生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第310話 フェルヴェフルール(内郭)

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「この橋を渡れば、フェルヴェフルールの内郭です」

 目の前には巨大な世界樹が聳え立つ。その周りをぐるりと囲うように作られた城壁。その高さは建物で言うと、恐らくは10階に相当する高さを誇っていた。
 中には大小様々な建物が軒を連ね、その面積故に奥の方は霞がかっていて、ぼやけてしまうほどである。
 どうやらフェルヴェフルールの街は、その壁を境に内郭と外郭で分けられているらしい。

「すごい! すごーい!」

「こりゃ、絶景だわ……」

 巨大な木の上から見下ろす大地。この景色には、ミアだけではなくシャーリーとアニタも唸るほど。もちろん俺も同様だ。
 見上げると、そこは既に世界樹の庇護下。陽の光が遮られているにも拘らず、それを感じさせないのは世界樹自体が淡い光を帯びているからである。
 光合成の可視化とでも言うべきだろうか。それに照らされるのは眼下に見える巨大な都市。その中でも一際目を引いたのが、世界樹に寄り添うように建てられた城の存在だろう。
 恐らくはスタッグの城と同等かそれ以上。しかし、世界樹のおかげで若干小さくも見える。故にその影が街の一部を闇で覆ってはいるのだが、それを抜きにしても麗しく雄大な景色が広がっていたのだ。
 恐らく最も長いであろう吊り橋は、城壁に建てられた1本の塔へと続いていて、そこが内郭への数少ない入口へと続いているらしい。

「おにーちゃん?」

「なんだ?」

「上ばかり見ていると、危ないよ?」

「気になるんだよ……」

 田舎から都会へと出て来た者が、巨大なビル群に圧倒され天を見上げる気持ち……ではなく、俺が心配しているのは世界樹の恵みと言われる贈り物の事である。
 折れた世界樹の枝が降ってきて死傷者が出るというアレだ。

「九条様は、神授の恵みのことをご存知なのですね」

「ああ」

 気になるのだから仕方ない。ジョゼフは恐らく俺に笑顔を向けているであろうが、上を見ている為わからない。
 そんな俺を見てシャーリーは呆れたように溜息をつく。

「年に1回あるかないかなんでしょ? 心配しすぎじゃない? 吊り橋を踏み外す方が危ないと思うんだけど……」

「その1回が今かもしれないだろ……」

「そんなまさか……」

「あっ……」

 それは本当にあっという間の出来事だった。小さなゴミのようにも見えたそれが、世界樹の枝だと認識してから僅か数秒。
 ミサイルのような甲高い降下音を響かせながら俺達の横を通り過ぎ、それは振り向く間もなく足元で轟音を上げた。強風に煽られたかのように吊り橋がうねり、従魔達は振り落とされまいと足に踏ん張りを利かせる。
 揺れが収まり下を覗き込むと、土煙の中で淡く輝く世界樹の枝。その大きさはほぼ丸太である。
 にも拘らず、ジョゼフとシャロンだけがケロリとしていて、それ以外の者は顔面蒼白であった。

「モフモフ団の皆様は運がいい。神授の恵みを間近で見れることなぞ、早々ないことですよ?」

「……いや、逆だろ……」

 それには、皆が無言で頷いていた。

 入国審査を終え、塔の螺旋階段を降りていくと、ようやく街へと踏み入れる。
 その町並みはエルフ特有の文化等は見られず、極々普通の建物が並んでいた。遠くに見えるお城の後ろに世界樹が見える。珍しいのはそれだけだ。
 木造建築もチラホラと確認できるが、どちらかと言えば白い壁の欧風様式の建物のほうが目立つ印象。

「ウッドエルフが木の上に住んでいたので、街中もそうなんじゃないかと思ってたんですが、そうじゃないんですね」

 大木をくり抜いて、その中を住居として使っているような自然と一体となった生活を送っているイメージだったのだが、パッと見た感じそうは見えない。

「そうですね。大昔はそうだったんですが、今は法令により樹木の伐採が規制された為、木造の建物は年々減少傾向にありますね」

 暫くそこで待たされると、やってきたのは1台の馬車。

「では、ご乗車下さい。ここからはまた馬車での移動になります」

 馬車の中でジョゼフから説明を受けるも、言っていることは最初と何も変わらない。
 要約すると、自由には動けない事と、問題を起こすなということだ。
 観光うんぬんに関しては、既にお腹いっぱいである。外から見た景色には目を見張るものがあったが、街中はそれほど珍しくもなんともない、ミアも無理に街を巡りたいとは言わず、お土産が買えればそれでいいとの事だ。

