生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第361話 開戦

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『シルトフリューゲル帝国エンツィアン領、領主である公爵ヴィルヘルム・セドリックを不当なる理由で拘束していることは明白であり純然たる事実。よって上記を理由に、我々はスタッグ王国領ミストに宣戦を布告するものとし、侵攻を表明する。これは不当な拘束から公爵ヴィルヘルム・セドリックを解放するものであり、正義の行いである』

 それは先程相手側の伝令が持参して来た宣戦布告の宣言文書。これを受け取った時点で両国が合意したと見なされ、晴れて戦争の開始というわけだ。
 魔物の大軍ならいざ知らず、何が悲しくて人同士で争わなければならないのか……。
 2000年前。魔王打倒を掲げ世界が手を取り合ったと聞いてはいるが、今や人同士が争っている。
 喉元過ぎれば熱さを忘れるとは、まさにこの事なのだろう。
 人間は争いを好む愚かな種族だとボヤいていたフードルの言葉が、今更になって心に響くとは思わなかった。

「我が子孫殿は魔術師ウィザードとしてどれくらいの実力を持っているんだ? 適性は?」

「適性は魔術だけです。他の魔法を学んでいないのは、魔術をおろそかにしたくなかったから。私の納得がいくまで魔術を極めて、それでもまだ学べるだけのリソースがあれば他の魔法にも手を出そうとは思ってますけど……」

「順当だな。それで具体的には? 魔法の矢マジックアローはどうだ?」

「詠唱なしで本調子なら、振り絞って15本が限界です……」

溶岩竜巻ラーヴァトルネードは使えるか?」

「もちろんです。家に代々伝わる門外不出の奥義ですから。それはアンカース家の魔術師ウィザードにしか使えません。残念ながら私の両親は魔術の適性が低く使えませんが、学は得ています」

「ならばやる事は簡単だ。敵が射程に入ったら、それをぶちかましてやればいい」

「確かにそうかもしれませんが、連発は出来ません。かといって2000人を同時に足止めできるわけでもない。接近を許せば、こちらが不利になります」

「私達が出て行けば、多少は混乱するはず。この砦には1人しかいないことになっているのだろう? 足止めと陽動はゲオルグとレギーナに任せる。混戦になればザラが確実に指揮官の首を取ってくれる。相手の指揮系統を断ってしまえば、烏合の衆も同じこと」

「そう上手くいくとは……」

「もちろん絶対はない。人数差に呑まれる可能性もあるが、その時は放っておいて構わん。先程も言ったが私達は既に死んでいる。捨て駒だと思え」


 酷く雨が降りしきる中、城壁の上から相手の進行状況を確認しようとするも、霧が深くぼんやりとしか映らない。
 そんな中、静かに開いた砦の門。そこから出てきたのはアップグルント騎士団の軍旗を背負ったゲオルグだけ。
 アゲート製のフルプレートメイルを着込み、右手にイフリートを、左手には無明殺しを握っていた。
 魔剣の二刀流とはなんとも贅沢な使用法だが、それが本来の戦闘スタイルなのだろう。不完全燃焼であったイーミアル戦の鬱憤を晴らすかのように意気揚々と進んでいく。

「1人で大丈夫なのかしら……」

「だいじょーぶ! あたいのゲオルグを信用しなって! 九条に強化もしてもらってるしな!」

 小さな声でボソリと呟いたネスト。その肩をバシバシと豪快に叩いたのはレギーナだ。
 ネストがバルザックの子孫で貴族だと説明はしたのだが、まるで意に介していない様子。
 雨に濡れる猫耳をぷるぷると小刻みに震わせながらも笑顔を見せているのは、それだけゲオルグを信頼しているからだろう。

「おっ? 始まったぞ」

 バルザックの声に視線を移すと、既にゲオルグの姿は霧の中。雨音に混じり飛び交う怒号が聞こえてくるのも極僅か。
 その中心で激しく燃え盛る光源は、いい意味で良く目立つ。時には輝き時には揺らぐ。右へ左へと迸るそれが、戦闘の激しさを物語っていた。

「そろそろかな……。九条。あたいにもよろしく頼むよ」

「ああ。……【悪夢ストレングスの力オブナイトメア】」

 俺が右手をかざすとレギーナは紅いオーラを纏い、暫くするとそれは体内に吸収されるかのように消えた。
 それはアンデッド専用の強化魔法。と言っても別に、生きている生物に使えない訳じゃない。
 強化と一口に言っても、死霊術のそれは神聖術や獣術のものとは大きく異なる。その要因の1つが、感覚の同調だ。
 素手で岩を殴れば、自分の拳にもダメージが返ってくるのは常識。考えなしに全力で殴れば皮膚は裂け、骨折してしまうだろう。
 そうならない為にも、一般的な強化は同時に肉体の保護もしている。
『これくらいの力で殴れば、これだけの痛みが返って来る』その脳内イメージが崩れないよう調整されているのだ。
 しかし、死霊術は違う。一般的に強化と呼ばれるものが栄養剤であるとするならば、死霊術はドーピングだ。それも対象の副作用なぞ一切考慮しない劇薬のようなもの。
 痛覚のない死体だからこそ限界なぞ考えない純粋な強化。それはまさに一時いっときの夢だ。

