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第397話 真・従魔登録試験

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「ブルーグリズリーとの不可侵条約ぅぅぅ!?」

 翌日。コット村のギルド内に響き渡った叫び声は、支部長であるソフィアのもの。
 それは隣のカウンターに座っていたミアでさえ耳を塞いだほどだ。

「え……ええ。彼等はもう村には手を出しませんので、ギルド側でもブルーグリズリーに関する依頼を取り下げてもらおうかと……」

 そのやり取りにどことなく懐かしさを感じてしまったのは、過去ウルフ達との和解において同様の経験をしていたから。
 あの時よりも驚き度合いが段違いなのは、ブルーグリズリーの方がより脅威だからであろう。

「わ……わかりました。九条さんがそう言うのなら、恐らくは本部も認可するでしょうから……」

「それと従魔用のアイアンプレートを1枚……。やっぱりベルモントかスタッグまで行かないと在庫は……」

「いえ、九条さんの件があってからは在庫を持つようにしたんで大丈夫です。同時に従魔用の飼料も入荷していますので是非。……それよりも、本当に1枚でいいんですか?」

「はい」

 ソフィアと供にギルドを出ると、その隣には俺の従魔達とギルドから借りた荷車。そして最近、村ではよく見る顔の冒険者の男。
 男は俺達に気が付くと、ほんの少し顔を歪めた。

「ちっす! 九条さん。また今日も熊肉ですかい?」

 軽いノリで挨拶をしながらも、男は荷車に乗ったブルーグリズリーをペシペシと叩く。
 恐らくいつもの死体だと思っているのだろう。そんなことをされてもピクリともしないのは、死んだふりをしておけと言っておいたから。
 流石に生きているブルーグリズリーを村に入れれば騒ぎになりかねない。

「残念ながら、熊肉料理は在庫限りで終了だ」

「ホントですかい!? そりゃぁ残念だ。コイツが最後だと思うと泣けてきますねぇ」

 言っている事と表情が真逆である。あからさまに嬉しそうな顔をするのはいかがなものか……。

「いや、そいつは在庫に含まれていない」

「おや、そうなんですかい? ならコイツは自分用? いやいや、結構立派な体格だから剥製用ってところかな?」

「違う違う。そいつはまだ生きてるんだよ」

「……へ?」

 俺から視線を外しゆっくりと隣に顔を向けた冒険者の男は、ぎょろりと見開かれたブルーグリズリーの瞳に睨まれているのを知り、盛大な悲鳴を上げた。

「ぎぃゃぁぁぁぁ!!」

 一目散に逃げていく姿は何と言うか滑稽が過ぎる。それでいいのか冒険者……と言いたいところだが、ブロンズならばそれも仕方のない事だろう。
 俺はそれに溜息をつき、従魔達はゲラゲラと笑い合っていた。

「もう死んだふりはいいのか?」

「ああ。次は従魔になるための軽い試験だ。俺の言う通りにしてくれれば何の問題もない」

 荷車が壊れないよう気を使い、そっと降りるブルーグリズリー。
 後ろを見ると、顔を真っ青にしたソフィア。魔獣には慣れているので大丈夫かとも思ったのだが、ダメそうだ。

「く……九条さん。やっぱり従魔の試験……ミアに任せてもいいですか……?」

「え? ええ。別に構いませんが……」

 部下に丸投げとは支部長の名が泣きそうではあるが、俺の返事を聞くや否やソフィアは逃げるようにギルドへ戻って行った。


「それでは、これより冒険者ギルドによる従魔登録試験を開始します! フンス!」

 ブルーグリズリーを前に堂々と胸を張るミア。ソフィアとはえらい違いである。
 少々鼻息が荒いのは、従魔登録試験は本来ギルドの長が行うものだから。一時的とは言え代理を任されたのだ。張り切ってしまうのも頷ける。
 ブルーグリズリーの前に置かれたのは従魔用のエサ入れ。木製とは思えないほど黒ずんでいるのは、洗っていないのではなく年季が入っているからだ。
 ミアがむんずと掴んだのは、ソフィアが置きっぱなしにした従魔用飼料。そこに見慣れたカーゴ商会のロゴはない。
 それをヨイショと持ち上げザラザラと器に流し込んでいると、流石に10キロ満載の袋は重すぎたのかバランスを崩す。

「あっ!」

 そんな時でも慌てないのは、カガリが傍にいるからだ。

「ありがとうカガリ」

 カガリに服の裾を咥えられ、宙に浮くミア。その弾みで滝のように流れ出てしまった飼料は山盛りを通り越し、辺りに散らばってしまうほどの特盛に。

「……ゴホン。それでは、おにーちゃんはこれを食べないように指示して下さい。食べちゃったら試験は失敗です」

 カガリがミアを降ろすと少々顔を赤くしながらも、まるで何事もなかったかのように進行しようとするミア。
 黙っている事が優しさか、それともツッコんでやるべきなのかは判断の迷うところだが、ひとまずはそっとしておこう。

