生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第403話 定時連絡

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 王都スダッグの商業区。大通りから1本外れた枝道に入ると、人通りも少ない閑散とした場所に聳え立つのは1件の宿屋。
『小鳥の楽園』と呼ばれたそこは、大衆向けとは真逆に位置する最高級グレードの宿である。
 1階の食堂では、専属の吟遊詩人ミンストレルが絶えず歌声を披露していることから、その名に恥じない個性的な宿として一世を風靡したが、それも過去の話。
 連日満員御礼の人気ぶりであったが為に、調子に乗った店主は値上げに値上げを重ね、気付けば誰も近寄らない宿へと成り果てていた。
 売り上げも振るわず、吟遊詩人ミンストレル達の賃金さえも支払えなくなった宿は、最早過去の栄光に縋り付くだけのぼったくり店。
 今や所属する吟遊詩人ミンストレルは僅か1名。その惨状を知る者達からは『小鳥のさえずり』と呼ばれ蔑まれていたのだが、それでも潰れず細々と商いを続けていられるのは、宿とは別の裏の顔があるからだ。

 そんな宿の扉に手をかけたのは、ブロンドの髪を後ろで束ねたエルフの女性。
 地味な服装ながらも、右手に持った大きな樫の杖は名のある魔術師を思わせる。
 宿のフロントには店主だろう中年の男。客に気付いているのか、いないのか。椅子に深く腰掛けながらも、自分の手をジッと見つめているのは、爪のヤスリ掛けに忙しいから。

「こんにちは」

「……らっしゃい」

 可愛らしい声に返ってきたのは、接客業とは思えない不躾な挨拶。
 店主の男は立ち上がろうともせず、客の顔すら見ていない。

「2年と2か月前から予約していた、ケシュアだけど」

 それにピクリと眉を動かした宿の店主は、必要以上気にしないよう努めながらも、ようやく目の前の女性に意識を向けた。

「お待ちしておりましたケシュア様。ええと……お部屋のご希望は?」

「そうね……。大きめの部屋でベッドは2台。3階で窓がある東側の部屋がいいわ」

「……かしこまりました。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ……」

 見違えるような動きで立ち上がる店主。壁に掛けられた202号室の鍵を手に取り、ヘコヘコと頭を下げながらも薄暗い廊下を歩き出す。
 暫くして辿り着いたのは地下の一室。そこまで来て鍵を受け取ったケシュアは、店主が見えなくなるのを待ってから扉の鍵を開けた。

 そこは8畳ほどの部屋。ベッドはなく窓もない。置かれていたのは一般的な四角いテーブルと4つの椅子。
 ランタンの明かりは1つだけで、その雰囲気はまるで牢獄にでもいるかのよう。

「遅かったな。定時連絡は、定められた時間に連絡するから定時連絡と言うんだぞ?」

 ケシュアに皮肉めいた言葉を掛けたのは、既にそこに座っていた1人の男。
 特徴もない何処にでも居そうな中年男性。黒い外套は丈が足りず、足元からはギルドの制服が覗いていた。

「うるさいわね。わかってるわよ。ここんところ立て込んでたのは、あんたも知ってるでしょ?」

 少々強めに睨み返したケシュアだが、男はそれに動じない様子で淡々と言葉を返していく。

「自業自得だろう? 黒き厄災の話も貴様が口を滑らせなければ、目も付けられず調査なぞに赴く必要もなかったはずだ。違うか?」

「わかってるっつってんの! だからついでにグランスロードまでのお使いを頼まれてやってるんでしょうが!」

「いいや、わかっていない。古代の知識は我等の共有財産だ。時と場合を弁えねば……」

「うるさいッ! それだけの働きはしてるでしょ!? 誰のおかげで九条の事を知れたと思ってるの!」

 溜め込んだ物を吐き出すように怒鳴り散らすケシュア。
 荷物を床に放り投げると乱暴に椅子を引き、髪を振り乱しながら男の対面にドカッと座る。

「あんたらがちんたらやってるから、私が九条から逃げ回ってるんじゃない! さっさと仲間に引き込みなさいよ!」

 そう言われて、男は悔しそうに顔を歪ませる。
 当初の予定では、半年もあれば九条をネクロガルドへと寝返らせることが出来るだろうと思われていた。
 しかし、九条は悪い意味でギルドから目を付けられおり、勧誘活動でさえ一筋縄ではいかない状況。
 そもそも九条には欲がなく、付け入る隙が見当たらない。極めつけは、辺りにうろつく従魔達の存在である。

