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第317話 アニタ失踪
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「九条殿! 起きてくれ! 大変なことになった!」
コクセイの声で目が覚める。辺りはうっすらと霞がかった早朝。天幕の中に顔だけを突っ込みコクセイが俺の頭をガツガツと小突く。
「どうした?」
「すまぬ! アニタ殿がどこかへ行ってしまった!」
「――ッ!?」
焦った様子ではあるが、声を押さえているのはジョゼフを起こさないようにだろう。急ぎ天幕を出ると、火の消えたトーチが置かれていただけ。その炎は消えてからしばらく経っている。朝露で湿っているのがわかるほどだ。
それとほぼ同時に別の天幕から顔を出したのはシャーリー。
「あれ……朝になってる……。見張りの交替は?」
「アニタがどっか行った……」
「ふーん…………はぁ!?」
眠そうだったシャーリーの目が一気に見開き、素っ頓狂な声を上げる。俺も一緒になって「はぁ!?」と言いたいが、それどころではない。
「コクセイ。匂いは辿れないのか?」
「無理だ……。既に消えかけている……。恐らく途中までしか追えないだろう」
「そもそも、どうして気付かなかった」
「わからぬ……。アニタ殿の杖が目の前で光ったかと思ったら、気付けば朝に……。……不覚だ……すまぬ……」
「いや、コクセイの所為じゃない。気にするな……」
恐らくは、魔法で眠らされたのだろう。それよりもこれからの事である。幸いにも何かを盗まれた形跡はなく、御者とジョゼフはまだ寝ている。
リブレス内での問題はパーティ全体の責任だ。何としても見つけなければならないが、ジョゼフが起きる2時間の間に見つけられるかと問われれば、絶望的だと言っていい。
「どっちに行ったかわかるか?」
「恐らくだが北だ。サザンゲイア方面。フェルヴェフルールの方からは匂いはしない」
「そうか……」
そのままこっそり国境を越えてくれれば、最悪の事態は免れる。だが、アニタのことだ。マナポーションを求めてリブレス内の全てのギルド支部を徘徊する……なんてことも考えられる。
「……ジョセフさんを殺すか……」
「ちょっと九条!?」
「冗談だよ……」
もちろんそんなことはしないが、口止めはしなければならないだろう。ジョゼフさえ何とかすれば、時間は稼げる。
ぶっちゃけてしまえば、仕事なんて放棄して逃げてしまえばいいのだが、尾行しているイーミアルがどう出て来るかにかかっている。
「素直に話すしかないか……。騒ぐようならカネを握らせて黙らせよう」
「九条らしい考え方……って言いたいけど、それ以外に方法がないのも確かよね……」
カネは全てを解決する。簡単な話だ。ちょっと話を合わせてくれればいいのだ。アニタは体調が悪くて別の街で休んでいると……。
そうすれば、冒険者の付き添いなんかとは比べ物にならない程の報酬が手に入る。ジョゼフと御者は王宮とは関係のない第3者機関の者。恐らくは受け取るだろう。
最悪従魔達を使って脅せばいい。後は、彼等が俺のような性格ではないことを祈るばかりだ。
「おはようございます皆様。昨日は良く眠れましたか?」
ジョゼフが起きて来ると、爽やかな挨拶を交わす。俺もシャーリーもミアもシャロンも、その笑顔は何処となくぎこちない。
「おはようございます。ジョゼフさん」
「では、野営撤収の準備を……。おや? アニタ様はまだおやすみになられてますでしょうか? 見当たらないのですが……」
何気なくジョゼフの後ろに回り込む従魔達。準備は万端である。
「撤収の前に少しお話があるんですよ。ジョゼフさん」
俺はジョゼフに手を回し、肩を組む。少々前かがみになったジョゼフの困惑した様子は、これから聞くであろう衝撃の事実なぞ知る由もないといった表情。
ジョゼフを笑顔で取り囲む仲間達は、正直言って怖すぎる。
