生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

文字の大きさ
上 下
237 / 633

第237話 日常

しおりを挟む
「さて、今日はどこに食べにいこっか?」

 ギルドを出た道すがら、気の向くままにぶらぶらと街中を歩き始めるシャーリーとシャロン。

「そうですね……。いつもはファンテーブルですけど、たまには静かなお店にしましょうか」

「いいわね」

「少々値は張りますけど、いいお店を知ってるんです」

 シャロンに連れられた店は、大通りから少し奥まった場所にある所謂隠れ家的な店。
 落ち着いた大人の雰囲気を漂わせる白と黒を基調としたシックなレストラン。さながらバーのようでもある。
 冒険者達が集まり酒を飲みながら騒ぐファンテーブルとは真逆のお店と言っても差し支えないだろう。
 注文を取りに来たスーツ姿の男性は、店員というより執事といった佇まい。
 この街にこんな店があったのかと舌を巻くシャーリー。さすがギルド職員と言うべきか、多くの冒険者を相手にするだけあって情報通なのも頷ける。

「シャーリー。支部長からはなんて?」

「九条に謝っておいてくれってさ。虫がいいわよね。あれだけ嫌ってたのに心を入れ替えたんだって。怪しい事この上ないわ」

「ぷっ……。そんなこと言ってたのね」

「どうせなんか裏があるんでしょ?」

「ええ。シャーリーは九条さんの噂、知ってる?」

「九条の噂と言われてもねぇ……。どっちのことやら……。悪い方? 良い方?」

「良い方かな? ウチのギルド的には悪い方になるけど」

「あー、なるほどね。なんとなくわかっちゃった気がするわ……。結局噂話に踊らされてるんじゃない。何が噂話に流されずにぃ……よ」

「九条さん、第4王女様のナイトに選ばれたんでしょ? それでウチの支部長ビビっちゃってんのよ。ナイトと言えば侯爵様と肩を並べるくらいだし、そのまま結婚なんてこともあり得るんじゃないの? 九条さんがその気になれば、ウチの支部長なんかすぐ辺境に飛ばされるだろうしね」

 それを想像し、クスクスと笑顔を見せるシャロン。久しぶりに腹を割って話せる相手との貴重な時間だ。その微笑みは、気兼ねない相手だからこそ見ることの出来る表情であった。

「残念だけどそれは単なる噂で、九条はナイトになんてならないわよ?」

「そうなの?」

「ええ。本人と王女様から直接聞いてるからね。証拠はないけど」

「九条さんの身近にいるシャーリーがそう言うんだからそうなんでしょ。そんなこと疑わないわよ」

 シャロンもシャーリーとは長い付き合いだ。それをこれっぽっちも疑ってはいないが、だからこそ気付いた事もあった。
 九条の結婚という言葉に、ほんの僅かに見せた動揺をシャロンが見逃すはずがない。

「で、結局のところ九条さんはどんな感じ?」

「どんなって……? シャロン。あなたまだ九条の担当狙ってるの?」

「違う違う。そうじゃなくって、シャーリーと九条さんの仲がどれくらい進展したのかってこと」

「ちょ、何言い出すのよ!? どうもこうも何もないわよ。……助けてもらった恩があるのは知ってるでしょ? それがきっかけでパーティに1回誘われただけじゃない。九条はレンジャーが必要だから顔見知りだった私が丁度良かったってだけだし、グリムロックだって武器を新調しようと思っていた所にタイミングよく九条が行くって言うから同行させてもらっただけで……」

「で、そんな高価そうな弓をプレゼントされたと……」

「違うってば! 確かに九条と一緒にいたから作って貰えた武器ではあるけど、貰ったんじゃないんだって! ホントなんだから!」

「ふぅん……」

 ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるシャロンだが、シャーリーの気持ちはなんとなくわかっていた。
 九条へと向けるシャーリーの視線が、他の者へ向けるものとは違うことくらいお見通しである。

「いや、まぁ言いたいことはわかるけどね。自分でも驚いてるもん。オーダーメイドのフルスクラッチなんてシルバーの冒険者が持ってること自体おかしいもの。勘違いされても仕方ないわ」

