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第394話 放置と放棄
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最下層までの道のりは順調であった。先程と同じように先を行くフードルの後をついて行く。
ダンジョンハートが空になってからどれだけの月日が経っているのかは不明だが、少なくとも5年近く埋まっていたダンジョンだ。
所々が崩れているのは、エーテルが枯渇しダンジョンが脆くなったからだろう。そう考えれば入口の崩落もおかしなことではない。
それでも迷うことなく歩みを進められるのは、フードルが魔力の匂いとやらを辿っているから。
まるで地元だと言わんばかりの足取りは軽く、頼もしさの塊である。
「おにーちゃん。下ばっかり見てると危ないよ?」
「ああ。大丈夫だ」
階層としては地下6階と言ったところか。岩肌剥き出しの洞窟ではなく、ブロックの壁に囲まれた正方形に近い部屋。そのど真ん中にダンジョンハートは鎮座していた。
破損が見られないのは不幸中の幸いだが、俺のダンジョンの物と比べると随分と小さく、案の定と言うべきかその中身は空であり湿り気すら帯びていない。
その隣には壁に寄りかかるように座り俯くブルーグリズリー。視線を落とし意気消沈しているのは、探し人が見つからなかったからだ。
「……可能性として考えなかった訳じゃないが、魔族とは言え死には逆らえぬのだろう……。折角手伝ってもらったのに……すまない……」
まさに諦めの境地といった状態に、どう声を掛けてやればいいのか判断に迷うところではある。
少なくとも最悪の事態は免れているのだが……。
「だが、本当に魔族はここに住んでいたんだ! 嘘なんかじゃない! アモンという名の女性で……」
「待て待て。大丈夫だ。疑ってなんかいない」
探してもその痕跡は見つからない。故に魔族の存在を疑問視されるのではないかと考えたのだろう。
必死に言い訳をするブルーグリズリーはあまりにも不憫であり、その傷心を少しでも癒すことが出来ればと本当の事を教えてやることにした。
「そのアモンという魔族は死んでいない。恐らくだが魔界に帰ったんだ」
「……何故そう思う? 確かに知恵比べでは人間に勝てぬとわかってはいるが、嘘をついてまで慰めてくれなくて結構だ」
「そう卑屈になるな。嘘じゃない。現にここまでアモンの遺体はなかっただろう? 死んでいたら骨くらい残っていてもいいはずじゃないか」
「確かにそうだが、出入口が塞がれた状態でどうやって魔界に帰ったと言うのだ。新たな出口なぞなかったというのに……」
「ここにあるんだよ。なぁフードル?」
「うむ」
俺が指差したのは、空っぽのダンジョンハート。その形状はどう考えても出入口には見えず、贔屓目に見てもただの巨大なガラス瓶の出来損ない。
「この透明の筒が出口……だと?」
「ああ。魔族だけが使える通路? みたいなもんかな……。見せてやってくれフードル」
「うむ。ただ消えただけではない証拠に何か持ってこよう。何がいい?」
「そうだな……。じゃぁメイスを持って来てくれ。どれくらいかかる?」
「宝物庫から拝借するだけじゃからの。3分もあれば十分じゃわい」
そんな俺とのやり取りを見ていたブルーグリズリーは、警戒の色を含ませた視線を向ける。
「何をするつもりだ?」
「今からこのフードルが、俺のダンジョンに戻ってメイスを持って帰って来る。デュラハンが持っていたヤツだ」
「そんなこと出来るわけ……」
「まぁ、見てろって」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺とフードル。ブルーグリズリーの驚く顔が見れると思うと、口角が上がってしまうのも仕方のない事である。
「じゃぁ、行ってくる」
そう言ってフードルがダンジョンハートに触れた瞬間だった。
何か呪文のようなものでも唱えるのかと思えばそんなことはなく、瞬時にその姿が消えたのである。
「き……消えたッ!?」
