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第137話 リサイクル

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「首をなくした恨みを糧とし甦れ。我が名は九条。汝の首と魂を繋ぎ止める者。その鮮血を瘴気に変え、仇なす者に深淵の断罪を。盾突く者には闇の鉄槌を下せ……」

 魔法書を開き、詠唱する。そして未だ立ち尽くしているノルディックの死体に手をかざすと、それは闇へと飲み込まれた。

「【完全なるコンプリート闇の英雄ヘッドレスブレイバー】」

 これは条件が揃わなければ使うことすら叶わない制約の魔法。
 対象が首を落としたばかりの新鮮な死体であり、且つ魂の抜け出ていない強靭な肉体であること。
 首の付け根から流れ出ていた血液が徐々に瘴気へと変わり、それが完全に入れ替わると、ノルディックの止まった心臓が仮初の鼓動を奏で始める。
 ゆっくりと動き出すそれは最早ノルディックなどではない。地面に転がるかつての首を左手に抱え、右手の大剣を肩に担ぐと、九条の前で跪く。
 闇の英雄、デュラハンの出来上がりである。ノルディックの魂は、その呪われた肉体に永遠に囚われ続けるのだ。

「お前にはここの門番を命ずる。この扉を開けようとする愚か者がいれば、遠慮なく殺せ」

「オオオォォォォ……」

 デュラハンから発せられた魔力の音は、返事なのか呻きなのかわからない。低く唸るようなそれは、ビリビリと空気を震わせた。
 それはリビングアーマーなどという生易しいものではない。圧倒的な存在感は全ての者を威圧する。
 シャーリーのトラッキングは見たこともないような反応を示し、それは危険信号として頭の中で鳴り響く。
 それは常軌を逸していた。先程の巨大ワームが赤子のように感じてしまうほどである。
 そしてシャーリーは思い出した。過去、それに匹敵する反応を1度だけ経験したことがあったのだ。
 このダンジョンの最下層に潜む、破壊神グレゴールの存在である。

(グレゴールがスケルトンロードに成り代わり、あまりの恐怖に逃げることしか考えられなかったけど、冷静に考えれば……)

 魔族がアンデッドになったのではなく、アンデッドが魔族に偽装している可能性に気が付いた。そして有力な仮説が、シャーリーの頭の中に浮かんだのだ。

(もしかして、アレを呼び出したのも九条なんじゃ……?)

 正解である。そしてシャーリーの顔は恥ずかしさで真っ赤になった。

(ってことは、あの時の私も九条に見られてたってこと!?)

 あまりの恐怖に仲間を見捨て逃げ出そうとしたのだ。ギルド担当であるシャロンが背負っていた荷物をひっくり返し、泣きながら必死に帰還水晶を探していた。
 それは冒険者として恥ずべき事であり、見るに堪えない出来事である。

「九条……あの……えっと……。あの時はね……、その……、何と言うか必死で……」

 慌てながらも、もごもごと小さな声で語り掛けるシャーリー。
 九条は呼ばれて振り返りはしたが、要領を得ない内容になんのこっちゃと首を傾げた。

(あの時ってどの時だよ……)

 それでも何かを説明しようと必死になっているシャーリーを見て、九条はほんの少しだけ口元を緩めた。
 シャーリーのそのおかげで、張り詰めていた空気が一気に解れた気がしたのだ。

「ここの防衛はコイツに任せればいいな。後は……」

 九条が振り向いた先には、マウロだったものをガツガツと貪っているコクセイだ。

「コクセイ、どうだ?」

「ん? あぁ。筋肉質であまり美味くはないな。俺はもうちょっと脂肪が多めな方が好みだ」

 九条は顔に手を当てると、溜息と共に呆れたような表情を浮かべた。確かに聞き方がまずかったと少々反省したのだ。

「いや、味の感想を聞いたんじゃねぇよ……。ワダツミとカガリのことだ。動きがあれば教えてくれと言っておいただろう?」

「ああ、そっちか。大丈夫だ。2層で待機している。呼んで来ようか?」

「頼む」

 コクセイは死肉を貪るのを止め、ダンジョンの入口へと駆けて行く。
 ここに向かって来る途中でカガリと合流した九条達は、カガリをワダツミに任せ、他の誰もが入ってこないようにと2層で待機してもらっていた。

「そっちはコクセイに任せて、ミアを迎えに行かないとな」

 九条が封印された扉に手を掛けると、それはすぐに解けた。重低音を響かせながら開かれる巨大な扉。
 そのまま階段を数歩降りたところで、九条はシャーリーがついて来ていないことに気が付いた。

