372 / 633
第372話 300年前のやり直し
しおりを挟む
翌日。招待客達を見送るニールセン家一同。
朝食後、屋敷には長い馬車の行列ができ、その終わりが見えてきた頃には既におやつの時間帯。
それを窓からまったり眺める俺と、その後ろで優雅なティータイムを嗜んでいるのは、ミア、シャーリー、アーニャのコット村勢。
「私達が帰るのは最後? 随分ゆっくりしてるみたいだけど大丈夫なの? まだ荷物纏めてないわよ?」
お茶菓子をつまみながらもテーブルに肘をつき、暇そうに口を開いたのはシャーリー。
「ああ。俺達の出発は明日に延期になった」
「ええ!? 聞いてないんだけど!?」
「言ってねぇもん」
突然の知らせに驚きの声を上げるアーニャ。村での出来事は当然アーニャも知っている。
魔族とは言え自分の父。恐らくは心配しているのだろう。早く帰りたいと言った雰囲気がその表情から見て取れた。
「フードルが心配なら先に帰るか? どうしてもと言うなら、ワダツミかコクセイに頼んでみるが……」
「いいわよ。気にはなるけど、無事なんでしょ?」
「一応な。色々と面倒なことになってるみたいだが……」
「面倒?」
「ああ。フードルは村人達にグレゴールと名乗ったらしい」
「はぁ? なんでよ」
「話せば長いんだが、俺のダンジョンには魔族がいるかもしれないと噂されていてな……。それがグレゴールと呼ばれているんだ。……まぁホントはそんな魔族はいないし、名乗ったのは俺だが……」
「つまり、お父さんがグレゴールを名乗ることによって元からそこに居たと見せかけた……ってこと?」
「話の経緯はわからんが、そう考えるのが自然ではある。村人達の警戒心を解く為に俺の知り合いを装えば騒がれないと思ったんだろう。ついでに村に攻め入って来た軍を退けられれば信用も得られて、一石二鳥と考えたのかもしれん」
「かもって……」
「108番からの報告しか聞いてないから具体的な事はわからん……。現状はフードルが村に攻め入って来た軍を退け、ダンジョンに戻って来た。その後、村人達も村へと戻った。俺が知っているのはここまでだ」
ふと外に顔を向けると、招待客の見送りをしていたニールセン家一同の姿は既になく、それと同時に部屋の扉をノックしたのは、煌びやかなドレスを身に纏った第4王女とタキシード姿のヒルバーク。
その様子は、まるで昨日の結婚式を彷彿とさせる装いである。
「九条。会場の準備が出来たとニールセン公より連絡があった。後は……って、まだ着替えてないのか。他の者は構わんが、九条がいないと始まらんだろう? とっとと着替えて会場へ向かえ」
「ようやくですか……。じゃぁそろそろ……」
呆れ顔で肩を落としたヒルバークに、重い腰を上げる俺。
そのやり取りを見て、シャーリーは不思議そうな顔を俺に向ける。
「会場? 何しに行くの?」
「結婚式だよ」
「は? それは昨日終わったでしょ、おじいちゃん」
「別にボケてねぇよ。サプライズだよサプライズ」
「えっ!?」
シャーリーが視線を向けた先はミア。しかし、ミアは少々残念そうに首を横に振っただけ。
そのままぐるりと一周した視線は、リリーの所で止まった。
「まさか王女様が!?」
「サプライズで挙式を上げる王族がいるわけないだろ。国を挙げて祝うべき案件だと思うが……」
「じゃぁ誰……。もしかして私!?」
「いやいや、なんで本人が知らないんだよ……。結婚なんて重大イベント、本人に内緒で進める奴はいないだろ。シャーリーはそんな奴が伴侶でもいいのか?」
「えっ!? それは……」
その答えはいつまで経っても返ってこない。頬を染め、ジッと向けられた視線は何かを訴えかけているかのようでもあり、狼狽えているかのようでもある。
そこで俺はハッとした。今回サプライズ企画の立案は俺である。言い返せば、シャーリーに自分はどうかと尋ねているようにも聞こえるのだ。
さすがにそれは厚かましいにもほどがある。恐らくシャーリーは俺が傷つくことを恐れ、きっぱりと断る事が出来ないのだろう。
なんだかんだ言って、優しいところもあるのだ。
「いや、勘違いしないでくれ。そもそも相手は別にいる」
それを聞いた途端、目を大きく見開き身を乗り出すシャーリー。その表情は少し怖い。
「何処の誰!? もしかしてコイツなの!?」
シャーリーが勢い良く指差したのは、隣でお茶を啜っていたアーニャだ。
それに顔をしかめたアーニャは、その指先をうざったそうにぺしっと優しく叩いた。
「私も初耳だから違うんじゃない?」
「どうなの九条!?」
