上 下
222 / 616

第222話 狡猾

しおりを挟む
「目印だ。ここで休憩しよう」

 それは壁面に傷をつけただけの簡易的な物だった。14番目のパーティーが残してくれた休憩可能な場所の目印。そこにはもう1つの印が付いていた。

「トラップもあるみたいだ。フィリップ、確認を頼む」

 扉は破壊され、部屋の内側へと倒れていたそれには大きな足跡が残っている。それはどう考えても人間のサイズではない。
 そこに警戒も躊躇もせず入って行くフィリップは、中の安全を確認すると、アレックス達にも入るよう促した。

「大丈夫そうです。一度休みましょう」

 そこは12畳ほどの小部屋。真ん中には金属で補強された木製の木箱。それを椅子代わりにドカッと腰を下ろしたのはアレックス。

「レナ。携帯食料を出せ」

「……すいません。先程の物で最後です……」

「は?」

「ちゃんと計算して4人分持って来たはずなんですが……」

「ブライアン! お前か!」

「いやいや、皆と同じ量しか食べてないって。確かに俺はふくよかだと自覚はしてるが、そんな目で見てたのかよ。結構ショックだぜ?」

「じゃぁ、アンナか?」

「なんで私を疑うのよ。荷物の管理はレナなんだから私を疑うのはおかしくない!?」

「それもそうだな……。レナ、お前の計算が間違っていたんじゃないのか?」

「……そう……かもしれません……。申し訳ございません……」

「……くそッ! レナなんか仲間に入れなきゃよかった……」

 アレックスだって頭ではわかっているのだ。確認しなかった自分にも落ち度があり、だからと言ってレナを怒鳴れば解決する訳ではないのだと。だが、今日に限って思い通りに進まず、苛立ちは募っていた。
 14番目のパーティが残した目印がここにあるのにも拘らず、魔物は山ほど残っている謎。
 それにこの後はデスナイトとの戦闘が控えている。それを見据えて極力魔力は温存してきた一行であったが、それだけではダメなのだ。
 魔法の良し悪しは精神力と集中力で決まると言っても過言ではなく、その威力は精神状態によって大きく左右される。
 正直に言ってアレックスの状態はあまりよろしくはない。実力の半分も出せればいい方だ。

(それもこれもレナの所為だ……。先程から足を引っ張るような行動ばかり……)

 レナが、魔物を前に怯える姿はド素人のそれである。確かに魔物の相手をするのは初めてだ。しかし、その為のトレーニングはしてきたはず。
 怖くないと言えば嘘になるが、こんな雑魚が相手でそれでは、先が思いやられる。

(……いや、レナは俺達を裏切ったんだ。冒険者になってついてこられてもお荷物なだけ……。これで良かったのかもしれない……)

「そう言うなよ。レナだってレナなりに頑張ってるんじゃねぇの?」

 いつもレナの肩を持つのはブライアン。アレックスは苛立っていたということもあり、つい突っかかってしまった。

「ブライアン。さっきから何なんだ。言いたいことがあるならハッキリ言え」

「……この際だから言うけど、アレックスはレナに対する当たりが強すぎるんだよ。確かに裏切りとも取れる行為だが、貴族同士の縁談なんか珍しくもないだろ?」

「お前に言われなくても、レナが公爵家からの縁談を断れないのはわかってる。だからこそ試験でトップを狙ってるんだ。それがお父様との約束だからな」

「失敗した時の策は考えてるのか?」

「考える訳ないだろ! 数か月も前から念入りに手を回して来たんだ。俺達にはフィリップもいる。これ以上どうしろってんだ。失敗するわけがない!」

「まぁ、落ち着けよ。絶対に失敗するとは言ってない。ただ、失敗したって家を継ぐのは嫌なんだろ? ……そこで代案なんだが、レナを俺にくれよ」

 ニヤリと不敵な笑みを見せるブライアン。唐突な申し出に目を丸くするアレックスだが、それは常識的に考えて不可能である。

「公爵家を差し置いて、侯爵家が横取りできると思ってんのか?」

「出来るね。お前んとこは戦争で人手が足りてないのは知ってる。弱り切った第2王女派閥じゃ満足に兵も集められないだろ? 俺が親父に頼めば兵くらいいくらでも貸してやれる。その見返りとしてレナを差し出せばいい」