「おぉ、こりゃいいや。これなら何発でも撃てそうだ……」

 そう言いながらも、レギーナは足元に積んであるバリスタ用の大きな矢を拾い上げた。それは矢羽根の付いた槍と言っても過言ではない。

「見せてやんよ。あたいの得意技だ!」

 I字バランスかと思うほどに天高く上げられたレギーナの右脚。その足に放り投げたヨルムンガンドを乗せると、バリスタ用の矢をつがえ右手で大きく引き絞る。

「足で弓を!?」

「そう、手幅じゃこの弓は十分に引けないのさ!」

 その身体のやわらかさは、獣人ならではといったところか。サーカスの曲芸でも見ているかのようである。
 ヨルムンガンドはあり得ないほどのしなりを見せるも折れはせず、レギーナはカモシカのようなしなやかな足をゲオルグへと向けた。

「いってらっしゃーい!」

 気の抜けそうな声と共に撃ち出されたそれは、降りしきる雨をものともせず一直線にカッ飛んでいく。
 雨粒が弾け、その軌跡がくっきりと浮かび上がるその様子は、レールガンで撃ち出されたかのような射出速度。
 ゲオルグと軍とが交戦している場所は、ここから500メートル以上も先だ。通常のバリスタでもその射程は300メートル前後。遠ければ遠いほどその威力は減衰するはずなのだが、それは着弾と同時に周囲の霧を晴らしてしまうほどの威力を誇っていた。

「あれだけ敵がいるのに外すとは……。レギーナも腕が落ちたな」

「うるさいなぁ……。久しぶりなんだからしょーがないじゃん。視界不良は大目に見てよ……」

 レギーナを横目に溜息をつくバルザック。それに不貞腐れながらも2本目の矢を拾い上げるレギーナ。

「ほれ。右翼が進軍を始めたぞ?」

「わかってるって――ばッ!」

 先程と同じように足で弓を引き絞るレギーナ。凄まじい速度で射出された矢は、ゲオルグの場所とは大きく外れた敵軍の右翼正面へと着弾した。
 その衝撃はまさにミサイルとも言うべき威力。爆発はしないまでも、上がる土煙は最早爆撃。前進を躊躇するのも無理はない。

「すげぇな……」

「でっしょおぉぉぉ?」

 あまりの迫力に語彙力を無くし、独り言のように呟いた俺の言葉にレギーナは目を輝かせてぐいぐいと迫って来る。

「シューティングスターって言うんだよ? バルザックの得意技をモチーフに考えた名前なんだ! カッコイイでしょ? 空飛ぶドラゴンだって仕留めた事もあるんだから!」

 胸を張り過去の栄光を自慢げに語るその様子は、テストで100点を取った子供のように無邪気。
 それに気圧され頷く事しか出来ないでいると、バルザックの一言でレギーナは我に返った。

「そろそろ次を撃たんとゲオルグが死ぬぞ?」

「あーっと、そうだった……」

 既に死んではいるが、この場合は行動不能といった意味合いなのだろう。
 レギーナは所定の位置に戻ると、先程同様ミサイルのような矢を放つ。それは本当に狙っているのか疑わしいほどに着弾点はバラバラ。
 遠くから微かに聞こえる悲鳴や怒号だけでは、状況がいまいちよく掴めない。
 それに痺れを切らしたのか、ネストはバルザックに詰め寄った。

「ご先祖様。一体何をしているのですか? このまま見ているだけで相手が全滅するとは思いませんが?」

「雲が晴れるのを待ってるんだ」

「雲?」

「さっき九条に言っただろう?」

「戦地の天気が勝敗に影響を及ぼす重要なファクターであることは承知しています。私だって貴族の端くれ。戦略や戦術も嗜む程度には学んでます。九条と一緒にしないでください」

 確かに戦争に関しては素人なので仕方がないのだが、カッとなって咄嗟に出てしまった一言なのだろうと信じたい。
 しかし、ネストが苛立つ気持ちもわかるのだ。それは俺達がバルザックの考案した作戦の殆どを聞きそびれてしまっていたから。
 相手は2000を超える軍隊。綿密な作戦を立てるには、お互いが自分の手の内を明かさねばならないが、そんな時間はなかった。相手の動き出すタイミングが悪かったのである。
 俺達が知っているのはいざという時の為の逃走経路くらい。手伝おうにもバルザック達の邪魔になってはと、迂闊に手を出すことができなかった。
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