何故シャーリーがそこまでご立腹なのか、まったくもって理解に苦しむ。
そもそも俺がアーニャに結婚式のサプライズをしてどうするのか……。小さな村の中での話だ。アーニャに彼氏が出来たとあらば、噂はすぐに広まるはずだが、そんな浮いた話は聞いたことがない。
「ここにいる誰でもないんだが……。まぁすぐわかるさ。兎に角ドレスに着替えて会場で待っててくれ。盛大な祝福を頼むぞ?」
俯き視線を落としながらも、力なく椅子へともたれ掛かるシャーリー。その表情はこの世の終わりとでも言いたげであるが、ミアだけがカガリに顔を埋め、必死に笑いを堪えていた。
シャーリー達が着替えを終え会場に姿を現したのは、それから約1時間ほど経った後。
リリー王女を先頭に続々と会場入りを果たすと、シャーリーは先に来ていた俺を見て目を丸くした。
「……なんで九条がここにいるの?」
「なんでって……。先に行くと言っておいただろ?」
迷うことなく次々と着席する者達。リリー王女とヒルバーク。シャーリーにアーニャにネストとバイス。
いつもの面々だけではない。ニールセン家にノースウェッジ家。それにレストール卿とグラーゼンもだ。
グラーゼンだけが鎧を着込んでいるのは警備の為ではなく、タキシードを貸してしまったから。
恐らくは100人近い人数を収容できるであろう式場に招待された者はたったのこれだけ。
アレックスとレナの結婚式とは比べものにもならないほど小規模だが、誰もいない寂しい結婚式よりはマシだろう。
俺の急な呼びかけにも拘らず、帰郷を遅らせ応じてくれた皆には感謝しかない。
「主役がこんな所で油売ってていいの?」
「は? 主役? 誰が?」
「へ? 九条の結婚式なんじゃないの?」
「そんなこと誰に聞いたんだ?」
「ヒルバークさんが言ってたじゃない。九条がいないと始まらないって……」
「あー……」
それを聞いて、ようやく噛み合わなかった会話に合点がいった。どうやらシャーリーは、俺が誰かと結婚するのだと勘違いしているのだ。
何も知らずにヒルバークの言うことを鵜呑みにしたのであればそれも仕方のない事だが、俺に相手がいないことくらい知っているだろうに、何故そんな器用な勘違いが出来るのか……。
想像力が豊か……と言いたいところではあるが、そもそも教えなかった俺にも非がある。
「そういうことか……。確かに俺がいないと始まらないが、俺の仕事はもう終わった」
「仕事?」
「ああ。まぁ見てればわかるさ」
そう言って視線を前へと向けると、法衣を纏った男が1人、会場に足を踏み入れ主祭壇へと向かっていく。
「あれって……」
その男は俺の前に来ると無言のまま恭しく頭を下げ、俺はそれに片手を上げて応えた。
既に言葉は交わしている。それだけで十分なのだ。
「バルザックさんって司祭だったの?」
「いや、今回限りの臨時だ」
バルザックが主祭壇へと辿り着き、あまり似合っていない借り物の法衣を翻すと、楽団は会場に大きなファンファーレを響かせた。
それと同時に正面の扉が開け放たれると、本日の主役の登場である。
新郎であるゲオルグはグラーゼンから借りたタキシードに身を包み、緊張しているのか歩調はややぎこちなく、レギーナには少々小さいと言わざるを得ないレナのウェディングドレスは、今にも胸がこぼれそうなほど。
先程まで何の変哲もなかったレッドカーペットには綺麗な花弁が舞い落ち、いつの間に現れたのかバルザックの隣でドヤ顔を披露するザラ。
もちろんヴェールガールとしてミアが。その後ろにはカガリと白狐が追従していた。
「九条も中々粋な事するじゃない?」
新郎新婦に盛大な拍手を送りながらもネストは俺を小声で揶揄し、俺は不愛想に答えを返す。
「特に欲しい物がなかっただけですよ……」
ニールセン公からの報酬。その使い道を悩み抜いた挙句、最終的に俺が望んだ物。
それはレギーナの想いでもあり、ゲオルグの後悔でもあった。
生前には叶わなかった2人の夢を現実にする為に、もう1つの物語の結末として今からでもやり直せないかと思案したのだ。
豪華な料理や華々しい披露宴は必要ない。会場やセットなどは全て使い回しで構わないからとニールセン公に頼んだところ、そんなことで良ければと、2つ返事で承諾してくれたのである。
「ほら! ゲオルグ! しゃんとして!」
「お……おう……」
戸惑いながらも照れくさそうなゲオルグは、レギーナに主導権を握られている様子で、アレックスとは正反対。
それでもお互いが腕を組み、仲睦まじくバージンロードを歩くさまは美女と野獣……。いや、レギーナが獣人だから美女の野獣か? ……野獣と美女の野獣?
