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第174話 海の掟
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「おぉ、逃げてく逃げてく」
幽霊船の甲板からこっそり討伐隊の行方を見張っているのは、九条と白狐。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
その隣で得意気に胸を張っているのは、霊体のイリヤスである。
海賊と一緒のところを誰にも見られず討伐隊を追い払うにはどうすればいいか。イリヤスの出した案は、海賊船を幽霊船に偽装することであった。
幽霊船は、船乗りが最も恐れている物の1つ。確かにオルクスも同じような事を言っていた。
とは言え、九条は船乗りではない。故に半信半疑であったが、この様子を見るに効果は抜群のようだ。
幸いにもスケルトンやゴーストといった不死者の扱いは、九条の得意とするところ。それとなく汚した帆をぼろぼろに切り裂き死者達を呼び起こせば、それだけで幽霊船に見えるのだ。
イリヤスはそれを見て嬉しそうに頷くも、何か雰囲気が足りないということで、オルクスに雨雲を呼んでもらい、白狐の狐火で人魂を演出した。
辺りは薄暗く不気味に光るその船は、雰囲気も完璧なこれ以上ない幽霊船。
風にたなびくボロボロの帆は役に立たなくなってしまっているのに、船はぐんぐんと進んで行く。
討伐隊に追い付かないよう、上手く調整されている速度。その正体は海中から船を押しているサハギン達である。
脱兎の如く逃げ出した討伐隊をこっそり観察しながら、ニヤニヤと頬を緩める2人と1匹。
「完璧だな……」
「とうぜんっ!」
ニカっと笑顔を見せるイリヤス。キラリと光る八重歯が小悪魔のようで愛らしい。
徐々に見えなくなっていく討伐隊に緊張の糸が解れると、九条はその頭をやさしく撫でた。
それを船室の窓から覗いていたのは、ミアとシャーリー。
「私達はいいけど、知らない人が見たら確実に不審者扱いよね……」
シャーリーの呟きに無言で頷くミアは、少し機嫌が悪そうだ。
九条の隣にはイリヤスがいるのだろう。九条の表情とその仕草で、何をしているのかは、なんとなくわかっている。だが、見えない者にとっては、下を向いて笑顔で甲板に手を振っている怪しい人にしか見えないのだ。
――――――――――
辺りはすっかり闇に包まれ、幽霊船はただの海賊船へと姿を戻していた。
ボロボロの帆だけは戻せないが、サハギン達が引っ張ってくれるようなので、ひとまず航行に支障はない。
翌日、予備の帆を張るとのことで、それまでの辛抱である。
冒険者達と事を構えていた50数匹のサハギン達は、それを無血で退けたことに感謝を示し、行動を共にするとのこと。
それは、決してこちらから頼んだわけではない。
今は遊撃隊長と呼ばれている色違いのサハギンを交えて甲板にて話し合い中。船室を使わないのは、オルクスがぬるぬるを嫌がったからである。
中央でメラメラと燃え盛る狐火がなんとも不気味な雰囲気で、テカテカとしたサハギンの肌がより一層輝いて見えた。
「我らは、お前を全面的に信用することにした。全て話そう」
幸いと言うべきか、遊撃隊長と呼ばれるサハギンは、拙いながらも人語を解していた。
ミアは胡坐をかく俺にちょこんと座り、抱かれている状態。サハギン達に悪戯をさせない為である。
サハギンは陸でもある程度は活動できるらしい。両生類に近い存在なのだろうかとも考えたが、理由は不明だ。
ひとまず細かいことは置いておくとして、サハギンを良く観察するとエラから呼吸をしているのか、一定の感覚で頬の後ろに付いている大きなエラが開いたり閉じたりと忙しなく動いているのが確認できた。
