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第227話 かつての仲間の成れの果て
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振り上げられるロングソード。シャーリーに逃げ場はなく、容赦なく振り下ろされるそれを目の当たりにしても、ワダツミは動かなかった。
シャーリーの意志を尊重しているからだ。もちろん命の危機が迫れば助けるようにと九条に言われてはいるが、まだその段階ではない。
シャーリーが咄嗟に引き抜いたのは、腰に付けられた黒刃の短剣。20センチにも満たない刃渡りの短剣で、思い切り振り下ろされるロングソードの勢いに勝てるわけがないのは火を見るよりも明らかであるが、その短剣は特別製。
フィリップのロングソードがその刃に触れた瞬間、刀身がドロリと溶け落ちたのだ。
瞬時に後方へと距離をとるフィリップ。
「……ウェポンイーター……」
九条から託されたもう1つの武器。武器喰らいと呼ばれる呪いの短剣だ。
シャーリーは、それを本気で振り抜いていたにも拘らず、フィリップの首筋にうっすらと浮かび上がる切り傷は浅く、僅かに鮮血が滲む程度。
とは言え、フィリップは唯一の武器を失ったのだ。
「形勢逆転ね」
身体を起こしたシャーリーは、その切っ先をフィリップに向け睨みつける。
「本当にそう思っているのか?」
「ええ」
シャーリーは足元のヨルムンガンドを拾い上げ、ウェポンイーターを逆手に持つと、それを大きく振り上げた。
フィリップにその意味が理解出来ないわけがない。
「やめろ! シャーリー! それにどれだけの価値があるのかは知っているだろ!!」
「もちろん。でもこんなものがあるから人はおかしくなるの。だったら壊してしまえばいい。そう思わない?」
「気でも触れたか!? それはシャーリーの物じゃないだろ! 九条に殺されるぞ!?」
「その言葉、そっくりあなたに返してあげる。……私にとってはどっちも結局は変わらない。ここであなたに殺されるよりはマシってだけ」
冷めた視線。その眼差しから窺えるのは固い決意。
徐々に近づく2つの武器。それがほんの少しでも触れさえすれば、世界に同じ物はないと言われる伝説の1つが消滅するのだ。
「待て! わかった。……諦める。俺が悪かった! それは古代の遺物だ。人の命より価値がある物。壊すなんてどうかしてる……」
ゆっくりと近づいて来るフィリップ。その表情は穏やかであったが、シャーリーはそれを信じない。
ウェポンイーターを突きつけ、強い口調ながらも冷静に指示を飛ばす。
「近寄らないで。黙って後ろを向きなさい」
「もう諦めたって言ってるじゃないか」
「それが信用出来ないほど、あなたは私の信頼を失ったの。帰還水晶を使って村へ戻って。……それがあなたを信じる最低条件。話は帰ったら聞いてあげる」
「はいはい、わかりましたよ……。つれないねぇ……」
ゆっくりと後ろを向き、腰に付けた革袋をガサゴソと漁るフィリップ。そこから取り出したのは紛れもなく帰還水晶であった。
それを見た瞬間、シャーリーはほんの少し気を緩めてしまった。だが、それは油断というほどではなく、知らなかっただけなのだ。
長い間ペアを組んできて、フィリップが初めて見せたスキルであった。
「”シールドストライク”!」
フィリップが投げた物は、帰還水晶ではなく左手の盾。隠していたわけじゃない。結果的にそうなっただけ。
そもそもフィリップは盾で攻撃を防ぐタンクタイプではなく、素早さで回避するタイプの戦い方を好む。
今回、盾を装備していたのは試験の為。それも使い方次第で武器になるということである。
「――ッ!?」
シャーリーの右手に衝撃が走り、ウェポンイーターが宙を舞う。一瞬の出来事だった。
フィリップが疾風の如く駆け、シャーリーはそれを躱すように後ろへ飛ぶと、膠着状態へと逆戻り。
ウェポンイーターを拾い上げたフィリップに、弓を引き絞るシャーリー。投げられた盾が地面へと落ち、鈍い金属音を響かせる。
「この距離で、俺を射抜けると思うか?」
「いいえ。あなたの方が速いでしょうね。……でももう終わり。……さよなら、フィリップ……」
「何を……」
その時だ。フィリップの後ろから現れた影が、ウェポンイーターを持つ片腕を切り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
激しく吹き出る血液は、壊れた蛇口から溢れ出る水の如き勢いだ。残る片腕で押さえても止めることは叶わず、びちゃびちゃと床を汚すその音は、不快極まりない。
フィリップはその痛みに耐えながらも、逃げることなく自分を切りつけた者を睨みつけた。
そこにいたのは返り血を浴びた、真っ赤なデュラハンである。見たことはないが古き伝承が残る首なしの騎士。
人はそれに恐れおののき、無限の井戸に落ちるような底なしの恐怖を感じることが出来るだろう。
何故こんなところに……とは思わなかった。
(残りカスがもう1体!? 九条のヤツ! 探索をサボりやがったな!?)