予想通りの反応を見せるブルーグリズリー。そこにいないことを確かめる為か、フードルのいた場所で手を泳がせる。
「あまり近づくなよ? フードルが帰ってきたらぶつかるぞ」
その声が聞こえているのかいないのか、ブルーグリズリーの手がダンジョンハートに触れようとした瞬間、ダンジョンハートが僅かに輝きフードルが姿を現した。
「あらよっと……」
江戸っ子のような掛け声と共に地面に着地したフードル。その手には先程まで持っていなかった俺の下着付きメイスが握られていたのだ。
時間にしておよそ30秒。正直言って早すぎる。3分という話はどこに行ったのか……。
恐らくだが俺のダンジョンへと転移した瞬間、ダッシュでメイスを取りに行ったのだろう。それを想像すると笑いが込み上げてくるが、その努力はありがたい。
「ふむ。久しぶりの感覚じゃったわい」
「おぉー……」
目を皿のようにして驚きながらも、フードルを見上げパチパチと拍手するミア。
初めて手品を見た子供のようで可愛らしい事この上ないが、それは俺も同様だ。
すげぇな! と、はしゃぎたい気持ちをグッと抑え、素知らぬ顔で当たり前だと言わんばかりに振舞って見せる。
「どうだ? まだ信用出来ないか?」
「あ……あり得ん……」
わなわなと打ち震えながらも目を見開くブルーグリズリー。得意気な表情のフードルに向けているのは尊敬のまなざし……と言うより、奇異の目と言ったところか……。
思った通りに驚いてくれたので、こちらとしても大変満足である。
「今ので死んでいないことはわかっただろう? 残された選択肢は2つ。他のダンジョンに転移したのか、魔界に帰ったのかなんだよ」
「確率的には魔界に帰った可能性の方が圧倒的じゃ。恐らく生きているダンジョンは限りなく少ない。それを知っているとは思えんし、あったとしても枯れ果てるのは目に見えておるからの」
「……そうか……。少し……考える時間をくれ……。昨日今日と驚く事ばかりで頭が追い付かん……」
アモンが生きていると知り安堵しているのか、それともいなくなってしまった事を憂いているのか……。
先程とは打って変わって、何処か寂し気な表情でダンジョンハートを見上げるブルーグリズリー。
気持ちを整理する時間も必要なのだろう。今はそっとしておこうと、俺は皆を連れて部屋を後にした。
ダンジョンハートが空になってからどれだけの月日が経っているのかは不明だが、少なくとも5年近く埋まっていたダンジョンだ。
所々が崩れているのは、エーテルが枯渇しダンジョンが脆くなったからだろう。そう考えれば入口の崩落もおかしなことではない。
それでも迷うことなく歩みを進められるのは、フードルが魔力の匂いとやらを辿っているから。
まるで地元だと言わんばかりの足取りは軽く、頼もしさの塊である。
「おにーちゃん。下ばっかり見てると危ないよ?」
「ああ。大丈夫だ」
階層としては地下6階と言ったところか。岩肌剥き出しの洞窟ではなく、ブロックの壁に囲まれた正方形に近い部屋。そのど真ん中にダンジョンハートは鎮座していた。
破損が見られないのは不幸中の幸いだが、俺のダンジョンの物と比べると随分と小さく、案の定と言うべきかその中身は空であり湿り気すら帯びていない。
その隣には壁に寄りかかるように座り俯くブルーグリズリー。視線を落とし意気消沈しているのは、探し人が見つからなかったからだ。
「……可能性として考えなかった訳じゃないが、魔族とは言え死には逆らえぬのだろう……。折角手伝ってもらったのに……すまない……」
まさに諦めの境地といった状態に、どう声を掛けてやればいいのか判断に迷うところではある。
少なくとも最悪の事態は免れているのだが……。
「だが、本当に魔族はここに住んでいたんだ! 嘘なんかじゃない! アモンという名の女性で……」
「待て待て。大丈夫だ。疑ってなんかいない」
探してもその痕跡は見つからない。故に魔族の存在を疑問視されるのではないかと考えたのだろう。
必死に言い訳をするブルーグリズリーはあまりにも不憫であり、その傷心を少しでも癒すことが出来ればと本当の事を教えてやることにした。
「そのアモンという魔族は死んでいない。恐らくだが魔界に帰ったんだ」
