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第256話 罪の重さ
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「アニタ。ギルドまで送ってやれ」
帰りの馬車の付き添いは、ドルトンではなく魔術師の女。
(深くローブを被っているのは顔を見られたくない為か? そんなことをしても無駄だ。すでに見たことがあるからな……)
九条がアニタと共にグレッグの屋敷を出ると、自然と不快感は収まった。それに安堵の溜息をつく。
(どうせコイツも喋らないのだろうが、あの屋敷に留まるよりはマシか……)
知らない人と乗る観覧車は、こんな気分なのだろうかと九条は苦笑いを浮かべた。
無言のまま時は過ぎ、ただ外を眺めている九条であったが、アニタは船を漕いでいた。その理由がわからない九条ではない。
「そんなに寝られていないんですか?」
その声にハッとしたアニタの顔が、徐々に赤みを帯びていく。
誰だって睡眠を邪魔されれば途端に機嫌は悪くなる。それが怒りによるものなのか、恥ずかしさから来るものなのかは九条にはわからないが、どちらにせよ返事は返ってこないだろうと高をくくっていた。
そんな九条の予想に反し、アニタは案外あっさりと口を開いたのだ。
「ねぇ。さっき言ってた準備ってのはどれくらいかかるの?」
(口止めされているわけではないのか? ただドルトンが無口なだけか?)
どちらにせよ、会話が成り立つなら都合がいいと九条は素直に質問に答えた。
「与えられた期間で、なんとかしようとは思ってますが……」
「違う。お金の話。依頼を受けてくれるなら、私が準備に掛かる費用を捻出してもいいよ?」
思わぬ申し出に目を丸くする九条。正直に言うと準備なんて必要はない。九条はただ、皆と相談する時間が欲しかっただけ。グレッグを言いくるめる為に嘘を付いただけなのだ。
(恐らくだが、30人近い者達があの屋敷で命を絶たれている。その迷える魂達がアンデッドとして実体化せず耐えているのは、何か理由があるからだ……)
無理矢理祓うことは、九条にとっては造作もない事だが、出来ればそうはしたくなかった。
「あっ、わかってるよ? プラチナのあんたの方がお金を持ってることくらい。私はお金を別途払ってでも早く解決してほしいって事が言いたくて……」
「……」
「……ねぇ。何とか言ってよ!」
「嫌なら辞めればいいんじゃないですか? お金を払ってまで俺を頼ることはないでしょう?」
「それは……」
冒険者は自由な職業だ。プラチナでなければ、それほど制限はされてはいない。嫌な依頼であれば無理にやる必要はない。いくら報酬が良かろうと、冒険者側にだって断る権利はあるのだ。
「辞められない理由はなんですか? 義理ですか? それとも人情?」
「……」
俯き言葉に詰まるアニタ。九条はなんとなくわかっていた。彼らは一蓮托生なのだと……。
(グレッグは自分の手を汚さない。俺達を襲った時も、ネストを誘拐したときもそうだ。今回も恐らくはそうなのだろう)
グレッグに言われるがまま、罪もない人を殺めた冒険者。辞めたくても辞めれない。裏切者には口封じと言う名の制裁が待っている。
「何人殺したんですか?」
「――ッ!?」
僅かな身震い。その反応だけで、九条は十分理解出来た。
アニタは怖くなってしまったのだ――
始めは死霊術なんて怪しい魔法、信じてはいなかった。
ゴーストやレイスなどのアンデッドは魔物として実体化している。だが、その前段階である魂や霊と呼ばれる存在は一般人には視認できない。故に信じていない者が大半だ。
しかし、報酬目当てでグレッグの依頼を受けようとする死霊術師はそれなりにいたのだ。