ダンジョン調査には良くあることだ。パーティメンバーにレンジャーがいなければ、どこに魔物が潜んでいるかわからない。故にダンジョンを隅々まで調べ上げなければならないのだ。
それが不十分で、運よく討伐を免れた魔物を『残りカス』と呼ぶ。冒険者内で使われるスラングの1つだ。
恐らくはグレゴールを討伐した事と、ダンジョンが自分の所有物になったからと慢心し、九条が横着して調査を怠ったのだと考えた。
とは言え、今はそんなことを考えても仕方がない。この状況をどうにか打開せねばならないのだ。
片腕を無くしたフィリップは、それだけの事があったのにも関わらず、未だ生を諦めてはいなかった。
「シャーリー! 魔剣だ! 魔剣があればこいつにも勝てる! 早く持って来い!!」
必死の形相で叫び声を上げるフィリップ。これだけ強大な魔物が目の前にいるにも拘らず、シャーリーは武器も構えず静かにそれを見守っていた。
フィリップは、それに違和感を覚えたのだ。
(なんで逃げも隠れもしない? あの時は一目散に逃げるほど恐怖していたのに……)
デュラハンを前にしても微動だにしないシャーリー。可哀想なものでも見るような視線。その瞳に恐怖は感じられず、ただただ憐れむような表情を浮かべていた。
それは残りカスなどではないのだ。れっきとした九条の力なのである。
背中に振り下ろされた斬撃は肩から身に食い入ると、鮮やかな鮮血が飛沫を上げた。
デュラハンはより紅く、フィリップは膝を折ると、最後はシャーリーの足元にすがりつくよう息を引き取ったのだ。
それが九条の力なのだと教えることが出来ればフィリップは魔剣を諦めただろうか……。それを見せつければ、自分の間違いに気付いたのだろうか……。
今となってはわからない。無残にも横たわるフィリップが動くことはもうないのだから。
九条が決めた最終ライン。それはフィリップが伝説の武器を手にすること。フィリップがウェポンイーターを拾い上げた瞬間、雌雄が決してしまったのだ。
いざという時の為に、シャーリーには帰還水晶を持たせていた。それはコット村へと帰る為の物。本来であればフィリップが持たされていた物である。
フィリップが持っていた帰還水晶は、今回マグナスが用意した帰還水晶ではなく、スタッグギルド本部へと帰還する冒険者の為の物だ。
それは、バイスとネスト達がグレゴール退治にダンジョンへと赴いた時、ニーナが使う予定であった帰還水晶。
バイスが使わずにパク……保管していたそれを、渡していたのである。
その出口には、セバスと拘束の魔法が使える魔術師が待機していた。それはフィリップを捕える為のものであり、例えシャーリーが失敗し魔剣を奪われたとしても、フィリップに逃げ道はなかったのだ。
早々に諦め、逃げた方が幾分かマシだっただろう。命だけは助かったのだから。
シャーリーはそれを止められなかった。しかし、悲しいとは思わない。それがフィリップの望んだ結果なのだ。ただ、少しだけ寂しさを覚えてしまっていたのも事実ではあった。
「これで……これで良かったんだよね……」
全てが終わったことを察したワダツミは、シャーリーの元へ駆け寄ると、優しくその身を寄せた。まるで、シャーリーを慰めるように……。
シャーリーはそれを受け入れ、暫くワダツミを撫で続けていたのである。
シャーリーの意志を尊重しているからだ。もちろん命の危機が迫れば助けるようにと九条に言われてはいるが、まだその段階ではない。
シャーリーが咄嗟に引き抜いたのは、腰に付けられた黒刃の短剣。20センチにも満たない刃渡りの短剣で、思い切り振り下ろされるロングソードの勢いに勝てるわけがないのは火を見るよりも明らかであるが、その短剣は特別製。
フィリップのロングソードがその刃に触れた瞬間、刀身がドロリと溶け落ちたのだ。
瞬時に後方へと距離をとるフィリップ。
「……ウェポンイーター……」
九条から託されたもう1つの武器。武器喰らいと呼ばれる呪いの短剣だ。
