生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第280話 有終の美

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「九条殿。今回は本当に世話になった。改めて礼を言わせてくれ」

「いえ、レストール卿。俺が曝涼ばくりょう式典でペライスを止めなければこうはならなかった。責任の一端は俺にもあります」

「いや、九条殿の所為ではない。あの時、グレッグが反省しなかったのが間違いなのだ。そして私もいけなかった。グレッグの権力を利用しようと尻尾を振っていたのだから……」

「そうだぞ? 九条殿は何も悪くない。何事も上手くいくとは限らぬ。それを努力し変えていくのが人生というものだ。騎士たるもの、いついかなる時も正義と善の味方となりて、不正と悪に立ち向かうべしだ。今回はグレッグが悪であった。それだけの事。九条殿は騎士として正しい行いをしたのだ」

 曝涼ばくりょう式典でペライスを止めた俺には迷いがあった。
 スケルトンロードが俺であると公になってしまった時、グレッグを殺した罪を問われるかもしれないという不安。
 それと同時にグレッグが死ぬことによって起こりうる数々の可能性を考えてしまった。
 グレッグは侯爵だった。何処かに広大な領地を持っていたのだろう。そこには当たり前のように民が生活している。
 ネストがノーピークスの領民を想うのと同じく、グレッグにも同じような想いがあるのではないかと憂慮した。
 無関係の人まで巻き込みたくはなかったのだ。
 無論それは俺の甘えだ。何より殺生は忌むべきものだと考えていたし、俺が裁かずとも法が裁くと思っていた。
 グレッグが改心すれば、良い方向へと向かうだろうと淡い期待を抱いていたのだ。
 だが、今は違う。この世界にも慣れ、その考えは180度変わった。仏の顔も三度では温すぎる世界。
 騎士ではないが、グラーゼンの言葉は強く俺に響いた。自分の信じた正義を貫けばいい。
 自分の行動に自信を持っていいのだと……。胸を張っていいのだと気付かされたのだ。

「ありがとうございます」

「うむ。では、九条殿には何か褒美を取らせようと思うのだが、何か希望はあるか? 噂によると金銭は受け取らないと聞いたのだが……」

「必要ありません……。と、言いたいところですが、1つだけあります」

「なんでも申してくれ。最大限努力しよう」

「では、ダンジョンを1ついただきたい」

「……それは、今回使ったダンジョンのことか?」

「はい」

 レストール卿の視線は俺を訝しんでいるようにも見えた。ダンジョンが欲しいなどと言う冒険者なんていやしない。
 仮にいたとしても、領地を預かる者としてその用途を知る必要があるはずだ。

「……ふむ。そんな事でいいなら喜んで進呈しよう。後日親書をしたため、コット村へと使いを出す」

「ありがとうございます」

 レストール卿は何も聞かず二つ返事でそれを快諾し、俺は素直に頭を下げた。
 恐らくはわかっていて配慮してくれたのだろう。

「グラーゼン。お前もだ。長きに亘り息子に仕え、その死後も息子の為に尽力してくれたのだ。それにこれからは娘達を支えてもらわねばならぬ。良い機会だ。なんでも申すがいい」

 ほんの一瞬。何故か、グラーゼンは俺の顔を見て不敵な笑みを浮かべた。

「ありがたき幸せに御座います。では、九条殿のダンジョンをレストール様の権限にて封鎖して頂ければ幸いです。理由は……凶悪な魔物を封じているからとでもしておけばよいでしょう。そして我が騎士団が見張りに付ければ言うことは何もありません」

「あいわかった。全てその通りに取り計らおう」

 スラスラと出てくる言葉は、最早打ち合わせを疑うほど。まるで最初から褒美が貰えるとわかっていて、前もって考えていた台詞にも聞こえたのだ。

「グラーゼンさん!」

「任せておけ九条殿。我等サラマンドラ騎士団は王国最強を自負しておる。何人たりとも通しはせんぞ? ガッハッハ……」

 高らかな笑い声を上げるグラーゼン。気持ちのいい豪快な笑いっぷりは自信に満ち溢れていた。
 確かにありがたい申し出ではあったが、それはグラーゼンの為に使われるべきものだ。

「そういうことじゃありません。自分の権利を他人の為に使うなんてどうかしてる!」

「それを九条が言う?」

「ぐっ……」

 鋭く切り返してきたのはシャーリー。それに言葉を失くす俺に対し、うんうんと頷く一同。

「九条。この際だから甘えておけ。騎士とはそう言うものだ。恩を返して何が悪い?」

「その通りだ九条殿。私に返せる恩なぞこれくらいだ。九条殿が満足できるほどの報酬は払えず、唯一の金目の物と言ったらこのロングソードくらいのものだが、騎士の命は渡せぬ。そもそも老兵に褒美なぞ必要ないのだ。だから受け取ってくれ。それが私からのせめてもの願い。九条殿と出会えたことが神からの贈り物だ。私は十分夢を見させてもらったよ」

「グラーゼンさん……」

 グラーゼンの瞳は優しく、まるで聞き分けのない子供を諭すようでもあった。
 実際そうなのかもしれない。相手は人生の大先輩。俺なんかよりも人生経験が豊富であり、倍以上は生きている。
 しかも、この厳しい世界でだ。そう考えると、何も言えなくなってしまった。

