生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第357話 レギーナの行方

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 それから月日が流れること5年。バルザックは出世街道まっしぐら。既に侯爵にまで成り上がり、誰もが一目を置く存在へとなっていた。
 元々は黒翼騎士団の頭脳とまで言われるほどのバルザックに、戦場では敵なしの煉獄のゲオルグ。竜落としのレギーナに無拍子のザラと有能な部下達が揃っているのだ。それも当然の結果である。
 ブラバ家の妨害がなければ、公爵になっていたであろう手柄の数々は誰にも真似なぞ出来やしない。
 国王からの信頼も厚く、国の為に尽くすバルザックの周りに人が集まらないはずがないのだ。
 それだけの結果を出せば、元傭兵などという不名誉な肩書もないのと同じ。アンカース派閥誕生かとも囁かれ順風満帆ではあったのだが、バルザックは徒党を組もうとはしなかった。

 ――それは裏切りを恐れたから。

 黒翼騎士団の序列5位であったフランツがローレンス卿と手を組み、4人の部隊長を騎士団から追い出した。そしてフランツが黒翼騎士団のトップへと成り代わったのである。
 その後、黒翼騎士団がどうなったかは皆知っている。

「もう裏切られるのは沢山だ……」

 視線を落とし、ボソリと呟くバルザック。

「まだあの事を気にしてるのか? 雇われ傭兵だった頃の状況とは違うだろ? バルザックが先頭に立って皆を率いてやればいいじゃねぇか……」

「別に権力が欲しいわけじゃない……。お前達を守れる場所になると思ったからこそ貴族位の話を受けた。それ以上でもそれ以下でもない。私は現状で十分満足しているんだ……」

「……」

 何処か哀愁漂うバルザックにゲオルグはそれ以上何も言えなかった。
 懇意にしているガルフォード家から派閥立ち上げの要望を受け1度は断ったバルザックであったが、ガルフォード家はそれでも諦めきれず、バルザックとは知音の友であろうゲオルグに泣きついたのだ。
 どうにかバルザックを説得してくれと高級なお酒を受け取ってしまったゲオルグが、バルザックに話を振っては見たもののけんもほろろ。
 理由が理由なだけに、これ以上は食い下がれなそうだとゲオルグは眉間にシワを寄せていた。

「そ……それにしても、レギーナの奴おせぇなぁ……」

「確かに……。ゲオルグは何も知らんのか? そろそろレギーナとくっついたらどうだ? 保留にしても、ちょいと長すぎるぞ? こちらとしては、居場所の特定もしやすくなるから助かるんだがな」

「うるせぇな……。俺はそんなガラじゃねぇんだよ。歳の差を考えろ。きっとレギーナにも良い奴が見つかるはずだ」

「嫌いではないんだろ?」

「……嫌いな訳ないだろ。どれだけ一緒にいると思ってんだ」

「ならばそろそろ身を固めても……」

「あー、もうこの話はやめだやめだ! 今はそんなことより、レギーナが何処で油を売ってるかだろ? ザラは何か知らないのか? 今日はやけに静かじゃねぇか」

「……」

 急に話を振られ、体中に電撃が走るかの如く跳ね上がるザラ。その様子は怪しいの一言に尽きる。

「……今日は……来ない……かも……」

「へぇ。何か用事か?」

「……知らない……」

 泳ぐ視線はぎこちなく、ザラがどれだけ優秀な暗殺者アサシンであっても、目の前の2人を欺くことなど出来やしない。

「嘘つけ。何か知ってるだろ。レギーナに何を口止めされた?」

「ザラ? 言った方が身の為だぞ?」

 仏頂面で迫りくる2人のおっさんを両手で押し返しながらも、ザラはレギーナとの約束を守ろうと必死だった。

「……だめ! 2人には教えちゃダメだって言われた……。……サプライズだから……」

「サプライズ?」

「ハッ!? ……しまった……。……今のは嘘……忘れて……」

 バツが悪そうに身を縮め、顔を歪ませるザラ。落ち込む様子を見せるも、そんな言い訳が2人に通じるはずがない。

「レギーナは何を企んでる?」

「……絶対言えない! ……無明殺しむみょうごろしが関わってるなんて……。ハッ!?」

 やらかしてしまったとばかりに不本意そうな表情を浮かべるザラだが、仲間内では日常茶飯事。皆ザラが隠し事が苦手な事を知っているのだ。
 見慣れた光景に苦笑いを浮かべつつも、更に詰め寄っていくゲオルグ。