「それでは、よーいスタート!」

 有無を言わさず始まった従魔登録試験。

「これを5分食わずに我慢しろ。簡単だろ?」

 試験内容は過去のものと一緒。スタッグでの従魔登録試験では82匹全員が難なく突破した試験なのだが……。

「こ……この匂いはッ!」

 特盛の従魔用飼料を前にダラダラと涎を垂らすブルーグリズリー。

「おい。食うなよ? 我慢するんだからな?」

「だが……しかしッ……」

 その視線は茶色のカリカリから離れることはなく、まるで呪いにでもかかってしまっているかのよう。
 正直不安でしかない。

「確かに美味しそうな匂いはしますね」

「おいおい。カガリまで何を言い出すかと思えば……」

 それに胸を張って応えたのは、ミアである。

「そうなんです! これは冒険者ギルドがマイルズ商会と共同開発した新しい冒険者用従魔飼料の第1弾! カーゴ商会との取引を打ち切り、苦節8ヵ月。ようやく完成した新商品です! どんな従魔達にも美味しく召し上がっていただけるよう肉、魚、果物、野菜をバランス良く配合! 素材にこだわり栄養満点。彩も良く風味豊かに仕上げましたので、きっとご満足いただけることでしょう」

 なんとも説明臭い売り文句だと思ったら、手に持っていたのはカンペである。
 とは言え、それが嘘ではないだろうことは従魔達の反応から読み取れる。

「カガリでさえこれだぞ? 試験の難易度が一気に跳ね上がった気がするんだが……」

 それでもカガリは食うなと言えば食わないはずだ。だが、ブルーグリズリーはそうじゃない。
 正式な契約をしている訳ではなく、今はただ言う事を聞くだけの獣である。

「ぐぅ……これが地獄かッ!?」

 こんな生温い地獄があってたまるか……と、言いたいところではあるが、飯テロの恐ろしさは良く知っている。
 自由奔放に生きる野生の熊ともなると、我慢なぞしたこともないのだろう。
 そもそも従魔化は、ブルーグリズリーが自ら志願した事。その理由は至ってシンプル。美味そうな飯が食えそうだからだ。
 ダンジョンからの帰り道。カガリから人間との共存関係を聞き、興味を持ったのが始まりだった。
 人間を手伝えば、労せずして餌を貰えるのだ。広大な森を走り回り、餌を探す必要がない……というのが魅力的に聞こえたのだろう。
 自分をモデルケースとして、試しに従魔にと言い出したのである。
 こちらとしても都合がいいので、2つ返事で了承した。
 いずれアモンが帰ってきた時の説明役としては最適であり。単純に村の防衛力の強化に繋がるからだ。
 もちろんこちらの言うことを全面的に聞き入れることが条件だが、それも美味そうな餌の前では揺らいでしまっている様子。

「食うなよ!? 絶対食うなよ!? フリじゃないからな!?」

「ウルフ族でさえ出来た事! 俺に出来ぬはずがないッ!」

 ある意味この試験は、理に適っているのかもしれない……。


「時間です! 第1試験は合格です!」

 ミアの声が響くと同時に、目の前の餌にがっつき始めたブルーグリズリー。

「おい! まだ食っていいとは言ってないだろ! 半分残せ! 次の試験だ! 全部は食うなよ!?」

「そんなに騒いでどうしたのよ」

 その声に振り返ると、そこに立っていたのはネスト。
 村の復興の為、領主代理として暫く滞在しているのだが、丁度良かった。ブルーグリズリーの事は耳に入れておこうと思っていたのだ。

「あぁどうも。新しい従魔の登録試験ですよ」

「へぇ。ついに九条の軍門に下ったってところかしら? あれだけやってもようやく1体となると先が思いやられるわね」

 村に滞在しているのだ。最近の熊騒動は耳に入っている事だろう。

「軍門に下った――と言うのは少々語弊がありますね。どちらかというと和解といったところでしょうか……」

「ねじ伏せた――の間違いじゃないの? 和解って言っても1体でしょう?」

「いえ。コイツがブルーグリズリー達の王――というか元締めなんですよ。既に村との不可侵条約も締結済みです。口約束ですが……」

 そこからだ。ネストの目の色が変わって見えたのは気のせいではない。

「ちょっと九条! その話、詳しく聞かせて!」

 俺の手を取り、無理矢理に引っ張って行こうとするネストに驚きながらも、少々の抵抗を試みる。

「ちょっと待って下さいよ! 従魔登録試験の最中なんですけど!?」

「そんなことより大事な話よ! 試験なんてやんなくていいわよ! そんなの後で私が登録して本部には圧力かけとくから! 兎に角一緒に来て!」

 身も蓋もないと言うべきか、カガリという前例がある為、恐らくは本気なのだろう。

「えっ!? じゃぁコレは食っちまってもいいのか!?」

 目の前にはおおよそ半分だけ残ってる餌皿。
 どうやらちゃんと話は聞いていたようだが、それもネストの登場でどうでもよくなってしまった。

「あぁもう……好きにしろ!」

 それを聞いて満面の笑みを浮かべたブルーグリズリーは餌の入った器を持ち上げ、自分の口に流し込む。
 そんな幸せそうな顔を見ながらも、俺はずるずるとネストに引き摺られて行くのであった。
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