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第386話 熊鍋
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話を終えるとワダツミを残し、ブルーグリズリーの後ろをついて行く。
徐々に小さくなっていくワダツミ。その姿が岩陰に隠れさらに奥へと進んでいくと、岩肌が多く露出している禿山が眼下に広がった。
見晴らしがよく絶景ではあるのだが、同時に悲壮感を覚えてしまうのは、身勝手な人間が森を焼いてしまった現実がこれなのだと見せつけられている様にも感じてしまったから。
急な山肌を降り続けると、聞こえてきたのは激しく流れる水の音。
見えてきたのは幅5メートルほどの河川。急流とはいかないまでも、そこそこの水流だ。
その周りにだけチラホラと生い茂る緑はまだ雑草程度とは言え、少しづつ森が再生しているかのようにも見える。
上流ではゴツゴツとした大きな岩の間を縫うように流れる水が飛沫を上げ、自然の力強さを物語っているかのようでもあった。
「ここを渡るのか?」
俺の言葉が聞こえなかったのか、ブルーグリズリーは遠慮なしに川の中へと入っていく。
ザブザブと豪快に進むブルーグリズリー。深さは成人男性の股下くらいはあるだろうか。濡れたくないというよりも、そこまで浸かれば流されてしまわないか不安なレベル。
不安定な足場では、助走をつけても飛び越えられる気はしない。
他に渡れそうな所がないかと辺りを見渡すと、飛び石になりそうな岩の連なりが目に入る。
「あっちから渡るからちょっと待っててくれ」
それが聞こえていたのかは不明だが、急ぎながらも苔で足を滑らせないようにと軽快なステップで岩の上を飛んでいく。
まるでアスレチックのような川渡りを難なく突破し安堵していると、ゆっくりと近づいて来るブルーグリズリー。
それに気付いた俺は、大丈夫だからと片手を上げて応えて見せる。
「待たせたのならすまない。先を急ごう」
ブルーグリズリーからの返事はなく、僅かに口角を上げるとそのまま後ろ足で立ち上がり、俺を上から睨みつけた。
「バカな人間め……」
それは場の雰囲気がガラリと変わってしまうほどの威圧感。
いやいや、まさか……と思慮しつつも、俺の勘違いかもしれないと一旦はわざと呆けて見せる。
「まぁ、自分の事を頭がいいと思ったことはないが……」
「貴様は川を渡ったことで、自分の痕跡を絶ってしまったのだ」
「痕跡?」
「そう。匂いだよ。水の流れはそれを曖昧にする。人間の嗅覚にはわからんだろうがな」
確かに匂いはわからないが、知識としては知っている。だから何だと言うのか……。
「まだわからんのか? 危機感のない奴め。もうお前を助けに来る奴はいないって事だ! ガハハッ……」
実に楽しそうでなによりだが、それにつき合っている暇はない。
「だからなんだ。早く王の所に案内してくれ。日が暮れると面倒だ」
「バカめ! 最初から案内なぞしていないんだよ! お前は大人しく俺の腹に……」
ブルーグリズリーが悠長に喋っている間に握り締めていた金剛杵を振り上げ、そのままブルーグリズリーの右頬を叩く。
「ぶヴェ……ッ……!?」
辺りに響く汚い悲鳴と鈍い音。流石は熊と言うべきか、そこそこ力を入れたつもりなのだが、少しよろめいただけで倒れはしない。
とは言え負傷は免れず、顎の骨は砕けてしまっているだろう。飛び散る鮮血で服が汚れては敵わないと、俺は少しだけ後ろへ引いた。
「……えっ!?」
恐らくは自分の身に何が起きたのかわからなかったのだ。もしくは、人間なんぞに殴られたことが余程ショックだったと見える。
時が止まったかのような間が空くも、ぼたぼたと不快な音を立てて地面に垂れる粘度の高い血液が、無情にもそれを否定した。
