生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
317 / 638

第317話 アニタ失踪

しおりを挟む
「九条殿! 起きてくれ! 大変なことになった!」

 コクセイの声で目が覚める。辺りはうっすらと霞がかった早朝。天幕の中に顔だけを突っ込みコクセイが俺の頭をガツガツと小突く。

「どうした?」

「すまぬ! アニタ殿がどこかへ行ってしまった!」

「――ッ!?」

 焦った様子ではあるが、声を押さえているのはジョゼフを起こさないようにだろう。急ぎ天幕を出ると、火の消えたトーチが置かれていただけ。その炎は消えてからしばらく経っている。朝露で湿っているのがわかるほどだ。
 それとほぼ同時に別の天幕から顔を出したのはシャーリー。

「あれ……朝になってる……。見張りの交替は?」

「アニタがどっか行った……」

「ふーん…………はぁ!?」

 眠そうだったシャーリーの目が一気に見開き、素っ頓狂な声を上げる。俺も一緒になって「はぁ!?」と言いたいが、それどころではない。

「コクセイ。匂いは辿れないのか?」

「無理だ……。既に消えかけている……。恐らく途中までしか追えないだろう」

「そもそも、どうして気付かなかった」

「わからぬ……。アニタ殿の杖が目の前で光ったかと思ったら、気付けば朝に……。……不覚だ……すまぬ……」

「いや、コクセイの所為じゃない。気にするな……」

 恐らくは、魔法で眠らされたのだろう。それよりもこれからの事である。幸いにも何かを盗まれた形跡はなく、御者とジョゼフはまだ寝ている。
 リブレス内での問題はパーティ全体の責任だ。何としても見つけなければならないが、ジョゼフが起きる2時間の間に見つけられるかと問われれば、絶望的だと言っていい。

「どっちに行ったかわかるか?」

「恐らくだが北だ。サザンゲイア方面。フェルヴェフルールの方からは匂いはしない」

「そうか……」

 そのままこっそり国境を越えてくれれば、最悪の事態は免れる。だが、アニタのことだ。マナポーションを求めてリブレス内の全てのギルド支部を徘徊する……なんてことも考えられる。

「……ジョセフさんを殺すか……」

「ちょっと九条!?」

「冗談だよ……」

 もちろんそんなことはしないが、口止めはしなければならないだろう。ジョゼフさえ何とかすれば、時間は稼げる。
 ぶっちゃけてしまえば、仕事なんて放棄して逃げてしまえばいいのだが、尾行しているイーミアルがどう出て来るかにかかっている。

「素直に話すしかないか……。騒ぐようならカネを握らせて黙らせよう」

「九条らしい考え方……って言いたいけど、それ以外に方法がないのも確かよね……」

 カネは全てを解決する。簡単な話だ。ちょっと話を合わせてくれればいいのだ。アニタは体調が悪くて別の街で休んでいると……。
 そうすれば、冒険者の付き添いなんかとは比べ物にならない程の報酬が手に入る。ジョゼフと御者は王宮とは関係のない第3者機関の者。恐らくは受け取るだろう。
 最悪従魔達を使って脅せばいい。後は、彼等が俺のような性格ではないことを祈るばかりだ。


「おはようございます皆様。昨日は良く眠れましたか?」

 ジョゼフが起きて来ると、爽やかな挨拶を交わす。俺もシャーリーもミアもシャロンも、その笑顔は何処となくぎこちない。

「おはようございます。ジョゼフさん」

「では、野営撤収の準備を……。おや? アニタ様はまだおやすみになられてますでしょうか? 見当たらないのですが……」

 何気なくジョゼフの後ろに回り込む従魔達。準備は万端である。

「撤収の前に少しお話があるんですよ。ジョゼフさん」

 俺はジョゼフに手を回し、肩を組む。少々前かがみになったジョゼフの困惑した様子は、これから聞くであろう衝撃の事実なぞ知る由もないといった表情。
 ジョゼフを笑顔で取り囲む仲間達は、正直言って怖すぎる。

「実は、アニタが失踪しましてね……。あぁ! 言わなくてもわかります。悪いのはこちらだ。それは重々承知していますとも。どんな罰でも受けましょう。だが、ジョゼフさん。考えてもみてください。それは同時に監督していたあなたの責任も問われるんじゃないですか? もちろん、俺達はジョゼフさんのことを全力で庇いますとも。ジョゼフさんは何も悪くはないのだと。……ですが、エルフではない俺達の意見なんかを聞いて貰えるのかが心配で……。……そこでいい解決法を思いついたんですよ! ジョゼフさんはお金に困っていたりしませんか? いや、結構。困っていなくともあって困ることはない。そうでしょう? カネは天下の回りものだ……」

 怪しい宗教団体の勧誘かとも思えるほどの早口で、まくし立てた。
 そんな俺を、もの言いたげな目で見ていた仲間達の考えていることなぞ、手に取るようにわかるのだ。どうせまた悪人みたいだと言われるのがオチである。もちろん自覚はある。
 ジョゼフの返答次第では土下座も辞さないと考えていた。……いたのだが、ジョゼフは慌てる様子もなくケロリとしていたのだ。

「そうですか……。アニタさんが……。それは大変ですね。でも大丈夫ですよ? この事は報告しないでおきますから」

 買収されるか、断固拒否するかの2択だと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきてしまい、空いた口が塞がらなかった。
 それが信じられず、シャーリーが逆に聞き返してしまったほど。

「え? 私達の監視なんでしょ? そんなことして大丈夫なの?」

「ええ。立場上はそうなりますが、まぁ大丈夫でしょう。ご報告したいのであれば、私は止めませんが……?」

「いやいや。目を瞑ってくれるのならありがたい」

 チラリと送った視線に気付いたカガリは、首を横に振った。ならばジョゼフは嘘をついていない。俺達の監視として送り込まれていることをわかっていて報告をしないつもりなのだ。
 それが何故なのかはわからない。だが、それを根掘り葉掘り聞くわけにはいかなかった。ひとまずはジョゼフのおかげで危機は脱したのだから。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

私のスキルが、クエストってどういうこと?

地蔵
ファンタジー
スキルが全ての世界。 十歳になると、成人の儀を受けて、神から『スキル』を授かる。 スキルによって、今後の人生が決まる。 当然、素晴らしい『当たりスキル』もあれば『外れスキル』と呼ばれるものもある。 聞いた事の無いスキル『クエスト』を授かったリゼは、親からも見捨てられて一人で生きていく事に……。 少し人間不信気味の女の子が、スキルに振り回されながら生きて行く物語。 一話辺りは約三千文字前後にしております。 更新は、毎週日曜日の十六時予定です。 『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しております。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...