「……何故そう思う? 確かに知恵比べでは人間に勝てぬとわかってはいるが、嘘をついてまで慰めてくれなくて結構だ」
「そう卑屈になるな。嘘じゃない。現にここまでアモンの遺体はなかっただろう? 死んでいたら骨くらい残っていてもいいはずじゃないか」
「確かにそうだが、出入口が塞がれた状態でどうやって魔界に帰ったと言うのだ。新たな出口なぞなかったというのに……」
「ここにあるんだよ。なぁフードル?」
「うむ」
俺が指差したのは、空っぽのダンジョンハート。その形状はどう考えても出入口には見えず、贔屓目に見てもただの巨大なガラス瓶の出来損ない。
「この透明の筒が出口……だと?」
「ああ。魔族だけが使える通路? みたいなもんかな……。見せてやってくれフードル」
「うむ。ただ消えただけではない証拠に何か持ってこよう。何がいい?」
「そうだな……。じゃぁメイスを持って来てくれ。どれくらいかかる?」
「宝物庫から拝借するだけじゃからの。3分もあれば十分じゃわい」
そんな俺とのやり取りを見ていたブルーグリズリーは、警戒の色を含ませた視線を向ける。
「何をするつもりだ?」
「今からこのフードルが、俺のダンジョンに戻ってメイスを持って帰って来る。デュラハンが持っていたヤツだ」
「そんなこと出来るわけ……」
「まぁ、見てろって」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる俺とフードル。ブルーグリズリーの驚く顔が見れると思うと、口角が上がってしまうのも仕方のない事である。
「じゃぁ、行ってくる」
そう言ってフードルがダンジョンハートに触れた瞬間だった。
何か呪文のようなものでも唱えるのかと思えばそんなことはなく、瞬時にその姿が消えたのである。
「き……消えたッ!?」
予想通りの反応を見せるブルーグリズリー。そこにいないことを確かめる為か、フードルのいた場所で手を泳がせる。
「あまり近づくなよ? フードルが帰ってきたらぶつかるぞ」
その声が聞こえているのかいないのか、ブルーグリズリーの手がダンジョンハートに触れようとした瞬間、ダンジョンハートが僅かに輝きフードルが姿を現した。
「あらよっと……」
江戸っ子のような掛け声と共に地面に着地したフードル。その手には先程まで持っていなかった俺の下着付きメイスが握られていたのだ。
時間にしておよそ30秒。正直言って早すぎる。3分という話はどこに行ったのか……。
恐らくだが俺のダンジョンへと転移した瞬間、ダッシュでメイスを取りに行ったのだろう。それを想像すると笑いが込み上げてくるが、その努力はありがたい。
「ふむ。久しぶりの感覚じゃったわい」
「おぉー……」
目を皿のようにして驚きながらも、フードルを見上げパチパチと拍手するミア。
初めて手品を見た子供のようで可愛らしい事この上ないが、それは俺も同様だ。
すげぇな! と、はしゃぎたい気持ちをグッと抑え、素知らぬ顔で当たり前だと言わんばかりに振舞って見せる。
「どうだ? まだ信用出来ないか?」
「あ……あり得ん……」
わなわなと打ち震えながらも目を見開くブルーグリズリー。得意気な表情のフードルに向けているのは尊敬のまなざし……と言うより、奇異の目と言ったところか……。
思った通りに驚いてくれたので、こちらとしても大変満足である。
「今ので死んでいないことはわかっただろう? 残された選択肢は2つ。他のダンジョンに転移したのか、魔界に帰ったのかなんだよ」
「確率的には魔界に帰った可能性の方が圧倒的じゃ。恐らく生きているダンジョンは限りなく少ない。それを知っているとは思えんし、あったとしても枯れ果てるのは目に見えておるからの」
「……そうか……。少し……考える時間をくれ……。昨日今日と驚く事ばかりで頭が追い付かん……」
アモンが生きていると知り安堵しているのか、それともいなくなってしまった事を憂いているのか……。
先程とは打って変わって、何処か寂し気な表情でダンジョンハートを見上げるブルーグリズリー。
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