「シャーリー。どうした? 来ないのか?」

「いいの?」

「ああ。別に来たくないなら、そこで待ってもらっても構わないが?」

 シャーリーはほんの少しだけ迷いを見せるも、すぐに九条と供に行くことを決意した。
 目の前のデュラハンの存在が、そうさせたのだ。今にもその大剣を振り下ろせんとするそれが、シャーリーを絶望へと駆り立てる。

(九条の命令には忠実なはず……。って、わかってても怖すぎるでしょ……)

 恐らく九条が仲間と認めた者には、危害は加えないだろうことは理解しているが、それでも足が竦んでしまうほどの存在感である。
 シャーリーはそれから目を離さないよう細心の注意を払い、尚且つ白狐を盾にしながらぐるりと大きく回り込むと、九条の元へと走った。
 九条の横顔を見つめながら長い階段を降りていくシャーリー。声を掛けてくれたのはいつもの九条だった。
 先程までの憎悪が完全に消えていたわけではなかったが、区切りがついたと感じているのか、迷いを断ち切ったような晴れやかな表情。それにシャーリーは、ひとまずの安堵を見せた。
 長い階段を降りていくと、デュラハンに隠れていたゴブリン達の反応がトラッキングに浮かび上がる。

「九条! 魔物が」

「大丈夫。味方だ」

 九条がそう言うのだ。恐らく下級のアンデッドの類かと思っていたシャーリーだが、それは違っていた。
 階段を降り切った先にいたのはゴブリンの群れ。その中心には、オロオロと困ったように狼狽えているミア。
 そんな表情も九条の声で驚きへと変化し、すぐに笑顔が花開いた。

「ミア!」

「おにーちゃん!!」

 空気を読んだゴブリン達がミアに道を譲り、駆け出したミアは九条と熱い抱擁を交わしたのだ。

「良かった。おにーちゃん無事だったんだね」

「それはこっちの台詞だ。怖い目に合わせてしまった。すまない……」

「そうだ! おにーちゃん! カガリが!!」

「ああ、大丈夫だ。今向かって来ている」

 タイミングよく階段を降りてきたのはカガリとワダツミ。カガリの矢は抜けていたが、そこから流れ出る血は止まってはいない。
 ミアは急ぎ九条から離れると、カガリの首に手を回した。

「カガリ! ごめんね! いつも私の所為で……」

「ミアが謝る必要なぞない……。油断した私が愚かであったのだ……」

 だが、カガリの言葉は通じない。ミアの頬に流れる涙を優しく舐めるカガリ。
 お互いが無事を確かめ合うよう、2人は暫く寄り添っていた。

「今治してあげるからね」

 カガリの前足の傷を完璧に癒し、これで全て元通り。九条は、ミアとの再会に胸を撫で下ろし安堵していると、それに水を差すよう話しかけて来たのは108番である。

「マスター。だからあれほど護衛をと言ってるじゃないですか! ほんっと大変だったんですからね?」

「ああ。悪かったよ」

 108番はダンジョン内でミアをずっと見張っていた。
 ミアのことは知らなかったが、その頭のキツネを模した髪飾りから九条の魔力の残滓を感じ取ったのだ。
 すぐに封印の扉を開けることも出来たのだが、ノルディックも一緒に入れてしまえば確実に詰む。
 ゴブリン達が何百といようとノルディックには勝てないだろうし、108番も基本的な魔法が使えるとは言え、それが通じるとも思えない。
 最後の手段はデスクラウンだが、それはもう運である。そもそもそこに到達する前に、ミアは確実に追い付かれてしまうだろう。
 故に、108番は隙が出来るのをジッと待っているしかなかったのだ。
 それを作り出したのがニーナであった。ニーナがミアを手にかけることを諦めたその瞬間、全員の気がミアから反れたのだ。
 そして、ミアだけを中に招き入れることに成功したのである。

「護衛は作っておいた。あれじゃ不満か?」

「まぁ、デュラハンなら及第点ですかね」

「あれで及第点か。手厳しいな……」

 その様子を口を開けて見ていたのはシャーリーだ。

「九条。あんた誰と喋ってんの?」

「ああ。シャーリーとミアには見えないだろう。このダンジョンの管理者がここにいるんだよ。簡単にいうと幽霊というか魂というか……。とにかく死霊術の適性がないと見えないんだ」

