生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第153話 四番島

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「見えてきたぞー!」

 マストの天辺で見張りをしていた男が、双眼鏡を片手に叫ぶ。
 その声につられ、船首へと走り出すミアにそれを追いかける従魔達。
 そこにぼんやりと見えてきたのは小さな島。徐々に近づいていくと、それは遠近感が狂っていただけだということを思い知る。
 周りは断崖絶壁に覆われていて、島というより海底火山が盛り上がって出来た無人島といった印象だ。申し訳程度に緑も茂ってはいるが、森とも林とも呼べない草原のようなもの。正直言って、人が住むには少々厳しい環境だろう。

「どうだ? 俺達の島は」

 そう言って胸を張るのは副船長のオルクス。手に持ち、広げているのは島付近の海図。
 びっしりと書き込まれた数字の羅列は、岩礁の位置や深さなどが記されているのだろう。
 知識のない俺にはさっぱりであるが、確実にわかるのは島の形だ。パッと見ると三日月のような形の島。窪んでいる部分が入り江になっているようで、そこに船を停泊させているらしい。

「俺達のって……。勝手に使ってるだけだろ?」

「どっちかっていうとグレーゾーンな気はするが、誰にも見つかっていない無人島なんだから俺達のでいいんだよ」

 そう言って見せてくる世界地図に、その島は載っていなかった。と言っても、かなり大雑把な物だ。小さい島だから載っていないだけということもある。

「納得してねぇって顔してるが、本当だからな? 他にも無人島はあるし、俺達の島だってこれだけじゃねぇんだ。ザッと10はあるぜ?」

「なんでこんな島ばかり知ってるんだ?」

「あのなぁ。海賊ってのは大なり小なり島を持ってる。アジトとしてな。そこが補給拠点なんだよ。多ければ多いほどいい。俺達が商人や貴族達の航路を使えると思うか? 陸の盗賊だって真昼間から街道を通って移動したりしねぇだろ?」

 肩を竦め当たり前のように言うオルクスに多少の苛立ちを覚えるも、言っている事は理に適っていた。

「海賊ってのは独自の航路を持ってるもんだ。そこを通って敵を急襲する。奪う物奪ったら即とんずら。相手もある程度は追って来るが、すぐに諦める。自分達の航路から復帰できないほど離れちまえば、広い海で迷子になっちまうからな。それに規定の航路を通らなきゃ、他の船から海賊と間違われる可能性だってある」

 海賊には海賊のやり方があるのだと驚かされる。というか、海賊も盗賊も楽して金を稼ぎたいというのが本音の部分だと思うのだが、それにしては勤勉である。
 海図や航路にとそこまで力を注げるのであれば、それを別の所で生かし、真っ当な職を見つければと考えてしまう俺は、間違っているだろうか?

 アジトだという島をぐるりと回り込むと、見えてきたのは海図で見た入り江の入口。
 両脇は切り立った崖。それほど広くはない入口から船を綺麗に侵入させる操舵術に感心しつつも、見えてきたのは綺麗な海岸と、そこに停泊している巨大な帆船。今乗っているものより大きく、海賊旗も掲げられていない。
 ガラス張りの船尾は恐らく船長室だろう。客船よりも豪華なそれは、貴族や王族が乗っても違和感がないほど高級感に溢れていた。

「おっきーい」

 ミアも見上げるほどの大きさだ。

「ガレオン船じゃない。こんなものどこから持って来たのよ……」

「俺達は悪からしか略奪行為をしない。もちろん悪徳貴族の奴に決まってんだろ?」

 誇らしげに言うオルクスに軽蔑の眼差しを向けるシャーリー。どちらにしろ犯罪なのは変わらない。

「あんまり大きい声で言わない方がいいわよ? 九条はこう見えて王族にも貴族にも顔が利くんだから」

 俺に向けられる疑惑の眼差し。シャーリーに信用がないのか、俺に信用がないのかは不明だが、オルクスは信じていない様子。

「本当だ。スタッグ王家の第4王女。リリー様の派閥に属している。他にもアンカース領の領主とも知り合いだし、バルク領のガルフォード卿とも懇意にしているぞ?」

 人差し指にキラリと輝く派閥の証を自慢げに披露する。
 知らない者に見せたところでわからないだろうとは思っていたが、案の定それを見つめるオルクスの表情は変わらない。
 ならば、少しからかってやろうと不敵な笑みを浮かべた。