彼等がグレッグの屋敷に足を踏み入れると、皆が口を揃え同じことを言うのである。
「自分には手に負えない――」
中には軒先で嘔吐してしまう者もいた。そして「よくこんな所に住めるものだ」と捨て台詞を残して去ってゆく。
魂なんてものは存在していないと思っていたが、アニタには心当たりがあるのだ。認める以外に説明がつかなかった。
5人目の死霊術師が屋敷を去ろうとした時、アニタはそれを引き留めその理由を聞いた。
「ここの迷える魂達が全てアンデッド化しようものなら、ゴールドのお前達でも手に負えないかもしれない。魔物は魔物を呼ぶ。それくらい知っているだろう? 街のど真ん中にダンジョンが出来るようなものだ。外は盗賊、中は無限に湧き出すアンデッド。それも時間の問題。下手に手を出してその責任を取らされても困るのでね」
アニタがそれをグレッグに報告しても、彼等は報酬が上がるのを待っているだけなのだと言い張るだけで、取り付く島もない。
確かにその可能性もなくはないとギルドに立ち寄るも、彼らは全員が即日に街を出ていた。
グレッグはいい。アニタ達が護衛しているのだから。真夜中だと言うのに、ランタンの明かりを絶やさぬようにと命令して御就寝。
寝室のランタンなんて数個で十分なのに、グレッグの部屋だけ20個はある。真夜中なのにもかかわらず、寝室だけは真昼であるかのような明るさだ。
交替で寝ること自体は可能だが、アニタには護衛は付かない。それに女性はアニタだけ。
仲間とは言え一緒の部屋で寝る気にはなれないし、だからといって1人で寝るのも心細い。
何時起こってもおかしくないアンデッド化に怯えながらの生活。結局は恐怖が勝ってしまい、アニタは殆ど寝れていないのが現状であった。
故に九条が最後の頼みの綱であるのだ。
(グレッグの屋敷を訪れた死霊術師で、唯一執務室まで辿り着けた冒険者……。だが、それは同時に自分の罪を認めてしまう事にも繋がる。……正直に言ってしまうべきか……。それとも……)
しばらく続いた無言の時間。それは御者によって破られた。
「ギルド、着きましたよ?」
「ありがとうございます」
九条は御者に礼を言って馬車を降り、迎えに来ていた狼の魔獣を自然な笑顔で撫でていた。
「ちょっと……」
スッと消えた笑顔。アニタを見据えるその瞳は鋭く冷たいものであった。
「命は皆平等だ。それを奪ったのなら、奪われる覚悟もしているのでしょう。よく考えてから行動した方が良かったですね」
従魔と共に去って行く九条の背中を見送るアニタの表情は、溢れ出る不安を隠せてはいなかった。
帰りの馬車の付き添いは、ドルトンではなく魔術師の女。
(深くローブを被っているのは顔を見られたくない為か? そんなことをしても無駄だ。すでに見たことがあるからな……)
九条がアニタと共にグレッグの屋敷を出ると、自然と不快感は収まった。それに安堵の溜息をつく。
(どうせコイツも喋らないのだろうが、あの屋敷に留まるよりはマシか……)
知らない人と乗る観覧車は、こんな気分なのだろうかと九条は苦笑いを浮かべた。
無言のまま時は過ぎ、ただ外を眺めている九条であったが、アニタは船を漕いでいた。その理由がわからない九条ではない。
「そんなに寝られていないんですか?」
その声にハッとしたアニタの顔が、徐々に赤みを帯びていく。
誰だって睡眠を邪魔されれば途端に機嫌は悪くなる。それが怒りによるものなのか、恥ずかしさから来るものなのかは九条にはわからないが、どちらにせよ返事は返ってこないだろうと高をくくっていた。
そんな九条の予想に反し、アニタは案外あっさりと口を開いたのだ。
「ねぇ。さっき言ってた準備ってのはどれくらいかかるの?」
(口止めされているわけではないのか? ただドルトンが無口なだけか?)
