生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第141話 新たな我が家

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「マスター。ここにいてくれるのは大変ありがたいのですが、その辛気臭い顔。どうにかなりません? 私の身にもなって下さいよ……」

 シャーリーとの言い争いの後、俺はそのまま村をも飛び出しダンジョンで一夜を過ごした。
 王の間にある長く赤い絨毯を何重にも折りたたんで、それに包まって寝ていたのだ。快適とは言えないが、地べたで寝るよりマシである。

「108番には、わからないだろうな……」

「わかるわけないじゃないですか! 痴話喧嘩なら他所でやって下さい。他所で!」

 痴話喧嘩ではないのだが、108番に愚痴ったところで仕方がない。
 そもそもこの世界で仏教の教えを説いたところで、それが理解されるはずがないのだ。
 ちょっと大きな街に行けばどこにでもある教会。教会があるということは、何かしらの神を信仰しているのだろう。
 宗教問題はとてもシビアなもの。「俺の信仰している神はお前とは違う」と言うだけで、戦争に発展することもあるくらいだ。迂闊にそれを口にすることはできない。
 落ち込む俺の肩を、1匹のゴブリンがやさしく叩く。

「俺の気持ちを判ってくれるのは、お前だけだよ……」

「ゴブリンに慰められるマスターなんて見たくないんですが……。そんなことより、お迎えが来ましたよ?」

「お迎え?」

 暫く待っていると、部屋に入って来たのはカガリに跨ったミアだ。恐らく匂いを辿って来たのだろう。

「やっぱりここにいた。おにーちゃん。帰るよ?」

 迷子を捜しあてた母親のような口調で溜息をつくミアに、ちょっぴり懐かしさを覚える。
 これではどちらが大人なのかわからない。

「シャーリーは?」

「昨日はウチに泊って、今日の朝早くに帰っていったよ?」

「そうか。じゃぁ帰るか」

 やっと諦めてくれたようだと安堵する。少々可哀想だが、こればっかりは譲れない。
 ミアと村に帰ったのはお昼を大幅に過ぎ、後数時間で日も暮れるといった時間帯だ。
 ミアとシャーリーが手を組み、シャーリーが何処かに隠れているのではないかと疑いもしたが、杞憂であった。
 村の門ではカイルが手を振り、食堂に客は誰1人としていない。
 晩の仕込みが始まっているのだろう。レベッカは忙しそうに、キッチンを駆け回っていた。
 そこにあったのはいつも通りの日常だ。
 階段を登り部屋に戻ろうとした途中、ソフィアに呼び止められる。

「あっ、九条さん。ちょっとすいません。今お時間大丈夫でしょうか?」

「ええ。どうかしましたか?」

「ちょっとこちらへ」

 案内された場所は、ギルドの応接室。
 また何か面倒くさいことに巻き込まれるのかと疑心暗鬼になりながらも、ソファに腰掛ける。

「ニーナさんとグレイスさんが、異動でこちらに配属になったことはご存知ですよね?」

「ええ。そうみたいですね。ニーナはどうですか? ミアとは上手くやれてますか?」

「はい。九条さんが心配されるようなことは何も。それよりもですね。九条さんが使っている部屋を2つ開けてほしいんですけど……」

 ギルドの3階には6畳程のワンルームが3つある。それは使う人がいないからと全て俺が占有していた。
 最初は頂いた野菜や果物などの作物置き場と化していたが、今は寝室以外獣達の寝床となってしまっている。
 恐らくそこに、ニーナとグレイスを宛がうのだろう。住む場所が決まるまで宿屋生活というのも、色々出費がかさみそうだしな。

