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第360話 御先祖様とその子孫
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「――残念ながら、鮮明に記憶として残っているのはここまでだ。後はうっすらとしか覚えていない……」
「「……」」
外は雨が降りしきり、どんよりと薄暗い正午過ぎ。フェルス砦の詰め所で暖炉を囲んでいるのは、俺とネストとレナ。そしてバルザック本人である。
これから作戦会議をと会談の場を設けたのだが、ネストたっての希望もありバルザックから当時の話を聞いていたのだ。
それは、300年間募らせたローレンスへの怨み節でもあった。
「まぁ、そう暗い顔をするな。ローレンスには逃げられたが、それ以外の者達は全員血祭に上げてやったわ。わっはっは……」
彼等の装備がダンジョンに残されていたのであれば、恐らく嘘ではないのだろう。
話を聞いてふさぎ込んでしまったネストを取り繕おうと豪快に笑うバルザックに、乾いた笑顔を返すのが精一杯の俺。
ネストから見ればバルザックは自分の御先祖様。自分の家にまつわる話であれば知っておきたいという気持ちはわかるのだが、如何せんその内容は重すぎた。
バルザックが黒翼騎士団であったことをオリヴィアに伝えていないのなら、それをネストが知らないのも当然のこと。
視線を落としたネストの笑顔をなんとか取り戻そうと、わちゃわちゃと必死になるバルザックの姿は何処か滑稽で、それはまるで孫の機嫌を取る祖父のようでもあった。
「この杖にそんな逸話があっただなんて……」
ネストがぎゅっと強く握りしめたのは、家に代々伝わる家宝の杖アストロラーベ。
悲しそうな瞳でそれを見つめるネストの頭に、バルザックはそっと手を置いた。
「子孫であるお前達には苦労を掛けた……。そんな物しか残してやれなかった私を許してくれ……」
ネストの気持ちは複雑なのだろう。バルザックは侯爵という立場にいながらも、冒険者なんぞに現を抜かし蒸発。残された家は300年もの間、虐げられてきた。
その元凶が目の前にいる。魔法書の事を含めても自業自得。1発ガツンと言ってやろうと鼻息も荒く険しい表情を見せていたネストであったが、その理由を聞き、閉口してしまっていた。
バルザックもまた、家族を守るために手を尽くしていたのだから……。
「……ご先祖様のこと、少し誤解をしていたみたいです。本当のことが知れて良かった……」
ネストは顔を上げると、ぎこちない笑顔を見せた。長年募らせてきた想いだ。そう簡単に切り替えられないのも頷けるが、少しづつ改善はしていくだろう。
「そうだ。九条にいいことを教えてやろう」
バルザックは唐突に俺に視線を移すと、真剣な表情を向ける。
「なんです?」
「穢れなき闇の祝福は死ぬほど苦しいから、使わんほうが身の為だぞ?」
「……使う訳ないだろ……」
恐らく場を和ませるための冗談なのだろうが、そんなことを真面目な顔で言うもんだから、何か大切な事なのかと勘繰ってしまったではないか……。
強制的にアンデッド化して魔力が尽きたら消滅してしまうような、自爆とも取れる魔法なぞこちらから願い下げである。
「無限の魔力に満たされたあの感覚は言い表せぬほどに気分が高揚するのだ。まぁ、その力に溺れて暴れたはいいが、気付けばローレンスの死体がなくてな。わっはっは……」
リッチへと転生した者の経験談は確かに貴重ではあるが、自殺する気は毛頭ない。
「……バルザック……動いたよ……」
そこに風と共に現れたのは、暗殺者の少女ザラである。
俺達がバルザックの話を聞く少し前。ネスト監視の元、ヴィルヘルムの使者としてアドルフ枢機卿と数人の従者達が砦を越え、シルトフリューゲルへと帰って行った。
その中には現ローレンス卿も紛れていたが、それは黙って見過ごした。使者を殺したとあっては、相手に大義名分を与えてしまうだけだ。
恐らくはヴィルヘルムが捕らえられたなどと虚偽の報告をし、それを理由に侵攻を始めるだろうと憂慮していたのだが、その予想は的中したようだ。