どちらにせよ、会話が成り立つなら都合がいいと九条は素直に質問に答えた。
「与えられた期間で、なんとかしようとは思ってますが……」
「違う。お金の話。依頼を受けてくれるなら、私が準備に掛かる費用を捻出してもいいよ?」
思わぬ申し出に目を丸くする九条。正直に言うと準備なんて必要はない。九条はただ、皆と相談する時間が欲しかっただけ。グレッグを言いくるめる為に嘘を付いただけなのだ。
(恐らくだが、30人近い者達があの屋敷で命を絶たれている。その迷える魂達がアンデッドとして実体化せず耐えているのは、何か理由があるからだ……)
無理矢理祓うことは、九条にとっては造作もない事だが、出来ればそうはしたくなかった。
「あっ、わかってるよ? プラチナのあんたの方がお金を持ってることくらい。私はお金を別途払ってでも早く解決してほしいって事が言いたくて……」
「……」
「……ねぇ。何とか言ってよ!」
「嫌なら辞めればいいんじゃないですか? お金を払ってまで俺を頼ることはないでしょう?」
「それは……」
冒険者は自由な職業だ。プラチナでなければ、それほど制限はされてはいない。嫌な依頼であれば無理にやる必要はない。いくら報酬が良かろうと、冒険者側にだって断る権利はあるのだ。
「辞められない理由はなんですか? 義理ですか? それとも人情?」
「……」
俯き言葉に詰まるアニタ。九条はなんとなくわかっていた。彼らは一蓮托生なのだと……。
(グレッグは自分の手を汚さない。俺達を襲った時も、ネストを誘拐したときもそうだ。今回も恐らくはそうなのだろう)
グレッグに言われるがまま、罪もない人を殺めた冒険者。辞めたくても辞めれない。裏切者には口封じと言う名の制裁が待っている。
「何人殺したんですか?」
「――ッ!?」
僅かな身震い。その反応だけで、九条は十分理解出来た。
アニタは怖くなってしまったのだ――
始めは死霊術なんて怪しい魔法、信じてはいなかった。
ゴーストやレイスなどのアンデッドは魔物として実体化している。だが、その前段階である魂や霊と呼ばれる存在は一般人には視認できない。故に信じていない者が大半だ。
しかし、報酬目当てでグレッグの依頼を受けようとする死霊術師はそれなりにいたのだ。
彼等がグレッグの屋敷に足を踏み入れると、皆が口を揃え同じことを言うのである。
「自分には手に負えない――」
中には軒先で嘔吐してしまう者もいた。そして「よくこんな所に住めるものだ」と捨て台詞を残して去ってゆく。
魂なんてものは存在していないと思っていたが、アニタには心当たりがあるのだ。認める以外に説明がつかなかった。
5人目の死霊術師が屋敷を去ろうとした時、アニタはそれを引き留めその理由を聞いた。
「ここの迷える魂達が全てアンデッド化しようものなら、ゴールドのお前達でも手に負えないかもしれない。魔物は魔物を呼ぶ。それくらい知っているだろう? 街のど真ん中にダンジョンが出来るようなものだ。外は盗賊、中は無限に湧き出すアンデッド。それも時間の問題。下手に手を出してその責任を取らされても困るのでね」
アニタがそれをグレッグに報告しても、彼等は報酬が上がるのを待っているだけなのだと言い張るだけで、取り付く島もない。
確かにその可能性もなくはないとギルドに立ち寄るも、彼らは全員が即日に街を出ていた。
グレッグはいい。アニタ達が護衛しているのだから。真夜中だと言うのに、ランタンの明かりを絶やさぬようにと命令して御就寝。
寝室のランタンなんて数個で十分なのに、グレッグの部屋だけ20個はある。真夜中なのにもかかわらず、寝室だけは真昼であるかのような明るさだ。
交替で寝ること自体は可能だが、アニタには護衛は付かない。それに女性はアニタだけ。
仲間とは言え一緒の部屋で寝る気にはなれないし、だからといって1人で寝るのも心細い。
何時起こってもおかしくないアンデッド化に怯えながらの生活。結局は恐怖が勝ってしまい、アニタは殆ど寝れていないのが現状であった。
故に九条が最後の頼みの綱であるのだ。
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「ギルド、着きましたよ?」
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九条は御者に礼を言って馬車を降り、迎えに来ていた狼の魔獣を自然な笑顔で撫でていた。
「ちょっと……」
スッと消えた笑顔。アニタを見据えるその瞳は鋭く冷たいものであった。
「命は皆平等だ。それを奪ったのなら、奪われる覚悟もしているのでしょう。よく考えてから行動した方が良かったですね」
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