預けながらも、暖炉で燃え盛っている炎をジッと見つめる。
 確かにケシュアの言う可能性もなくはない。自分が1番でなければ気が済まないタイプ。負けたらなんでも言うことを聞くから、どうしても決闘がしたい……。正直その気持ちはわからないが、そう考える者もいるだろう。
 だがメリルは、俺が負けたら言う事を聞けという条件を突きつけてきたのだ。どちらかと言えば、そこに真意があるのではないだろうか?
 敗者はネクロガルドに強制加入。シンプル且つ分かり易い構図である。
 メリルはケシュアと俺が一緒にいることを知らなかった。知っていれば、街中で堂々と決闘なぞ申し込めるはずがない。
 だが、俺がメナブレアに来る事は知っていたのだ。ならば、メリルは何処からその情報を得たのだろうか。
 ネクロガルドから聞いたとすれば、俺とケシュアが同じ目的であると気が付き、一緒にいるだろうことは連想出来そうなものだが……。

「兎に角、さっさと行ってこい。お前は俺の奴隷だってことを忘れるなよ?」

「わかってるってばッ!」

「あぁ? 返事は教えただろ?」

「ハイッ! よろこんでぇッ!」

 ――――――――――

 皆が寝静まった深夜。宿屋のロビーには暖炉の明かりだけが揺らめいていた。

「主、寝なくとも良いのですか? 小娘が帰ってきたら起こしますよ?」

「大丈夫だ。むしろカガリが先に寝ろ。ケシュアが帰ってきたら結果を聞かなきゃならんし、その真偽を問いただす必要があるからな」

 結局ケシュアが宿を出たのは、どっぷりと日が落ちてからだ。
 優雅に夕食を終えた後、ゆっくりと湯船に浸り暖炉の前でワイン片手にイキっていたので、尻を叩いてようやくである。
 カイエンは光の届かぬ部屋の隅で御就寝。ワダツミとミアは俺の部屋でぐっすりだ。

「主は少し甘すぎます」

「そうか? 厳しいよりはいいだろ。カガリは痛みに快感を覚えるタイプなのか?」

「違います! ケシュアとかいう小娘のことです」

「ああ。そっちか……。これは、俺が寒いからやってるんだ」

 暖炉の火が消えぬよう薪をくべては、火力が強くなり過ぎないよう火掻き棒で整える。
 その調節にも慣れたもの。元の世界では考えられないほど面倒臭い作業ではあるが、気が付くと時間を忘れて作業していることもしばしば。
 不思議と苦痛には感じない。

「ふふん。それが全てではないでしょう? 結果を聞くだけなら明日の朝でも良いはず……。私に嘘は通用しませんよ?」

「バレたか……」

 確かにカガリの言う通りだ。マントを与えたとは言え、このクッソ寒い中半裸のバニーガールが帰って来るのである。
 部屋を暖めてやるくらいはしてやってもいいだろう。
 それに、ただ優しくしている訳ではない。怒りからくる負の連鎖は、何も生まないことを知っているのだ。
 俺が報復の為ケシュアを殺したとして、それがネクロガルドの反省を促す事に繋がるだろうか?
 勿論可能性としてはゼロではない。だが、恐らくは怨みを買うだけである。
 後先考えず行動すれば、それは後悔へと繋がるだけ。
 敵対しているであろう冒険者ギルド内部にも深く入り込んでいる組織だ。そんな相手を敵に回すのは御免である。
 これは相手との駆け引きだ。ケシュア次第で、交渉結果が変わると言っても過言ではなく、優しくしたって損はない。
 俺が異世界人であると知ったケシュアを生かしておく事で、相手がそれをどう捉えるか……。
 甘いと見られるだけなのか、それとも譲歩と捉えてくれるのか……。

「ただいまぁ……。うぅ、さぶぅぅ……」

 鳥肌が立つほどの冷気を背後に感じたかと思えば、雪を被ったケシュアが宿の扉を閉めたところだった。

「おう。どうだった?」

「やっぱり九条か」

「やっぱりとはなんだ。やっぱりとは」

「違う違う。外に明かりが漏れてたから、九条だろうなって思っただけ」

 自分に積もった雪を手早く掃い、暖炉の傍へと駆け寄るケシュア。
 近くの椅子を抱えると、暖炉の前にドカッと腰を下ろし、ふくらはぎまであるロングブーツを雑に脱ぎ捨てる。