「どうせなら晴れてる時に来て欲しかったですね……」
俺から出たのは、何気ない一言。
「ほう。その心は?」
「え? 雨の中、泥だらけで戦うのは避けたいだけですけど……」
それを聞いてきょとんとした顔を見せたバルザックは、珍しい物でも見るかのように豪快に笑った。
「はっはっは……。やはり九条は面白い。生きるか死ぬかの戦争の最中に泥汚れなぞ気にするとは……。いや、それが強者の余裕なのかな?」
「あ、いや……。そういう意味では……」
考えなしに口にした俺が浅はかであったと言わざるを得ないが、バルザックはそれを好意的に解釈したようである。
「攻城戦の場合、視界が悪いほど攻め手側が有利だ。城壁の上から射かけられる矢や魔法の命中率が落ちるからな。それに戦場での魔術師は雨を好む者が多い。冷気系の魔法は威力を増し、炎系の魔法で蒸気を作りだせれば意図的に視界を奪うこともできるのだ」
「それは相手側に魔術師が多数存在している――と?」
「この時代の戦争はわからんが、部隊の1割ほどが何らかの魔法適性を有している者達と見て間違いなかろう。とは言え、そう警戒することもないがな」
「というと?」
「いきなり大魔法を撃ったりはしてこないということだ。彼等の目的はフェルス砦の破壊ではなく、シュトルムクラータを包囲する事にある。結局ここは通過点でしかないのだ。故に魔力をセーブし兵を進めるサポート的な役割を担うはずだ」
「そこに隙がある――ってことで合ってます?」
「うむ! その通りだ! 理解が早くて助かる」
さすがは戦争のプロである。伊達に長い傭兵人生を送っていない。
最初の質問で俺が戦争のド素人であることを見抜いたのだろう。そんな俺にでもわかりやすく説明してくれるのは大変ありがたい。
「それで、どうするんです?」
「火力で殴るに決まっておろう!」
「えぇ……」
キラリと光る白い歯を見せ、自信ありげに不敵な笑みを浮かべるバルザック。
それは男の俺が見とれてしまうほどのカッコよさだが、今までの前振りはなんだったのか……。
目の前にいるのは黒翼騎士団の頭脳とまで呼ばれた男。さぞ緻密な作戦を立てているのだろうと思ったらコレである。真面目なんだか不真面目なんだか……。
そのやり取りに一抹の不安を覚えたのは俺だけではなかったようで、ネストは疑いの目をバルザックに向けた。
「本当に任せてしまっても大丈夫なんですよね?」
「もちろんだとも。こう見えても戦争経験は豊富だからな」
「ご先祖様。それはわかりますが、この人数差をひっくり返せるとは……」
ネストはバルザックの実力を知らないのだ。恐らく自分よりも上であるとは感じているが、話として聞いただけ。
「死霊術を使えればもう少しやり様もあるんだが、肝心の九条は死霊術を使うなというし……」
キッと俺を睨みつけるネスト。生きるか死ぬかの瀬戸際であれば、禁呪のことなぞ気にしている場合ではないと言いたいのもわかる。
「絶対に使うなとは言いませんよ。あくまでどうしようもなければ使ってください……。ただ、それを目撃されれば教会が口を出してくる可能性は否めません。その時、真っ先に疑われるのは俺であって、そうなるとリリー王女にも波及するんじゃないですか?」
「ゔッ……」
ネストだってわかっているはずだ。俺が過去、アンデッドの大軍を率いて王都スタッグへと乗り込んだように、バルザックと協力して死霊術を行使すれば、相手の軍とも同等以上に戦える戦力が作れる。
問題はその後のこと。大前提としてリリー王女を守る事が最優先であるならば、禁呪の使用は避けるべきだろう。
「私としては問題ない。死霊術より魔術の方が得意だからな。そもそも既に死んでおる。死を恐れず戦えるのは大きなアドバンテージだぞ? ある意味無敵かもしれん。作戦が失敗しても私達の事は放っておいてくれて構わん」
「勘違いしないでください。俺はただ怨みを晴らす機会を作るという意味で戦場を譲ったにすぎません。相手が向かって来るのであれば、それは死ぬ覚悟が出来ているということ。ならばそれを迎え撃つのもやぶさかではない。不本意ではありますが、俺だって死にたくはありませんから」
それを聞いて少しだけ安堵したのか、ネストは無意識に険しくなっていた表情を緩めた。
