生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
386 / 638

第386話 熊鍋

しおりを挟む
 話を終えるとワダツミを残し、ブルーグリズリーの後ろをついて行く。
 徐々に小さくなっていくワダツミ。その姿が岩陰に隠れさらに奥へと進んでいくと、岩肌が多く露出している禿山が眼下に広がった。
 見晴らしがよく絶景ではあるのだが、同時に悲壮感を覚えてしまうのは、身勝手な人間が森を焼いてしまった現実がこれなのだと見せつけられている様にも感じてしまったから。

 急な山肌を降り続けると、聞こえてきたのは激しく流れる水の音。
 見えてきたのは幅5メートルほどの河川。急流とはいかないまでも、そこそこの水流だ。
 その周りにだけチラホラと生い茂る緑はまだ雑草程度とは言え、少しづつ森が再生しているかのようにも見える。
 上流ではゴツゴツとした大きな岩の間を縫うように流れる水が飛沫を上げ、自然の力強さを物語っているかのようでもあった。

「ここを渡るのか?」

 俺の言葉が聞こえなかったのか、ブルーグリズリーは遠慮なしに川の中へと入っていく。
 ザブザブと豪快に進むブルーグリズリー。深さは成人男性の股下くらいはあるだろうか。濡れたくないというよりも、そこまで浸かれば流されてしまわないか不安なレベル。
 不安定な足場では、助走をつけても飛び越えられる気はしない。
 他に渡れそうな所がないかと辺りを見渡すと、飛び石になりそうな岩の連なりが目に入る。

「あっちから渡るからちょっと待っててくれ」

 それが聞こえていたのかは不明だが、急ぎながらも苔で足を滑らせないようにと軽快なステップで岩の上を飛んでいく。
 まるでアスレチックのような川渡りを難なく突破し安堵していると、ゆっくりと近づいて来るブルーグリズリー。
 それに気付いた俺は、大丈夫だからと片手を上げて応えて見せる。

「待たせたのならすまない。先を急ごう」

 ブルーグリズリーからの返事はなく、僅かに口角を上げるとそのまま後ろ足で立ち上がり、俺を上から睨みつけた。

「バカな人間め……」

 それは場の雰囲気がガラリと変わってしまうほどの威圧感。
 いやいや、まさか……と思慮しつつも、俺の勘違いかもしれないと一旦はわざと呆けて見せる。

「まぁ、自分の事を頭がいいと思ったことはないが……」

「貴様は川を渡ったことで、自分の痕跡を絶ってしまったのだ」

「痕跡?」

「そう。匂いだよ。水の流れはそれを曖昧にする。人間の嗅覚にはわからんだろうがな」

 確かに匂いはわからないが、知識としては知っている。だから何だと言うのか……。

「まだわからんのか? 危機感のない奴め。もうお前を助けに来る奴はいないって事だ! ガハハッ……」

 実に楽しそうでなによりだが、それにつき合っている暇はない。

「だからなんだ。早く王の所に案内してくれ。日が暮れると面倒だ」

「バカめ! 最初から案内なぞしていないんだよ! お前は大人しく俺の腹に……」

 ブルーグリズリーが悠長に喋っている間に握り締めていた金剛杵を振り上げ、そのままブルーグリズリーの右頬を叩く。

「ぶヴェ……ッ……!?」

 辺りに響く汚い悲鳴と鈍い音。流石は熊と言うべきか、そこそこ力を入れたつもりなのだが、少しよろめいただけで倒れはしない。
 とは言え負傷は免れず、顎の骨は砕けてしまっているだろう。飛び散る鮮血で服が汚れては敵わないと、俺は少しだけ後ろへ引いた。

「……えっ!?」

 恐らくは自分の身に何が起きたのかわからなかったのだ。もしくは、人間なんぞに殴られたことが余程ショックだったと見える。
 時が止まったかのような間が空くも、ぼたぼたと不快な音を立てて地面に垂れる粘度の高い血液が、無情にもそれを否定した。

「えっ!? じゃねぇよ! どんだけ歩いたと思ってんだボケぇぇぇぇ!!」

 魂の咆哮と言っても差し支えない。コイツが案内をしていなかったのならここまで歩いて来た苦労は、全て水の泡であったということだ。
 とんだ無駄足である。ワダツミさえいなければ勝てると……そう思ったのだろうが、所詮は獣の浅知恵だ。
 せっかく話し合いで解決してやろうと言っているのに、そっちがその気なら獣流のやり方に合わせてやるだけ。所謂実力行使である。

「1度しか言わないからよく聞けよ? ここで鍋の材料になるか、王の所まで案内するか。お前が選べ」

 もちろん冗談なんかではない。過去、シャーリーとカイルが仕留めたブルーグリズリーはおいしい鍋になった。
 少々筋肉質で歯ごたえはあったものの、レベッカが肉を4時間もじっくりコトコト煮込んだおかげで、それはそれは絶品の鍋であった。
 そんな熊鍋をもう1度味わうのも悪くない。今夜は鍋でレッツパーリィ。殺生とは無益に命を奪う行為であり、それが食べる為であるならば仏様も許してくれるのである。

「クソほど時間を使わせやがって……。10秒以内に決めろ」

 ブルーグリズリーの顎下に金剛杵を突きつける。
 それが本気であるとわからせる為、出来るだけ低い声でドスを利かせて喋ってはいるのだが、相手を見上げているからか迫力はなく、少々不格好であると言わざるを得ない。
 まるで熊に向かって予告ホームランをしている気分だ……。

「10……9……いや、10秒は長ぇな。3秒で決めろ。……2秒前……1……ゼ……」

「わかったッ! 今度はちゃんと案内するッ!」

 顎が砕けている所為か、少々歪にも聞こえる声。熊が後退って行くところを始めて見たかもしれない。

「後どれくらい歩けば辿り着く? 1秒でもオーバーしたら、お前はそこで鍋確定だ」

 まさか1撃で上下関係がハッキリするとは思わなかったが、ブルーグリズリーの目は恐怖に染まり、以降は言うことをちゃんと聞くようになった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私のスキルが、クエストってどういうこと?

地蔵
ファンタジー
スキルが全ての世界。 十歳になると、成人の儀を受けて、神から『スキル』を授かる。 スキルによって、今後の人生が決まる。 当然、素晴らしい『当たりスキル』もあれば『外れスキル』と呼ばれるものもある。 聞いた事の無いスキル『クエスト』を授かったリゼは、親からも見捨てられて一人で生きていく事に……。 少し人間不信気味の女の子が、スキルに振り回されながら生きて行く物語。 一話辺りは約三千文字前後にしております。 更新は、毎週日曜日の十六時予定です。 『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しております。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

処理中です...