シャーリーは、それを本気で振り抜いていたにも拘らず、フィリップの首筋にうっすらと浮かび上がる切り傷は浅く、僅かに鮮血が滲む程度。
とは言え、フィリップは唯一の武器を失ったのだ。
「形勢逆転ね」
身体を起こしたシャーリーは、その切っ先をフィリップに向け睨みつける。
「本当にそう思っているのか?」
「ええ」
シャーリーは足元のヨルムンガンドを拾い上げ、ウェポンイーターを逆手に持つと、それを大きく振り上げた。
フィリップにその意味が理解出来ないわけがない。
「やめろ! シャーリー! それにどれだけの価値があるのかは知っているだろ!!」
「もちろん。でもこんなものがあるから人はおかしくなるの。だったら壊してしまえばいい。そう思わない?」
「気でも触れたか!? それはシャーリーの物じゃないだろ! 九条に殺されるぞ!?」
「その言葉、そっくりあなたに返してあげる。……私にとってはどっちも結局は変わらない。ここであなたに殺されるよりはマシってだけ」
冷めた視線。その眼差しから窺えるのは固い決意。
徐々に近づく2つの武器。それがほんの少しでも触れさえすれば、世界に同じ物はないと言われる伝説の1つが消滅するのだ。
「待て! わかった。……諦める。俺が悪かった! それは古代の遺物だ。人の命より価値がある物。壊すなんてどうかしてる……」
ゆっくりと近づいて来るフィリップ。その表情は穏やかであったが、シャーリーはそれを信じない。
ウェポンイーターを突きつけ、強い口調ながらも冷静に指示を飛ばす。
「近寄らないで。黙って後ろを向きなさい」
「もう諦めたって言ってるじゃないか」
「それが信用出来ないほど、あなたは私の信頼を失ったの。帰還水晶を使って村へ戻って。……それがあなたを信じる最低条件。話は帰ったら聞いてあげる」
「はいはい、わかりましたよ……。つれないねぇ……」
ゆっくりと後ろを向き、腰に付けた革袋をガサゴソと漁るフィリップ。そこから取り出したのは紛れもなく帰還水晶であった。
それを見た瞬間、シャーリーはほんの少し気を緩めてしまった。だが、それは油断というほどではなく、知らなかっただけなのだ。
長い間ペアを組んできて、フィリップが初めて見せたスキルであった。
「”シールドストライク”!」
フィリップが投げた物は、帰還水晶ではなく左手の盾。隠していたわけじゃない。結果的にそうなっただけ。
そもそもフィリップは盾で攻撃を防ぐタンクタイプではなく、素早さで回避するタイプの戦い方を好む。
今回、盾を装備していたのは試験の為。それも使い方次第で武器になるということである。
「――ッ!?」
シャーリーの右手に衝撃が走り、ウェポンイーターが宙を舞う。一瞬の出来事だった。
フィリップが疾風の如く駆け、シャーリーはそれを躱すように後ろへ飛ぶと、膠着状態へと逆戻り。
ウェポンイーターを拾い上げたフィリップに、弓を引き絞るシャーリー。投げられた盾が地面へと落ち、鈍い金属音を響かせる。
「この距離で、俺を射抜けると思うか?」
「いいえ。あなたの方が速いでしょうね。……でももう終わり。……さよなら、フィリップ……」
「何を……」
その時だ。フィリップの後ろから現れた影が、ウェポンイーターを持つ片腕を切り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
激しく吹き出る血液は、壊れた蛇口から溢れ出る水の如き勢いだ。残る片腕で押さえても止めることは叶わず、びちゃびちゃと床を汚すその音は、不快極まりない。
フィリップはその痛みに耐えながらも、逃げることなく自分を切りつけた者を睨みつけた。
そこにいたのは返り血を浴びた、真っ赤なデュラハンである。見たことはないが古き伝承が残る首なしの騎士。
人はそれに恐れおののき、無限の井戸に落ちるような底なしの恐怖を感じることが出来るだろう。
何故こんなところに……とは思わなかった。
(残りカスがもう1体!? 九条のヤツ! 探索をサボりやがったな!?)