「何時頃までに空ければ?」

「出来れば早い方が……」

「わかりました。じゃぁ、明日までにはなんとかします」

「ありがとうございます。急な話になってしまって申し訳ありません」

「いえいえ。そもそも1人で3つも部屋を使う方がおかしいんです。気にしないでください」

 その夜。部屋に従魔達を集め、対策会議を開く。といっても、部屋を出て行ってもらうだけ。別に村から出て行けというわけじゃない。

「というわけで、すまないが部屋を空けてもらうことになったんだが、どうする?」

 3匹の従魔達はお互い顔を見合わせる。俺の前にいるのはカガリ以外の3匹。それぞれの族長である。

「せめて廊下は使えませんか? 閉店後のギルドでも構いませんが……」

 まさか、白狐からそんなことを言われるとは思っても見なかった。
 獣達は人との生活に慣れ過ぎているのだろうか? いや、軽く考えていた俺が悪いのかもしれない。
 従魔達曰く、出来れば室内がいいとのこと。確かにそろそろ寒くなる時期だ。日に日に気温が下がっていくのを肌で感じていた。
 この世界の季節がどうなっているのかは知らないが、山が近いこの辺りでは積雪もあるということは聞いている。

「九条殿は我等に凍死しろというのか!?」

「いやいや、飛躍しすぎだろ。お前等、野生忘れるの早すぎない?」

 もちろん冗談だと言うのはわかっている。だが、急に追い出すというのも忍びない。
 魔獣である4匹の従魔は俺の部屋に入れるとしても、その兄弟達である80匹近い獣達は絶対に入りきらない。
 閉店後のギルドといっても、さすがにそれは迷惑だろう。聞くまでもない話だ。

「みんなは、おにーちゃんの近くにいたいんだよ。ねー?」

 ミアの突然の発言に、それはないだろうと否定するも、それは意外と的を射ていた。
 従魔達はそれを否定しなかったのだ。むしろまんざらでもなさそうにソワソワと落ち着かない様子。
 あどけない笑顔で的確な意見は、さすがはミアだと言わざるを得ない。常にカガリと共にいるだけはある。

「ひとまず、どうするか決まるまではダンジョンにでもいてくれ」

「まぁ。仕方がない。兄弟達にも伝えておこう」

 ベッドで横になると、従魔達に囲まれて眠りにつく。
 いつも最初に寝息を立てるのはミアだ。その頭をなでてやりながら、俺は今後の事を考えていた。
 これからどれくらいの期間、従魔達をダンジョンに住まわせなければならないのか。
 ダンジョンは安全だ。……と、毎回言っているが、今度こそ声を大にして言える。
 ノルディックの死体から作り上げたデュラハン。完璧な状態でアンデッド化したそれは、生前の強さを受け継ぎ、そこに注ぎ込まれた魔力の分だけ強くなっている。思考能力こそ落ちてはいるものの、純粋な強さだけで言えば生前より上だ。
 そしてダンジョンから無制限に供給される魔力。あれに勝てる者などそうはいないはず。
 獣達にとって、ダンジョンと村までの往復がどれほどの負担になるのかはわからないが、近い方がいいと言うのは確かだろう。
 新しく賃貸を探すにしても、手続きにはそれなりの時間が必要だ。
 もし長引くようなら、俺がニーナとグレイスの宿代を負担した方が手っ取り早い気がする。

 翌日。近くから聞こえる聞き覚えのある騒音で目が覚めた。

「うるせぇ……」

 体を起こすと、ミアと従魔達はすでに部屋にはいなかった。当たり前だ。そろそろ時刻は正午。寝過ぎである。
 ギコギコとノコギリを引く音に、リズミカルにトンカチを打つ音は懐かしさすら覚える不協和音。
 窓からその様子を窺うと、何かの建物だろう基礎工事が始まっていた。
 基礎の外枠だけ見ても相当な広さだ。ギルドと同じかそれ以上。誰が住むのかわからないが、俺がそれに文句を言う権利はない。
 何故だか、そこに集まっているのは従魔達。珍しさに気を引かれるのは構わないが、邪魔だけはしないようにと願うばかりだ。
 ぼちぼち活動を始めるかと、コクセイが壊したガタガタの窓枠に寄りかかりながら欠伸をしていると、それに気付いた何者かが手を振っていた。

「おはよー、九条」

「ああ……。……あぁ!?」

 そこにいたのはシャーリー。隣にはソフィアもいる。
 それがギルドの新しい施設なのだと考えれば、ソフィアがいる意味は理解出来るが、シャーリーが何故ここにいるのか……。
 実は帰らずに、何処かに隠れていた可能性も無きにしも非ずだが……。
 またカネの話をするなら追い返すだけだが、しつこいというか諦めが悪いというか……。
 シャーリーの気持ちはありがたい。……だが、追い返そうにも良心が傷む。
 そんなことを考えつつも急いで着替え、ギルド裏へと走った。

