生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第239話 知る者と知らぬ者

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 ギルドの前を通ると中から顔を見せたのはニーナであった。それに気付いたシャロンは露骨に嫌な顔をする。

「ニーナ……」

「シャロンさん……」

 シャロンはニーナを良く思っていない。九条のダンジョンでのことである。どう考えても経験不足で、見え見えのパワーレベリング。命を賭けた戦いの中、役立たずでありながらも勝手な行動でパーティを危機的状況に陥れたのだ。
 ニーナの所為で、バイスとネストが死んでいたかもしれない。シャロンはミアが死神と呼ばれているのを知っていたが、ニーナの方がよっぽどそう呼ばれるべきだと思ったほど。
 スケルトンロードから命からがらゲートで逃れた後、シャロンは我を忘れてニーナに掴みかかった。ガタガタと怯えるニーナを殴るつもりであったが、フィリップとシャーリーに止められたのだ。
 バイスとネストが無事だという連絡があるまで、生きた心地がしなかった。その後ニーナとは一言も話すことなくベルモントへと帰還したのだ。
 時が経ち怒りは収まったとはいえ、シャロンは未だそのことを許してはいなかった。

「ごめんなさい!」

 大声で謝り頭を下げるニーナ。気まずくなって逃げ出すか、言い争いになるかと思っていたシャロンは、いきなりの出来事に唖然とした。

(ウソ……役立たずのクセに口だけは達者なニーナが謝った……!?)

 あの生意気な小娘が頭を下げているのだ。それがシャロンには信じられなかった。

「実力不足とか経験不足とか言い訳はしません。私の考えが甘かったんです」

 そこにいたのは九条やシャーリーだけではない。見知らぬ冒険者に村人。行き交う人々が何事かとそれを見ていた。
 シャロンは一瞬でも気を張った自分が馬鹿らしく思えた。何故ニーナがここにいるのか、そしてこんなにも素直になったのかは不明だが、ひたむきに頭を下げるニーナを見て、怒鳴りつける気力は何時の間にかなくなっていた。

「……まぁ、反省してるならいいわ。謝るのは私じゃなくてバイスさんとネストさんにね」

「はい!」

 まさかコット村で顔を合わせるとは思わなかった。偶然ではあったが、これでわだかまりも解け、遺恨を残すことなくやって行けるだろうと、お互いがそう感じていたのだ。


「ニーナは一体何があったの?」

 九条宅へと向かう途中、シャロンはそれが気になって仕方がなかった。その疑問はもっともだ。その豹変ぶりは九条でさえ驚いたほど。これは聞かれるなと身構えていた。
 そして、ノルディックとの事をシャロンに話したのだ。ノルディックがミアを亡き者にしようと企てていた事。ニーナがその濡れ衣を着せられそうになっていた事。それを踏みとどまったが故に受けたノルディックからの仕打ち……。

「なるほど。それなら素直になるのも頷けますね……」

「今はギルドの仲間達とも仲良くやってくれていますよ」

 シャロンは、ニーナがノルディックの担当に抜擢されたというのは小耳に挟んでいた。
 冒険者ギルド通信に掲載される予定だった受付嬢ピックアップコーナーのゲラ刷りを読んでいたからだ。
 結局本誌はミアに差し替えられ、それは世に出ていないが、勲章を受勲したミアの方が話題性は高い。
 当時はそれが妥当だと思っていたし、いい気味だとも思っていた。どうせニーナは身体でも売ったのだろうと思っていたが、まさかそんな裏があったとは思いも寄らなかった。
 今までのツケが回って来たのだ。正直不憫ではあるが、これで美味い話には裏があると知ったはず。
 ニーナは高い勉強代を払ったのだろうとシャロンは溜飲を下げたのだ。

 九条に案内されたのは、立派な豪邸。それは大きな宿屋といった佇まいであるが、おおよそ村には似つかわしくない建物だ。
 その手前の広場には何故か綺麗な円を描いたような地面のヘコミ。それが少々気にはなるが、流石はプラチナプレート。羽振りは良さそうである。

「立派なお屋敷ですね」

「そうですね」

 シャロンが折角褒めたのに、九条から返ってきたのは他人行儀でそっけない答え。
 中へお邪魔すると、まるでホテルのロビーのような雰囲気に、シャロンは僅かながらに違和感を覚えた。
 大きな玄関にカウンター。長い廊下にいくつもの部屋。ぶっちゃけると内装はそのまんまホテルである。
 しかし、漂う香りはまだまだ新築を思わせる。外装も綺麗で廃業した宿屋を買い取って使っているという感じではない。

(副業で宿泊業でも営んでいるのかしら……? それならギルドの依頼を受けなくても食べていけるし……)