「しもやけになったら九条の所為だからね」

 暖炉へと伸ばされた両手両足。その先がほのかに紅く見えるのは、エルフの白い肌がそれを際立たせているからだろう。
 流石にこの寒さでは、路面の凍結もあるだろうとブーツだけは履く事を許してやったのだ。流石にハイヒールでは危なすぎる。

「そんときはミアにでも治してもらえばいいだろ。それより結果は?」

「そう焦んないでよ。まず、メリルの方だけど結論としては、わからなかったわ」

「はぁ?」

「メリルがいなかったのよ。九条にちょっかいをかけた容疑で、あの後お城の衛兵に連れて行かれたんだってさ。恐らく組織が圧力をかけるだろうからいずれは釈放されると思うけど、1日2日じゃ出てこれないと思う。流石に牢の中に話を聞きには行けないし……」

 まぁ、当然と言えば当然か。プラチナとは言え、法を犯せば罰せられる。
 とは言え、大人しく捕まったのは意外だ。まぁ、すぐに仲間が助けてくれると知っているなら、騒ぎを起こさない方が得策だと考えたのだろう。
 これで暫く狙われる心配はなさそうだが、その理由はわからず仕舞い……。
 衛兵の仕事が早いのは良い事だが、せめて明日まで待って欲しかったと言うのが正直なところだ。

「でも、やっぱり組織は関係ないみたい。メリルにそんな命令は出してないってさ。ついでに言うと処罰も検討してるって」

「ふむ。まぁそれなら仕方ないか……。メリルが釈放されたらケシュアは俺の傍を離れるなよ?」

「えっ!? 何? 愛の告白? それとも色々すっ飛ばしてプロポーズ?」

「……そんなわけねぇだろ。メリルに襲われたらお前を人質にする為だよ」

 わかっているクセに、そのわざとらしい驚きようときたら……。
 ケシュアの薄気味悪い笑みが暖炉の明かりで余計に怪しく見える。

「それより本題はどうした?」

「ちょっと待って。着替えてくるから」

「おい」

「大丈夫。今更逃げたりしないわ。カガリの前で嘘なんか言わないわよ。折角の毛皮が痛んじゃうでしょ? すぐ戻るわ」

 そう言うと、そそくさと自分の部屋に引っ込むケシュア。
 奴隷の扱い方が難しいのか、ケシュアが特殊なだけなのか……。
 恐らくは後者だが、今更になってネストとバイスに奴隷の扱い方を教わっておけばよかったと、ほんの少しだけ後悔した。
 やはり慈悲なぞ出さず、首輪を着けるべきだったか……。

「まったく……」

 ミアは靴を脱ぎ捨てるようなことはしないのに、これではどちらが子供なんだか……。
 溜息をつきながらも、脱ぎ捨てられたブーツが乾くようにと暖炉の前に並べてやるのは、やはり俺が甘いからなのかもしれない……。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

元公務員が異世界転生して辺境の勇者になったけど魔獣が13倍出現するブラック地区だから共生を目指すことにした

まどぎわ
ファンタジー
激務で倒れ、そのまま死んだ役所職員。 生まれ変わった世界は、魔獣に怯える国民を守るために勇者が活躍するファンタジーの世界だった。 前世の記憶を有したままチート状態で勇者になったが、担当する街は魔獣の出現が他よりも遥かに多いブラック地区。これは出現する魔獣が悪いのか、通報してくる街の住人が悪いのか……穏やかに寿命を真っ当するため、仕事はそんなに頑張らない。勇者は今日も、魔獣と、市民と、共生を目指す。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

『転生したら「村」だった件 〜最強の移動要塞で世界を救います〜』

ソコニ
ファンタジー
29歳の過労死サラリーマン・御影要が目覚めたのは、なんと「村」として転生した姿だった。 誰もいない村の守護者となった要は、偶然迷い込んできた少年リオを最初の住民として迎え入れ、徐々に「村」としての力を開花させていく。【村レベル:1】【住民数:0】【スキル:基本生活機能】から始まった異世界生活。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

処理中です...