ダンジョン調査には良くあることだ。パーティメンバーにレンジャーがいなければ、どこに魔物が潜んでいるかわからない。故にダンジョンを隅々まで調べ上げなければならないのだ。
それが不十分で、運よく討伐を免れた魔物を『残りカス』と呼ぶ。冒険者内で使われるスラングの1つだ。
恐らくはグレゴールを討伐した事と、ダンジョンが自分の所有物になったからと慢心し、九条が横着して調査を怠ったのだと考えた。
とは言え、今はそんなことを考えても仕方がない。この状況をどうにか打開せねばならないのだ。
片腕を無くしたフィリップは、それだけの事があったのにも関わらず、未だ生を諦めてはいなかった。
「シャーリー! 魔剣だ! 魔剣があればこいつにも勝てる! 早く持って来い!!」
必死の形相で叫び声を上げるフィリップ。これだけ強大な魔物が目の前にいるにも拘らず、シャーリーは武器も構えず静かにそれを見守っていた。
フィリップは、それに違和感を覚えたのだ。
(なんで逃げも隠れもしない? あの時は一目散に逃げるほど恐怖していたのに……)
デュラハンを前にしても微動だにしないシャーリー。可哀想なものでも見るような視線。その瞳に恐怖は感じられず、ただただ憐れむような表情を浮かべていた。
それは残りカスなどではないのだ。れっきとした九条の力なのである。
背中に振り下ろされた斬撃は肩から身に食い入ると、鮮やかな鮮血が飛沫を上げた。
デュラハンはより紅く、フィリップは膝を折ると、最後はシャーリーの足元にすがりつくよう息を引き取ったのだ。
それが九条の力なのだと教えることが出来ればフィリップは魔剣を諦めただろうか……。それを見せつければ、自分の間違いに気付いたのだろうか……。
今となってはわからない。無残にも横たわるフィリップが動くことはもうないのだから。
九条が決めた最終ライン。それはフィリップが伝説の武器を手にすること。フィリップがウェポンイーターを拾い上げた瞬間、雌雄が決してしまったのだ。
いざという時の為に、シャーリーには帰還水晶を持たせていた。それはコット村へと帰る為の物。本来であればフィリップが持たされていた物である。
フィリップが持っていた帰還水晶は、今回マグナスが用意した帰還水晶ではなく、スタッグギルド本部へと帰還する冒険者の為の物だ。
それは、バイスとネスト達がグレゴール退治にダンジョンへと赴いた時、ニーナが使う予定であった帰還水晶。
バイスが使わずにパク……保管していたそれを、渡していたのである。
その出口には、セバスと拘束の魔法が使える魔術師が待機していた。それはフィリップを捕える為のものであり、例えシャーリーが失敗し魔剣を奪われたとしても、フィリップに逃げ道はなかったのだ。
早々に諦め、逃げた方が幾分かマシだっただろう。命だけは助かったのだから。
シャーリーはそれを止められなかった。しかし、悲しいとは思わない。それがフィリップの望んだ結果なのだ。ただ、少しだけ寂しさを覚えてしまっていたのも事実ではあった。
「これで……これで良かったんだよね……」
全てが終わったことを察したワダツミは、シャーリーの元へ駆け寄ると、優しくその身を寄せた。まるで、シャーリーを慰めるように……。
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