生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第363話 屍山血河

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「「えっ!?」」

 突然の大声に不安を募らせる間も無く城壁を飛び降りるレギーナ。3階ほどの高さを物ともせず着地するとそのままシュトルムクラータへと駆けていき、それを追いかけるゲオルグとザラ。

「逃げるぞ! ついて来い!!」

 城壁の階段を駆け降りるバルザックに無我夢中でついて行くと、砦の一室から飛び出してきたのは不安そうな表情を向けるレナと、その護衛を任せていたワダツミとコクセイだ。

「九条様! 一体何が!?」

「シュトルムクラータまで逃げろ!」

 それに答えたのはバルザック。従うべきなのかを確認するかのように俺の顔色を窺う2匹の魔獣。

「言われた通りに。ワダツミはレナを。コクセイはネストさんを乗せて街まで走れ」

「ちょ……」

 バルザックがネストを抱き抱えコクセイの上に放り投げると、2匹の従魔はフェルス砦を背に駆け出した。
 それに人間の足で追いつけるわけがなく、俺達との差はぐんぐんと開いて行く。

「九条! 何故一緒に逃げなかった!?」

 そんなこと言われても……というのが率直な感想だった。
 逃げなくても大丈夫だという自信があったから? 自分よりもレナやネストを守ろうとしたから? バルザックが1人残ってしまうのを憂慮したから?
 考えても答えは出ない。恐らくはそのどれか……もしくは全てなのだろうが、咄嗟の事だ。なるようになったとしか言いようがなかった。
 バルザックが言うのだから、逃げるのが正解なのだろうことはわかる。今思えば、レナとネストなら2人乗りも出来たかもしれない。
 星を落とすという魔法。そしてバルザックのデカイという一言とその表情。それが何を意味しているのかは、ある程度見当は付く。
 バルザックが走って逃げられるのであれば、急がなくても大丈夫だろうという安易な憶測がそもそもの誤りであった。
 失念していたのだ。バルザックは既に死んでいるということを……。

「逃げなきゃいけないほどなんですか!?」

「呼び寄せた星がデカすぎた! 波長が合い過ぎたんだ!」

「えぇ!?」

「恐らく穢れなき闇の祝福リインカネーションダークネスの弊害だ。私の魔力は既に300年前のそれを超えている。道理で見え過ぎる訳だ。わっはっは……」

「笑ってる場合じゃないでしょう!? 何とかならないんですか!?」

「無理だ。落下点がズレるのを期待するしかない」

 その間にも空が赤く染まっていくのを背中で感じながら、必死に走る。
 まるでスタジアムのスポットライトを至近距離で浴びているかのような強烈な光。それは俺達の影をくっきりと地面に映し出す。
 伸びる影は留まる事を知らず、遠くから伝わる振動が徐々に鼓膜を揺らし始めると、比例して上がる心拍数。
 この先の不安と葛藤に振り返る間も惜しみ走り続け、いよいよかという時に突然バルザックは足を止めた。

「どうしたんですか!?」

 バルザックを追い越し振り返る。立ち止まるとわかる激しい地鳴りに足を取られながらも、俺はその景色に目を奪われた。
 やわらかな笑みを浮かべていたバルザックを、後光のように照らす星の光。それがまるで仏のようにも見えたのである。

「九条、心配するな。死後の世界は私が案内してやろう」

「諦めるなぁぁぁぁ!! あっ――」

 俺が盛大にツッコんだその時だった。視界に入った隕石が唐揚げに似ている――などと現実逃避したのもほんの一瞬。
 それは轟然たる大音響で大地を穿ち、そこから発生した爆発的なエネルギーは熱を帯びた衝撃波として、あらゆるものを吹き飛ばす。
 地中深くに根を張るだろう大木も、300年間シルトフリューゲルからの侵攻を食い止めて来たフェルス砦も同様だ。

 落雷の後のような震える空気の残響が尾を引き、数秒前の轟音も嘘かのように当たりが静まり返ると、そこには見たこともない大穴が出来ていた。
 無数の亀裂が熱を帯び、紅く染まるそれが血管のように脈を打つ。すり鉢状にへこんだ大地は、大噴火を経験した山の火口のようでもあった。

「生きとるか?」

「な……なんとか……」

 そんな中、一部元の大地を残した場所に立っていたのは俺とバルザック。2人の目の前には2重になった白い壁が聳えていた。

「緊急時だからな。許せ」

「死ぬよかマシです」

 それは死霊術で作り出した骨の壁。咄嗟とは言え自分の命を守る為である。致し方あるまい。

「さすがは九条だな。私のとは違い、凄まじい強度だ」

 2枚の壁の片方は崩れかけ。2度目は耐えられないだろう。

「カルシウム不足ですね。毎日牛乳を飲めばこれくらいの骨密度は余裕ですよ?」

「カル……なんだって?」

「いえ……なんでもないです……」

 勿論冗談である。伝わらないだろうなぁとは思っていたが、案の定伝わらなかった。

 風が辺りの土埃を一掃すると、その全貌が明らかになる。それは目を瞑りたくなるほどの惨状だ。

「シュトルムクラータの方に被害はなさそうですね……」

 それが唯一の救い。丘の上に立つ街の城壁に損害は見られないが、内部の混乱がどれほどのものかは不明。
 最大の問題は、フェルス砦が跡形もなく吹き飛んでしまったことである。

「ま……まぁ、ひとまずはこの位で勘弁してやろう。ローレンスの跡取りを巻き込めていれば御の字といったところか……」

 どうにか納得しようと頷くバルザック。その表情はやっちまった感が漏れ出ていて、責任の一端も感じている様子。
 星の落下地点はシルトフリューゲル軍が展開していた場所よりもやや左側。直撃とまではいかず当初の狙いより大幅に反れてしまってはいたが、その被害は見るからに甚大であった。

「フェルス砦がなくなった――とはいえ、今の状態で攻めてくるような事はないと思いますが……」

「そうだな。たとえ砦を超えられたとしても残存兵力だけではシュトルムクラータは落とせまい。援軍の要請は必要不可欠。再編成するにしても今の状況ではすぐに――とはいかんだろう」

「諦める気は――」

「恐らくはないだろうな。手法を変えてくるかもしれんが一応は領主。見捨てはすまいよ……」

 死屍累々……とでも言えばいいのか。クレーターからは離れているにも拘らず多くの兵が倒れていて、その殆どが虫の息。
 滞留する魂達は死んだことにさえ気づいておらず、ただその場を彷徨うばかり。
 運よく生き残った者達は既に救助活動へと動き出しているようだが、どう考えてもその手は足りていない。
 そんな状況に目を背けることも出来ず、俺はただ沈痛な面持ちでそれを眺めていた。

「一介の冒険者にはわからんだろうが、これが戦争というものだ……」

 そんな俺の気持ちを察してか、物悲しそうな表情で遠くを見つめながらもそう呟いたバルザック。
 諭してくれているのだろうとバルザックに視線を移すと、何故か目を逸らされた。

「……上手いこと締めようとしてますが、砦まで破壊していいとは言ってませんからね?」

「うぐっ……」

 どうやら図星だったらしい。バツが悪そうに顔を歪めるバルザック。とは言え、不可抗力であることは俺も理解はしているので、それ以上は何も言えなかった。
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