「コット村のガードは貴様が思っている以上に固い。シャーリーの勧誘も失敗……というより、そもそも出入りすら困難を極める。それ故、外堀から埋める計画も不可能に近い」

「計画が難航するなら、ギルドから九条のダンジョンに調査隊を派遣する話だったでしょ? 九条がギルドを辞めれば、動きやすくなるって豪語してたじゃない」

「残念だが、その計画も頓挫した。九条様がギルドに少量の賢者の石を渡した事で、上層部は九条様に対する考えを改めた。緊急時以外の接触は出来るだけ避ける方針に転換したんだ。九条様の研究が進めば、賢者の石を作り出せるかもしれないと本気で期待しているようだ……」

 それに肩を竦め、ケシュアは呆れたように溜息をつく。

「どうせダンジョンハートから抽出したのを、渡しただけでしょ?」

「わかっている。だが、それをギルドに教える訳にはいかない。ギルドがダンジョンを探ろうとしないのはこちらとしても好都合だが、これ以上の介入も不可能だ」

「じゃぁ、どうしろって言うのよ!? 一生私に逃げ続けろとでも言うんじゃないでしょうね? 九条がその気になれば冒険者の1人や2人、消えたところで問題にもならないわよ!? この意味がわからないわけじゃないでしょ?」

「それはこちらとしても非常に困る。魔族暗号の解読は貴様とエルザ様以外には出来ぬ芸当……」

「わかってるなら、早く何とかしてよ!」

 テーブルに乗ったランタンの光が激しく揺らぐ。命が懸かっているのだ。声を荒げてしまうのも無理もない。
 九条がネクロガルド側に付いてくれれば何の問題もなかったのだが、見込みが甘すぎたのだ。
 結果、ただケシュアが九条の秘密を漏らしてしまっただけという現実だけが残ってしまった。

「今回、冒険者強化の名目でシャーリーとアーニャを呼び出している。そこで再度コンタクトを取るつもりだが期待はするな。今は唯一コット村への侵入を果たしたエルザ様に期待するしかあるまい……」

 本来であれば九条が来るはずだったのだが、流石のギルドも王家の介入があれば強くは出られない。
 とは言え、九条との関係が深いであろう2人をコット村から離しただけでも上出来だ。
 九条が留守の間に、2人のどちらかでも引き込むことが出来れば、まだ可能性はあるのだから。

「最高顧問に頼り切りって……。使えない部下を持ったエルザ婆が可哀想だと思わない?」

「なんだと!? こちらとしても本気でッ……!」

 堪忍袋の緒が切れたとばかりに、テーブルを叩き立ち上がる男。なにも、思い通りにならない現実に苛立っているのはケシュアだけではない。
 しかし、そこは大人である。振り上げた拳を胸のあたりまで持ってくると、自分に向けられたケシュアの冷たい視線に一瞬の躊躇を見せ、男は拳をゆっくり降ろした。

「いや、すまなかった……。兎に角貴様は暫くグランスロード王国に身を潜めていろ。我々の調査によれば、九条は寒い場所を嫌う傾向にある。北国に足を伸ばす確率は低いはずだ。何かと都合がいい」

 落ち着きを取り戻した男は、再度椅子に腰を下ろすと両肘をテーブルに付け腕を組む。

「それで? 調査期間はどれだけを予定している?」

「そうね……。3か月……いや、半年はイケルかしら……。私以外の同行者次第だけど、痺れを切らすようなら別途カネを握らせて黙らせるわ」

「わかった。出来るだけ長引かせてくれ。こちらもそれまでには何とかしよう……」

 それを聞いたケシュアは、自分で投げ捨てた荷物を拾い上げ、そのまま立ち上がり肩に掛けると、男を見下し鼻で笑う。

「定時連絡の度に聞かされてるから、既に諜報部の信用なんてこれっぽっちもないけどね」

 捨て台詞を吐き、そのまま宿を出て行くケシュア。
 最初から期待なぞしていなかった。ケシュアは、わざと黒き厄災の存在を匂わせたのだ。
 それも九条との距離を置く為。それは狙い通り、グランスロード王国からの調査依頼という形になって返って来た。

(これで暫くは国外に身を隠せる……。知識量で言えば、同行者は恐らくエルフ。同族なら御しやすい……。1年でも2年でも……いっそあっちに住んじゃおうかしら?)

 そんなことを考えながらも、いざ安住の地へ――! と、期待に胸を膨らませるケシュア。
 そんな気持ちとは裏腹に、今回の依頼が過酷で屈辱的な旅になるとは露知らず、ケシュアは軽い足取りで待ち合わせの宿へと向かって行った。
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