……まぁそんなことはどうでもいいが、兎に角そのアンバランスな見た目からは想像もつかないほどに幸せそうであったのだ。
2人が主祭壇の前に立つと、ゲオルグはバルザックを一瞥し吹き出した。
「バルザック。お前の強面じゃぁ法衣は似合わねぇな」
随分とわざとらしく聞こえるのは、恐らく照れ隠しの為だろう。
「ぬかせ。お前のタキシードも相当だぞ? レギーナにも同じ事が言えるのか?」
反射的に目が合う2人。レギーナのすました表情は、ゲオルグからの返事待ちといったところか。
数秒の間。ジッと見つめられたゲオルグは、ばつが悪そうに視線を逸らすと、顔を真っ赤にしながらも小鳥がさえずるかの如く小さな声を漏らした。
「わ……悪くない……。に……似合ってる……」
その瞬間、レギーナの表情がパァっと明るくなると、ゲオルグに向かって飛びついたのだ。
突然の事とは言え、筋骨隆々のゲオルグだ。半歩ほど後退りはしたものの、倒れるまでには至らない。
「おい! レギーナ! いきなり――ッ!?」
ゲオルグの抗議はそれ以上聞けなかった。レギーナはゲオルグの首に両手を回すと、その口を物理的に封じたのである。
「はぁ……。指輪の交換が先なんだがなぁ……。折角九条が用意してくれたと言うのに……」
それには司祭役のバルザックも苦笑い。式の流れをぶった切るレギーナの強引な誓いのキスに皆が目を丸くする中、レギーナとゲオルグは窒息するのではないかと思うほどに熱烈な口づけを交わしたのであった。
朝食後、屋敷には長い馬車の行列ができ、その終わりが見えてきた頃には既におやつの時間帯。
それを窓からまったり眺める俺と、その後ろで優雅なティータイムを嗜んでいるのは、ミア、シャーリー、アーニャのコット村勢。
「私達が帰るのは最後? 随分ゆっくりしてるみたいだけど大丈夫なの? まだ荷物纏めてないわよ?」
お茶菓子をつまみながらもテーブルに肘をつき、暇そうに口を開いたのはシャーリー。
「ああ。俺達の出発は明日に延期になった」
「ええ!? 聞いてないんだけど!?」
「言ってねぇもん」
突然の知らせに驚きの声を上げるアーニャ。村での出来事は当然アーニャも知っている。
魔族とは言え自分の父。恐らくは心配しているのだろう。早く帰りたいと言った雰囲気がその表情から見て取れた。
「フードルが心配なら先に帰るか? どうしてもと言うなら、ワダツミかコクセイに頼んでみるが……」
「いいわよ。気にはなるけど、無事なんでしょ?」
「一応な。色々と面倒なことになってるみたいだが……」
「面倒?」
「ああ。フードルは村人達にグレゴールと名乗ったらしい」
「はぁ? なんでよ」
「話せば長いんだが、俺のダンジョンには魔族がいるかもしれないと噂されていてな……。それがグレゴールと呼ばれているんだ。……まぁホントはそんな魔族はいないし、名乗ったのは俺だが……」
「つまり、お父さんがグレゴールを名乗ることによって元からそこに居たと見せかけた……ってこと?」
「話の経緯はわからんが、そう考えるのが自然ではある。村人達の警戒心を解く為に俺の知り合いを装えば騒がれないと思ったんだろう。ついでに村に攻め入って来た軍を退けられれば信用も得られて、一石二鳥と考えたのかもしれん」
「かもって……」
「108番からの報告しか聞いてないから具体的な事はわからん……。現状はフードルが村に攻め入って来た軍を退け、ダンジョンに戻って来た。その後、村人達も村へと戻った。俺が知っているのはここまでだ」
ふと外に顔を向けると、招待客の見送りをしていたニールセン家一同の姿は既になく、それと同時に部屋の扉をノックしたのは、煌びやかなドレスを身に纏った第4王女とタキシード姿のヒルバーク。
その様子は、まるで昨日の結婚式を彷彿とさせる装いである。
「九条。会場の準備が出来たとニールセン公より連絡があった。後は……って、まだ着替えてないのか。他の者は構わんが、九条がいないと始まらんだろう? とっとと着替えて会場へ向かえ」
「ようやくですか……。じゃぁそろそろ……」