「実は、アニタが失踪しましてね……。あぁ! 言わなくてもわかります。悪いのはこちらだ。それは重々承知していますとも。どんな罰でも受けましょう。だが、ジョゼフさん。考えてもみてください。それは同時に監督していたあなたの責任も問われるんじゃないですか? もちろん、俺達はジョゼフさんのことを全力で庇いますとも。ジョゼフさんは何も悪くはないのだと。……ですが、エルフではない俺達の意見なんかを聞いて貰えるのかが心配で……。……そこでいい解決法を思いついたんですよ! ジョゼフさんはお金に困っていたりしませんか? いや、結構。困っていなくともあって困ることはない。そうでしょう? カネは天下の回りものだ……」
怪しい宗教団体の勧誘かとも思えるほどの早口で、まくし立てた。
そんな俺を、もの言いたげな目で見ていた仲間達の考えていることなぞ、手に取るようにわかるのだ。どうせまた悪人みたいだと言われるのがオチである。もちろん自覚はある。
ジョゼフの返答次第では土下座も辞さないと考えていた。……いたのだが、ジョゼフは慌てる様子もなくケロリとしていたのだ。
「そうですか……。アニタさんが……。それは大変ですね。でも大丈夫ですよ? この事は報告しないでおきますから」
買収されるか、断固拒否するかの2択だと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきてしまい、空いた口が塞がらなかった。
それが信じられず、シャーリーが逆に聞き返してしまったほど。
「え? 私達の監視なんでしょ? そんなことして大丈夫なの?」
「ええ。立場上はそうなりますが、まぁ大丈夫でしょう。ご報告したいのであれば、私は止めませんが……?」
「いやいや。目を瞑ってくれるのならありがたい」
チラリと送った視線に気付いたカガリは、首を横に振った。ならばジョゼフは嘘をついていない。俺達の監視として送り込まれていることをわかっていて報告をしないつもりなのだ。
それが何故なのかはわからない。だが、それを根掘り葉掘り聞くわけにはいかなかった。ひとまずはジョゼフのおかげで危機は脱したのだから。
コクセイの声で目が覚める。辺りはうっすらと霞がかった早朝。天幕の中に顔だけを突っ込みコクセイが俺の頭をガツガツと小突く。
「どうした?」
「すまぬ! アニタ殿がどこかへ行ってしまった!」
「――ッ!?」
焦った様子ではあるが、声を押さえているのはジョゼフを起こさないようにだろう。急ぎ天幕を出ると、火の消えたトーチが置かれていただけ。その炎は消えてからしばらく経っている。朝露で湿っているのがわかるほどだ。
それとほぼ同時に別の天幕から顔を出したのはシャーリー。
「あれ……朝になってる……。見張りの交替は?」
「アニタがどっか行った……」
「ふーん…………はぁ!?」
眠そうだったシャーリーの目が一気に見開き、素っ頓狂な声を上げる。俺も一緒になって「はぁ!?」と言いたいが、それどころではない。
「コクセイ。匂いは辿れないのか?」
「無理だ……。既に消えかけている……。恐らく途中までしか追えないだろう」
「そもそも、どうして気付かなかった」
「わからぬ……。アニタ殿の杖が目の前で光ったかと思ったら、気付けば朝に……。……不覚だ……すまぬ……」
「いや、コクセイの所為じゃない。気にするな……」
恐らくは、魔法で眠らされたのだろう。それよりもこれからの事である。幸いにも何かを盗まれた形跡はなく、御者とジョゼフはまだ寝ている。
リブレス内での問題はパーティ全体の責任だ。何としても見つけなければならないが、ジョゼフが起きる2時間の間に見つけられるかと問われれば、絶望的だと言っていい。
「どっちに行ったかわかるか?」
「恐らくだが北だ。サザンゲイア方面。フェルヴェフルールの方からは匂いはしない」
「そうか……」
そのままこっそり国境を越えてくれれば、最悪の事態は免れる。だが、アニタのことだ。マナポーションを求めてリブレス内の全てのギルド支部を徘徊する……なんてことも考えられる。