「えっ!? じゃねぇよ! どんだけ歩いたと思ってんだボケぇぇぇぇ!!」
魂の咆哮と言っても差し支えない。コイツが案内をしていなかったのならここまで歩いて来た苦労は、全て水の泡であったということだ。
とんだ無駄足である。ワダツミさえいなければ勝てると……そう思ったのだろうが、所詮は獣の浅知恵だ。
せっかく話し合いで解決してやろうと言っているのに、そっちがその気なら獣流のやり方に合わせてやるだけ。所謂実力行使である。
「1度しか言わないからよく聞けよ? ここで鍋の材料になるか、王の所まで案内するか。お前が選べ」
もちろん冗談なんかではない。過去、シャーリーとカイルが仕留めたブルーグリズリーはおいしい鍋になった。
少々筋肉質で歯ごたえはあったものの、レベッカが肉を4時間もじっくりコトコト煮込んだおかげで、それはそれは絶品の鍋であった。
そんな熊鍋をもう1度味わうのも悪くない。今夜は鍋でレッツパーリィ。殺生とは無益に命を奪う行為であり、それが食べる為であるならば仏様も許してくれるのである。
「クソほど時間を使わせやがって……。10秒以内に決めろ」
ブルーグリズリーの顎下に金剛杵を突きつける。
それが本気であるとわからせる為、出来るだけ低い声でドスを利かせて喋ってはいるのだが、相手を見上げているからか迫力はなく、少々不格好であると言わざるを得ない。
まるで熊に向かって予告ホームランをしている気分だ……。
「10……9……いや、10秒は長ぇな。3秒で決めろ。……2秒前……1……ゼ……」
「わかったッ! 今度はちゃんと案内するッ!」
顎が砕けている所為か、少々歪にも聞こえる声。熊が後退って行くところを始めて見たかもしれない。
「後どれくらい歩けば辿り着く? 1秒でもオーバーしたら、お前はそこで鍋確定だ」
まさか1撃で上下関係がハッキリするとは思わなかったが、ブルーグリズリーの目は恐怖に染まり、以降は言うことをちゃんと聞くようになった。
徐々に小さくなっていくワダツミ。その姿が岩陰に隠れさらに奥へと進んでいくと、岩肌が多く露出している禿山が眼下に広がった。
見晴らしがよく絶景ではあるのだが、同時に悲壮感を覚えてしまうのは、身勝手な人間が森を焼いてしまった現実がこれなのだと見せつけられている様にも感じてしまったから。
急な山肌を降り続けると、聞こえてきたのは激しく流れる水の音。
見えてきたのは幅5メートルほどの河川。急流とはいかないまでも、そこそこの水流だ。
その周りにだけチラホラと生い茂る緑はまだ雑草程度とは言え、少しづつ森が再生しているかのようにも見える。
上流ではゴツゴツとした大きな岩の間を縫うように流れる水が飛沫を上げ、自然の力強さを物語っているかのようでもあった。
「ここを渡るのか?」
俺の言葉が聞こえなかったのか、ブルーグリズリーは遠慮なしに川の中へと入っていく。
ザブザブと豪快に進むブルーグリズリー。深さは成人男性の股下くらいはあるだろうか。濡れたくないというよりも、そこまで浸かれば流されてしまわないか不安なレベル。
不安定な足場では、助走をつけても飛び越えられる気はしない。
他に渡れそうな所がないかと辺りを見渡すと、飛び石になりそうな岩の連なりが目に入る。
「あっちから渡るからちょっと待っててくれ」
それが聞こえていたのかは不明だが、急ぎながらも苔で足を滑らせないようにと軽快なステップで岩の上を飛んでいく。
まるでアスレチックのような川渡りを難なく突破し安堵していると、ゆっくりと近づいて来るブルーグリズリー。
それに気付いた俺は、大丈夫だからと片手を上げて応えて見せる。
「待たせたのならすまない。先を急ごう」
ブルーグリズリーからの返事はなく、僅かに口角を上げるとそのまま後ろ足で立ち上がり、俺を上から睨みつけた。
