生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第170話 抜錨シーパルサー号(海賊船)

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 天気は快晴。照りつける太陽が水面に反射し、目を細めてしまうほど。
 俺達は、指定されていた桟橋の隅でオルクス達の乗る船を待っていた。
 グリムロックの港もハーヴェスト同様、出航出来ない船達が所狭しと並んでいる。
 時間は正午を過ぎたあたり。待っている間にギルドのサハギン討伐船団は、先に出航していった。
 乗り込んだ冒険者達の数は、ざっと数えて30人ほど。相手の数にもよるが、シャーリーの見立てでは勝率は8割ほどらしい。
 遠距離攻撃を得意とするレンジャーと魔術師ウィザード系統の冒険者が多く、不即不離を保てれば冒険者側が有利。白兵戦になればサハギン側が有利だろうとのこと。
 それを神妙な面持ちで分析するシャーリー。やはり経験豊富な冒険者は違う。
 それから1時間程で見慣れない船が入港すると、そこから手を振っているのは副船長のオルクス。
 海賊船に偽装した商船だと思いきや、それは予想の斜め上。まったく別の船である。
 今までの船と決定的に違うのは、船体の両側面から無数のオールが飛び出ていること。風がなくともオールを漕げば推進力を得られる帆船だ。
 呆気に取られた俺達は口を閉じるのも忘れ、それを暫く見上げていた。

「一体何隻持ってんだよ……」

 九条の呟きに、無言で頷くミアとシャーリー。
 そこから降りて来るオルクスはいつもの黒いコートではなく、今日は商人の出で立ちだ。
 人目もある。海賊衣装で出て来るわけにはいかないのは承知しているが、正直言って似合わない。

「本日はわたくし共の依頼を受けていただきまして、誠にありがとうございます。お荷物は船員に任せて、お先に乗船なさってくださいませ。お仲間の皆様もどうぞこちらへ」

 見知った顔の船員達が荷物を船に積み始め、ヘラヘラと軽い笑みを浮かべるオルクスは、俺達を船の中へと案内する。
 見た目は胡散臭いが、その仕草や話し方は堂に入っている。知らない者から見れば完璧な商人に見えるだろう。
 港に停泊していたのはわずか30分程。出航手続きが済むと、逃げるよう港を後にする。
 流れるように海を進む帆船。街が見えなくなったあたりから徐々に針路を外れ、数時間後には海賊達の独自航路へと乗った。

「よし、じゃぁ計画の全容を説明する」

 船長室の中心に置かれている大きな書斎机を囲み作戦会議。オルクスが持っていた海図を広げると、そこには予めマークされている場所があった。
 グリムロックからやや北側に置かれたのは、小さな船の模型。そこが俺達の現在地だ。

「今回は俺達が白い悪魔を見つけなきゃならん。そこで重点的に探すのはこのあたり。過去、白い悪魔が目撃された場所を順番に回っていく方法をとる」

「ちょっと待ってくれオルクス。もっと確実な方法がある」

 それはイリヤスの考えた作戦だ。自分に流れているセイレーンの血が白い悪魔を呼び寄せるだろう。だから自分を囮に使えと言うのだ。
 もちろんそれには反対した。死んでいるとはいえ子供を生贄にするような行為は御免である。
 だが、ある程度の出現地点を絞れるのならば、待ち伏せという意味で優位に立てることも事実ではあった。

「この辺りまで行くことは可能か?」

 置かれていた船の模型を、イリヤスの指差した場所へと置き直す。

「……出来るか出来ないかと言われれば出来るが、何故ここだとわかる? 目撃された海域と離れすぎてる。それに、通常航路とぶつかるのは避けたい」

 海図に引かれている幾つものライン。その内の1つ。オルクスの指した赤いラインが、商船や旅客船が使っていると言われる通常航路。俺が提案したルートは、それを東から西へと横断する針路だ。

「理由を教えてくれ。俺の肩には乗組員全員の命が懸かっている。それなりの理由がなければ針路の変更は出来ない」

 当然そう言われるだろう事はわかっていた。

死霊術師ネクロマンサーは霊魂を呼び寄せ、その言葉を聞くことが出来るのは知っているだろ?」

「もちろんだ。だが、どこの馬の骨ともわからない霊魂を信用しろと言われて、はいそうですかとは言えない。見えないものを信じるつもりはないんでね」

「それが、イリヤスでもか?」

「――ッ!?」

 その名を出した瞬間、オルクスの目つきがガラリと変わり、向かいに立っていた俺の胸ぐらを掴み寄せた。

「てめぇ! 俺達のことを調べたのか!?」

 鬼の様な形相で睨みつけるオルクスであったが、従魔達がそれを黙って見ているわけがない。

「よせ!」

 一瞬の出来事であった。テーブルに乗り上げたワダツミの所為で海図は破れ、それ以外の物は全て床へと落ちてしまうほどの勢い。
 肉薄する従魔達は、その牙がオルクスに届くギリギリのところで動きを止め、垂れる涎がオルクスの肩を汚す。
 さすがは海賊の副船長と言うべきか、それだけのことがあったにも関わらず、まったく動じた様子を見せなかった。

「言っただろ? 俺は霊の声を聞くことが出来る。それと勘違いするな。俺達はこれから白い悪魔と戦うんだ。命を賭けてな。それに全力を注ぐのは当然だ。お前達のことを調べたわけじゃないが、調べられても文句は言えないはず……。違うか?」

 それを聞いて、オルクスはようやく手を離した。テーブルに両手をつき深く息を吸い込むと、それを吐き出す。気を落ち着けるようにゆっくりと。

「副船長! どうしました!?」

 大きな音で異常を察した船員達が集まってくる。

「大丈夫だ。何でもない……。持ち場に戻れ」

「……へい」

 いつものオルクスとは違うトーンの低い声。それを察したのか、船員達は頭を下げると部屋を静かに出て行った。

「すまねぇ。ついカッとなっちまった」

「いや、怒るのはもっともだ。知られたくない過去もあるだろう」

 イリヤスの存在は公には明かされておらず、知っている者は少ない。イレースの歌詞にも歌われていないのはその証拠。一般人には到底知り得ないことだろう。
 雰囲気は最悪。険悪なムードが漂う中、静まり返る船室。聞こえて来るのは、船体が波を切り裂く豪快な水音だけ。
 シャーリーとミアは最早一言も発することが出来ず、ただ事の顛末を見守っていた。
 そんな時間が数分。先に口を開いたのはオルクスだ。

「……お嬢はなんと?」

「信用出来ないんじゃなかったのか?」

「てめぇ……」

 またしても始まる睨み合い。俺がオルクスを煽っているようにも見えるが、そうじゃない。オルクスを試しているのだ。信用に値する人物なのかどうかを。

「そうだな……。教えるのは構わないが、代わりにお前達の秘密を教えろ。誰にも言うことの出来ない秘密。海賊なんてやってるんだ、そんな秘密の1つや2つあるだろう? それが釣り合うものであれば、全て教えてやる」
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