「それなら……まぁ……」
「ただ、禁呪のことがバレたらフォローはお願いしますね?」
「「……」」
外は雨が降りしきり、どんよりと薄暗い正午過ぎ。フェルス砦の詰め所で暖炉を囲んでいるのは、俺とネストとレナ。そしてバルザック本人である。
これから作戦会議をと会談の場を設けたのだが、ネストたっての希望もありバルザックから当時の話を聞いていたのだ。
それは、300年間募らせたローレンスへの怨み節でもあった。
「まぁ、そう暗い顔をするな。ローレンスには逃げられたが、それ以外の者達は全員血祭に上げてやったわ。わっはっは……」
彼等の装備がダンジョンに残されていたのであれば、恐らく嘘ではないのだろう。
話を聞いてふさぎ込んでしまったネストを取り繕おうと豪快に笑うバルザックに、乾いた笑顔を返すのが精一杯の俺。
ネストから見ればバルザックは自分の御先祖様。自分の家にまつわる話であれば知っておきたいという気持ちはわかるのだが、如何せんその内容は重すぎた。
バルザックが黒翼騎士団であったことをオリヴィアに伝えていないのなら、それをネストが知らないのも当然のこと。
視線を落としたネストの笑顔をなんとか取り戻そうと、わちゃわちゃと必死になるバルザックの姿は何処か滑稽で、それはまるで孫の機嫌を取る祖父のようでもあった。
「この杖にそんな逸話があっただなんて……」
ネストがぎゅっと強く握りしめたのは、家に代々伝わる家宝の杖アストロラーベ。
悲しそうな瞳でそれを見つめるネストの頭に、バルザックはそっと手を置いた。
「子孫であるお前達には苦労を掛けた……。そんな物しか残してやれなかった私を許してくれ……」
ネストの気持ちは複雑なのだろう。バルザックは侯爵という立場にいながらも、冒険者なんぞに現を抜かし蒸発。残された家は300年もの間、虐げられてきた。
その元凶が目の前にいる。魔法書の事を含めても自業自得。1発ガツンと言ってやろうと鼻息も荒く険しい表情を見せていたネストであったが、その理由を聞き、閉口してしまっていた。
バルザックもまた、家族を守るために手を尽くしていたのだから……。
「……ご先祖様のこと、少し誤解をしていたみたいです。本当のことが知れて良かった……」
ネストは顔を上げると、ぎこちない笑顔を見せた。長年募らせてきた想いだ。そう簡単に切り替えられないのも頷けるが、少しづつ改善はしていくだろう。
「そうだ。九条にいいことを教えてやろう」
バルザックは唐突に俺に視線を移すと、真剣な表情を向ける。
「なんです?」
「穢れなき闇の祝福は死ぬほど苦しいから、使わんほうが身の為だぞ?」
「……使う訳ないだろ……」
恐らく場を和ませるための冗談なのだろうが、そんなことを真面目な顔で言うもんだから、何か大切な事なのかと勘繰ってしまったではないか……。
強制的にアンデッド化して魔力が尽きたら消滅してしまうような、自爆とも取れる魔法なぞこちらから願い下げである。
「無限の魔力に満たされたあの感覚は言い表せぬほどに気分が高揚するのだ。まぁ、その力に溺れて暴れたはいいが、気付けばローレンスの死体がなくてな。わっはっは……」
リッチへと転生した者の経験談は確かに貴重ではあるが、自殺する気は毛頭ない。
「……バルザック……動いたよ……」
そこに風と共に現れたのは、暗殺者の少女ザラである。
俺達がバルザックの話を聞く少し前。ネスト監視の元、ヴィルヘルムの使者としてアドルフ枢機卿と数人の従者達が砦を越え、シルトフリューゲルへと帰って行った。
その中には現ローレンス卿も紛れていたが、それは黙って見過ごした。使者を殺したとあっては、相手に大義名分を与えてしまうだけだ。
恐らくはヴィルヘルムが捕らえられたなどと虚偽の報告をし、それを理由に侵攻を始めるだろうと憂慮していたのだが、その予想は的中したようだ。
「どうせなら晴れてる時に来て欲しかったですね……」
俺から出たのは、何気ない一言。
「ほう。その心は?」
「え? 雨の中、泥だらけで戦うのは避けたいだけですけど……」
それを聞いてきょとんとした顔を見せたバルザックは、珍しい物でも見るかのように豪快に笑った。