呆れ顔で肩を落としたヒルバークに、重い腰を上げる俺。
そのやり取りを見て、シャーリーは不思議そうな顔を俺に向ける。
「会場? 何しに行くの?」
「結婚式だよ」
「は? それは昨日終わったでしょ、おじいちゃん」
「別にボケてねぇよ。サプライズだよサプライズ」
「えっ!?」
シャーリーが視線を向けた先はミア。しかし、ミアは少々残念そうに首を横に振っただけ。
そのままぐるりと一周した視線は、リリーの所で止まった。
「まさか王女様が!?」
「サプライズで挙式を上げる王族がいるわけないだろ。国を挙げて祝うべき案件だと思うが……」
「じゃぁ誰……。もしかして私!?」
「いやいや、なんで本人が知らないんだよ……。結婚なんて重大イベント、本人に内緒で進める奴はいないだろ。シャーリーはそんな奴が伴侶でもいいのか?」
「えっ!? それは……」
その答えはいつまで経っても返ってこない。頬を染め、ジッと向けられた視線は何かを訴えかけているかのようでもあり、狼狽えているかのようでもある。
そこで俺はハッとした。今回サプライズ企画の立案は俺である。言い返せば、シャーリーに自分はどうかと尋ねているようにも聞こえるのだ。
さすがにそれは厚かましいにもほどがある。恐らくシャーリーは俺が傷つくことを恐れ、きっぱりと断る事が出来ないのだろう。
なんだかんだ言って、優しいところもあるのだ。
「いや、勘違いしないでくれ。そもそも相手は別にいる」
それを聞いた途端、目を大きく見開き身を乗り出すシャーリー。その表情は少し怖い。
「何処の誰!? もしかしてコイツなの!?」
シャーリーが勢い良く指差したのは、隣でお茶を啜っていたアーニャだ。
それに顔をしかめたアーニャは、その指先をうざったそうにぺしっと優しく叩いた。
「私も初耳だから違うんじゃない?」
「どうなの九条!?」
何故シャーリーがそこまでご立腹なのか、まったくもって理解に苦しむ。
そもそも俺がアーニャに結婚式のサプライズをしてどうするのか……。小さな村の中での話だ。アーニャに彼氏が出来たとあらば、噂はすぐに広まるはずだが、そんな浮いた話は聞いたことがない。
「ここにいる誰でもないんだが……。まぁすぐわかるさ。兎に角ドレスに着替えて会場で待っててくれ。盛大な祝福を頼むぞ?」
俯き視線を落としながらも、力なく椅子へともたれ掛かるシャーリー。その表情はこの世の終わりとでも言いたげであるが、ミアだけがカガリに顔を埋め、必死に笑いを堪えていた。
シャーリー達が着替えを終え会場に姿を現したのは、それから約1時間ほど経った後。
リリー王女を先頭に続々と会場入りを果たすと、シャーリーは先に来ていた俺を見て目を丸くした。
「……なんで九条がここにいるの?」
「なんでって……。先に行くと言っておいただろ?」
迷うことなく次々と着席する者達。リリー王女とヒルバーク。シャーリーにアーニャにネストとバイス。
いつもの面々だけではない。ニールセン家にノースウェッジ家。それにレストール卿とグラーゼンもだ。
グラーゼンだけが鎧を着込んでいるのは警備の為ではなく、タキシードを貸してしまったから。
恐らくは100人近い人数を収容できるであろう式場に招待された者はたったのこれだけ。
アレックスとレナの結婚式とは比べものにもならないほど小規模だが、誰もいない寂しい結婚式よりはマシだろう。
俺の急な呼びかけにも拘らず、帰郷を遅らせ応じてくれた皆には感謝しかない。
「主役がこんな所で油売ってていいの?」
「は? 主役? 誰が?」
「へ? 九条の結婚式なんじゃないの?」
「そんなこと誰に聞いたんだ?」
「ヒルバークさんが言ってたじゃない。九条がいないと始まらないって……」
「あー……」
それを聞いて、ようやく噛み合わなかった会話に合点がいった。どうやらシャーリーは、俺が誰かと結婚するのだと勘違いしているのだ。
何も知らずにヒルバークの言うことを鵜呑みにしたのであればそれも仕方のない事だが、俺に相手がいないことくらい知っているだろうに、何故そんな器用な勘違いが出来るのか……。