人間とは根本的に身体の作りが違うのだから、それが気になってしまうのは認めよう。だが、ミアはあろうことかそこに手を突っ込もうとしたのである。
カガリから降りたミアは、サハギンの後ろからそーっと近づき、恐る恐る手を伸ばす。
パクパクと開閉を繰り返すエラの動きを見るミアの目は、まるで獲物を狙う獣のよう。
一体何をするのかと見ていた俺とカガリはそれに気付くと、慌ててミアを引き離し、結果それは未遂に終わった。
サハギン達がこちらを信用し、手を出してこないとわかったとは言え、好奇心旺盛というか怖いもの知らずというか……。
それを見て笑っていたのは、霊体のイリヤスだけ。普段から俺の従魔達に囲まれて生活していればそれだけの度胸もつきそうではあるが、ダンジョンにいるゴブリン達とはわけが違う。
それに俺は、サハギン達をそれほど信用してはいなかった。
「そろそろ話しても?」
「ああ、すまない。続けてくれ」
わちゃわちゃと慌てる俺達に気を遣うサハギンは、思い出すかのように遠くを見上げ、淡々と語り始めた。
「あれは10年前。我等が女王陛下の1人娘、イレース様が人間族の男と駆け落ちをした。海の掟を破る者には死を。それは実の娘とて例外ではない。それに憤怒した陛下は古代の魔物の封印を解き、それを刺客として人間の街へと解き放った。それがお前達が言っている白い悪魔だ。何を思ったのか、人間の男はそれに対抗すべく無謀にも海へと打って出たのだ。街を守る為なのか、勝てると自負していたのかはわからない。結果、白い悪魔が勝利を収め、男は死に、イレース様は人間の街へと逃げ延びた。だが、白い悪魔も傷つき疲弊していたのだ。陛下はイレース様を追うのを止め、それを癒し、再度人間の街へと侵攻することにしたのだ。だが、最近になって状況が変わった。原因は不明だが、後数年は掛かるであろうと思われていた白い悪魔の傷が突然癒えたのだ。そしてより強大な力を持つようになった。女王陛下は歌の力で魔物をコントロールすることが可能なのだが、それすらも受け付けなくなったのだ。白い悪魔はもはや無差別に海を荒らしまわる魔物。陛下は刺し違えてでもそれを止めようと必死に抵抗を試みたが、力及ばず陛下はお亡くなりになられた……」
「自業自得だな」
俺の口から出た言葉は、辛辣なものに聞こえただろう。
今の話から、白い悪魔を倒してもサハギン達が敵対することはないということだけが知れただけで十分である。正直内情なぞどうでもいい。
「貴様ッ! 女王陛下を愚弄することは許さんぞッ!?」
「俺は正直に感想を述べたまでだ。海の掟とやらは知らんが、駆け落ちしたって言う2人を見逃してやれば、こうはならなかったんだろ?」
「ぐっ!?……」
言い返してこないサハギンを見るに、自分達の過ちを多少は理解しているのだろう。
もちろん俺が口を挟むことじゃないとも思うのだが、こちらとしては巻き込まれた側だ。言いたいことは言わせてもらう。
くだらない掟の所為で1人の男と、罪のない子供が亡くなった。何故そんなに簡単に命を奪うことが出来るのか……。
掟に従いイレースだけを処罰するというなら百歩譲って理解はするが、バルバロスとその娘には何の罪もないだろう?
種族の違いが軋轢を生むのは仕方がない。習慣や文化の違い。崇める神も様々だ。だが、命は1つなのだ。
それは全てにおいて平等。誰にもそれを奪う権利はないのである。
綺麗ごとを言っているのは百も承知だ。だが、この世界は元の世界とは違い、命の価値が低すぎる。
見えてはいないだろうが、イリヤスの淋しそうな表情を見ても同じことが出来るのかと。半人半魔とはいえ、イレースの娘であり女王の孫なのだろう?