「俺の剣が見つかったのか!?」

「……魔剣じゃない……ベルモントでフランツを見たってレギーナが……。ハッ!?」

 風の魔剣、無明殺しむみょうごろし。元はゲオルグの物であったが、フランツに貸したままになっている。俗に言う借りパクのような状態であり、奪われたと言っても差し支えない。
 それを取り返さず諦めたのは、黒翼騎士団との関係を断つ為。ゲオルグは魔剣を手切れ金と考え、敢えて見逃したのである。

「……取り返せればゲオルグが喜ぶからってレギーナが……。ハッ!?」

「ならば、ひとまずは様子見といったところだな。変に騒いでサプライズの邪魔をするのも悪い」

 椅子に腰かけ、安堵のため息を漏らすバルザック。
 傭兵時代。模擬戦でレギーナがフランツに負けたことなぞ1度たりともないのである。その実力差は歴然。
 純粋な戦闘であればそこそこやり合えるのだが、フランツはまだ若く詰めが甘い。鍛錬を怠り、自分の不甲斐なさを武器や防具の所為にする癖があった。

「俺が弱いのは、あんたらのような強力な武器を持ってないからだ」

 それがフランツの言い分。己の研鑽が足りないだけだと教えるつもりでゲオルグは魔剣を貸し与えたのだが、ついぞそれは伝わらなかった。

 レギーナなら遅れは取るまいと安堵していたバルザックとは裏腹に、ゲオルグは何処か浮かない顔を見せた。
 いつもの浮ついた表情は鳴りを潜め、ゲオルグの目は真剣そのもの。

「なんて言えばいいかわかんねぇけど、何か妙な胸騒ぎがするんだ……」

 ゲオルグの勘は当たるのだ。だからこそバルザックはすぐに動いた。

「……ザラ。レギーナの事を頼めるか?」

「……もちろん……」

「すまねぇ、ザラ」

 頭を下げるゲオルグにザラは少しだけ頷くと、一陣の風と共にその姿を消した。

「ベルモントか……。また厄介な所に現れたものだ……」

 そこはブラバ家の領土内。アンカース家の領地ならいざ知らず、無断で兵を差し向けることは出来ない。
 たとえ正当な理由があろうとも、派兵は認められないだろう。



 それから1週間。ゲオルグの悪い予感は的中した。来るはずであったザラからの定期連絡が途絶えたのだ。
 それは傭兵時代からの不文律であり、一度たりとも欠かされたことはない信頼の証。

「バルザック。俺が直接行く。止めるなよ?」

「もちろんだ。私も出よう」

「あなた。何処かへお出かけですか?」

 不安そうにバルザックを見つめるのは妻であるオリヴィア。それはゲオルグの抑えきれない気迫に当てられてしまったから。
 オリヴィアは、バルザックが黒翼騎士団に所属していた事を知らない。バルザックが教えていないのだ。
 それは過去の因縁に巻き込まないようにとの願いであり、バルザックなりの優しさであった。

「ん? ああ。旧友が少し困っていてな。ひとまずはベルモントまで足を伸ばす予定だ。なぁに、隣町まで行くだけだ。遅くとも2週間ほどで帰る。何も心配することはない。その間、息子と家を頼んだぞ」

「はい。お気をつけて」

 オリヴィアに笑顔で見送られたバルザックとゲオルグは、馬を走らせスタッグを後にする。
 ザラの行方を追うのは造作もない事。ザラが立ち寄った先には必ずその痕跡が残されているからだ。
 それはザラが肌身離さず持っている砕けた石の欠片。傭兵時代からの暗号である。
 それを最初に見つけたのはベルモントの北門付近。小さな小石の並びから読み取れる暗号は『レギーナ、いない、捜索、ギルド』だ。
 無言で頷き合う2人はベルモントギルドへと足を伸ばすも、そこには入らずその周りを注意深く観察する。

「バルザック。あったぞ」

 それは軒下にある植木鉢の影に隠されていた第2の暗号。『敵、発見、北、木、矢』
 暗号の通り、元来た道を戻り北へと進むと、街道沿いの並木に矢の突き刺さった1本の木を発見した。
 更なる暗号に従い深い森へと入っていくと、目の前に現れたのは洞窟だろう崖に出来た大きな横穴。そしてその入口には最後の暗号が記されていた。

「ダンジョンか……」

「どうする? 罠の可能性も……」

「罠だったらなんだ!? バルザックは2人を見捨てろと!?」

「愚問だな。私はお前の覚悟を聞きたかっただけだ。行くぞ」
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