生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第136話 薄れた憎悪と決着

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 マウロは必死にノルディックと九条の攻防を目で追い続けていた。
 どうしても隙が見つけられず、ノルディックの援護が出来ないことに苛立ちが募る。

(ほんの少しでいい……。ほんの少し九条の気を引ければノルディックの一撃で仕舞いなのに……。何かきっかけを……)

 それを模索する為、周囲に気を向けるマウロ。その目に飛び込んできたのは同様に焦りを隠せずにいたシャーリーであった。
 その手に持たれている武器に目を見張ったのだ。それは伝説と呼ばれるほどの剛弓。ヨルムンガンドである。
 それがマウロの思考を鈍らせたのだ。

(何故そんなものをシルバープレートごときが持っているのか。それを持つのは俺の方が相応しい……)

 不敵な笑みを浮かべるマウロ。それはシャーリーを狙い撃ち、同時に九条の気も引ける最善策のように思えた。

(傍にいる2匹の魔獣が気にはなるが、ノルディックとの戦闘に精一杯で、命令を出す暇はないはずだ……)

 マウロは、九条の命令がなくとも従魔達が襲い掛かってくるかもしれないというリスクを考えなかった。それがノルディックとの考え方の違いであった。

「死ねぇ!!」

 ワザと大声を上げたマウロ。もちろん九条の気を引く為だ。あくまでも狙いは九条であり、シャーリーはついでである。
 マウロから放たれた1本の矢は、真っ直ぐにシャーリーへと向かって飛翔する。
 だが、それは当たらなかった。シャーリーの位置がズレたからだ。白狐がシャーリーの服の裾を咥え、引っ張ったおかげだ。
 バランスを崩したシャーリーの横顔を掠めたそれは、ダンジョンの壁面に弾かれると、情けなく折れ地面へと落ちた。
 九条はそれに目も暮れず、一言発しただけである。

「食っていいぞ」

 刹那、コクセイがマウロへと飛び掛かる。

「ガァァァ!」

「ぐあっ! やめろ! やめてくれ!!」

 その巨体に正面から押し倒されたマウロは、盛大に頭を打ちつけた。
 コクセイの狙いは喉笛だ。最も狙いやすく、最も効果的な急所である。
 マウロは首の代わりに左手を差し出し、右手で腰のナイフを抜くことが出来れば、コクセイを追い払う事が出来た。だが、そうはしなかった。
 手を無くすということは、冒険者を引退するということに他ならない。そしてコクセイが、自分の喉笛に咬みつくよりも早くナイフを抜く自信があったのだ。
 しかし、それが間に合う事はなかった。軽い脳震盪を起こしていたマウロは、ナイフを握り損ねたのだ。
 迫る魔獣の牙。コクセイがその喉笛を食いちぎると。もう悲鳴さえ出すことも出来ない壊れた人形おもちゃである。

「――ッ! ――――ッ!!」

 バタバタと藻掻き苦しむマウロを貪り食うコクセイ。

「マウロ!!」

 それに気を取られてしまったのは、ノルディックの方。
 九条はそれに感心した。

(コイツにも仲間を思う気持ちがあるのか……。それを少しでもミアに分けてやれなかったのか……。こんな回りくどいことをせずに、勝負しようと言えばよかったのに……。勝った方が言うことを聞く。それでいいじゃないか。至ってシンプルだ)

 九条がその申し出を受けるのかは定かではないが、お互いが話し合い、譲れないものがあるならば、九条はそれを受け入れただろう。
 話し合うことすらせず、罠にはめようとした第2王女の傲慢さとノルディックの強欲が、この結果を招いたのだ。
 九条はその隙をついて、ノルディックの鎧に触れた。そしてそこから紫色の光が漏れる。
 それに気付いたノルディックは、後ろへと飛び九条から離れると、怒号を上げた。

「ワシの鎧に触るな!!」

(おかしなことを言う。鎧とは身を守る為にある物だろう)

 その剣幕は、ほんの少しの傷でもつけば、ショック死してしまうのではないかと疑うほど。

(そんなに大事なら大切に仕舞っておけばいいものを……)

