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第219話 アドリブ王女

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「わぁぁぁぁ!!」

 勝利を確信し、生徒達は歓声を上げた。
 気を張っていた冒険者達もなんとかなったと膝を突き、肩で息をしながらも安堵の溜息をつく。
 ロザリーは一目散にリリーの所へ駆け寄ると、すぐに腕の治療を始め、ネストは未だ燃え尽きぬリッチの亡骸を背に立ち上がる。

「ありがとう九条。助かったわ」

「いえいえ、こんなもの俺にとっては朝飯前ですよ!」

 デカい声で皆に聞こえるよう胸を張る。ネストが浮かべた笑顔は少々ぎこちなく、俺の台詞も歯が浮きそうである。
 それを気に掛けることもなく生徒達は俺とネストを囲むと絶賛の嵐だ。

「流石です。九条さん!」
「僕も九条さんみたいになれますか!?」
「先生って凄かったんですね! 感動しました!」
「ありがとうございます! この経験は一生忘れません!」

「君たちも無事でよかった。怪我はないか?」

「「はい! 大丈夫です!」」

 俺とネストを見る生徒達の目はキラキラと輝いていた。まるで英雄でも見ているような、憧れとも尊敬とも取れる一点の曇りもない真っ直ぐな瞳。それには、少々の後ろめたさを感じてしまう。
 そんな中、傷の癒えたリリーは生徒達を合間を縫って、俺とネストの前へと躍り出る。その表情は晴れやかで、喜びに満ち溢れていた。

「ありがとうございます九条。あなたのおかげで皆は救われました」

「当然の事をしたまでです。王女様」

 リリーを前に跪き、首を垂れる。従魔達も同様だ。生徒達にもみくちゃにされながらも俺の隣に腰を下ろすと、頭を下げて目を瞑る。

「貴族ではない九条をナイトにすることは叶いませんが、その勇気ある行動に最大級の賛辞を……」

 俺の顔に両手を添えると、リリーはその額に軽く口づけをした。

「「おぉぉぉぉぉ!」」

 盛り上がる観衆。そして巻き起こる拍手喝采。

「ありがたき幸せに御座います」

 それは俺だけではなく、隣の従魔達にもだ。激しく戦闘をした後である。それなりに汚れている従魔達を一通り撫で上げ口づける。
 小さきながらも王女なのだと改めて思わせるほどの品格。リリーから溢れ出る威光はまさしく王の器であり、それを見た全員が畏敬の念を抱き、その場に一斉に跪いたのである。
 だが、それもここまで。リリーは立ち上がろうとする俺の首に両腕を回し、強く抱き着いたのだ。
 もちろん俺の方が身長は高い。リリーの両足はぷらぷらと宙に浮いている。
 王女様とは言えまだまだ子供。さぞ怖かったであろう……と、皆は思っているのだろうが、そうじゃない。

(王女様!? 台本にない行動は、やめてもらえませんか!?)

(いいじゃないですか。こうした方がいいアピールになります。ふふっ……)

 全ては王女の作戦である。名付けて『九条の凄さを見せつけて、みんなの心をガッチリキャッチ大作戦』である。
 ここまでは概ね台本通りだ。評判を上げる為に一芝居打ったというわけ。
 リッチもデスナイトも俺が召喚し用意したもの。劇場型の捏造。ぶっちゃけるとヤラセだ。
 知っているのは俺の周辺にいる者達。そしてロイドはやられ役として途中で買収した。
 当初、その役目はバイスに任せるつもりであったが、やってもらうことが出来た為、急遽ロイドに話を持ち掛けたのだ。
 そもそもロイドはミアの件で俺には頭が上がらない。しかも、あの時とは違い俺はプラチナである。
 裏切られても困るので全てを教えた訳ではないが、こちらには王女もいるのだ。従う以外には道はないだろう。
 ついでに言うと、村人達とコット村ギルドの皆も知っている。だからこそ近くに村人達はいなかった。外出禁止令を出してもらっていたからだ。

