生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第307話 情報収集

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 街道の往来も疎らで、露店は既に店じまい。篝火の明かりが影を揺らし、不気味にも感じる時間帯。そこが見知らぬ街なら当然である。
 ミアは幸せそうな表情でスヤスヤと寝息を立て、俺はその頭を撫でていた。
 暫くすると、隣の部屋から微かに聞こえる物音。従魔達からの目配せを合図に、ミアの撫でる手を止めた。

「九条殿、行くのか?」

「ああ。誰かついて来てくれると助かるんだが……」

 それに名乗りを上げるかのように同時に立ち上がる3匹の魔獣。ちなみにカガリはミアの枕でもある為、動けない。

「……じゃぁ、白狐にお願いしようかな」

「「何故だ!?」」

 それに抗議の声を上げるワダツミとコクセイ。

「静かにしろ! ミアが起きるだろ!」

 反射的にミアの方へと顔を向ける2匹の魔獣は、それに気付かずぐっすりと眠るミアを見て、安堵の溜息をついた。

「何故って、暗い夜道を歩くからだが?」

「そうかもしれんが、我等も連れて行けばよいではないか!」

 ワダツミの言い分に、大きく首を縦に振るコクセイ。

「人様の土地で無用な騒ぎを起こしたくないだけだ。恐らく朝帰りにはならんから安心しろ」

 納得はしていないが、仕方ないといった表情を向ける2匹の魔獣を軽く撫でてやると、白狐を連れて宿を出る。
 時間も時間なだけに人通りは多くないが、シャロンの言った通り人間である俺が街中を闊歩していても、気にする者はそれほどいない。
 店じまいの作業が忙しいハーフエルフの夫婦は、俺と目が合っても気にも留めず。目の前を通り過ぎる乗合馬車の御者をしていたダークエルフの男性は、道を譲った俺に対して軽く頭を下げて見せたほどだ。

「随分と歩きますね……」

「そうだな……」

「それよりも、何故あの小娘を追うのです?」

「ちょっと聞きたいことがあってな」

「それは?」

「まぁ、すぐにわかるさ」

 白狐にアニタの匂いを辿ってもらい、辿り着いたのは少し離れた大衆酒場。外からでも聞こえる騒がしい雰囲気は、少々入り辛い空気感を纏っていた。

「こんなところで何してんだアイツは……」

 勇気を出して扉を開けると、中から聞こえてきたのは元気の良い給仕の声。

「いらっしゃいませ! 1名様と1匹のご来店でぇぇっす! お好きな席へどうぞぉ!」

 俺達に向けられた視線に気後れしながらも、白狐の視線の先にはアニタが1人カウンターに腰掛けていた。

「よう。こんなところで何してるんだ?」

「なんで、あんたがここに来るのよ」

「ちょっと小腹がすいてな」

「嘘ばっかり。乙女の尾行は感心しないわよ?」

「おとめぇ? 誰が? ぷぷ……」

「笑うんじゃない!! それで? 何の用?」

「情報収集……ってところかな。お前もそうなんだろ?」

「さぁね……」

「……」

 隣の席に腰を下ろし、お冷を運んで来た給仕に軽食を頼むと、暫くお互い無言の時間が続く。

「……ねぇ。ギルドのマナポーションの在庫が復活したのってあんたの仕業だって聞いたけど本当?」

 アニタは何故だかマナポーションに固執している。それはブラムエストの時から一貫していた。
 それだけ執着するのなら、ギルドから俺へと辿り着く可能性はあると思っていた。
 ギルドには口止めをしていない。賢者の石を狙っている者が、ギルドだけではないことを知っているはずなのだ。故に、その出所は明かさないだろうと考えていたのだが、アニタが俺に接触してきたのであれば、何処からか漏れてしまった可能性も考慮しなければならない。
 自分からその話題に触れてくれるのであれば、こちらとしては好都合である。

「その話は誰から?」

「え? なんでそんな深刻そうな顔してるの? 結構みんな知ってるけど? グリムロックで良く組む冒険者の仲間達も知ってるし……」

「……え?」

「違うの? 私も含めて魔法系適性の冒険者はあんたに感謝してる人は多いよ?」

 カガリを連れて来ればよかったと後悔しても、もう遅い。アニタだけならまだしも、大々的に知られているのならギルドは何を考えているのか……。
 隠すメリットはわかるが、隠さないメリットがわからない。

「アニタは、その話を誰から聞いた?」

「知りたい?」

 それに無言で頷く。

「じゃぁ、マナポーション1本ね?」

「はぁ?」

「はぁ? じゃないでしょ? 情報が欲しいならそれなりの対価が必要なのは、冒険者なら常識じゃない」

「あるわけないだろ。何故、俺がそれを持ってると思ったんだ?」

「ざんねーん。それが知りたいんでしょ? ならマナポーションくらい出さないとねぇ?」

「ぐっ……」

 憎たらしくも勝ち誇った笑みを浮かべ手招きするアニタは、早く出せとでも言わんばかり。
 正直ビンタの1発もかましてやりたいくらいではあるが、ここは一旦落ち着こう。子供相手に大人げない……。これでも一応は仲間だ……。

