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第391話 恩人
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「主、目を覚ましますよ」
カガリの言葉に視線を向けると、ゆっくりと目を開けたブルーグリズリー。寝ぼけ眼で僅かに顔を上げると、不安そうにキョロキョロと辺りを見渡した。
「ここは……?」
ここはシャーリーが建ててくれた従魔専用の宿舎。ギルドの裏手にある割と新しめな建物だ。
ブルーグリズリーほどの巨躯を匿える場所は、そう多くない。
農機具を仕舞う倉庫や家畜の厩舎という選択肢もあったのだが、村人に迷惑を掛けるわけにもいかず、この場所に落ち着いた。
「倒れたお前を放置する訳にもいかんから、治療して安全な場所に運んだだけだ。騒いだり暴れたりしなければすぐに森に帰してやる。……調子はどうだ? 動けそうか?」
ゆっくりと身体を起こすブルーグリズリー。お尻を床にペタリとつけ、後ろ足を前に出す座り方は熊特有のものだが、パンダとは違い可愛らしさは皆無。
「立つなよ? 天井に頭を打つぞ」
ブルーグリズリーの心配も勿論ではあるが、その比率は2割程度。残りの不安は天井と壁板の強度である。
「痛みがない……。お前がやったのか?」
「いいや。治したのはミアだ」
振り返るとミアはカガリに寄りかかり、すやすやと寝息を立てていた。
既に外は真っ暗。そろそろ日付が変わる頃だ。それに加え瀕死のブルーグリズリーを完璧に治療したのだから、疲れて寝てしまってもなんら不思議ではない。
「何故、俺を助けた?」
予想外の言葉に眉を細めた。まずはどうやって治したのかを聞かれると思っていたからだ。
どうやら魔法の知識は持ち合わせているらしい。
「不満か? こちらとしては村の安全が保障されればそれでいいんだ。お前が死ぬと新たな王が即位するんだろ? またそいつを説得するのも面倒だからな」
「俺達は……許されたのか?」
「許す……とかではないんだが、まぁそう思うならそれでいい。そもそも最初から事を構えようとはしていない。話し合いのつもりだったが、いらぬ挑発をしたのはキングの方だ。ただ断られただけならここまでしようとは考えなかった。俺は村を守っただけに過ぎない」
「俺達は森を追われずに済むのだな?」
「そう言っている。俺が信じられないのか? お前達を本気で根絶やしにするつもりならデュラハン1体なんてケチ臭いことはしない。お前を治療する理由もないしな」
ようやく緊張の糸が途切れたのかホッとした様子のブルーグリズリー。
するとそこへやってきたのは、大きな麻袋を背負ったワダツミとコクセイだ。
「ほう、起きていたか」
「我が主の寛大な措置に感謝するんだな」
入って来るなり、上から目線でブルーグリズリーを睨みつける。
「余計なことは言わんでいい」
そんな2匹を呆れながらも窘めると、背負っていた麻袋をブルーグリズリーの前で無造作にひっくり返す。
ゴロゴロと床に転がり出たのは、種類豊富な果物の数々と綺麗に下処理された生肉の塊。
「これは……」
「腹減ってるだろ? 足りないかもしれないが、少しはマシになるはずだ。流した血は魔法でも戻らないからな。帰る前に食えるだけ食って体力を戻しておけ」
「何から何まで、すまない……」
そう言いながらも、ブルーグリズリーは目の前の食べ物に中々手を付けなかった。
寝起きで食欲が湧いていないのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
ブルーグリズリーが見つめるその先には、大きなブロック肉の塊。恐らくはその正体に頭を悩ませているのだろう。
肉食動物が共食いをするのは知っている。だが、熊肉が余っているからと、同族を食わせるようなことはしない。
俺はそれを見て愉しむような、猟奇的な趣味を持ち合わせている訳でもサイコパスのような精神異常者でもないのだ。
「大丈夫だ。それは同族じゃない」
予想通りと言うべきか、それを皮切りにバクバクと物を口に運んでいくブルーグリズリー。
その食べっぷりは正に豪快。飛び散る果汁に滴る肉汁。それとついでに涎もだ。
後で掃除するのは俺なのだが、綺麗に食べろと言ったところでそんな習慣、野生の獣にあるはずがない。
常々思うのだが、後で口の周りがベトベトになって不快感を覚えたりはしないのだろうか?
