生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第148話 時に厳しく、ミアには甘く

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「そういえば、ノルディックから提示されたギルドの依頼の中に商船の護衛依頼があったな……」

「そうなのか?」

「ああ。あの時は往復で相当な時間が掛かると書いてあったから真っ先に候補から外れたが、あれが残っていればあるいは……」

 あの場に集められていた依頼は国中から厳選した物だと聞いている。魔物騒動に船の護衛であれば、ハーヴェストギルドに同じ依頼があっても不思議ではないはずだ。
 だが、現実は甘くなかった。ハーヴェストギルドに戻り、依頼掲示板と睨めっこをしているのだが、その依頼は見つけることが出来ず、さらに言えばグリムロック行きの護衛任務は1つも存在しなかったのである。
 まぁ、あれから1ヵ月以上経っているのだ。なくなっていてもおかしくはない。
 それに落胆していると、後ろから何やら熱い視線を感じる。
 先程のギルド職員マリアだ。大事そうに胸に抱えているのは魔物退治の依頼用紙。グリムロックに行きたいならこれを受けるしかないとでも言いたげだ。
 何とか気付いてもらおうと、俺の周りを行ったり来たりと忙しそうで、まるで人工衛星である。
 ギルドのルールにより、ギルド職員が冒険者に無理矢理依頼を押し付けることは禁止されている。
 それが出来るのはその街の"専属"冒険者と、駆け出しの新人冒険者だけである。もちろん後者は助言としてだ。故に、無言の圧力を掛けて来るのだろう。
 しかし、それは無理な相談だ。今回は俺だけではなくシャーリーも一緒。自分勝手に依頼を受けるわけにはいかない。
 ……という言い訳を心の中で繰り返し、マリアに気付かない振りをしながらギルドを出ると、今晩の宿へと向かった。

「コクセイ。本当にここか?」

「ああ。間違いない。俺の鼻はここだと言っている」

 従魔達も一緒に泊れる場所なら何処でもいいとは言ったが、ちょっと豪華すぎやしないだろうか?
 目の前の建物は、宿屋というより最早ホテル。その外観から冒険者が泊まるような宿ではないだろうことは、一目でわかる。
 扉を開け中に入ると、ミアとカガリがロビーで待っていた。

「あっ! おにーちゃんおかえりー」

「ああ、ただいま。シャーリーは?」

「お部屋でくつろいでるよ。案内してあげる」

 その途中、ミアは俺の顔色を気にしている様子で、ソワソワと落ち着きがない。

「ん? どうした?」

「あのね。みんなでお泊りできる所がここしかなかったの。結構探したんだけど……」

「いや、どこでもいいと言ったのは俺だ。そんなことじゃ怒らないよ」

 そう言ってミアの頭を撫でると、ホッとしたのか笑顔が戻る。
 そして案内されたのは、2階の部屋。ミアが持っていた鍵で扉を開けると、その解放感に思わずツッコミを入れた。

「広すぎんだろ!?」

「あはは……私もそう思う……」

 こんな部屋需要あるのかよ? と思うほどだ。簡単に説明するなら、旅館の団体客用の宴会場ぐらいの広さはある。下手すりゃ実家のお堂より広いんじゃなかろうか?
 ネストの屋敷にあったベッドよりは小さいが、それなりに高級そうな物が6つ。それを差し引いても十分広い。

「おかえり、九条」

 暖炉の前で椅子に座っているシャーリーは、白狐とワダツミをモフモフしていた。
 それがまた堂に入っていて、片手にワインでも持とうものなら、何処か大富豪の邸宅に迷い込んでしまったのかと疑うほどだ。

「ただいま。っつーかちょっと広すぎじゃないか?」

「まぁね。私もそう思うんだけど、本当にここしか空いてなかったのよ。なんか魔物騒ぎで船が出てないらしくって、みんなこの街で足止めを喰らってるみたい。だから何処も宿は満員。安い所は全部アウト」

「なるほど。そういう事だったか」

「乗船手続きは出来た? 多分ダメだったんじゃない?」

「ああ。正解だ。それでこれからどうするかを相談しようと思ってたところだ」

 備え付けのテーブルの上にメイスと魔法書を置き、両腕をぐるぐると回し肩の凝りをほぐしながらも近くの椅子に腰かける。

「選択肢は2つ。諦めて引き返すか、船の運航が出来るようになるまで待つかだ」

「……本当はもう1つあるでしょ?」

 シャーリーがニヤリと笑う。確かにあるにはあるが、出来れば気付かないでくれるとありがたかった。

「シャーリーは人の心を読む魔法でも使えるのか?」

「そんなわけないじゃない。ただ九条のことだから面倒くさがって言わなかったんじゃないかと思ってさ。あったんでしょ? 魔物退治の依頼」

 そこまでお見通しとは……。さすが冒険者の先輩なだけはある。

「ああ。ギルドの受付嬢もその依頼を持って物欲しそうにしていた」

「じゃぁ、受けてあげればいいじゃない。報酬は貰えるんだし、九条ならわけないでしょ?」

「魔物の強さはわからん。だがそれを受けるのに船が必要だと書いてあった。それに船の貸し出しも無理。仮に借りれたとしても航海士が必要だ」

 それに目を丸くしたのはミアだ。カガリのブラッシングをしながらも口を挟む。

「え? ギルドの船は?」

「ギルドが船を持っているのか? 話は聞いてないからわからんが……」

「ハーヴェストギルドにはおっきいお船があるはずだよ? 海の安全を守るのもお仕事のうちだって聞いてるけど……」

「まぁ、そのあたりは明日聞いてみればいいんじゃない?」

「シャーリー。軽く言ってくれるが、受けるつもりなのか?」

「もちろん。……と、言いたいところだけど、正直内容によるかな。そのへんはちゃんと吟味して決めるよ」

「いや、諦めて帰る方が早くないか?」

 それには誰も返事をしなかった。シャーリーが俺と目を合わせると、その視線をミアにスライドさせる。
 それに釣られてミアを見ると、そこには曇った表情で口を尖らせ、残念そうにしているミア。ブラッシングの手は止まり、視線を床に落としていた。
 恐らく俺を困らせまいと口には出さないのだろうが、本当はグリムロックに行きたいのだろう。そう顔に書いてあった。
 まぁ、その気持ちもわかる。学校の遠足が中止になれば、気分も沈んでしまう。それと同じだ。
 行ったことのない所へ行くというのは胸が弾むもの。それが人生経験の乏しい子供であれば尚更である。

「やっぱり。どうにかして行く方法を考えるか……」

 ミアに聞こえるよう少々大きめの声で呟くと、その表情は途端にパァっと明るくなった。
 先程までの沈み具合がまるで嘘のようである。止まっていたブラッシングも再起動し、鼻歌交じりでいつもより力が入っているようにも見える。
 それを見たシャーリーは俺と顔を合わせ、いたずらっぽく微笑んだ。
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