「バカな人間め……」
それは場の雰囲気がガラリと変わってしまうほどの威圧感。
いやいや、まさか……と思慮しつつも、俺の勘違いかもしれないと一旦はわざと呆けて見せる。
「まぁ、自分の事を頭がいいと思ったことはないが……」
「貴様は川を渡ったことで、自分の痕跡を絶ってしまったのだ」
「痕跡?」
「そう。匂いだよ。水の流れはそれを曖昧にする。人間の嗅覚にはわからんだろうがな」
確かに匂いはわからないが、知識としては知っている。だから何だと言うのか……。
「まだわからんのか? 危機感のない奴め。もうお前を助けに来る奴はいないって事だ! ガハハッ……」
実に楽しそうでなによりだが、それにつき合っている暇はない。
「だからなんだ。早く王の所に案内してくれ。日が暮れると面倒だ」
「バカめ! 最初から案内なぞしていないんだよ! お前は大人しく俺の腹に……」
ブルーグリズリーが悠長に喋っている間に握り締めていた金剛杵を振り上げ、そのままブルーグリズリーの右頬を叩く。
「ぶヴェ……ッ……!?」
辺りに響く汚い悲鳴と鈍い音。流石は熊と言うべきか、そこそこ力を入れたつもりなのだが、少しよろめいただけで倒れはしない。
とは言え負傷は免れず、顎の骨は砕けてしまっているだろう。飛び散る鮮血で服が汚れては敵わないと、俺は少しだけ後ろへ引いた。
「……えっ!?」
恐らくは自分の身に何が起きたのかわからなかったのだ。もしくは、人間なんぞに殴られたことが余程ショックだったと見える。
時が止まったかのような間が空くも、ぼたぼたと不快な音を立てて地面に垂れる粘度の高い血液が、無情にもそれを否定した。
「えっ!? じゃねぇよ! どんだけ歩いたと思ってんだボケぇぇぇぇ!!」
魂の咆哮と言っても差し支えない。コイツが案内をしていなかったのならここまで歩いて来た苦労は、全て水の泡であったということだ。
とんだ無駄足である。ワダツミさえいなければ勝てると……そう思ったのだろうが、所詮は獣の浅知恵だ。
せっかく話し合いで解決してやろうと言っているのに、そっちがその気なら獣流のやり方に合わせてやるだけ。所謂実力行使である。
「1度しか言わないからよく聞けよ? ここで鍋の材料になるか、王の所まで案内するか。お前が選べ」
もちろん冗談なんかではない。過去、シャーリーとカイルが仕留めたブルーグリズリーはおいしい鍋になった。
少々筋肉質で歯ごたえはあったものの、レベッカが肉を4時間もじっくりコトコト煮込んだおかげで、それはそれは絶品の鍋であった。
そんな熊鍋をもう1度味わうのも悪くない。今夜は鍋でレッツパーリィ。殺生とは無益に命を奪う行為であり、それが食べる為であるならば仏様も許してくれるのである。
「クソほど時間を使わせやがって……。10秒以内に決めろ」
ブルーグリズリーの顎下に金剛杵を突きつける。
それが本気であるとわからせる為、出来るだけ低い声でドスを利かせて喋ってはいるのだが、相手を見上げているからか迫力はなく、少々不格好であると言わざるを得ない。
まるで熊に向かって予告ホームランをしている気分だ……。
「10……9……いや、10秒は長ぇな。3秒で決めろ。……2秒前……1……ゼ……」
「わかったッ! 今度はちゃんと案内するッ!」
顎が砕けている所為か、少々歪にも聞こえる声。熊が後退って行くところを始めて見たかもしれない。
「後どれくらい歩けば辿り着く? 1秒でもオーバーしたら、お前はそこで鍋確定だ」
まさか1撃で上下関係がハッキリするとは思わなかったが、ブルーグリズリーの目は恐怖に染まり、以降は言うことをちゃんと聞くようになった。
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