「これが何なのか、お前にはわからんだろ!」

「……知ってますよ。大事な物なんですよね? 確か、第4王女からの誕生日プレゼントでしょ? ……いや、誕生日はリリー王女の方だから、誕生日ギフトと言った方が正しいですね」

「貴様ぁ!! 許さんぞ!!」

 それに激昂したノルディックは大剣を天高く構え、赤みを帯びたそれを振り下ろすと同時に吼える。

「”アトミックバースト”!!」

 それはノルディックのスキルの中で、最大の破壊力を誇る技だ。
 今にも溶けてしまいそうなほど赤く燃え上がる大剣が、辺りを一瞬にして焼き尽くすほどの爆炎を巻き起こす。
 だが、そうはならなかった。ノルディックが途中で動きを止めたからだ。いや、止めたのではない。止まったのだ。

「ぐっ!? なんだ!? 何が起きた!?」

 ノルディックは大剣を振り下ろそうと力を込める。九条に鎧を馬鹿にされた恨みを乗せて……。だが、動かなかった。

(動かない!? いや、動かないのではない! 鎧を誰かに押さえられているのか!?)

 それは、ノルディックがどんなに力を入れてもビクともしない。
 鎧の隙間から見える腕は、極限まで力を込めているのが見て取れる。血管が浮き出て、異常なほどに筋肉が盛り上がっていたからだ。

「ふぅん……。着用してても魂は定着するのか……」

「貴様ッ! 何をしたッ!!」

「冒険者ならリビングアーマーは知ってるだろ? お前の鎧がそうなんだよ」

「なんだとッ!?」

 ノルディックはどうにか抜け出そうと体をよじってはいるが、ピッタリサイズのそれから抜け出す隙間なぞあるわけがない。辛うじて動かせるのは頭くらいのものだ。
 ノルディックほどの実力があれば、リビングアーマー程度造作もなく勝てるはず。だが、それは外側からの話だ。内側からとなると話は別である。

「腕を下ろせ」

 九条の言葉に従い、リビングアーマーは言う通り剣を下げた。
 九条はそれに警戒せず近寄ると、ノルディックの腰に仕舞われたダガーを引き抜いた。それはミアの命を奪っていたかもしれない物。
 使い込んではいるが手入れはされているようで、刃は新品同様だがグリップは少し汗臭い。

「それをどうするつもりだ! それで俺を殺すと言うのか!!」

 その間にも必死に力を込めているノルディックの顔は真っ赤。ダラダラと垂れている汗の量が、その必死さを物語る。

「まさか。こんなダガーじゃ時間が掛かり過ぎる。お前は結構筋肉もついているし鎧で急所はカバーされてる。非力な俺にはそれを貫通させることは無理だし、鎧を傷付けたらリビングアーマーにダメージが入るじゃないか。お前もそれは嫌なんだろう?」

 そのダガーを右手で持ち、ノルディックの後ろへと回った九条は、左肩の鎧の隙間からそれをゆっくり差し込んだ。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げるノルディック。それを怪訝そうな表情で見つめる。

(初めて人を刺したけどこんな感じか。案外平気だな……)

 ダガーは抜かずに刺しっぱなし。九条は自分の右手を見つめるも、なんてことはない普通の右手。そこになんの感情も生まれることはなかった。

「ミアと同じところだ。どうだ? 痛いか?」

「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺すッ!!」

「壊れたおもちゃみたいに連呼すんなよ……。うるさいな……。ミアの方が気丈に立ち振る舞っていたぞ?」

 ノルディックは自分の体が傷ついたことに憤慨しているわけではなかった。痛みを我慢するのは慣れている。それよりも第2王女から賜った鎧を、自分の血で汚してしまったことに腹を立てていたのだ。

「九条! もういいよ!」

 シャーリーが九条の右手を抱き抱える。そこにいた九条はまるで別人。元には戻らないんじゃないかと錯覚してしまうほどの激しい憎悪が渦巻き、このままでは九条が何処か遠くへ行ってしまうような気がしたのだ。

