生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第165話 歌姫イレース

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 バルガス工房からの帰り道。日も暮れて……と言っても洞窟内では確認することは出来ないが、腹の虫はそう訴えていた。
 それに従い、九条は夕食を食べてから帰ろうと提案し、急遽ギルドの向かいにあった食堂『クリスタルソング』へと足を進める。

「ねぇ九条。聞いてもいい?」

「ダメだ」

「まだ何も言ってないでしょ!」

「冗談だよ……」

 ならば、最初から聞かずに質問すればいいじゃないかと思う九条であったが、それがシャーリーなりの気配りなのだろうと目を細めた。

「鉱石狩りのことなんだけどさ。なんで予想屋を信じようと思ったの?」

「……勘だ」

「絶対嘘! 勘であんな大金払う訳ないでしょ? 九条だけならまだしも、私とミアちゃんも払ったんだよ? それだけ確証があったってことでしょ?」

 結果、大量のミスリル鉱石を獲得できた。一喜一憂したものの、武器の素材も集まり、成果としては申し分ない。
 その製作費は、バルガスが余ったミスリルを製作費分だけ買い取るという形になったので、実質無料。
 鉱石狩り1人当たりの参加費、金貨40枚程度でフルスクラッチの武器を手に入れることが出来るのだ。それに不満があろうはずがない。
 故にシャーリーは、腑に落ちなかった。都合が良すぎる。出来過ぎているのだ。まるで全てを知っているかのように上手くいく。

「予想屋のデータを見ただろ? それを信用しただけだよ」

 それは数十枚にも及ぶレポートのような紙の束。描かれた独自の坑道マップに鉱脈の詳細。その情報量は群を抜き、目を疑うほどの衝撃であった。

「……確かにそうだけど、それ自体がでっち上げた物の可能性だってあるでしょ? そのデータが本物なら、予想屋なんてしてないで自分で掘ればいいじゃない。今日初めて会ったのに、なんでそこまで信用できると思ったの?」

「まぁ、いいじゃないか。結果として武器も作って貰えることになったし」

 それには言い返すことが出来ず、シャーリーは悔しそうに口を噤む。結局は全て九条のおかげなのだ。
 九条がいなければ、予想屋に耳を貸すこともなかったし、鉱脈を掘り進めることも出来なかった。

(なんか怪しいのよね……)

 九条が何かを隠していることだけはわかる。シャーリーはそれが気になって仕方がなかったのだ。もちろん、ただ興味本位で知りたいわけではない。
 九条が困難に直面した時、諦めずに乗り越えようとする姿勢は評価に値するものだが、その方法が危なっかしいのだ。
 ノルディックの件然り、今回の海賊達も然りだ。
 いい意味で機転が利き、悪い意味で悪知恵が働く。それ故、シャーリーには地に足が着いていないようにも見えるのだ。
 それを誰かが修正してあげなければ、悪い方へと進んでしまいそうな危うさに、気が気ではないのである。

「ふーん。パーティメンバーにも言えないことなんだ? 私って信用ないのかなぁ……」

「いや、そんなことは……」

「ミアちゃんも聞きたいよね?」

「うん!」

 シャーリーは俯き加減で落ち込んだ風を装い、ミアを味方に引き込んだ。
 九条が情に弱いことは知っている。それを逆手に取るようで、シャーリーは少々負い目も感じていた。

(ちょっとズルかったかな?)

「はぁ……。わかったよ。教えてやってもいいが、それは宿に帰ってからだ」

 九条は深く溜息をつき、根負けとばかりに肩を落とすも、その視線は何処か遠くを見つめていた。

 ギルドの向かいにある食堂、『クリスタルソング』に単身突撃する九条。暫くすると店内から手招きをする。それは従魔達の入店の許可が取れた合図だ。
 店内に入っても他の客からは見向きもされない。……厳密には多少気にしている人もいるが、他人より自分の酒の方が優先といった感じの客が圧倒的多数を占める。
 大きな店内だが、背の低いドワーフに合わせているからか天井は近い。多少の圧迫感はあるものの、光量も雰囲気も明るい店内は、それをあまり気にはさせない。
 給仕に案内されたテーブルは店の1番端っこだ。それは従魔達を考えてのことであり、他意はない。
 ハーヴェストと同様、海鮮類の売り切れには目を瞑り、注文が決まると給仕を呼ぶ。

「最後に頼んだ4つは大盛で! 後、これに入れてください!」

 ミアがワダツミの荷物から取り出したのは、大きめの木製の器。従魔達専用の器である。
 店の食器を使う訳にはいかないと、常に持ち歩いているのである。店側への配慮も欠かさないのだ。