「そういえば、お前達が森に拘る理由をまだ聞いていなかったな」
そう口にした瞬間。ブルーグリズリーの手がピタリと止まった。
「それは……言えない……」
「何故だ?」
「お前が……人間だからだ……」
人間だから言えない理由……。獣にしか知り得ない何かがあるのだろうか?
ザッと考えてはみたものの、それだけではわかるはずもない。
「ってことは、俺の従魔達なら言えるってことだな?」
「もちろんだ……。だが、それをお前に伝えてしまうならやはり言えない。これだけは言っておくが、感謝はしている。お前を怒らせたいわけじゃない」
そりゃそんな屁理屈で考えを改めるなら世話はない。案の定ブルーグリズリーの表情は難色を示している。
そこまで隠そうとする意図はなんなのか……。あの場所には何かが隠されているとでも言うのだろうか?
「あの場所がお前達にとって深い意味を持つことは理解した。その秘密を知っても今後一切あの場所には近づかないと約束しよう。それでもダメか? それとも俺が信用ならないか?」
「違う。そうじゃない。それを知ればお前も不幸になる。村の事を考えるならこれ以上踏み込むのはやめておけ」
そう言われると、俄然気になってしまうのが人の性。もちろん俺も例外ではない。
人間には教えられない事で、それを知ると村にも危機が及ぶと言うのなら、考えられる可能性はそう多くないだろう。
1つは強大な敵の存在だ。むやみやたらに封印を解いた所為で村が滅ぶというパターン。
事実、四天魔獣皇がいるのだ。他に封印されている魔獣や魔物がいても、おかしなことではない。
もう1つは、疫病の類。医学の知識が乏しい地域にみられる現象だ。
永久凍土が解け、その中に病原体が含まれていたり、隕石などに付着してるパターン。
目に見えない為、天罰や祟りに勘違いされることが多い。人間には害を及ぼすが、獣には感染しないタイプなのかもしれない。
だが、それだと既に俺はアウトのような気もする。既にキングとの対話の為、あの場所に暫く留まっていたのだから。
「もしかして、人間があの場所に近づくと、謎の死を遂げたりするのか?」
「いや……そうではない」
その答えに、ひとまず内心ホッとした。ならば消去法である。
「なら……」
そこでハッとしたのは、もう1つの可能性に気が付いたから。
人には敵わない存在であり、知られる事さえタブーであるとされる者の正体……。
「もしかして、魔族か?」
そう口にした刹那のブルーグリズリーの反応は、それが正解であることを暗に示していたのだ。
諦めにも似た表情で溜息をつくブルーグリズリー。視線を落とし少々身体が小さくなったように見えたのは、背中を丸めたから。
「そうだ……」
そう思われても仕方のない事だろう。人類と魔族は常に争ってきた。それは歴史が証明している。
しかし、問題はそこではなく、その存在を隠していた真意がどこにあるのかである。
「やはり討伐の為に動くのだろう?」
覇気のない弱々しい声。俺はそれにあっさりとした口調で答える。
「いや?」
まるで暖簾を腕で押したかのような軽さの返事。少々バカにしているようにも聞こえるが、それでいいのだ。
俺達にとってそれは重要ではないと知ってもらう為、敢えてそうしたのである。
「気休めはいらない。人間と魔族がいがみ合う存在であることは知っている」
「気休めじゃないさ。村に手を出さなければ、こちらからは干渉しないと言っただろう? たとえそれが魔族であろうと変わらない」
「……本当か?」
「もちろんだ。むしろ人間の中で魔族との対話を試みようとする気概を持っているのは、俺くらいのものだぞ? お前だってこうして俺と話しているじゃないか。そこに何の違いがある?」
それを信じたのかは不明だが、ブルーグリズリーは大きく溜息をつくと、森を去らなかった本当の理由を淡々と話し始めた。
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「痛みがない……。お前がやったのか?」
「いいや。治したのはミアだ」
振り返るとミアはカガリに寄りかかり、すやすやと寝息を立てていた。
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どうやら魔法の知識は持ち合わせているらしい。
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「俺達は……許されたのか?」
「許す……とかではないんだが、まぁそう思うならそれでいい。そもそも最初から事を構えようとはしていない。話し合いのつもりだったが、いらぬ挑発をしたのはキングの方だ。ただ断られただけならここまでしようとは考えなかった。俺は村を守っただけに過ぎない」
「俺達は森を追われずに済むのだな?」
「そう言っている。俺が信じられないのか? お前達を本気で根絶やしにするつもりならデュラハン1体なんてケチ臭いことはしない。お前を治療する理由もないしな」
ようやく緊張の糸が途切れたのかホッとした様子のブルーグリズリー。
するとそこへやってきたのは、大きな麻袋を背負ったワダツミとコクセイだ。
「ほう、起きていたか」
「我が主の寛大な措置に感謝するんだな」
入って来るなり、上から目線でブルーグリズリーを睨みつける。
「余計なことは言わんでいい」
そんな2匹を呆れながらも窘めると、背負っていた麻袋をブルーグリズリーの前で無造作にひっくり返す。
ゴロゴロと床に転がり出たのは、種類豊富な果物の数々と綺麗に下処理された生肉の塊。
「これは……」
「腹減ってるだろ? 足りないかもしれないが、少しはマシになるはずだ。流した血は魔法でも戻らないからな。帰る前に食えるだけ食って体力を戻しておけ」
「何から何まで、すまない……」
そう言いながらも、ブルーグリズリーは目の前の食べ物に中々手を付けなかった。
寝起きで食欲が湧いていないのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
ブルーグリズリーが見つめるその先には、大きなブロック肉の塊。恐らくはその正体に頭を悩ませているのだろう。
肉食動物が共食いをするのは知っている。だが、熊肉が余っているからと、同族を食わせるようなことはしない。
俺はそれを見て愉しむような、猟奇的な趣味を持ち合わせている訳でもサイコパスのような精神異常者でもないのだ。
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常々思うのだが、後で口の周りがベトベトになって不快感を覚えたりはしないのだろうか?
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そう口にした瞬間。ブルーグリズリーの手がピタリと止まった。
「それは……言えない……」
「何故だ?」
「お前が……人間だからだ……」
人間だから言えない理由……。獣にしか知り得ない何かがあるのだろうか?
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「ってことは、俺の従魔達なら言えるってことだな?」
「もちろんだ……。だが、それをお前に伝えてしまうならやはり言えない。これだけは言っておくが、感謝はしている。お前を怒らせたいわけじゃない」
そりゃそんな屁理屈で考えを改めるなら世話はない。案の定ブルーグリズリーの表情は難色を示している。
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覇気のない弱々しい声。俺はそれにあっさりとした口調で答える。
「いや?」
まるで暖簾を腕で押したかのような軽さの返事。少々バカにしているようにも聞こえるが、それでいいのだ。
俺達にとってそれは重要ではないと知ってもらう為、敢えてそうしたのである。
「気休めはいらない。人間と魔族がいがみ合う存在であることは知っている」
「気休めじゃないさ。村に手を出さなければ、こちらからは干渉しないと言っただろう? たとえそれが魔族であろうと変わらない」
「……本当か?」
「もちろんだ。むしろ人間の中で魔族との対話を試みようとする気概を持っているのは、俺くらいのものだぞ? お前だってこうして俺と話しているじゃないか。そこに何の違いがある?」
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