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第235話 拠り所

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「じゃぁね、九条。また何かあったら呼んでね」

「ああ。またな」

「ばいばーい」

 夕暮れを背に手を振ると、馬車の後ろから顔を出し、軽く手を上げる程度の九条に大きく手を振るミア。
 ベルモントの東門から2人と4匹の魔獣達を乗せた馬車を見送ると、シャーリーはその場でくるりと踵を返し、ゆっくりと歩き出した。

「呼んでくれないだろうなぁ……」

 ぼそりと呟く。もちろん九条の依頼に――と言う意味だ。
 シャーリーは運が良かった。九条に助けられ、パーティーにも誘われて、さらには武器も手に入った。そして今回もまた、九条に助けられたのだ。
 諦めずに鍛錬を続けていれば、いつか九条の隣に並び立てる日が来る。そう思って頑張ってはいるものの、本当にそんな日が来るのだろうかという不安が、何度も頭を過る……。
 仮に来たとしても、それはいつの話になることやら……。

「はぁ……」

 溜息しかでない。九条は暖かくなったら依頼を受け始めると言っていたが、それまでに結果が出せるかと言われれば、土台無理な話。
 もしも呼ばれるとしたら、レンジャーが必須と言われるダンジョン調査依頼ではあるが、この辺りに新しいダンジョンが発見されたなんて噂も聞かないし、遠方でのダンジョン調査ならその付近のギルドからレンジャーを探せばいいだけだ。
 レンジャーは死霊術のように珍しい適性ではない。探せばゴロゴロ出て来るポピュラーなクラス。
 シャーリーに優位性があるとすれば、九条の秘密を共有する1人であることが挙げられるが、それが有利に働くかと言われれば正直疑問が残る。
 それに差こそあれど、冒険者ならば秘密の1つや2つあるものだ。他言無用が当たり前。なんのアドバンテージにもならない。
 その秘密を餌としてチラつかせれば、それはもうただの脅しであり、逆に嫌われる可能性すらある。

 街はいつもと変わらない。コット村とは対照的に騒がしく、人出も多い。
 そんなことを考えていると、いつの間にか家の前へと辿り着き、いつもとは違うある変化に気が付いた。
 それは、扉に張り付けられた1枚の紙だ。そこにはこう書かれていた。

『シャーリー、みんな心配しています。これを見たらギルドへ。シャロン』

 滲み掠れて消えかかりそうな文字。どれだけここに張り出されていたのだろう……。

「あーそうだった。私、今行方不明なんだったわ……。無事だって言いに行かないと……」

 出て来るのは、乾いた笑いと気だるそうな声。
 街の人々は、フィリップを追いかけ街を出て行ったシャーリーを見ているのだ。
 そこから暫く帰らなければ、何かあったに違いないとギルドに連絡がいってもおかしくはない。
 シャロンは担当ギルド職員。シャーリーの身を案じてくれていても不思議ではない。
 そんなヨレヨレの張り紙を適当に剥がすと、鍵を開ける。

「ただいまぁ……」

 と言っても、返事がないのは承知の上だ。持っていた荷物を無造作にテーブルに置き、ベッドへと倒れ込むようダイブする。
 あれだけの事があったのだ。体力的にも精神的にも疲労が溜まって当たり前。

「ご飯食べて……お風呂入って……。……いや、先にギルドに行った方がいいかな……」

 部屋はあの時のまま。久しぶりに嗅ぐ家の匂いは少々埃っぽい。あれから1ヵ月ほど留守にしていたのだから当然である。
 窓の隙間から漏れて来るのは、懐かしさすら感じさせる街の喧騒。

「窓を開けて……掃除して……。後は……そうだ、シャロンになんて説明しよう……」

 肩の荷が下り、気が抜ける。安堵からか自然と瞼が重くなると、シャーリーはそのまま寝息を立てた。



「シャーリー! いるんですか!? いたら返事をしてください!!」

 ドンドンと扉を叩く音。それはもはやノックというより破壊工作。近所迷惑甚だしい。
 それに驚き飛び起きると、窓からは燦々と降り注ぐ陽光が立ち込める埃を輝かせていた。

「やば……寝ちゃってた……」

 この声はシャロンだ。枕に付いた涎の跡に目を瞑ると、急ぎ身形を整える。

「今開けるからちょっと待ってー!」

「シャーリー? シャーリーなんですね!? ……良かった……」

 扉越しに聞こえる消沈したような声。扉を開けると、半べそをかくシャロンの姿。

「お……おはよう……」

「おはようじゃないですよ! どこ行ってたんですか!!」

 約1ヵ月間音信不通だ。怒られて当然である。シャーリーは、長期間街を離れる際、毎回担当のシャロンに報告を入れていた。
 担当と言っても専属ではなく、シャロンは他の冒険者の担当も担っている。なので、そちらの仕事に集中しても大丈夫な様にと一声かけるのだ。今回はそれが仇となった。
 元々、『シャーリーはフィリップを見捨て九条とくっついた』なんて噂が立っていたほど。そこにフィリップと争っていたとの噂が耳に入れば、心配しないわけがない。それはギルド職員としてではなく、友人としてだ。