「まぁ、そういうことにしといてあげる」

「だーかーらぁ……」

「それで? 次はいつ会うの? 良かったら私も連れてってよ」

「……決まってない……」

 僅かに曇るシャーリーの表情。それは出かけようと思っていたのに雨が降って来てしまった程度の落胆。恐らくは無意識に出てしまったものだ。

「そうなの?」

「九条は自分から進んで依頼を受けるタイプじゃないからね。早くても暖かくなったらって言ってた」

「そっか。じゃぁ暫く会えないのは残念ね」

「うん……」

「ぷぷっ……。やっぱり会いたいんじゃない」

「あっ……ちがっ……」

 シャーリーの顔が真っ赤に染まる。その焦りようを見ながら飲む酒は格別だ。
 これは1ヵ月近く音信不通であったシャーリーへの罰である。当然の報いだ。
 必至の言い訳を涼しい顔で聞き流しながらも、また同じ席で食事を楽しむことが出来たことをシャロンは心から喜んでいた。
 冒険者という職業柄、死はとても身近にあるものだ。昨日まで元気だった者が、1枚のプレートとなって帰還することなど日常茶飯事。
 行方不明者は数知れず、捜索隊を出してもその帰還率は10%にも満たないと言われているほど低い。
 そんな仕事だからこそ、シャーリーとはもう会えないんじゃないかと諦めかけていた。
 ひょっとしたら今日は帰ってきているかもしれない……。そう思い、シャロンは何度もシャーリーの家へと足を運んだ。
 そして今日、扉の張り紙が消えていて、中からシャーリーの声が聞こえたのである。これほどまでに嬉しい事はなかった。
 シャロンはフィリップを恨んでいた。シャーリーの失踪にフィリップが絡んでいることは明白である。
 シャーリーにとってフィリップは大切な仲間なのだろう。だが、シャロンにとってはシャーリーの方が大切な仲間であり、唯一無二の親友なのだ。

「えっ、ちょっと待ってシャロン。今の話の何処に泣くところがあったの!?」

「ごめんなさい。なんだか感極まってしまって……」

 何気ない日常の一コマ。2人で食事を楽しむことは良くあること。
 最初はただの仕事であった。担当になった冒険者との簡単な座談会。お互いを知ることの第一歩として、たまに食事に誘う程度の感覚だった。
 だが、それは何時の間にか変化していたのだ。同じ女性という立場であったからか、それとも気が合ったからなのか……。シャロンにとっては、それが当たり前の日常となっていたのだ。
 それがどれだけ自分にとって大切な時間なのかを知り、またその時間が近いうちに奪われてしまうかもしれない不安に駆られていたのである。

「ごめんねシャーリー。話を戻しましょうか」

「……どこまで?」

「九条さんに会いに行きたいところまで」

「ゔっ……。出来れば戻してほしくないなぁ……」

「ダーメっ。真面目な話、そんなに会いたいならコット村に引っ越しちゃえば?」

「まぁ、考えたこともあったけど、担当が変わるのはちょっと……」

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「シャロンは私が初心者の頃からの担当だしね。今更別の人が担当になるのも……」

 残念ながらシャーリーはシルバーの冒険者。プラチナとは違い専属担当という訳にはいかない。
 依頼でもない限り、九条のように好き勝手に担当を連れ回すことは出来ないのだ。

「じゃぁ担当が変わらなければいいんだ?」

「まぁそうだけど……。どういうこと? シャロンがコット村に異動にでもならない限り無理じゃない? 異動申請したとして、そんなに簡単に通るものなの?」

「まぁ、無理でしょうね……」

「慰めの為に言ってくれたんでしょうけど、気持ちだけ受け取っておくわ。ありがとね」

 それにほんの少しの笑顔を向けると、シャロンはすぐに視線を落とし、その表情を曇らせる。

「もし……もしよ? 私がコット村に異動になったらシャーリーはついて来てくれる?」

「そんな夢物語みたいな……」

「私は真剣だけど?」

「本気? ……まぁ、いいわ。王都だろうがコット村だろうが何処へでもついて行ってあげる」

「そう。じゃあ近いうちにシャーリーには指名の依頼が入ると思うから、しばらくは遠出しないでね?」

「どういう事? 何企んでるの?」

「ふふっ……。ひ・み・つ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるシャロン。さすがのシャーリーもそれには警戒せざるを得なかったが、久しぶりのシャロンとの交流だ。楽しまなければ損である。
 シャーリーはシャロンとの食事に多幸感を覚え、シャロンは戻って来た日常を謳歌する。
 2人の楽しそうな会話は、店の閉店時間を忘れてしまうほどに続いていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...