「ないと言ってるだろ」

「そう? じゃぁフェルヴェフルールのギルドから支給される奴でもいいよ? 依頼を受ける時に申請して、そのまま私に頂戴。簡単でしょ?」

 正直悩むところではあるが、背に腹は代えられない。情報代だと考えれば安い物だ。

「わかった。その代わり知っていることは包み隠さず全部話してもらうぞ」

「いいわ。交渉成立ね。何を知りたいの?」

 先程とは違う爽やかな笑顔を見せるアニタは、目に見えて嬉しそうだ。恐らくこっちが本来のアニタなのだろう。

「アニタがマナポーションに関して聞いたのは誰だ? その内容は?」

「噂程度では聞いてたけど、直接教えてくれたのはエレノアってハーフエルフの冒険者から。九条が隠し持ってたんじゃないかって言ってた。エレノアはギルド職員から聞いたみたいだけど、誰からかは知らない。グリムロックでよくパーティを組んでるから宿も知ってるけど教えた方がいい? 殺すの? マナポーションをくれるなら手伝ってもいいよ?」

「待て待て。物騒な事を言うな」

「違うの?」

「違うわ! お前はマナポーションがあれば何でもするのかよ……」

 それを聞いて、アニタは呆気に取られたような表情で頷いたのだ。

「もちろんそうよ? ……そうだ! 私を使用人として雇わない? 実力は折り紙付きだし護衛にもなる。どう? 悪くないでしょ? 別料金で私を抱いてもいいわよ? 1晩1瓶でどう?」

「おまっ……」

 自分の身体を大切にしろ。……なんて親みたいな台詞が出かかったが、思いとどまった。
 それが本気かどうかはわからない。真面目に返して、冗談だと笑われるのも癪である。
 それに、この世界では逆なのだ。自分の身体なのだから好きにすればいいのである。アニタは1人立ちした立派な大人だ。
 見た目はそう見えないかもしれないが、恐らくそう感じているのは価値観の違う世界に身を置いていた俺だけなのだろう。

「いや、なんでもない。どちらにしろ、ない袖は振れない」

「ふぅん……。ホントにないんだ……」

 俺が口を出す事じゃない。それよりも気になったのは、その軽率な立ち振る舞いだ。

「――おいおい、聞いたか? 珍しく人間がいると思ったら、この女マナポーションでヤらせてくれるらしいぜ?」

 俺とアニタの後ろから聞こえたわざとらしい大声に、シンと静まり返る店内。
 振り向かずともわかる酔っ払い特有の気配。俺の足元で大人しくしている白狐にも気が付かないくらいだ。有り体に言ってバカである。

「はぁ? あんたには言ってないわよ。私は九条に言ったの」

 そこに居たのは3人のハーフエルフの男達。冒険者のプレートはないが護身程度の武装はしているようで、1人はアニタを見下すように笑う酔っ払い。それを囲む2人はアニタのゴールドプレートに気が付いたのか、始まってもいないのに後退っている。
 それが可笑しくて、つい吹き出してしまった。

「おい。おっさん。何が可笑しい?」

 笑うなという方が無理であるが、仕方ない。騒ぎを起こすつもりはないのだ。

「いやぁ、すまん。笑うつもりはなかったんだ。お詫びと言っちゃなんだが、ギルドで酔い覚ましの治癒術でもかけてもらったらどうだ? 費用は俺が払うよ」

「はぁ? 俺は酔っぱらってなんかいねぇ! シルバープレートの分際でデケェ口叩きやがって!」

 酔っ払いは皆そう言うのである。酒臭いし、そもそも俺のプレートを見間違ってる時点で決定的だ。
 周りの2人は、俺のプレートを見た時点で既に店の外へと出て行った。コントなら他所でやってほしいものである。

「九条。ここは私が……」

「いいよ。お前は座っとけ」

 立ち上がったアニタの腕を引っ張り、座らせる。別に格好をつけている訳じゃない。アニタには任せられないだけだ。
 もちろんこんな酔っ払いにアニタが負けるとは思っていないが、気にしているのはその処理方法である。
 魔法でドカンとやってしまえば、こちらに非はなくとも取り調べは免れない。それもこれもアニタの軽率な言動が悪いのだが、それは後ではっきりと言わせてもらおう。
 やることは簡単だ。要は敵意を持たれぬよう酔いを醒まさせてやればいいのである。

(白狐……)

 人には聞こえないような、か細い声でその名を呼ぶと、酔っ払いの顔が瞬時に燃え上がった。

「うわぁぁぁぁ!」

 他の客が騒ぎ出す前に、間髪入れずその顔目掛けてコップの水をぶっかける。
 どう考えてもそんな水量じゃ消えるわけがないのに、その炎は一瞬で消えた。

「大丈夫か!?」

 少々大袈裟に酔っ払いの肩を掴み、心配しているように見せかける。

「あ……あぁ……」

 水をかけたのは酔いを醒ます為ではなく、あくまで炎を消す為……そう思わせることが出来れば、敵意も湧かないだろう。
 重要なのは、何処から火が出たのかではなく、俺が酔っ払いを助けたことなのである。

「火傷はなさそうだが……」

 一瞬の出来事だ。少々髪の毛が焦げた程度で、外傷は見当たらない。それをわかっていてわざとらしく目の前に立ち、胸のプレートを大袈裟に揺らす。

「あ……あぁ。あんたプラチナだったのか……」

 先程までの傲慢な態度は鳴りを潜め、酔いもすっかり醒めたようだが、まだ少し混乱している様子ではある。

「よかったらギルドまで送ろうか? 見てもらうなら費用は……」

「いや、大丈夫だ……。邪魔したな……」

 そう言いながら、酔っ払いはトボトボと店を出て行った。
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