「まぁ、立ち話もなんだから入りなよ……。ちょっと埃っぽいけど……」

「お邪魔します!!」

 ぐしぐしと袖で顔を擦り涙を拭うと、少々キレ気味で声を上げるシャロン。
 シャーリーは軽く絞った布巾で椅子とテーブルをささっと拭き上げ埃を落とすと、シャロンはそれにドカッと腰を下ろし、ふくれっ面で猛口撃を開始した。

「どこ行ってたんですか!? 何があったんですか!? いつ帰って来たんですか!? 張り紙は見ましたか!? 全部説明して!」

「ちょっと落ち着いて。悪かったってば……」

「ホントに……ホントに心配したんですよ?」

 うるうると涙ぐむシャロンに、本当の事を話せればよかったのだが、それは出来ない。

「ちょっと九条の所にお邪魔してて……」

「……嘘はいけませんね。フィリップさんを追いかけて北門から街を出て行ったのは知っています。それにフィリップさんが持っていた物も……」

「ホントだってば。確かにフィリップに弓は取られたけどちゃんと取り返したし、九条の世話にもなってたんだって」

 ベッドにもたれ掛かっている袋の頭からほんの少し飛び出ているのはミスリル製の弓。それは正真正銘シャーリーの物だ。
 それに視線を移すシャロンであったが、その勢いは止まらなかった。

「わかっています。シャーリーがどれだけ大変な目にあったのか……。でも大丈夫です。今ならまだ間に合います! だから自首してください!」

「……は?」

「シャーリーの弓が奪われたのは皆知っています。その事実があればシャーリーがフィリップさんを殺してしまっても、囚われの身になることはありません。私も証言しますから……」

「ちょっと待って! 私がフィリップを殺したって言いたいの?」

「……違うんですか?」

「へんな妄想は止めてよ。そもそもシルバーの私が愛用の武器もなしにゴールドのフィリップに勝てると思ってるの?」

「……確かに……。でもフィリップさんは魔法学院の報酬を受け取りに来られてないんですよ?」

「はぁ。ちゃんと説明してあげるからよく聞いて。あの日、弓を奪われた私はフィリップを追いかけた。そして北門を出た。ここまでは知ってるでしょ?」

 こくりと頷くシャロン。

「で、結局私は追い付けなかったの。フィリップが学院の依頼を受けていたなんて知らなかった。だから私はずっとそれを探していただけ。結局見つけられなくて九条を頼ったのよ。死霊術のダウジングなら探せるんじゃないかと思ってね。シャロンも知ってるでしょ? ……で、何気ない顔してコット村に顔を出したフィリップから九条が弓を奪い返してくれたってわけ。わかった?」

「なるほど……。ではフィリップさんを殺したのは九条さんなんですね?」

「違う違う。確かにフィリップは死んじゃったけど、それは自業自得で魔物のせいなの。公式の記録でもそうなってるはずよ。気になるなら王都のギルドに問い合わせてみてよ。公爵家のお墨付きだから」

 魔剣の事は話せない。シャロンがそれを口外するとは思えないが、それがギルドに広まることになれば、噂を聞き付けた第2第3のフィリップが出て来てもおかしくはない。

(まぁ、その殆どが入口のデュラハンに一掃されるだろうけど……)

「公爵家って……。一体何があったんです?」

「さあね。私も詳しくは知らないわ。試験中のパーティに公爵家の御子息様がいたってことは知っているけど、どうせヘマでもしたんじゃないの?」

「ごめんなさい。シャーリーを信じてはいますけど、確認をとらせていただきますね」

「ええ。構わないわよ」

 半信半疑でわだかまりを残すよりも、しっかりと疑いを晴らした方がお互いの為である。

「それよりもシャロン。今何時?」

「あっ! そろそろ昼休憩終わっちゃう! ごめんなさいシャーリー。1度ギルドへ戻りますね」

「ええ。あとでそっちにも顔を出すわ。ついでと言っちゃなんだけど、久しぶりに一緒に食事でもどう?」

「いいですね! じゃぁ、細かいことは後で」

 訪ねてきた時とは打って変わって笑顔を見せたシャロンは、バタバタと慌ただしく部屋を出て行く。

「気を付けてね」

 振り返るシャロンに手を振り返すと、シャーリーは溜息をつきつつも気を引き締めた。

「さてっと……。まずは掃除からかな……」
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