上 下
275 / 616

第275話 ゴミ掃除

しおりを挟む
「お父様。先立つ不孝をお許しください」

 グレッグを切り捨てたペライスは、2人に向き直ると頭を下げた。
 ――その頭は上がらない。
 悲しみと共に溢れ出た涙を見せぬ為だろう。零れ落ちるそれが、地面にいくつものシミを作り出していた。

「ペライス! 私が悪いのだ! 私がグレッグなぞの力を借りなければ……」

 レストール卿はそれを強く抱き寄せた。
 曝涼式典では息子だと知りながらも、声を掛けることすら叶わなかったのだと聞いている。
 その後悔を繰り返さないようにと、必死にペライスにしがみついていた。
 俺はグレッグが本当に死んだのかを確認すると、部屋を出た。親子の再会を邪魔するほど無粋ではない。
 それについて来たのはバイスとアニタ。静かに扉を閉めると、アニタは凄まじい剣幕で俺を捲し立てた。

「ちょっと九条! どういうこと!? あんた死者達の王だったの!?」

「んなわけあるか。どうやったらそう見えるんだよ……」

「でも、頭蓋骨から出来た人が言ってたし」

 間違ってはいないが奇妙な表現であったが故に、不覚にも笑みを見せてしまった。

「ペライスがそう思ってるだけだ。説明は面倒だから勘弁してくれ。……それよりも逃げるなよ? この後は楽しい楽しい裁きの時間だ」

 不敵な笑みをアニタへ向けると、露骨に嫌な顔を返される。
 その顔にいきなり平手打ちをかましたのはバイス。隣でもぞもぞと何かやっていると思ったら、手甲を外していたようだ。
 恐らく本気ではなさそうだが、しびれが残るくらいの威力ではあった。

「いったいわね! 何すんのよ!」

 バイスはそれを無視し、アニタを指差した。

「九条。コイツだろ? ネストを誘拐した時、護衛にいたっていう……」

「そうです。残り2人は上で寝てます。1人は灰になっちゃいました」

 バイスはアニタの胸ぐらを掴み、引き寄せる。

「九条の手前これで許してやるが、次に俺達に手を出したら許さねぇからな。俺達が報告すれば冒険者なんて悠長に続けていられねぇんだぞ? わかってんのか!?」

 まるで貴族とは思えない物言いに引いてしまうほどだが、その怒りはもっともである。
 表向きは冒険者であるが、グレッグの部下であったことには変わりない。
 その命令とは言え、貴族であるネストを幽閉したとあれば罰せられて当然の所業。
 それを平手打ち1発で許してもらえるのなら、甘い裁定だ。

「ご……ごめんなさい……」

 グレッグの命令だから仕方なくと言い訳するのかと思ったが、意外と素直に謝るアニタ。根は悪い奴ではなさそうだ。
 バイスはそっとアニタを降ろし、深い溜息をついた。

「で? この後はどうするんだ? 中の3人を待つのか?」

「そうですね……。まだ時間も掛かりそうですし、先に上の様子でも見に行きましょう」

 ダンジョンを抜け地上へと出ると、夕陽が眩しいほどに輝いていた。
 俺の匂いを嗅ぎつけたのか、物凄い勢いで駆けて来る2匹の魔獣。ワダツミとコクセイは、俺に覆いかぶさるとペロペロとその顔を舐め回す。