「……」

「何を迷ってんだよアレックス。仲間じゃないなら簡単な事だろ?」

 それにアンナは顔を歪め、汚い物でも見るような目でブライアンを睨みつけた。

「ちょっとブライアン。あんたレナのこと狙ってたの? 気持ちわる……」

「アンナの意見は聞いてない。いいじゃないか。ウチは侯爵家だ。冒険者になることも家から正式に認められてるから親との縁は切れない。暮らしには不自由しないぜ?」

「……こんな奴のどこがいいんだブライアン。裏切り者だぞ?」

「アレックスはわかってないなぁ。女は顔だよ。女性冒険者なんて流行らないもんとっとと辞めて正解なんだよ。実際全然使えないじゃないか。それとも何か? 口では偉そうにしてても、実際はレナに未練でもあるのか?」

「そ……そんな訳ないだろ! そもそもこの計画が失敗すると思ってないだけだ!」

「じゃぁいいじゃないか」

「……わかった……。お前の好きにしろ……」

「アレックス様!?」

「ひゃっほーう、許しが出たぜ。レナ、これからよろしくな。卒業したらたっぷり可愛がってやるぜ……」

 アレックスは、思うようにならない苛立ちとブライアンからの煽りに、つい売り言葉に買い言葉を返してしまった。
 まさか、ブライアンがレナをそんな下衆な目で見ていたとは思わなかったのだ。
 軽率だったと後悔しても、もう遅い。勢いに任せて出てしまった言葉は、取り消せない。
 アレックスだって最初からレナが嫌いだった訳じゃない。むしろ、公爵の息子という身分を気にせず慕ってくれたレナには、心を惹かれていた。故に信じていたからこそ、裏切られた時の反動は大きかった。

(レナとの婚約破棄が決まれば、俺は冒険者として自由になれる。レナは故郷へと帰るだけ……)

 その程度の楽観的な考えが一瞬にして覆った。婚約破棄が正式に決まれば、今度はブライアン側からレナへと縁談が持ちかけられるだろう。
 本人が嫌がっていてもレナの立場上それは断れない。レナは伯爵家でブライアンは侯爵家。公爵家とは破談となってしまったが、侯爵家でも十分家には恩恵のある縁談。
 冒険者となればパーティを組む。そのメンバーは既に決まっている。アレックスはブライアンの顔を見る度、レナの事を思い出してしまうだろう。仲間達の共通の話題として、度々聞かされ続けるのだ。
 アレックスには、それを黙って聞いていられる自信がなかった。知り合いであるからこその嫌悪感。
 ブライアンは友である。親友……とは呼べないかもしれないが、上級貴族の中では歳も近く話も合う。
 同じ夢を叶える仲間が、まさかレナを欲していたとは夢にも思わなかった。
 その想いを内に秘め、レナが離れるその隙を虎視眈々と狙っていたのかと思うと、虫唾が奔る。

 対面に腰を下ろすブライアンは先程とは明らかに態度が違って見えた。レナを見つめるその視線は、舐めるようにねっとりとした不快なもの。勝ち誇ったような表情は、既に先の未来を確信しているかのようでもあった。
 それに怪訝そうな目を向けるアンナ。そしてブライアンと目を合わせようとしないレナは、祈るような視線をアレックスへと投げかけていた。
 その目を見て、アレックスは思い出した。レナと初めて会った時の記憶を。

 幼き頃、レナを他の貴族達から助けた。いじめ……というほどではなかったが、その目は確実に助けを求めていたのだ。
 それを実行に移したのは、ノルディックに強い憧れを抱いていたから。風のように現れ、一瞬の内に問題を解決するヒーローのような存在である。
 幸いアレックスは公爵家の子息。それには誰も逆らわず、レナは無条件で解放された。
 その時からだ。レナがアレックスの後ろを付いて来るようになったのは。あの時は、特別な感情は何一つなかった。

(なのに、何故こんなことに……)

 ふとアレックスの頭に浮かんだのは、学院内で噂になっていた九条がノルディックを殺した動機が書かれているメモのこと。

『大切な人を守るのに理由がいるのか?』

 当初は馬鹿馬鹿しいと突っぱねたものの、今ならその気持ちもわかる気がしたのだ。
 アレックスは失ってからわかるものの大切さに、ようやく気が付いたのである。

(俺は……俺はどうすればいい……?)

「話は終わりましたか? そろそろ行きましょう。あまり遅くなりすぎても不自然だ。九条にバレますよ?」

「あ……、ああ……」

 貴族を捨てつつも、レナをブライアンから守る方法……。そんな都合のいい解決法が、すぐに見つかるはずもなかった。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

処理中です...