「もしかして、私を回復してくれたのもその幽霊さんなの?」

 ミアはカガリの傍から不思議そうな顔で、きょろきょろと辺りを見渡していた。

「あぁ、そうだ。基本的な魔法であれば使えるらしい」

「えっと。今は何処にいるの?」

「ここだ」

 九条は自分の右上を指差した。ミアはそこへ向けて深く頭を下げたのだ。

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 108番はそれに感心するように返事をしたが、その言葉はもちろんミアには届かない。

「どういたしまして……だそうだ。そしてミアもこのダンジョンの秘密を知る重要人物の1人になった。すまないが、他言無用で頼む。もちろんシャーリーもだ」

 無言で頷くミアとシャーリー。

「正直どう打ち明ければいいのか迷っていたんだ。ダンジョンの秘密を知ればギルドが黙ってはいないだろうからな……」

「ちょっと聞いてもいいかな?」

 シャーリーはちょこんと右手を上げ、上目遣いで九条を見つめる。それが少し萎縮しているようにも見えた。

「なんだ?」

「そのダンジョンの秘密ってのを知ってるのは、九条とミアちゃんと私だけ?」

「ああ、そうだ」

「ふーん。そうなんだ……」

 シャーリーはそれに気を良くしたのか、今度は少し嬉しそうだ。

「じゃぁ、もう1つ。このゴブリン達はここに住んでるってことなの?」

「ああ。掃除を担当してもらっているんだ」

 それを聞いたゴブリン達は嬉しそうに一斉に手を上げた。それはまるで戦隊ものの下っ端戦闘員を彷彿とさせる。

「ギギ!」

「へ……へぇ……」

 先程の嬉しそうな表情からは一変して、怪訝そうな顔つき。それは反応に困り、適当に相槌を打った感は否めない。

(いくら弱いとはいえ、この世界ではゴブリンは敵だ。受け入れがたいのは当然か……)

「あっ! そうだ!」

 ミアは何かを思い出し声を上げると、階段を駆け上がっていく。
 意味がわからず九条はシャーリーに視線を送るも、シャーリーは肩を竦めて見せるだけ。
 階段を登り切ったミアは、目の前に現れたノルディックだったものを見て度肝を抜かれ全身に鳥肌が立つと、すぐに階段を駆け降りてくる。

「おにーちゃん! なんかヤバいのいる!!」

 その様子に頬を緩める九条。

「大丈夫だ。あれはこのダンジョンを守ってくれる守護神みたいなもんだ」

「怖いからおにーちゃんも一緒に来て! はやく!」

 腕を引かれ一緒に階段を登り切ると、ミアは目的の場所へと一目散に駆けてゆく。

「良かった……。まだ息はある」

 ミアが座り込んだ先に倒れていたのはニーナだ。意識はなく、口元には血が溜まっていた。
 何度も吐血を繰り返したのだろうことは、想像に難くない。呼吸も弱々しく、放っておけば恐らく待っているのは死だ。

「【強化回復術グランドヒール】」

 ミアがニーナの胸元に両手を添えると、癒しの光が辺りを照らす。

「ミア……。いいのか?」

「だって、放ってはおけないもん……」

 その光は確実にニーナを癒していた。少しずつではあるが、血色がよくなっていくのが見て取れる。
 血の巡りが回復し、無意識に出る苦しそうな咳。それと同時に、気管に詰まっていたであろうヘドロのような血の塊を吐き出すと、ニーナは意識を取り戻した。
 目を開けた先にいるのはミア。そして、すぐにニーナは自分の置かれている状況を把握したのだ。

「ミア……。なんで……。ゴホッ……」

「まだ完治してません。喋らないで」

「なんで……私なんかの為に……」

「喋らないで!」

「あなたを……殺そうとしたのに……。私を……憎んでいるでしょうに……」

「確かにそうですね…………でも、……最後は出来ないって言ってくれたじゃないですか」

 額に汗を浮かべつつも、ミアはニーナに優しく微笑みかけた。
 ニーナには、それが眩しくて直視出来なかった。涙がボロボロと溢れて止まらなかった。ニーナは自分の愚かさに、ようやく気が付いたのだ。
 奥歯を噛みしめるニーナ。それは自責の念で胸を掻きむしりたくなるほど。だが、その手はまだ動かない。辛うじて動かせるのは、口だけであった。

「ごめんなさい……ミア……。本当にごめんなさい……」

 ニーナは顔をぐしゃぐしゃにしながらも、ミアに謝罪の言葉を述べ続けていた。
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