生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第266話 ダンジョン散歩

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「それじゃ困ります!」

 憤慨した様子で、大きな声を上げたのはシャロンだ。俺達を乗せた馬車は、調査依頼を受けたダンジョンへと向かっている最中。

「おにーちゃんが悪いよ……」

「そう言われてもなぁ……」

 ダンジョン攻略の手順を説明していたのだが、どうにもそれが気に食わなかった様子。

「まぁ、九条の言いたいこともわかるんだけど……」

 シャーリーが俺の味方に付いてくれたのは、一緒にダンジョン攻略をした経験があるからだろう。
 この場にバイスがいてくれれば、もう少し上手く説明出来たかもしれない。

「そんなアバウトなダンジョン攻略だったんですか!?」

「うん。言ったじゃん」

 シャロンの剣幕にもケロっと軽い返事を返すシャーリー。
 俺がシャロンに求めたのはダンジョン攻略中のマッピングだ。マッピング作業は担当ギルド職員がするのが通例である。
 専用の地図記号を用いて書かれたそれは、ギルドに提出されると公式のダンジョンマップとして採用される。
 冒険者の間では当たり前のことであり、無理難題を突き付けた訳じゃない。ミアと手分けをして地図を描き上げてくれるだけでよかったのだ。スピードは求めておらず、楽な作業のはずである。
 それのどこが悪いのかと言うと、それしか頼まなかった事である。
 本来は、色々と事前に決めるものなのだということも知っている。しかし、それを端折った事によって腹を立ててしまったのだろう。
 恐らく、俺が真面目に考えていないと思われてしまったのだ。

「わかりました。じゃぁ回復役はミアで、シャロンさんは補助魔法をお願いします」

「そんな適当な……。バイスさんが合流するまでタンクはいないんですよ?」

「だから大丈夫ですって。今回はなんの制限もないんですから……」

 そう。むしろ今回は好き放題やれる。俺の秘密を隠す必要もない。全力で……という訳にはいかないが、これ以上に楽なダンジョン攻略はないはずなのだ。
 今更、自分の実力では調査は難しいかも……。なんてとぼけた事を言うつもりもない。
 懇切丁寧に説明してはいるのだが、シャロンだけがその意味を理解してくれず。ちゃんと作戦を立てて下さいと食い下がって来る。
 まあ、実際に自分の目で見なければ信用出来ないと考える人も中にはいるだろうから仕方ないとは思っているが、どうせ作戦なんか立てても無駄なのだ。

「そういう油断が命取りなんですよ!? それに調査前にギルドに報告してませんよね? ブラムエスト支部の方から調査前には報告しろと言われませんでしたか?」

「それは言われましたけど……」

「なんで報告しなかったんですか? 万が一、遭難してしまったら誰も救助に来てくれませんよ?」

「それでいいんですよ」

「……え? それってどういう……」

 シャロンの言葉を遮り、俺の腕を嬉しそうに引っ張ったのはミアである。

「おにーちゃん。着いたよ!」

 ミアの指差した先に見えたのは、石を積み重ねたような遺跡だ。
 鬱蒼とした森の中に佇むボロボロの遺跡は、長い事忘れ去られていたであろう雰囲気を漂わせる。
 それでも石造りの堂々たる門構えは、今まで見た物の中では一番大きく、その周りに伐採された草木や蔦が散乱しているのは、先行しているバイス達が切り開いたものだろう。
 奥には半分ほど埋まってしまっている地下への入口が、ぽっかりと口を空けていたのだ。

「よし。じゃぁ行くかぁ」

 なんとも締まらない掛け声で始まるダンジョン調査。各々荷物を背負うと、シャロンだけが緊張している様子。
 それに声を掛けようにも言葉に詰まる。リラックスを促せば油断するなと怒られそうだし、頑張りましょうと励ましてもやってもらうことは少ない。
 まあ、実際体験してもらえば済むことだと、声を掛けるのは諦めた。

「じゃぁ、コクセイは馬車の見張りを頼む」

「うむ。気を付けるのだぞ?」

 最後にワシャワシャと撫で回し一時の別れを惜しんでいると、辺りを照らしたのは白狐の狐火。
 1度経験しているだけあって、何も言わずにそつなくこなす辺りはさすがである。