「この船は誰から奪った物だ? 出所によっては許さんぞ……」

 明らかに憤っている風を装い低い声でオルクスを睨みつけると、偉そうに腕を組んで見せる。
 それが冗談に聞こえなかったのだろう。オルクスは薄ら笑いを浮かべ、腰を低く手をもみ始めた。

「悪かったよ旦那……。これが終わったら返すから許してくれ……」

「で? 誰から奪ったんだ?」

「今はアンカース領だが、ちょっと前までケルト領を治めていたブラバ家の所有船だったはず……」

「じゃぁ、許す!!」

「え? ちょっと九条!?」

 予想とは真逆の答えが返ってきた為か、オルクスとシャーリーは開いた口が塞がらず、ミアはクスクスと控えめな笑顔を見せていた。
 ブラバ卿は、ネストの魔法書を奪ったクズ貴族である。現在は没落したと聞かされているが、この船がブラバ卿の物であったのなら、オルクス達が義賊だと慕われているのにも納得がいく。

「むしろ良くやったと言ってもいい」

「……は、はぁ……」

 称賛の意味を込めてオルクスの背中を笑いながらバシバシと叩くと、オルクスは戸惑いの表情を浮かべながらも、溜息とも返事とも取れない気の抜けた返事をした。
 シャーリーは、ただ唖然としていた。俺とブラバ卿との関係を知らないのだから、当然である。
 それを見かねたミアは、シャーリーにそっと耳打ちをした。

「あとで教えてあげるね?」

 乗って来た船が、巨大なガレオン船の横に錨を降ろすと、その間に橋を架け荷物の移動を開始する。
 橋といっても、板材を掛けただけの至ってシンプルな物。しかも高さが違う為、急勾配。いくら下が海とは言え、その高さは建物の3階に相当する。
 そんな中、慣れた手付きで次々と荷物を運びこんでいく海賊達。

「九条の旦那。荷物はこっちで運ぶから、先に船室に案内させてくれ」

 オルクスに従い、一同は船室へと降りていく。

「ここを使ってくれ」

「え? こんなとこ使っちゃっていいの?」

 案内されたのは、先程外から窺う事の出来た船長室だろう部屋。全面に紅い絨毯が敷かれ、書斎にあるような大きな机と豪華な椅子がそれを連想させる。
 とは言え、部屋の隅にはガラクタの入った宝箱や、如何にも崩れてしまいそうな荷物の数々。散らかっていた荷物をとりあえず端っこに押し込んだといった雰囲気は、ひとまず倉庫として使っているといった印象を受ける。
 その空いたスペースに作ったであろう簡易的なベッドが3つ。そこに運び込まれていたのは俺達の荷物の一部。

「ああ。悪いんだが、ここしか空いてねぇんだ。部屋はそれなりにあるんだが、新しく部屋を空けるより、一時的にここを使ってもらった方がこっちとしても助かる」

「まぁ、そっちがいいなら文句はないが……」

 狭い部屋に押し込まれるよりはマシである。散らかっているとは言え元は船長室だ。住めば都というし、それだけ信用されていると思えば、こちらとしても安心できる。

「じゃぁ、適当にくつろいでおいてくれ。すぐに出航する。グリムロックに着くのは大体1週間後くらいだ」

「1週間!? 2週間はかかるんじゃないのか?」

「それは通常航路を使えばだろ? 言ったじゃねぇか。俺達は俺達なりの航路があるんだ。貴族や商人達が使う古くせぇ航路なんか使わねぇよ」

 凛々し気な表情を見せ、オルクスが得意気に言い放つと、颯爽と部屋を後にする。
 この場合は、キザっぽいとでも言うべきだろうか。

「ちょっとかっこよく見えるのが微妙にムカツクわね……」

 どうやらシャーリーも、俺と同じことを思っていたようで安心した。

 ほどなく船が動き出す。この大きさの船を30人足らずで動かしてしまうことに驚きつつも、天気は快晴。進路を南へととり、船はグリムロックへと走り出した。
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