想像力が豊か……と言いたいところではあるが、そもそも教えなかった俺にも非がある。
「そういうことか……。確かに俺がいないと始まらないが、俺の仕事はもう終わった」
「仕事?」
「ああ。まぁ見てればわかるさ」
そう言って視線を前へと向けると、法衣を纏った男が1人、会場に足を踏み入れ主祭壇へと向かっていく。
「あれって……」
その男は俺の前に来ると無言のまま恭しく頭を下げ、俺はそれに片手を上げて応えた。
既に言葉は交わしている。それだけで十分なのだ。
「バルザックさんって司祭だったの?」
「いや、今回限りの臨時だ」
バルザックが主祭壇へと辿り着き、あまり似合っていない借り物の法衣を翻すと、楽団は会場に大きなファンファーレを響かせた。
それと同時に正面の扉が開け放たれると、本日の主役の登場である。
新郎であるゲオルグはグラーゼンから借りたタキシードに身を包み、緊張しているのか歩調はややぎこちなく、レギーナには少々小さいと言わざるを得ないレナのウェディングドレスは、今にも胸がこぼれそうなほど。
先程まで何の変哲もなかったレッドカーペットには綺麗な花弁が舞い落ち、いつの間に現れたのかバルザックの隣でドヤ顔を披露するザラ。
もちろんヴェールガールとしてミアが。その後ろにはカガリと白狐が追従していた。
「九条も中々粋な事するじゃない?」
新郎新婦に盛大な拍手を送りながらもネストは俺を小声で揶揄し、俺は不愛想に答えを返す。
「特に欲しい物がなかっただけですよ……」
ニールセン公からの報酬。その使い道を悩み抜いた挙句、最終的に俺が望んだ物。
それはレギーナの想いでもあり、ゲオルグの後悔でもあった。
生前には叶わなかった2人の夢を現実にする為に、もう1つの物語の結末として今からでもやり直せないかと思案したのだ。
豪華な料理や華々しい披露宴は必要ない。会場やセットなどは全て使い回しで構わないからとニールセン公に頼んだところ、そんなことで良ければと、2つ返事で承諾してくれたのである。
「ほら! ゲオルグ! しゃんとして!」
「お……おう……」
戸惑いながらも照れくさそうなゲオルグは、レギーナに主導権を握られている様子で、アレックスとは正反対。
それでもお互いが腕を組み、仲睦まじくバージンロードを歩くさまは美女と野獣……。いや、レギーナが獣人だから美女の野獣か? ……野獣と美女の野獣?
……まぁそんなことはどうでもいいが、兎に角そのアンバランスな見た目からは想像もつかないほどに幸せそうであったのだ。
2人が主祭壇の前に立つと、ゲオルグはバルザックを一瞥し吹き出した。
「バルザック。お前の強面じゃぁ法衣は似合わねぇな」
随分とわざとらしく聞こえるのは、恐らく照れ隠しの為だろう。
「ぬかせ。お前のタキシードも相当だぞ? レギーナにも同じ事が言えるのか?」
反射的に目が合う2人。レギーナのすました表情は、ゲオルグからの返事待ちといったところか。
数秒の間。ジッと見つめられたゲオルグは、ばつが悪そうに視線を逸らすと、顔を真っ赤にしながらも小鳥がさえずるかの如く小さな声を漏らした。
「わ……悪くない……。に……似合ってる……」
その瞬間、レギーナの表情がパァっと明るくなると、ゲオルグに向かって飛びついたのだ。
突然の事とは言え、筋骨隆々のゲオルグだ。半歩ほど後退りはしたものの、倒れるまでには至らない。
「おい! レギーナ! いきなり――ッ!?」
ゲオルグの抗議はそれ以上聞けなかった。レギーナはゲオルグの首に両手を回すと、その口を物理的に封じたのである。
「はぁ……。指輪の交換が先なんだがなぁ……。折角九条が用意してくれたと言うのに……」
それには司祭役のバルザックも苦笑い。式の流れをぶった切るレギーナの強引な誓いのキスに皆が目を丸くする中、レギーナとゲオルグは窒息するのではないかと思うほどに熱烈な口づけを交わしたのであった。
10
お気に入りに追加
377
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる