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第389話 産地直送

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「おっさん。一応準備は出来たけど、食材は?」

「あぁ。そのうち届くよ」

「そのうちって……。届かなかったらどうすんのさ」

「心配するなって」

 翌日の早朝。ミアと一緒にギルドへと出勤。そのまま食堂にてレベッカ相手にお茶を啜る。
 冒険者達はまだ姿を見せず、辺りは静か。時折聞こえてくるのは天井の軋む音くらいのものだ。
 仕込みを終えたレベッカはカウンター近くのテーブルから椅子を引き出し、逆向きに座る。

「おっさんは知らないかもしれないけど、鍋ってのは出汁が重要なワケよ。それがあそこに入ってんの。わかるぅ?」

 レベッカの恨めしそうな視線の先には、カウンターから顔を覗かせるほどの巨大な寸胴。

「それくらいは知ってるよ」

「無料で食材を調達して来てくれるって言うのはありがたいんだけどさ、アレを維持するのも結構大変なワケよ」

 もちろんそれも理解している。こっちの世界じゃガスコンロもIHもない。
 人力で火加減を調節しているのだから、それには頭が下がる思いだ。

「そうだな。いつも美味い飯をありがとうな」

「よせやい……。面と向かって言われると照れるじゃないか……。って、そーじゃねんだわ」

 顔を赤くしたかと思えば、ノリツッコミのキレは好調な様子。

「じゃぁなんだ?」

「言わなくてもわかるだろ? 出汁が無駄になるからさっさと食材を捕って来てくれよ」

「だからそれはそのうち届くと何度言えば……」

「そのうち届くって言われてもねぇ……。村の再建に尽力してくれてる大工達に無料で鍋を振舞うっていうのは良い案だとは思うよ? みんな喜んでくれるだろうけど、何人分作ると思ってんのさ。そろそろ狩りに行かないと間に合わないんじゃない? 従魔達が狩に行った様子もないし……」

 レベッカがチラリと視線を落とすと、俺の足元で丸くなっているワダツミと白狐。
 カガリは言わずもがなミアと一緒。コクセイはアーニャと西門の見張りだ。

「……わかった! アンカース家のお嬢様にでも頼んだんだろ? それならそうと……」

「そういや、ネストさんは良く顔を出すのか?」

「ん? ああ。最近よく来るよ。決まってA定食をオーダーするから、あまり接点のない私でもすぐに覚えちまったよ」

 ネストはネストで忙しそうである。村の復興にかかる修繕費がいくらになるのかは知らないが、関係者を招いての協議の場では貴族たる風格をこれでもかと見せていた。
 やはり人の上に立つ者はオーラが違う。テキパキと人をまとめ上げるその手腕は、是非見習いたいものだ。

 そんなことを考えていると、おもむろに立ち上がった白狐。
 ピンと立った耳を器用に前方へ向けたかと思うと溜息をつき、またすぐに寝そべった。

「九条殿。うるさいのが来ましたよ?」

 その言い方は、明らかに呆れていた。

「やっと来たか……」

「え? なにが?」

 ボソリと呟いたその意味が解らず、聞き返すレベッカ。
 それに反応しないでいると、突然、食堂の扉が盛大に開け放たれる。

「大変だ九条ッ!!」

 息を切らしながらも大声で俺を呼んだのは、東門の見張りを担当していたカイルである。
 俺はそんなカイルに不敵な笑みを浮かべて見せた。

「すぐに行く。荷車は何台必要だ?」

「えっ!? ……いや、そうなんだが、何があったのか知ってるのか?」

「ああ。ブルーグリズリーが落ちてるんだろ?」

「落ち……いや、死んでる……。死んでる場合は落ちてるって言うのか?」

 若干混乱気味のカイルは見ていて愉快ではあるのだが、鍋の食材問題は万事解決である。

「な? 届いただろ?」

 俺達のやり取りを黙って見ていたレベッカにウィンクをして見せると、イマイチ状況が飲み込めていないのかレベッカは僅かに首を傾げ、訝し気な目を向けていた。


 ギルドの荷車を借り東門へ向かうと、そこに放置されていたのは2体のブルーグリズリー。もちろん息はしていない。
 後頭部から首元にかけての殴打が死因であるとハッキリわかる外傷。逆にそれ以外は綺麗なものだ。

「知ってたなら教えてくれよ九条……。心臓が止まるかと思ったぜ……」

 いくら狩人レンジャーのトラッキングスキルとは言え、死んでいるものには反応しない。
 門を開けたら目の前にブルーグリズリーの遺体だ。そりゃビビりもするだろう。

「すまんな。お詫びにカイルにも熊鍋を御馳走するよ。その代わりに血抜きと解体を手伝ってくれ」

「いいのか!? ……って言いたいとこだけど、そもそもなんでブルーグリズリーの死体が?」

「ああ、一昨日だったかな。東の森を統べているブルーグリズリーの王と話す機会があってな。村を襲うなって言ったら断られたから殲滅することにしたんだ」

「はぁ!? 殲滅って言ったのか?」

「そうだが?」

「そうだが……って、そんな軽く言うなよ……」

 実際、俺がこの村に厄介になるまで、ブルーグリズリーがそれなりに深刻な問題であった事は聞いていた。
 東の森の半分が焼かれ、生息域が狭まればそれだけ遭遇率も高くなる。その殲滅がどれだけ難しい事なのかは想像に難くない。
 そもそも何体のブルーグリズリーが生息しているのかも不明。数体か、数十体か……。数百は考えにくいが、無きにしも非ずだ。
 やるとするならかなりの人出が必要になる。それも殆どがブルーグリズリーを仕留められるほどの強者でなくてはならない。
 カネに糸目をつけないのならそれも可能なのかもしれないが、リターンもなしに計画する者はいないだろう。

「まぁ、殲滅と言っても今すぐにとはいかんがな」

 とは言え、殲滅は最悪の事態を想定した場合の話。理想は村を襲わなければそれでいい。
 だから俺は、ブルーグリズリー達に恐怖を植え付けようと考えた。ブルーグリズリーとは言え所詮は獣。本能には逆らえまい。
 東の森に解き放たれたデュラハンは、ブルーグリズリーを見かけたら容赦なく狩る殺戮マシーン。
 強化されたスケルトンホースの足からは何人たりとも逃れることは叶わず、デュラハンに持たせたメイスには、俺の匂いが付いている下着をしっかりと括りつけておいた。
 そんな圧倒的強者を相手に、命を賭けた鬼ごっこ。恐れおののき森から姿を消すならそれでよし。そうじゃなければ、ブルーグリズリーを見なくなるまで永遠と続けるだけである。
 生態系なぞ知ったことではない。やるからにはとことんやってやろうではないか。
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