――いや、出来るのだろうな……。彼らにとっては、掟なるものが絶対の法なのだ。
人には人の法があり、魔物には魔物の法がある。それに合わせようとは思わないが、イリヤスの存在は伏せておいた方が賢明だろう。
恐らくネクロガルドのコネを使いグリムロックへと渡っていれば、こうはならなかった。しかし、こうなったことに対して後悔はしていない。
俺がやらなければならないことは、白い悪魔と呼ばれるアブソリュート・クイーンを倒し、バルバロスの遺骨を見つけること。それが10年もの間、ハーヴェストギルドで助けを求めていたイリヤスたっての願いなのだ。
幽霊船の甲板からこっそり討伐隊の行方を見張っているのは、九条と白狐。
「ね? 言ったとおりでしょ?」
その隣で得意気に胸を張っているのは、霊体のイリヤスである。
海賊と一緒のところを誰にも見られず討伐隊を追い払うにはどうすればいいか。イリヤスの出した案は、海賊船を幽霊船に偽装することであった。
幽霊船は、船乗りが最も恐れている物の1つ。確かにオルクスも同じような事を言っていた。
とは言え、九条は船乗りではない。故に半信半疑であったが、この様子を見るに効果は抜群のようだ。
幸いにもスケルトンやゴーストといった不死者の扱いは、九条の得意とするところ。それとなく汚した帆をぼろぼろに切り裂き死者達を呼び起こせば、それだけで幽霊船に見えるのだ。
イリヤスはそれを見て嬉しそうに頷くも、何か雰囲気が足りないということで、オルクスに雨雲を呼んでもらい、白狐の狐火で人魂を演出した。
辺りは薄暗く不気味に光るその船は、雰囲気も完璧なこれ以上ない幽霊船。
風にたなびくボロボロの帆は役に立たなくなってしまっているのに、船はぐんぐんと進んで行く。
討伐隊に追い付かないよう、上手く調整されている速度。その正体は海中から船を押しているサハギン達である。
脱兎の如く逃げ出した討伐隊をこっそり観察しながら、ニヤニヤと頬を緩める2人と1匹。
「完璧だな……」
「とうぜんっ!」
ニカっと笑顔を見せるイリヤス。キラリと光る八重歯が小悪魔のようで愛らしい。
徐々に見えなくなっていく討伐隊に緊張の糸が解れると、九条はその頭をやさしく撫でた。
それを船室の窓から覗いていたのは、ミアとシャーリー。
「私達はいいけど、知らない人が見たら確実に不審者扱いよね……」
シャーリーの呟きに無言で頷くミアは、少し機嫌が悪そうだ。
九条の隣にはイリヤスがいるのだろう。九条の表情とその仕草で、何をしているのかは、なんとなくわかっている。だが、見えない者にとっては、下を向いて笑顔で甲板に手を振っている怪しい人にしか見えないのだ。
――――――――――
辺りはすっかり闇に包まれ、幽霊船はただの海賊船へと姿を戻していた。
ボロボロの帆だけは戻せないが、サハギン達が引っ張ってくれるようなので、ひとまず航行に支障はない。
翌日、予備の帆を張るとのことで、それまでの辛抱である。
冒険者達と事を構えていた50数匹のサハギン達は、それを無血で退けたことに感謝を示し、行動を共にするとのこと。
それは、決してこちらから頼んだわけではない。
今は遊撃隊長と呼ばれている色違いのサハギンを交えて甲板にて話し合い中。船室を使わないのは、オルクスがぬるぬるを嫌がったからである。
中央でメラメラと燃え盛る狐火がなんとも不気味な雰囲気で、テカテカとしたサハギンの肌がより一層輝いて見えた。
「我らは、お前を全面的に信用することにした。全て話そう」
幸いと言うべきか、遊撃隊長と呼ばれるサハギンは、拙いながらも人語を解していた。
ミアは胡坐をかく俺にちょこんと座り、抱かれている状態。サハギン達に悪戯をさせない為である。
サハギンは陸でもある程度は活動できるらしい。両生類に近い存在なのだろうかとも考えたが、理由は不明だ。
ひとまず細かいことは置いておくとして、サハギンを良く観察するとエラから呼吸をしているのか、一定の感覚で頬の後ろに付いている大きなエラが開いたり閉じたりと忙しなく動いているのが確認できた。
人間とは根本的に身体の作りが違うのだから、それが気になってしまうのは認めよう。だが、ミアはあろうことかそこに手を突っ込もうとしたのである。
