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第381話 新たな寝室(地下)

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「おにーちゃん。ネストさんが来たよ!」

「おっ、ようやくか……」

 村の警備と言う名の散歩をしていると、カガリに乗り追いかけてきたのはミア。さすがにあれからドレスを着るような事もなく、いつものギルドの制服に袖を通している。
 村に作る予定のトンネルの起点はある程度絞り込んでいる。後はその許可の為、ネストの来訪を待つばかりだったのだが、来てほしい時に限って来やしない。
 予定では2週間ほどだと聞いていたのだが、俺達が村へと帰って来てから既に1ヵ月と半分は経っていた。

 ギルドの前に止まっていたのは、見覚えのある豪華な馬車。
 その隣ではネストの前で、ギルド支部長のソフィアと村長が腰を低くしているのが窺える。

「こんにちは九条。遅くなってごめんなさい」

 俺達に気が付くと、軽く手を振って見せるネスト。

「いえ……」

 遅れて来たことに対して文句はない。村の全ての修繕費を補償してくれる領主の使い。アンカース家の御令嬢だ。むしろ村としては来てくれただけでもありがたいはず。
 それよりも気になったのは、ネストに元気がない事だ。普段通り明るく振舞っているようにも見えるが、恐らく気のせいではない。

「大丈夫ですか? お疲れでしたら、ひとまずお休みになられては?」

 一瞬驚いたような表情を浮かべたネストであったがそれはすぐに解れ、そこからはいつものネストへと戻った気がした。

「やっぱり九条は騙せないわね……。でも大丈夫。色々と立て込んでて忙しかっただけだから」

「ならいいのですが……。今回遅れてきたことと関係が?」

「ないこともないけど……。まぁその話は後で。ひとまずは村の被害状況の確認が先ね。終わったら宿舎の方に寄らせてもらうわ」

「わかりました。お待ちしてます」



 その後、俺の部屋にネストが訪ねてきたのは夕食を終えた夜の帳が下りた頃。
 小さなテーブルを挟み、2つしかない椅子に俺とネストが腰掛けると、熱々のお茶をそっと差し出すミア。

「ありがと」

 ネストの言葉にミアはチョコンと頭を下げベッドの上のカガリに抱き着くと、俺達の話の行方を見守る構え。
 それが長引くと、恐らくは寝てしまうだろう体勢である。

「さて……何から話そうかしら……」

 それは長期戦を予感させる切り出し方。見逃してしまうほどの小さな溜息をついたネストは出されたお茶に視線を落とし、悩まし気な息遣いでフーフーと冷ましながらも、それを口へと運ぶ。

「ネストさんにお任せしますよ。俺が気になっているのは第2王女の処遇についてくらいですから」

「そう? なら……私の頭を悩ませている一番の原因から話しましょうか」

「えっ……」

 そう言われると不安しかない。第2王女の事よりも重要な事があるのかと一瞬身構えてしまった。

「一応九条の耳にも入れておかないといけないから言うんだけど、陛下がね……倒れられたのよ……」

「えっ!? 陛下って国王様の事ですよね?」

 聞くまでもないが突然の事で聞き返してしまったのは、それが信じられなかったからだ。
 確かに高齢には見えるが、昨日今日で倒れてしまうようなご年配には見えなかった。
 無言で頷くネスト。深く聞いてもいいものなのかを憂慮しながらも、やはりその原因は気になるところ。

「失礼ですが、何か病でも患っていたんですか?」

「恐らくは心労じゃないかしら」

「心労?」

「ええ。グリンダ様の事を報告した途端にね……」

「あっ……あぁ……それは……」

 それは瞬時に納得してしまうほどの説得力を秘めていた。
 実の娘が国家反逆に等しい罪を犯したのだ。相当のショックであっただろうことが窺え、国王陛下には同情を禁じ得ない。

「心中お察ししますが、第2王女の処分はどうなったんですか?」

「九条もお世話になった所よ。そこで大人しくしてる……いや、してればいいんだけど……」

「……もしかして地下牢ですか?」

 無言で首を縦に振ったネスト。そこからは堰を切ったかのように喋り出す。

「ホント酷かったんだから! リリー様と私達で事の顛末を報告したんだけど、グリンダ様の暴れっぷりが尋常じゃなかったのよ! 陛下を前に怖気づいちゃったんだろうけど、私はそんなことしていないの一点張りで……」

「はぁ……」

 その光景が目に浮かぶようである。謁見の間で子供のように駄々をこねる第2王女は、さぞ滑稽であったことだろう。

「捕虜のヴィルヘルムが素直に自供していたから大事にはならなかったけど、諦めが悪いったら……。それで結果はご覧の有様よ。陛下は床に伏して、執政はアルバート様が執ることになった」

「アルバートって第1王子の?」

「そうよ。もちろん一時的にだけどね。早く陛下の容体が回復してくれるといいんだけど……」

「そうですね。それで第1王子はどうなんです?」

「どうって?」

「いや、性格的な意味で……」

「そうね……。自己顕示欲は強い方じゃないかしら? 王位を狙ってるのは当然として、自国の状況を憂いてはいるわ。周辺国家と比べると、軍事力は乏しいと言わざるを得ないからね」

「第4王女との関係はどうなんです? 第2王女とは仲が悪そうでしたが……」

「正直言ってわからないわ。自分で言うのもなんだけど、私達の派閥ってそこそこ大きくなったのよ。それについては何か思うところもあるのかもしれない……。第2王女に関しては、その認識で間違ってないと思うわ。第2王女派閥はニールセン公も含め有力な貴族にノルディックまでついていたからね。それだけの力を持っているグリンダ様が、それを生かせていないのが不満だったみたい」

「そうですか……」

 ある意味予想通りの答えだが、王族という身分に産まれたのであればそれも必然なのかもしれない。
 一応は国の事を考えているだけ第1王子は第2王女よりはマシな様子。

「こんなこと言うと怒られそうですが、第4王女は奇跡の産物ですね。覇権争いに興味がないなんて……」

「まぁ、リリー様本人はね」

 素直にそうだとは言わず、含みのある言い方をするネストに違和感を覚える。

「本人……は?」

「そう。本人に興味はないけど派閥は違う。私達はリリー様が王の座に就くべきだと考えているわよ? もちろん無理強いはしないけど」

「まぁ、気持ちはわかります」

 考えたこともなかったが、それが派閥の本来の姿なのだろう。俺のように適当に決めるようなものではないのだ。
 次期国王として相応しい者に付き従い、一致団結して陰から支える。見事その者が王位を継げば、派閥の貴族達は目を掛けてもらえるのだから。
 正直言って王としての資質や理念なぞ俺の知ったことではない。次の王が誰かなんて、どうでもいいことである。
 ……と言いたいところではあるが、貴族の世界に片足を突っ込んでしまっている身からすれば、第4王女であるリリーに王位を継がせたいというネスト達の気持ちも良くわかる。
 第1王子はさておき第2王女が覇権を取ろうものなら、国の行く末に不安を覚えてしまうのも仕方のない事なのだろう。
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