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第229話 入れ替えた心

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 自分は世界一の親不孝者だ……。過去へと戻れるならやり直したい……。
 何故か足は九条の部屋へと向かっていた。
 心からの謝罪を、この思いをお父様とレナに伝えてもらおう。そして最後のお別れをしようと思ったのだ。

 部屋に入ると、九条はベッドに横になっていた。今までの自分なら寝ていようが叩き起こしただろうが、それは憚られた。
 自分のお願いを聞いて貰わなければならない。断られたら、もう頼れる人はいないのだ。

「……」

 とは言え、自分がいつまでこの状態でいられるのかもわからない。
 焦り、憔悴するような感覚が体中を駆け巡り、何をしても不正解なのではないかという考えが頭を過る。
 時間だけが刻々と過ぎる中、聞こえてきたのは小さな舌打ち。寝ていたはずの九条は、面倒くさそうに口を開いたのだ。

「……何か用か?」

「……僕のお願いを……聞いてほしい……」

「……俺の言うことは聞かなかったくせに、それは虫が良すぎるとは思わないのか?」

 九条は微動だにしなかった。返ってくるのは気だるそうな声。横向きになっている為顔も見えず、目を開けているのかさえ不明だ。

「もっともです。今までの非礼はお詫びします。ごめんなさい……」

 それを聞いてようやく体を起こした九条は、ベッドに腰掛けたまま自分を見上げた。
 怒っているといった雰囲気ではなかったが、仕方なくといった諦め混じりの表情。
 お世辞にも真面目に話を聞いてくれる感じではなく、その顔を見るのが怖かった。
 あれだけ嫌っていたのに今は九条しか頼れない。自分の言葉を理解出来るのは九条だけなのだ。
 機嫌を少しでも損ねたらそこで終了。今までの九条に対しての行動が全て裏目に出てしまっていた。自業自得だ。
 好感度はマイナス。話を聞いて貰えるだけありがたいレベルである。

「随分と大人しくなったな。どういう風の吹き回しだ?」

「僕が間違っていました……」

「殊勝な心がけだな。まぁ、今更後悔したところで遅いが……。……それで?」

 深く胸に突き刺さる言葉は、正論であるが故に重い。

「僕の言葉をお父様とレナに伝えてほしい……。今までの事を謝りたい……」

「なんて言うつもりだ……?」

「お父様には我が儘を言ってごめんなさいと、親不孝だった僕を許してくれと……。レナには辛く当たってしまった事への謝罪と、僕を見捨てて逃げた事に責任を感じないように……」

「……はぁ……。そんなことで今までの行いが許されると思っているのか?」

「……」

「お前の両親は、これから2人の息子の死を背負って生きて行かなければならない。それがどれだけの苦痛かわからないのか? レナも同じだ。お前の所為で人生は狂い、嫁ぎたくもない家へと嫁がされる」

「……」

「それを許してくれと言うだけで、2人がお前の死を受け入れると思っているのか? 明日からは何事もなかったかのように、お前の事をすっかり忘れて日常に戻れるのかと聞いているんだ!」

「わかってるよ! じゃぁどうすればいいんだ!! 今の僕じゃ何もできない! 罪を償う事も! この想いでさえ九条を通さなきゃ伝わらないんだ! 教えてくれよ! 何だってする!! だから……だから、九条……頼むよ……。お願い……します……」

 止めどなく溢れる涙。当たり前のことが出来ない。どれだけ藻掻いても抜け出せない、深い海の底にでもいるような感覚。

「……言ったな? 本当に何でもするんだな?」

「……」

「なんでもするんだな!?」

「……する。します。だから……助けて……ください……」

「お前はこれから苦痛を味わうことになる。一生だ。それに耐える覚悟はあるか?」

「はい……。僕はどうなってもいい。だから……」

 本心でそう願った。なんでも思い通りになる世界から、何も出来ない世界へと放り出され、自分の無力さを悟ったのだ。
 誰にでも一度は訪れる死。口を開いて言葉にすれば簡単に伝わる想いも、今やただの独り言。やれることは、ただただ悲しむ者を遠くから見ているだけ。
 まるで自分だけが時の止まった世界に取り残された悪夢を見ているかのようで、それは決して覚める事のない拷問なのだ。
 そこから抜け出せなくてもいい。苦痛を味わおうとも構わない。でも、この想いはどうしても伝えたかった。
 自分が間違っていたと。最後には気付いたのだと。知って欲しかったのだ。