「……ジョセフさんを殺すか……」
「ちょっと九条!?」
「冗談だよ……」
もちろんそんなことはしないが、口止めはしなければならないだろう。ジョゼフさえ何とかすれば、時間は稼げる。
ぶっちゃけてしまえば、仕事なんて放棄して逃げてしまえばいいのだが、尾行しているイーミアルがどう出て来るかにかかっている。
「素直に話すしかないか……。騒ぐようならカネを握らせて黙らせよう」
「九条らしい考え方……って言いたいけど、それ以外に方法がないのも確かよね……」
カネは全てを解決する。簡単な話だ。ちょっと話を合わせてくれればいいのだ。アニタは体調が悪くて別の街で休んでいると……。
そうすれば、冒険者の付き添いなんかとは比べ物にならない程の報酬が手に入る。ジョゼフと御者は王宮とは関係のない第3者機関の者。恐らくは受け取るだろう。
最悪従魔達を使って脅せばいい。後は、彼等が俺のような性格ではないことを祈るばかりだ。
「おはようございます皆様。昨日は良く眠れましたか?」
ジョゼフが起きて来ると、爽やかな挨拶を交わす。俺もシャーリーもミアもシャロンも、その笑顔は何処となくぎこちない。
「おはようございます。ジョゼフさん」
「では、野営撤収の準備を……。おや? アニタ様はまだおやすみになられてますでしょうか? 見当たらないのですが……」
何気なくジョゼフの後ろに回り込む従魔達。準備は万端である。
「撤収の前に少しお話があるんですよ。ジョゼフさん」
俺はジョゼフに手を回し、肩を組む。少々前かがみになったジョゼフの困惑した様子は、これから聞くであろう衝撃の事実なぞ知る由もないといった表情。
ジョゼフを笑顔で取り囲む仲間達は、正直言って怖すぎる。
「実は、アニタが失踪しましてね……。あぁ! 言わなくてもわかります。悪いのはこちらだ。それは重々承知していますとも。どんな罰でも受けましょう。だが、ジョゼフさん。考えてもみてください。それは同時に監督していたあなたの責任も問われるんじゃないですか? もちろん、俺達はジョゼフさんのことを全力で庇いますとも。ジョゼフさんは何も悪くはないのだと。……ですが、エルフではない俺達の意見なんかを聞いて貰えるのかが心配で……。……そこでいい解決法を思いついたんですよ! ジョゼフさんはお金に困っていたりしませんか? いや、結構。困っていなくともあって困ることはない。そうでしょう? カネは天下の回りものだ……」
怪しい宗教団体の勧誘かとも思えるほどの早口で、まくし立てた。
そんな俺を、もの言いたげな目で見ていた仲間達の考えていることなぞ、手に取るようにわかるのだ。どうせまた悪人みたいだと言われるのがオチである。もちろん自覚はある。
ジョゼフの返答次第では土下座も辞さないと考えていた。……いたのだが、ジョゼフは慌てる様子もなくケロリとしていたのだ。
「そうですか……。アニタさんが……。それは大変ですね。でも大丈夫ですよ? この事は報告しないでおきますから」
買収されるか、断固拒否するかの2択だと思っていたのだが、予想に反した答えが返ってきてしまい、空いた口が塞がらなかった。
それが信じられず、シャーリーが逆に聞き返してしまったほど。
「え? 私達の監視なんでしょ? そんなことして大丈夫なの?」
「ええ。立場上はそうなりますが、まぁ大丈夫でしょう。ご報告したいのであれば、私は止めませんが……?」
「いやいや。目を瞑ってくれるのならありがたい」
チラリと送った視線に気付いたカガリは、首を横に振った。ならばジョゼフは嘘をついていない。俺達の監視として送り込まれていることをわかっていて報告をしないつもりなのだ。
それが何故なのかはわからない。だが、それを根掘り葉掘り聞くわけにはいかなかった。ひとまずはジョゼフのおかげで危機は脱したのだから。
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