「おはよう、九条」

「おはようございます。九条さん」

「おはようございます。……じゃなくて。どうしたんです? 2人して」

「私は視察です。今日着工なので」

「なるほど。ギルドで使う建物なんですね?」

「まぁ、名目上はそうなっていますね」

「え? 名目上?」

 何も解らず訝し気に眉をひそめていると、シャーリーからの爆弾発言により俺は一瞬固まった。

「コレは、従魔達用の休憩小屋にするの。もちろん気に入ったら住み着いてもらって構わないわ」

「……は?」

 あまりにも突拍子のない答えに、聞き間違えかとも思いアホ面を晒す。

「だって九条、金貨1000枚受け取らないでしょ?」

「ああ。あれはそもそも貸し借りの話じゃないからな。俺が受け取る理由はない」

「でしょ? だからそのお金はギルドに寄付したの」

「マジで言ってるのか? 勿体ない」

 それに露骨に顔を歪めるシャーリー。その表情から、自分の事を棚に上げるなとでも言いたいのだろう。

「言いたいことは山ほどあるけど、まぁいいや。今日は九条と言い争いをしに来たんじゃないもの。……それでその使い道をソフィアさんに相談したんだけど、結果的に従魔達の小屋にしようってことになったのよね」

「ホントですか? ソフィアさん」

「ええ。最初はニーナとグレイスも増えたということで、社員寮的な扱いにしようと思ったのですが、それだと金貨1000枚では足りなくて」

「そこで九条の従魔達が追い出されるって聞いたの。それで思いついたんだけど……。……どうかな?」

 なるほど。合点がいった。その準備の為、帰っていたと考えれば納得がいく。恐らくこの場所もギルドの敷地内。ギルドの所有物であれば土地代も必要なく、ネストのところに許可を取りに行く必要もない。

「俺が、従魔達に使わせないと言うかもしれないとは考えなかったのか?」

「もちろん考えたに決まってるじゃん。でもこの小屋は、九条の従魔達専用って訳じゃないからね?」

 確かにそれなら俺も口出しは出来ない。だが、この村に従魔を従えているのは俺しかいないのだから、事実上専用みたいなものだ。

「それに、帰る前にちゃんと聞いたよ? みんな喜んで首を縦に振ってたけど?」

 隣にいた従魔達をギロリと睨みつけると、全員がサッと目を逸らす。

「はぁ……」

 溜息が出た。恐らく昨夜の時点で従魔達はこのことを知っていたのだ。俺がそれに反対する可能性を考慮して、打ち明けなかったと言われれば納得がいく。
 寒いとか室内がいいとか駄々をこねていたのも、この為の布石なのだろう。いくらなんでも野生を忘れるのは早すぎる。
 とは言え、俺は従魔達を縛るつもりはないのだ。従魔達がそれを求めるのならば、何も言うまい。

「ホントにいいのか?」

「うん。ていうか今更キャンセルは出来ないでしょ……」

 既に建設作業は始まっていて、材料である木材もどっさり積まれている状態だ。
 さすがの俺でも、この状態から止めろとは言い出しにくい……。

「まぁ、そのなんだ。ありがとうな」

「どういたしまして」

 少々照れながらも会心の笑顔を返すシャーリーは、ミアとはまた違った魅力的な表情だ。そんなものを見せられれば、自然と頬も緩むというもの。

「お前達。ちゃんと礼をするんだぞ?」

 それを聞いた従魔達は、シャーリーめがけて一目散に飛び掛かる。

「ひゃぁ」

 その勢いと重さに耐えきれず、尻もちをつくシャーリー。そこに群がる大量の従魔達は、例えるなら無数の毛玉である。

「ちょ……ちょっとやめて! ……わかった! わかったから! くすぐったいって!」

 多くの獣達にペロペロと舐め回されるシャーリーは少々迷惑そうだが、まんざらでもない様子。
 その笑顔は笑い声と共に、絶えることなく続いていた。
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