「ありがとうございます。素直に恩に着ます」

「うむ」

 グラーゼンは静かに頷き、ミアは俺に笑顔を向けた。

「よかったね。おにーちゃん」

「ああ」

 ミアを抱き上げると、従魔達が周りを囲む。
 刹那、声を上げたのは簀巻きにされていたシルビアだった。

「わかりました!」

 何が? と皆が首を傾げる中、シルビアの瞳は何故か輝いていた。

「グラーゼン! あなた九条さん……いや、九条様に夢を見させてもらったと言いましたね?」

「あっ……」

 まるで自分が失態を犯したかのような表情をするグラーゼン。
 まだ挽回は出来ただろうに、自分でとどめを刺してどうする。迂闊過ぎだ。
 わちゃわちゃと慌てるグラーゼンに助け船を出したのはレストール卿だ。

「それはだな。九条殿のおかげでグレッグを葬れたという意味で……」

「いいえ違います。お父様。私にはわかってしまいました」

 そして、その視線が俺へと向けられる。
 これは弁解の余地もなさそうだと諦めの境地であったが、シルビアから出た言葉は予想の遥か斜め上をいっていた。

「九条様こそヴィルザール神様なのですね!? そのお姿は世を忍ぶ仮の姿! 私の願いが通じ、敬虔な信徒を救いに来て下さったのでしょう!?」

 そうはならんやろ……。
 確かに神であれば死人を生き返らせることも出来そうだし、ペライスの秘密を知っていてもおかしくはないが、飛躍しすぎだ。
 それならまだ、何かの魔法でと勘繰られた方が現実味がある。

「想像力が豊かなのは認めるが、ハズレだ」

「大丈夫ですヴィルザール神様! このことは内密にいたしますわ」

 恐らくウィンクをしたいのだろうが、下手くそすぎて両目を瞑っているのが哀愁を誘う。

「だから違うと言ってるだろ。俺がペライスをよみがえらせたわけじゃない。根拠があるなら言ってみろ」

「もちろんございますわ。ヴィルザール神様を取り囲む獣達の神々しさはまさに聖獣! そんな者達を連れ歩く冒険者なぞいようはずがございません」

「ほほう。この娘、中々見る目があるではないか」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるコクセイを無言でひっぱたく。

「ただの魔獣だ」

「……そうですか……。ならばそう言うことにしておきましょう」

 妄想癖でもあるのだろうか? 残念そうに俯いてはいるが、絶対にわかってない。
 わかってはいないが、誤解を解くのも面倒臭い。

「またいつでも遊びに来てくださいませ。ヴィ……九条様。その時は是非お兄様も……。うふふ……」

 不気味に笑うシルビアが怖すぎる。
 まあ、内密にするというのならば放っておこう。最早何も言うまい……。


 翌日、朝から何かを打ちつける音で目が覚めた。
 窓から外を確認すると、屋敷の庭ではムサイ男が上半身裸で木刀を打ちつけ合っていたのだ。
 この寒い中、グラーゼンもバイスも朝から元気なことである。

「おはよう九条殿」

「おはようございます、レストール卿」

「今日帰ってしまうのだろう? もう少し滞在してはどうかね? 娘たちも喜ぶ」

「そうしたいのは山々ですが、やることもありますので」

「そうか。慰霊碑が出来るまでは、いてもらいたかったのだが……」

 半裸の男が打ち合うそのさらに奥。そこには大きな穴が出来ていた。
 その周りには職人風の男達が集まっている。

「あそこに慰霊碑を立てるのだよ。ここで亡くなった者達へのせめてもの償いだ」

「そうなんですね。それにしても随分と大きいようにも見えますが……」

「うむ。ペライスもそこで眠るのだ。大きいに越した事はないだろう?」

「なるほど……」

 素直に感心したのだが、正直言ってデカすぎる。そこそこ大きな馬車が1台すっぽりと入ってしまいそうな大きさだ。
 地下室を作っていると言われても疑わないレベル。やはり貴族はスケールが違う。

「九条殿。近くに来た際には遠慮せず寄ってくれ。ペライスの頭蓋骨も置いておく」

 露骨すぎて引く。

「ま……まあ、考えておきます」

 それは『行けたら行く』と同レベルの返事である。

 昼食を済ませ出発の準備が終わると、いよいよこの街ともお別れだ。
 バイスに御者台へと促されると、その景色に目を見張った。
 町長の屋敷からズラリと並ぶ人垣。それはパレードを思わせるほどの群衆であった。
 誰が広めたのか、俺達を見送る為に集まってくれた人々のようだ。

「九条。あの時の事、思い出さないか?」

「あの時?」

「ノルディックとミスト領に入った時だよ。こんな感じだったろ?」

「そういえば、そんなこともありましたね」

「どうだ? 称賛を浴びる気持ちは?」

「……正直ちょっとうるさいですが……。……まあ、悪くはない……ですかね」

 素直にそう思ってしまったのは認めよう。僅かに口元が緩んでしまったのかもしれない。
 そんな俺をニヤニヤと見ているバイスに気が付き、咳払いで誤魔化した。
 浴びせられる拍手喝采の中、馬車は一路コット村を目指し走り出す。

「九条様ぁ! またいらしてくださいね! 絶対ですよ!!」

 屋敷の庭から手を振るシルビアとセレナ。その髪には綺麗に磨かれたヘアピンが、日の光を浴び蒼白に輝いていていた。
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