「そう言えば、なんでも買って来てくれるって話だったが……」

「ええ。そのようにと仰せつかっております。何なりとお申し付けください」

「何か特産品はあるのか?」

「特産品といったら神樹の恵みで作られた武具やアクセサリーなどでしょうか……。あとは世界樹の葉を煎じたお茶なども御座います」

「お茶ですか……。どんな味がするんです?」

「そうですね……。まろやかで口当たりが良く……微々たるものではありますが魔力の回復効果もありますよ?」

 それに反応を示したのはアニタである。今までは何も聞いてないようなそぶりを見せていたくせに、ちゃっかり話には入って来るのだ。

「それってどれくらい?」

「といいますと?」

「魔力の回復量」

「ああ。本当に微々たるものですのでご期待には沿えないかと。魔法の矢マジックアロー1発分にも満たないものです」

「そう……」

 明らかに落胆の表情を見せるアニタ。それに気を使ったのか、ジョゼフは少々上擦った声でフォローを入れる。

「そうだ! よろしければ今晩の晩餐でお出ししましょうか?」

「……」

「い……いいですね。お願いします」

 無言を貫くアニタの代わりに返事を返し、愛想笑いを浮かべる俺。質問はするクセに、答えは返さないその自分勝手なところは、正直どうにかした方がいいと思う。

「他に何か御座いますか? もちろん今すぐという訳ではなく、後ほど御用命くださっても構いませんが……」

「アゲートを探しているのですが……」

「アゲート? 装飾品や宝石として……でしょうか?」

「いえ、未加工の物でも大丈夫です。装備品の修繕に使用する為なので、質は気にしません」

 アゲートの入手。それはこの旅のもう1つの目的でもあった。リビングアーマーとして使用していた鎧の修繕に使われる鉱石だ。
 バルガス曰くその産地はリブレスにあるとのことで、ついでに買うことが出来れば帰りにでもバルガスに修復を依頼できるかもしれないと思っていたのだ。

「残念ながら、装備品の修繕に必要なほどのアゲートは手に入らないでしょう……」

「お金なら、こちらでお支払いしますが?」

「いえ、費用の問題ではありません。すでに国内では流通していない可能性が……」

「何故です? グリムロックではリブレスが産地だと聞きましたが?」

「確かに昔はそうでした……。九条様は、エルフ族とドワーフ族が争っていた時期があるのはご存知でしょうか?」

「小耳に挟んだ程度なら……」

「リブレス連合国とサザンゲイア王国は、隣国という事もあり友好的な関係を続けていました。こちらからは木材と地下鉱脈の採掘権利を認め。サザンゲイアからは建築技術や金属加工品などの提供で、お互いの国は支え合っていたといっても過言ではないでしょう。ですが、それはある日をきっかけに陰りを見せました。ドワーフ達がリブレス側の森林法を破り、禁止区域での伐採を行ったことが問題となり、それが両国間の溝を深め、ついには国交断絶となってしまったのです」

「え? でも鉱脈はリブレス側にあるんですよね?」

「おっしゃりたいことはわかります。ドワーフ達がいなくとも採掘は出来ますが、問題が立て続けに起こり、今は閉鎖されているのが現状です」

「入ることも許されていないと?」

「はい。恐らくは知識の乏しい者達で掘り進めたのが原因でしょう。いくつかの坑道は地下水脈を掘り当ててしまい水没。それ以外の所も、毒ガスや酸欠などで命を落とす者が後を絶たず……。残念ではありますが、私達の技術力では……」

 最悪入場さえ出来ればアンデッドに掘ってもらうという裏技も使えるのだが、そもそも街中でさえ出歩くことが許されない現状で、鉱脈の入場を許可されるとも思えない。
 折角ここまで来たのだからどうにかしたいのは山々だが、残念ながら今回は諦めるしかなさそうだ。

「彫金された加工品で良ければある程度の数は集まると思いますが……未加工の物よりは費用が……」

「いえ、そこまでしなくても大丈夫です。ありがとうございますジョゼフさん」

「お力になれず、申し訳ない……」

 ジョゼフが申し訳なさそうに頭を下げると同時に、馬車はその足を止めた。
 窓から見える大きな建物。その扉に描かれていたのは見慣れたシンボルマーク。フェルヴェフルール冒険者ギルドである。
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