カガリから降りたミアは、サハギンの後ろからそーっと近づき、恐る恐る手を伸ばす。
パクパクと開閉を繰り返すエラの動きを見るミアの目は、まるで獲物を狙う獣のよう。
一体何をするのかと見ていた俺とカガリはそれに気付くと、慌ててミアを引き離し、結果それは未遂に終わった。
サハギン達がこちらを信用し、手を出してこないとわかったとは言え、好奇心旺盛というか怖いもの知らずというか……。
それを見て笑っていたのは、霊体のイリヤスだけ。普段から俺の従魔達に囲まれて生活していればそれだけの度胸もつきそうではあるが、ダンジョンにいるゴブリン達とはわけが違う。
それに俺は、サハギン達をそれほど信用してはいなかった。
「そろそろ話しても?」
「ああ、すまない。続けてくれ」
わちゃわちゃと慌てる俺達に気を遣うサハギンは、思い出すかのように遠くを見上げ、淡々と語り始めた。
「あれは10年前。我等が女王陛下の1人娘、イレース様が人間族の男と駆け落ちをした。海の掟を破る者には死を。それは実の娘とて例外ではない。それに憤怒した陛下は古代の魔物の封印を解き、それを刺客として人間の街へと解き放った。それがお前達が言っている白い悪魔だ。何を思ったのか、人間の男はそれに対抗すべく無謀にも海へと打って出たのだ。街を守る為なのか、勝てると自負していたのかはわからない。結果、白い悪魔が勝利を収め、男は死に、イレース様は人間の街へと逃げ延びた。だが、白い悪魔も傷つき疲弊していたのだ。陛下はイレース様を追うのを止め、それを癒し、再度人間の街へと侵攻することにしたのだ。だが、最近になって状況が変わった。原因は不明だが、後数年は掛かるであろうと思われていた白い悪魔の傷が突然癒えたのだ。そしてより強大な力を持つようになった。女王陛下は歌の力で魔物をコントロールすることが可能なのだが、それすらも受け付けなくなったのだ。白い悪魔はもはや無差別に海を荒らしまわる魔物。陛下は刺し違えてでもそれを止めようと必死に抵抗を試みたが、力及ばず陛下はお亡くなりになられた……」
「自業自得だな」
俺の口から出た言葉は、辛辣なものに聞こえただろう。
今の話から、白い悪魔を倒してもサハギン達が敵対することはないということだけが知れただけで十分である。正直内情なぞどうでもいい。
「貴様ッ! 女王陛下を愚弄することは許さんぞッ!?」
「俺は正直に感想を述べたまでだ。海の掟とやらは知らんが、駆け落ちしたって言う2人を見逃してやれば、こうはならなかったんだろ?」
「ぐっ!?……」
言い返してこないサハギンを見るに、自分達の過ちを多少は理解しているのだろう。
もちろん俺が口を挟むことじゃないとも思うのだが、こちらとしては巻き込まれた側だ。言いたいことは言わせてもらう。
くだらない掟の所為で1人の男と、罪のない子供が亡くなった。何故そんなに簡単に命を奪うことが出来るのか……。
掟に従いイレースだけを処罰するというなら百歩譲って理解はするが、バルバロスとその娘には何の罪もないだろう?
種族の違いが軋轢を生むのは仕方がない。習慣や文化の違い。崇める神も様々だ。だが、命は1つなのだ。
それは全てにおいて平等。誰にもそれを奪う権利はないのである。
綺麗ごとを言っているのは百も承知だ。だが、この世界は元の世界とは違い、命の価値が低すぎる。
見えてはいないだろうが、イリヤスの淋しそうな表情を見ても同じことが出来るのかと。半人半魔とはいえ、イレースの娘であり女王の孫なのだろう?
――いや、出来るのだろうな……。彼らにとっては、掟なるものが絶対の法なのだ。
人には人の法があり、魔物には魔物の法がある。それに合わせようとは思わないが、イリヤスの存在は伏せておいた方が賢明だろう。
恐らくネクロガルドのコネを使いグリムロックへと渡っていれば、こうはならなかった。しかし、こうなったことに対して後悔はしていない。
俺がやらなければならないことは、白い悪魔と呼ばれるアブソリュート・クイーンを倒し、バルバロスの遺骨を見つけること。それが10年もの間、ハーヴェストギルドで助けを求めていたイリヤスたっての願いなのだ。
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