「かしこまりました」

 近くにある下り階段をひっきりなしに往復する給仕達の姿からは、忙しさが窺える。
 ガヤガヤと五月蠅い店内だが、大衆食堂なんかどこもこんなものだろう。多くの人々が足止めされているということもあり、ほぼ満席に近い状態だ。
 圧倒的に多いのはドワーフだが、人間にエルフに獣人と客層は多種多様。
 従魔達用に多くの注文をした所為か、九条達の料理が運ばれて来るのに多少の時間を要したが、食事を楽しんでいる間にも客は続々と入店し、店はすぐに満席になった。

「ふぅ。ご馳走様。……そろそろ宿に帰りましょうか?」

 運ばれてきた全ての料理を平らげると、シャーリーは満足そうにお腹をさする。

「ああ、美味かったな。でも、もう少し待ってくれ」

「別にいいけど……」

 九条の答えにシャーリーとミアは首を傾げた。動けないほどたらふく食べたわけではない。それなのに九条は、ソワソワとどこか落ち着かない様子を見せていたのだ。
 それは九条だけではなく、周りの客達も同様である。
 そこでシャーリーは、食事中から気になっていた違和感の正体に気が付いた。
 自分達が入店してから結構な時間が経っているのにもかかわらず、誰1人として店を出た者がいないのである。
 既に食事を済ませている人も。飲み物片手に談笑している者達も。後1口で完食出来るのに、それに手を付けようともしない。
 すると、地下から出て来た給仕の数人が店の扉の鍵を閉め、窓に暗幕を掛け始める。それと同時に灯りの半分が消灯し、一瞬の内に店内は薄暗く陰湿な空気を漂わせた。

「皆様、長らくお待たせいたしました! 哀愁の歌姫、イレース嬢の登場です!」

 その声は、何時の間にか奥のステージに立っていた給仕の1人が発したもの。
 ガヤガヤと騒がしかった店内が一瞬にして静まると、拍手と歓声が巻き起こる。
 そして九条達の隣にある地下へと続く階段から慎ましくも儚げに現れたのは、白いベールを深く被った1人の女性。
 見た目は20代後半。黄金の長い髪に、同じ色をした獣のような鋭い眼光の瞳。尖った耳の先がベールを押し広げていて、エルフのようにも獣人のようにも見えるが、そのどちらとも少し違った印象を受ける。
 それを見たシャーリーは、ようやく状況を把握した。

「ああ、なるほど。ミンストレルが来ていたのね」

「ミンスト……なんだって?」

「吟遊詩人のことよ。バードとも言われるわね。食堂とか酒場とかを借りて詩曲を披露してお金をもらうの。自分で旅した事とか、英雄譚とか、後は民謡とかもそうね。同じような歌もあるけど、その人なりのアレンジがあったりして、有名になると王宮の晩餐に招かれたりもするのよ?」

「へぇ……」

 それは、元の世界で言うところのディナーショーに近いもの。
 綺麗なドレスに身を包むイレースは店内をぐるりと1周し、少し高くなったステージの上へ登ると、客へと向けて深々と頭を下げた。
 それと同時に静まり返る店内。ステージに立つイレースはゆっくりと瞼を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
 その小さな口から奏でられる美しい歌声に耳を奪われた客達は、まるで魅了されているかのようにうっとりとした様子でそれに聞き入っていた。

『海に住む1人のセイレーンが恋をした。
 相手は船乗りを生業としていた人間の男。
 それは実ることのない禁断の果実。
 遠くから見ているだけの日々。
 ある日、男の乗る船が沈んだ。
 セイレーンはその男を助け、男はセイレーンに感謝した。
 しかし、それは禁忌の行い。
 海の掟を破ったセイレーンは、その男と陸へと逃れた。
 怒り狂った海の王は、それに追手を差し向ける。
 その怒りは海の嵐となって襲い掛かり、男は勇敢に戦うも、ついには命を落としてしまう。
 セイレーンは泣き崩れ、海より深く後悔した。
 あの時私が歌わなければ、船が沈むことはなかったのだから……』

 それは悲しくも儚い恋の譚詩曲バラード
 それが終わると客達は一斉に立ち上がり、イレースに拍手喝采を浴びせた。皆が一様に涙を浮かべ感動し、それを称えたのだ。
 イレースが深く頭を下げるも、鳴りやまぬ歓声。そしてその余韻も冷めやらぬ中、顔を上げたイレースの視線の先にいたのは、九条であった。
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