「重い! 重いからよせ!」

 一頻り舐め回されると、顔中ベトベトだ。それをローブの袖で拭う。

「どうだった九条殿!?」

「お前達の出迎えは最悪だよ……」

「そうではない。中の様子だ」

 もちろんわかっていて言ったつもりだ。

「計画通りだ。お前達の方はどうなんだ?」

「問題ない。そろそろミア殿が来るはずだが……」

「おにーちゃーん!」

 遠くから聞こえるミアの声。
 その後ろにはズラリと並ぶ冒険者達がシャーリーと一緒になって手を振っていた。

「その様子だと、ゴミ掃除は上手くいったようだな」

「ええ。占めて54人。ダンジョンに死体が無ければこれで全員よ」

 シャーリーの振り向いた先には大きな荷車が4台ほど。それに俯き座っていたのはグレッグについて来た騎士団の面々である。
 腕は縄で縛られ、それぞれが繋がれていた。

「大勝利だぜ! 九条の旦那ァ!」

「「おぉぉぉぉ!」」

 うるさいほどの大歓声。意気揚々と盛り上がる冒険者達は、ギルドの依頼を見て来てくれたのだ。
 俺が匿名でギルドに募集をかけていた。その内容は盗賊団の残党狩りで、集まったのは30人弱。
 正直ちょっと集まり過ぎた感はあるが、50人もの騎士団員を見逃さない為にも人手が欲しかった。
 シャーリーにはその指揮をお願いし、ダンジョンから出て来た彼等を一網打尽にしてもらったというわけだ。
 グレッグが雇い入れたという騎士団があの時の盗賊達であるとするなら、デスハウンドを見れば逃げ出すと思っていた。
 俺が徹底的にボッコボコにしてやったのだ。それはトラウマになっていても仕方のないこと。
 盗賊は何処までいっても盗賊だ。グレッグに忠義を尽くすような奴はいないと思っていた。
 カガリから降りて、パタパタと忙しなく駆けて来るミアを抱き上げる。

「この盗賊さん達はどうするの?」

「もちろんレストール卿に引き渡す。沙汰は俺の関与するところじゃないが、きちんと裁いてくれるだろう。シャーリー、悪いんだが冒険者達を連れて先に帰っててくれ」

「おっけー。ダンジョンの調査報告もしちゃっていいんでしょ?」

「ああ。頼む。シャロンさんよろしくお願いします」

「かしこまりました」

 それからしばらくすると、グラーゼンがレストール卿とペライスを連れダンジョンから姿を見せた。

「もういいのか?」

「ああ。ありがとう九条殿。それとこれを」

 差し出されたのは貸していた風の魔剣だ。逆の手にはペライスから受け取ったであろう王家の紋章が入ったロングソードが握られていた。

「死の王……。いや九条殿。この度は誠に感謝する。それと今更で申し訳ないが、九条殿にガルフォード卿。あの時のことを謝らせてほしい。本当にすまなかった」

 俺達の前に立ったペライスは深く頭を下げた。

「気にするな。侯爵に歯向かえないのは知ってる」

「アンカース卿にもすまなかったと伝えてくれ。直接謝罪したいが、あまり時間は残されていない」

「ああ。言付かろう」

 バイスはペライスと握手を交わし、お互いが笑顔を見せた。

「じゃぁ、一度街に帰ろう。ペライスには成仏する前にやってもらいたいことがあるんだ」


 街に帰ると、時は既に夜更け。俺達は真っ先にグレッグの屋敷へと向かった。

「懐かしいな……。半年振りか……」

 感傷に浸るペライスが玄関の扉を開け、屋敷に1歩足を踏み入れた瞬間だった。
 荒れ狂う死者達の霊が一瞬にして鎮まると、ペライスの前に列を成したのである。

「「おかえりなさいませ。ペライス様」」

「お前達……。ただいま……」

 死して尚主人の帰りを待っていたのだ。
 それは皆にも見えていた。自我を保ったままのアンデッド化はそう起こる事ではない。
 それが彼等使用人としての最後の仕事。それを成し遂げたのである。
 ペライスが涙しそれが床に零れると、仕事を終えた使用人達はその姿を消した。全ての未練が取り払われ、成仏したのだ。
 天寿を全うすることすら叶わなかった彼等だが、最後には満たされた想いを胸に、天へと還って逝ったのである。
 その表情は誰もが安らかであった。
 それからは重苦しい屋敷の空気も一変し、いまや何の変哲もない洋館へと早変わり。スッキリとした空間は、まるで別世界のようである。

「アニタ。案内しろ」

 それは屋敷の地下に隠されていた。炊事場の下にある地下倉庫。
 野菜やワインなどの保管場所であるが、更にその下には地下牢が隠されていたのだ。
 そこには白骨化した無数の遺体。

「ひとまずここから運び出す。俺がやるから何か入れ物を用意してくれ」

 残念ながら骨となってしまえば見分けはつかない。
 頭蓋骨の数で人数を判断し、その数だけ手を合わせると、それを全て運び出す。
 後でまとめて供養する為だ。

 町長の執務室に全員が集まると、レストール卿がテキパキと指示を出していく。
 グレッグが雇っていた元奴隷の使用人達はそのまま雇い入れることとなり、グラーゼンを含めた旧騎士団の面々も現場復帰へと相成った。
 グレッグが法外に搾取していた税率も見直され、街はようやく元の姿に戻ったのだ。

 ――ある1点を除いて……。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...