 最初は反対したのだ。例えそれが成功したとしても、ダンジョン管理は俺の管轄。監督不行き届きなどで、学院側から罰せられる可能性を危惧したからである。
 しかし、リリーは自信を込めて大丈夫だと言い放った。学院の運営費は自分がそのほとんどを賄っているのだから、それくらいは簡単に揉み消せる。だから好きな様にやれと……。
 流石と言うか、呆れたと言うか……。誰に似たのか血は争えないなと思いながらも、リリーはノリノリで作戦会議に参加したのである。
 だが、それはリリーが俺にキスをする……という所まで。抱き着かれるとは思っても見なかった。恐らくは王女のアドリブだ。その理由も薄々はわかっている。
 リリーと俺が、これほどまでに強い絆で結ばれていると知れば、自ずとそれが他派閥に伝わるだろう。
 結果、俺を引き抜こうとする者達は減り、第4王女派閥に九条ありと周知させることが出来るはず。
 この話は生徒達が大げさに広めてくれるに違いない。貴族を通し、世間一般にも噂されるほどになるはずだ。
 俺がリッチを倒し王女の寵愛を受けたとなれば、娯楽の少ない民衆にとっては格好のネタになるだろう。話題性は抜群である。
 俺の名声は高まり、派閥はより盤石なものとなる。更にアレックスの事が上手くいけばニールセン公をも抱え込むことが出来て、リリーからすれば一石三鳥である。
 当初の目的である、俺の評判を良くするという意味で言えば成功したと考えてもいいはずだ。だが、この作戦にはデメリットもあった。

 それは俺に掛かっているロリコン疑惑に拍車がかかってしまう事であるっ!

 無理に引き剥がすことは可能だが、相手は王女。そんなことできるはずもない。困り顔を浮かべる俺に、王女は耳元でクスクスと笑っていたのだ。

(暫くこのままでいてくださいね?)

 耳元にリリーの息が吹きかかりこそばゆい。俺も王女の腰に手を回し、抱きしめられればより効果は高かったのだろうが、いきなりの事でそこまで頭が回らなかった。
 このままではリリーが落ちてしまうと気を利かせたのか、白狐は足場となるようにリリーの足元へと身を屈めた。地の利を得たリリーが、より強く抱きついてきたことは言うまでもないだろう。

(王女様。もしかして困ってる俺を見て楽しんでませんか?)

(どうでしょう? ふふっ……)

 唯一の救いは、この場にミアがいなかった事であろう……。


 残りのパーティは、あと2組。14番目に出発したパーティーと最後のアレックスのパーティである。
 そのどちらもが、中々帰ってこない。それ自体は不思議ではない。デスナイトに襲われないよう上手く立ち回っているか、見つかったとしても、帰還水晶を使うことなく徒歩でダンジョンを脱出したという可能性もあるからだ。
 皆が心配する中、108番から情報を得られる俺だけが、それを把握していた。

 夜も更ける中、生徒達は一足先に宿舎で休み、ゲートの出口で待機しているのは俺とネストの2人だけ。
 宿舎の窓から俺達の姿を見つけては、手を振ってくる生徒達に手を振り返す。

「それにしてもブツメツバーストって……」

「もうやめて下さいよ。派手に止めを刺せって言われても、そんなスキル持ってないんですよ。苦肉の策で考えたんですから」

 見栄えの為に適当に考えた技名を叫んだだけである。頭にパッと浮かんだのが縁を切るという意味での仏滅と言う単語。そしてバーストの部分はノルディックが使ったスキル”アトミックバースト”から勝手に拝借しただけだ。

「バーストは良いとして、ブツメツってなんなのよ?」

「もうこの話は止めましょう……。思い出すだけで恥ずかしくて死にそうだ……」

 くすくすと笑顔を見せるネストであるが、本来の仕事は忘れてはいない。

「で、ダンジョンではどうなってるの?」

「14番目のパーティは帰還水晶を使わずに村へと戻ってくるみたいですね。こちらに着くのは明日の朝方か遅くとも昼くらいではないでしょうか?」

「トラップを避けて目的の物を手に入れたってこと?」

「いえ、そもそもデスナイトを確認した時点で引き返したようです。現在ダンジョンの中にいるのは、14番目のパーティと入れ替わりで入って来たアレックスのパーティだけですね」

「つまり、先に帰ってくるのはアレックスのところ?」

「ええ。そろそろ帰ってくると思いますよ? もうすぐ接敵するはずです。フィリップがどう動くかによりますけど、恐らくは読み通りに動いてくれるでしょう」

 それから30分後。帰還ゲートが出現すると、そこから息を切らせて出て来たのはアレックスのパーティに所属していた特別クラスの3人。ブライアンにアンナ、それとレナだ。
 ブライアンは少々怪我をしている様だがレナはそれを無視し、俺とネストに気が付くと涙を流し助けを求めたのである。

「助けてください! このままじゃアレックス様が……。アレックス様が死んじゃう!!」
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