「……そうか。わかった。最後に一度だけお前を信じてやる」

「ありがとう……ございます……」

「だが、それはお前が自分で伝えるんだ」

「……え?」

 突然立ち上がった九条。その表情は何処か得意気であり、怪しい笑みを浮かべていた。

 ――――――――――

 無造作に開けられる扉。ニールセン公とレナは、何の用だと言わんばかりに腫れぼったい目を九条へと向けた。

「邪魔するぞ」

 突然乱入した九条は、アレックスの寝ているベッドの上に飛び乗り仁王立ち。行儀が悪いなんてレベルじゃない。無礼の極みだ。
 そして、右手に持っていたアレックスの魂を、その遺体の中へと捻じ込んだのである。

「【魂の拘束ソウルバインド】!」

 それは、魂を入れ物に定着させるための魔法。紫とも赤とも取れる魔力の光が部屋中に広がると、それは一点に集束する。
 九条が何かの魔法をアレックスに使った。だが、それが何なのかは不明。だからこそ、ニールセン公は怒りを露にした。

「九条! 貴様ッ! 息子を侮辱しているのかッ!!」

 右手をアレックスの胸に押し付ける九条をベッドから降ろそうと掴みかかる。
 レナはそれに参加しなかった。九条に遠慮している訳じゃない。魔法を学んでいるからこそ、その本質に気付いたのだ。

(バインドと名の付く魔法は束縛系の魔法。先程、九条様は魂が抜けたから蘇生は間に合わないと言った……。じゃぁ、魂を魔力で身体に束縛すれば……? 九条様はプラチナプレートの死霊術師ネクロマンサー。死霊術は死者の魂から声を聞くことが出来る。魂を呼び出せるのであれば、それを何らかの方法で身体に入れることも出来るのではないだろうか?)

 その推測は当たっていた。

「早くそこから足をどけろ!!」

「今降りますから! 無理に引っ張らないでください!」

 老いてもやはり騎士である。純粋な力では九条といえどもニールセン公には敵わない。しかも、足元はふかふかベッドで不安定だ。
 無理矢理そこから引き摺り降ろされた九条は、床へと転がり頭を打った。

「ぐえ……」

 剣を抜かれなかっただけまだマシである。アレックスの死というやり場のない怒りをぶつけるには、丁度いいタイミングなのだ。
 九条は、ぶつけた頭をさすりながらも立ち上がると、何か言いたそうにしているレナに向かって少々強めに声を上げた。

「アレックスは、愛する者の口づけで生き返るのだ!」

「えっ!?」

「なんだとッ!?」

 驚くのも当然だ。そんな夢みたいな話があるわけがない。だが、無条件で九条がよみがえらせたと思われても困るのだ。そんな噂が広まってしまえば一大事である。
 故にリスクが必要であり、条件がそろわなければ効果のない魔法なのだと周知させようとしたのだ。
 いわゆる白雪姫方式。王子様のキスで目覚めるお姫様的な、お約束のアレである。

(この場合は逆だけどな……)

 生き返るのはわかり切っているのだ。その結果を条件に、口止めをすればいいだけ。ニールセン公から見れば死んだ息子がよみがえり、レナは愛する者と結ばれる。交換条件としては破格であろう。 

(ついでに、命を削る魔法だからとでも言っておけば、真実味も増し、恩も着せられ一石二鳥だ)

 アレックスはもう生き返っているのだ。今はただ眠っているだけであり、早くしないと起きてしまう。覚醒する前にぶちゅっと一発やってもらわないと困るのである。

「さぁ、レナ! 早くするんだ!」

 突然のことでどうしていいかわからないレナは、ニールセン公に助けを求める視線を送り、ニールセン公はそれに無言で頷いた。
 九条の言っていることに疑問を抱くのも仕方のない事であるが、それに一縷の望みをかけて、レナはアレックスに顔を近づけていく。

「アレックス様……」

「……」

 意外と悩むこともなく、潔く重ね合された唇。それは小さくついばむような、優しい口づけだった。
 ……それから数分が経過し、待ちきれなくなったニールセン公が声を荒げる。

「何も起きんではないか!!」

 九条の予定では、そろそろ起きる頃のはずであるが、アレックスは中々起きなかった。
 さすがのニールセン公も我慢の限界が近い。今度こそ腰の剣を抜かれそうであったため、仕方なく強制的に起こすことに。

「はよ起きろ」

 俗に言うビンタである。バチーンという軽快な音が部屋に響くと、九条の突然の御乱心に目を丸くする2人。
 当然、怒りを露にしたニールセン公は腰のロングソードに手を掛けるも、それが抜かれる事はなかった。
 何故なら、アレックスが目を覚まし、その手を優しく止めたからである。
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