生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
401 / 633

第401話 誕生日

しおりを挟む
「とは言ったものの……。持ち歩くわけにもいかんしなぁ……」

 防具屋のせがれの想いは重い。ひとまずカガリに部屋まで運んでもらったのだが、着用しないフルプレートアーマーを持ち歩くのも大変だ。
 ゲオルグのアゲート製の鎧はその軽さ故まだ許せるが、これは鉄の塊である。

「着てみたら?」

 ミアの言葉に騙され上半身だけ装着してみたが、やはり重いだけである。
 着るのにも時間が掛かるし、俺には少々大きすぎる。
 動く度にガリガリと擦れる金属特有のノイズは耳障りでしかなく、世の兵士達はこれを着ているのかと思うと、最早尊敬にすら値する。

「神殿騎士みたいでカッコイイよ! おにーちゃん!」

「そうかぁ?」

 神殿騎士とは、教会に所属する騎士達の事。ローブの上から鎧を着込んでいる為、下半身がスカートを履いているようにも見え、一目で見分けがつくそうだ。
 実際に見たことはないが、教会が幅を利かせているシルトフリューゲルではよく見かけるのだと、バルザックが教えてくれた。

「防具屋のせがれには悪いが、今回これはお留守番だな」

 使う予定もないのにグランスロード王国にまで持っていく理由はない。
 脱いだ鎧を部屋の隅に片付けると、代わりに取りだしたのは大きなリュック。

「そろそろ荷物を纏めておくか……」

 後は迎えを待つばかり。正直気乗りはしないが、旅行に行くと思えばいい。
 調査予定である、黒き厄災と呼ばれるデメちゃん復活の原因は既に判明している。
 何もかもが自分の所為なのだから、その後始末とでも思えば重い腰も上がるというもの。
 それにやる事は決まっている。何もしないのが今回の仕事だ。
 余計なことはせず、調査を装いながらも封印が解けた理由をそれっぽくでっち上げ、相手側を納得させればいいだけ。
 ついでにこれ以上暴れませんよ――とでも匂わせておけば、完璧だろう。楽な仕事である。
 そんなことを考えながらも無事荷物を纏め上げ、準備万端とばかりに立ち上がると、ベッドの上にはナマケモノが1人。

「ミア、荷物は纏めなくていいのか?」

「もうちょっとしたらするぅ……」

 珍しい事もあるものだ。子供とは思えないほどしっかりしているミアだが、返って来たのはだらけ切った猫なで声。
 余程気に入ったのか、先程受け取った毛皮のマントを大事そうに抱え、スリスリと頬ずり中である。
 ブルーグリズリーの毛皮製品は、他とは違いそこそこ高級な部類。
 そもそも狩るだけでも相当な実力が必要。その上、傷1つない極上の毛皮であれば、取引価格がどれほどのものかは想像に難くない。
 ギルド職員であれば、その相場も知っていよう。ミアがダメになってしまうのも頷けるが、その原因はそれだけではなかった。

「折角のおにーちゃんから誕生日プレゼント。もうちょっと堪能したいもぉーん」

 自分の耳を疑うほどの衝撃に、一瞬にして真顔になった。
 それは、持っていたリュックが手から滑り落ちてしまうほど。

「……ミア……。今……なんて?」

「え? もう少し堪能したいって……」

 恐らくは酷い顔をしていたに違いない。ミアが俺の見てぎょっとしたくらいだ。

「その前だよ! 誕生日って言ったのか!?」

「そうだけど……」

「何時だ!?」

「今日……」

 今日はずっとそばにいた。なのにミアはそんな素振りを全く見せなかった。
 悪い冗談かと視線を逸らすも、その先にいたカガリはゆっくりと首を横に振る。

「何で言わなかった!?」

「聞かれなかったし……」

「ぁぁぁぁ……」

 取り返しのつかない大失態に力なく項垂れ、膝から崩れ落ちると自責の念に駆られる。
 何故気付かなかったのか……。誕生日に関連する話題が俺の周りから出てさえすれば、その流れで聞くことも出来たはずなのだ。
 しかし、こちらの世界に来てからは、そんな話題なんて……。

 ハッとした。あったのだ。誕生日に関する話題が……。しかも2度もである。
 1度目は、娘の誕生日よりも仕事を優先してしまったスタッグギルド支部長のロバートの話。
 2度目は、リリーの生誕祭で使われるはずだった予算を、第2王女のグリンダがノルディックの鎧につぎ込んでしまった話だ。
 どちらも絶望的なタイミングではあったが、少なくともチャンスはあった。

「何故、俺はあの時気付かなかった……」

「え? 何の話?」

 あまりの動揺に、自問自答する心の声が漏れてしまったとでも言うべきか……。
 もちろん理由はそれだけではなく、俺が自分の誕生日に執着していないと言うのも大きな原因の1つだろう。
 それはこの世界に来た事で、曖昧になったからではない。そもそも独り身である為か、祝うことなどしなかったからだ。
 親に言われて、そういえば……と思い出すくらいどうでもいい日。この歳になると誕生日は億劫だ。歳をとっていい事なぞ1つもない。
 だが、ミアは違う。俺が率先して祝ってやらなければならないのに……。

「おにーちゃん? 大丈夫?」

 俺の顔を覗き込むミア。その声で我に返った。
 今更後悔したところで何も始まらないのだ。そんな暇があるなら、汚名返上に全力を尽くすべきである。
 ガバっと勢いよく立ち上がると、ミアの両手をガシッと握る。

「ミア! 誕生日おめでとう! 今からでも遅くはない! 俺が盛大に祝ってやるからなんでも言ってくれ!!」

「え? このマントで十分だよ?」

「ダメだ。それは元々誕生日とは関係ない。もっと別の……」

 その時だ。何者かの気配に扉の方へと顔を向けたカガリ。
 一拍置いて扉がノックされると、聞こえてきたのは物静かな男性の声。

「九条様。夜分遅くに申し訳ございません。グランスロード王国より参りました……」

「うるせぇ! 俺は今誕生日で忙しいんだ! 後にしろッ!」

「し……失礼しましたッ! お話だけでもとお伺いしたのですが……。また明日、出直させていただきますッ!」

 裏返った声が廊下に響き渡ると、バタバタと慌てて去って行く来訪者。

「さぁ、ミア!」

「おにーちゃん……」

 呆れた様子の瞳。ミアの声から感じる不満の色。俺はそこでようやく冷静になれた。
 確かに、来訪者への対応は不遜であり反省すべきだ。しかし、ミアの誕生日の方が優先順位は上である。

「悪かったよ。だが、今は誕生日を先に……」

「わかった! じゃぁ、私のお誕生日は、おにーちゃんのお仕事が終わってから改めて――ってのは、どうかな?」

 これでは、俺の方が聞き分けのない子供よう。
 自分の事よりも仕事を優先する当たり、俺なんかよりもミアの方がずっと大人びている。
 子供なのだから我が儘を言えばいいにとも思うのだが、ミアの人生がそれをさせないのだろう。
 世知辛い世界である。俺が子供の頃は、処世術なんて言葉すら知らなかったと言うのに……。

「まぁ、ミアがそれでいいなら……」

「じゃぁ決まりっ! 楽しみにしてるからねっ!?」

 俺へと向けられたその笑顔の為、今回の仕事は全力で取り組もうと心の中で誓ったのである。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...