 とは言え、いきなりその収入を聞くのは失礼だと考えたシャロンは、何気なく遠回しに聞いてみることにした。

「ここは一泊おいくらですか?」

「無料ですね」

「えっ!? タダなんですか?」

「そうですけど……。流石に無料は驚かれますよね」

「それはそうですけど、九条様はそれでやって行けるのですか!?」

「ええ。むしろありがたい位ですが……」

「ありがたい!?」

「ぶふーっ! あっはっは……」

 手をバシバシと叩きながらゲラゲラと爆笑するシャーリー。シャロンはそこで、自分が何か勘違いをしていることに気が付いた。恐らくシャーリーはそれを知っているのだ。先程のコクセイの時と同じである。
 しかし、それを考えても謎は深まるばかり。恨めしそうな目でシャーリーを睨んでいると、頃合いだと思ったのかシャーリーは申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんごめん。笑うつもりはなかったんだけど、ここは学院の試験で生徒達が使ってた宿泊施設なのよ。試験が終わって使わなくなったからネストが九条に貸してるの」

「……あぁ、そういうこと……」

「借りてると言っても全てではないですよ? どれだけ使ってもいいとは言われていますが、掃除とか考えると後々が面倒で、使っているのは1部屋だけですね」

「なるほど……。私はてっきり九条様は副業で宿屋でも営んでおられるのかとばかり……」

「何も知らなきゃそこに行きつくのも納得だわ」

 笑い過ぎて涙を浮かべるシャーリーに少々ムッとしつつも、案内された部屋へと入る。
 中はワンルームではあるが少々広め。洗濯物が部屋干しされていて生活感に溢れているが、プラチナだからと何か特別な事もなく一般的な部屋といった印象だ。
 男の部屋という感じがしないのは、恐らくミアと同居している為だろう。小さな暖炉には火が入れてあり、時折爆ぜる火の粉が煙突へと消えて行く。
 部屋の中は小春日和といった暖かさで、快適といって差し支えない塩梅だ。

「寒かったでしょう? 何もありませんが、どうぞ」

 1人で使うには少々大きめなテーブルに6つの椅子。客人用にも見えるが、魔法学院の試験で使われていた所を見ると、作戦会議用だろう。
 脱いだコートを畳んで適当な棚の上に置くと、九条はそれを手に取り、嫌な顔ひとつせず壁のフックに綺麗に掛けてくれた。

「シワになりますから……」

「ありがとうございます」

 プラチナプレートだというのに家庭的な一面は、正直言って似合わない。冒険者と言えばガサツ……という定説がシャロンの中でひっくり返り、その印象は悪くなかった。

(ふーん。なるほどね……。シャーリーの気持ちも少しわかるかな……)

 暖炉の上で温められていたお茶が振舞われ、皆が席に着くと、シャーリーは本来の目的である伝言の話を切り出した。

「伝言ってのはウチの……ベルモントギルド支部長ノーマンからなんだけど……」

「ああ、あいつか」

 正直九条もそれほど知っている訳ではない。直接会ったのは2回だけ。金の鬣きんのたてがみ討伐を理由に勝手にありがたがられ、ノルディック討伐を理由に勝手に嫌われた。
 仕事以外では確実に関わることがないであろう人物。九条から見れば、その他大勢の1人に過ぎない。

「噂を信じて九条の対応を邪険にしたのを詫びたいんだって。ギルドに顔を出してくれればしっかり謝罪するから、是非来てくれってさ」

「……それだけ?」

「うん」

「……マジでそれだけの為に来たの?」

「残念ながら本当にそれだけ。まぁ、それなりには気にしてるってことなんじゃないの? その謝罪を受け入れるかどうかは九条次第ってとこだけど、期限は設けないからいつでもいいとは言ってた」

 顎に手を当て、暫くの間考え込む九条。その真意を測りかねて素直に応じていいものかと眉をひそめる。

「俺はどうすればいいと思う?」

「知らないわよ。好きにすればいいじゃない。九条がナイトになるとやり返されると思って気が気じゃないみたいよ? どうせなら無理難題でも吹っかけてみれば? 案外なんでも聞いてくれるかもよ?」

「九条様は、何かベルモントギルドに要望はありませんか?」

 自然とその会話に割って入ったシャロンであったが、シャーリーはそれが少し気になった。
 ギルド職員は冒険者同士の会話にはあまり口を出さない。
 伝言とはいえ、これも立派な仕事なのだ。だからこそいつもとは違うシャロンに違和感を覚えた。

「ホームじゃないギルドに求める事なんかないですね……。逆に何のメリットがあるのか知りたいくらいですよ……」

「そうですね……。例えば気になっているギルド職員をコット村へと異動させたり、依頼で借りる馬車の往復運賃をギルド持ちにしたり、依頼の報酬額を10%程度上乗せしたり、気になっているギルド職員をコット村へと異動させたりですかね」

 盛大に吹き出すシャーリー。それを横目に微動だにしないシャロンの表情は真剣だ。

「なんでギルド職員の異動を2回言ったんですか!?」

「大事な事だからです」

「ちょっとシャロン! あなた本気で言ってるの!?」

「もちろんよ。むしろこの方法以外考えられない。そして最も確実な方法だと思ってる……」

「2人共落ち着いてくれ。話が見えない」

「九条様。私が全てお話します。その上で判断して頂ければ幸いにございます」

 冗談みたいなやり取りなのにも拘らずシャロンの表情は硬く、それは何かを決意した者の眼差しであった。
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