「すごい……」

 シャロンの声と共に吹き出したのはシャーリーだ。

「ぷぷ。ホントあの時のグレイスみたい」

 まあ、誰だって最初はそうだ。俺が異端なのは百も承知。だからこそ、それに慣れろとも言えない。
 その時だ。中から1人の男性が松明を持って現れた。
 ガタイの良いマッチョマン。盗賊団リザードテイル……もとい、元騎士団の団員の1人である。

「お待ちしておりました。九条殿。ささ、どうぞ中に……」

 礼儀正しく頭を下げ、奥へと足を運ぶ。
 外壁はコット村のダンジョンと似ているが、壁に掛けられたランタンは沈黙していた。
 緩やかな下り坂を500メートルほど降りると、先に見えてきたのは僅かな明かり。そこはドーム状に広がる大きなホール。
 いくつかある篝火に照らされた開放感のある部屋。そこに胡坐をかいて座っていたのは、バイスとグラーゼンである。

「よう九条。遅かったな」

「あれ? 何故ここに?」

 先行していたバイス達とは途中で合流の予定だったのだが……。

「問題ってほどじゃないんだが、ちょっとな……」

 含みのある言い方に首を傾げる。そんなバイスに満面の笑みを向けていたのは、シャロンであった。

「九条さん。良かったですね。バイスさんと一緒なら、問題なく攻略出来ますね!」

 確かにタンク職がいれば心強い。これで通常通りの攻略が出来ると思っているのだろう。その安心具合は、溢れ出る笑顔が物語っている。

「初めましてだな。この度は我等へのご助力、誠に感謝する」

 礼儀正しく頭を下げるグラーゼン。差し出された手を取り、交わされる握手。
 シャーリーとシャロン。小柄な女性と並ぶと、その大きさが際立って見える。
 互いに軽い自己紹介を終えると、ようやく本題である。

「調査は終わったんですか?」

「いや、終わってはいないと思うんだが……」

 その時だ。バイスを遮り、シャーリーが声を荒げた。

「九条! 魔物の反応が登って来る! 速い!!」

 同時に腰の矢を抜きつがえると、現れる方向へと狙いを定める。

「強さは!?」

「B+1!」

「懐かしいねぇ。このやりとり……」

 これから魔物に襲われると言うのに、バイスは心底楽しそうである。

「下がっていてくれ」

 バイスとグラーゼンが共に手をかけたのは、魔剣と呼ばれる伝説の武器。
 辺りを眩く照らすほどの炎がその刃と共に引き抜かれ、それを激しく揺らすのはグラーゼンの持つ魔剣”無明殺し”だ。

「くる!!」

 シャーリーの声と共に舞い上がる風。それに目を細めたほんの一瞬の出来事だった。
 通路から飛び出してきたのは、1匹のマンティコア。
 その生息域は地下40層より下。獅子の身体に蝙蝠の羽。サソリに似た尾と人間の顔を持つ魔物である。
 紅く輝く瞳。長く伸びる先分かれの舌はまるで蛇のようだが、威嚇の咆哮を上げることすらできず、息絶えた。
 一瞬の内に燃え上がるマンティコア。気付くとそれは小間切れにされ、地に足をつけることなく燃え尽きたのだ。
 本当にタンクなのかと疑うほどの処理速度。魔剣の効果も大きいが、2人の反応速度は長年ペアを組んでいる冒険者と見紛うほどの連携を見せていた。

「今回も私の方が速かったな。ガルフォード卿」

「クソっ……」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるグラーゼンに、悔しそうなバイス。
 その会話はまるで、同じことを何度も繰り返しているような言い方であった。
 それに驚愕の表情を見せていたのはシャロンだ。流れるように終わった戦闘にも度肝を抜かれていたが、それよりも驚いたのは出現した魔物の方にである。

「い……今の! マンティコアじゃないですか!?」

「ん? ああ。そうだな」

「そうだなってバイスさん。マンティコアといったら地下40層で出るレベルの魔物ですよ!?」

「ああ。そうだな」

 返ってくる返事は変わらない。プロの冒険者なのだ。それは知っていて当たり前のこと。
 だが、シャロンの言いたいこともわかっているのだろう。

「じゃぁ、そろそろ潜るか。理由は進みながら話すよ」
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