「はっはっは……。やはり九条は面白い。生きるか死ぬかの戦争の最中に泥汚れなぞ気にするとは……。いや、それが強者の余裕なのかな?」
「あ、いや……。そういう意味では……」
考えなしに口にした俺が浅はかであったと言わざるを得ないが、バルザックはそれを好意的に解釈したようである。
「攻城戦の場合、視界が悪いほど攻め手側が有利だ。城壁の上から射かけられる矢や魔法の命中率が落ちるからな。それに戦場での魔術師は雨を好む者が多い。冷気系の魔法は威力を増し、炎系の魔法で蒸気を作りだせれば意図的に視界を奪うこともできるのだ」
「それは相手側に魔術師が多数存在している――と?」
「この時代の戦争はわからんが、部隊の1割ほどが何らかの魔法適性を有している者達と見て間違いなかろう。とは言え、そう警戒することもないがな」
「というと?」
「いきなり大魔法を撃ったりはしてこないということだ。彼等の目的はフェルス砦の破壊ではなく、シュトルムクラータを包囲する事にある。結局ここは通過点でしかないのだ。故に魔力をセーブし兵を進めるサポート的な役割を担うはずだ」
「そこに隙がある――ってことで合ってます?」
「うむ! その通りだ! 理解が早くて助かる」
さすがは戦争のプロである。伊達に長い傭兵人生を送っていない。
最初の質問で俺が戦争のド素人であることを見抜いたのだろう。そんな俺にでもわかりやすく説明してくれるのは大変ありがたい。
「それで、どうするんです?」
「火力で殴るに決まっておろう!」
「えぇ……」
キラリと光る白い歯を見せ、自信ありげに不敵な笑みを浮かべるバルザック。
それは男の俺が見とれてしまうほどのカッコよさだが、今までの前振りはなんだったのか……。
目の前にいるのは黒翼騎士団の頭脳とまで呼ばれた男。さぞ緻密な作戦を立てているのだろうと思ったらコレである。真面目なんだか不真面目なんだか……。
そのやり取りに一抹の不安を覚えたのは俺だけではなかったようで、ネストは疑いの目をバルザックに向けた。
「本当に任せてしまっても大丈夫なんですよね?」
「もちろんだとも。こう見えても戦争経験は豊富だからな」
「ご先祖様。それはわかりますが、この人数差をひっくり返せるとは……」
ネストはバルザックの実力を知らないのだ。恐らく自分よりも上であるとは感じているが、話として聞いただけ。
「死霊術を使えればもう少しやり様もあるんだが、肝心の九条は死霊術を使うなというし……」
キッと俺を睨みつけるネスト。生きるか死ぬかの瀬戸際であれば、禁呪のことなぞ気にしている場合ではないと言いたいのもわかる。
「絶対に使うなとは言いませんよ。あくまでどうしようもなければ使ってください……。ただ、それを目撃されれば教会が口を出してくる可能性は否めません。その時、真っ先に疑われるのは俺であって、そうなるとリリー王女にも波及するんじゃないですか?」
「ゔッ……」
ネストだってわかっているはずだ。俺が過去、アンデッドの大軍を率いて王都スタッグへと乗り込んだように、バルザックと協力して死霊術を行使すれば、相手の軍とも同等以上に戦える戦力が作れる。
問題はその後のこと。大前提としてリリー王女を守る事が最優先であるならば、禁呪の使用は避けるべきだろう。
「私としては問題ない。死霊術より魔術の方が得意だからな。そもそも既に死んでおる。死を恐れず戦えるのは大きなアドバンテージだぞ? ある意味無敵かもしれん。作戦が失敗しても私達の事は放っておいてくれて構わん」
「勘違いしないでください。俺はただ怨みを晴らす機会を作るという意味で戦場を譲ったにすぎません。相手が向かって来るのであれば、それは死ぬ覚悟が出来ているということ。ならばそれを迎え撃つのもやぶさかではない。不本意ではありますが、俺だって死にたくはありませんから」
それを聞いて少しだけ安堵したのか、ネストは無意識に険しくなっていた表情を緩めた。
「それなら……まぁ……」
「ただ、禁呪のことがバレたらフォローはお願いしますね?」
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