「ミアちゃんは大丈夫なんでしょ? ならもういいじゃない」

 ノルディックを殺してしまえば、九条は法により裁かれる。
 プラチナがプラチナを殺すなんて初めてのこと。それがどれほどの罰かは不明だが、最低でも人を殺した罪は償わなければならない。
 相手は王族。全ての責任を九条に押し付けることさえ出来るかもしれないのだ。

(私は……。恐らくバイスだって九条の味方をしてくれるとは思うけど、身内の証言なんて証拠にもならない……)

 そこに残るのは、九条がノルディックを殺したという事実だけ。
 九条は、シャーリーのおかげで冷静になれた。その憎悪が少しだけ和らいだのだ。

(ありがとう、シャーリー。だが、そうじゃないんだ。俺はどうなってもいい。もう今後の事を考えるのも面倒なんだよ……)

 九条がここでノルディックを見逃し、更生するならまだいいが、そんなくだらない博打を打つのもうんざりであった。

(今回だってある程度の疑念を抱きつつも、最善を尽くした。その結果がこれだぞ……。正直言ってギリギリだ。相手だって馬鹿ではない。幾重にも策を弄して来る)

 結果的に九条達が、一枚上手だっただけなのだ。

「ありがとうシャーリー。でも大丈夫だ」

 そこにいるのはいつもの九条。だが、その目は覚悟を決めた者の目だ。
 九条の言葉には何の根拠もなかった。未だ憎悪は内に燃え続けていたのだ。
 手を離したシャーリーの表情は、不安で押しつぶされそうなほど。
 九条は心の中でシャーリーに謝罪した。誰がなんと言おうと結果は変わらない。

(先のことなぞ、後から考えればいい……)

 左肩からはダラダラと血が流れ、それは少しずつ地面に溜まっていく。
 痛みで冷静さを取り戻したノルディックは、既に藻掻くのを諦めていた。
 九条とシャーリーとのやり取りに聞き耳を立て、脱出の糸口を注意深く探り、そしてその内容に違和感を覚えた。

(何故ミアの傷の場所を知っている? ミアは死んだはず……。何故無事だと言い切れるのだ!?)

 その答えは、ダンジョンの内部を知るものにしかわからない。ノルディックは気付いてしまったのだ。九条がこのダンジョンの支配者であるということに。

「九条。貴様ダンジョンの秘密を解いたな?」

「だから?」

「その力、ダンジョンから得たものなのだろう? プラチナの前はカッパーだったのだから」

「違うが?」

「嘘をつけ。それ以外考えられん」

「はぁ。じゃぁ、もうそれでいいよ。どうせ死ぬんだし」

 自分の傷のことなぞ忘れているかの如く、ノルディックは怒号を飛ばし、九条を睨みつける。

「ワシを殺せば、グリンダが黙っちゃいないぞ!」

「いや、それはわからないだろ? 第2王女がお前の復讐の為に俺を殺すとでも?」

「当たり前だ! お前を地獄まで追い詰めるはずだ!」

「ふふふ……」

 それを大真面目に言うノルディックがあまりにも滑稽で、九条は笑いを堪えきれなかった。

「何がおかしい!」

「いやいや、自分で言っておいてもう忘れたのか? 人間は忘れっぽい生き物なんだろ? 時間が解決してくれるんだっけ? ミアにそう言ったじゃないか」

「――ッ!? やはり貴様、ダンジョンを支配しているなッ!」

「答える義理はない。……最後に言っておきたいことはあるか? 心から謝罪すれば許してやるぞ?」

「フン! りたきゃれ! この恨み、地獄で返してやる!」

「いい覚悟だ。だが、残念ながらそれは叶わない」

「――ッ!? 待て! どういう意味……」

 その瞬間、リビングアーマーは自分の首を切り落とした。
 滝のように流れ出る鮮血が白い鎧を赤く染め上げ、落下したノルディックの首が壺を落としたような重低音を響かせたのだ。
 見ていて気分のいいものではないが、九条は特に何も感じなかった。
 金の鬣きんのたてがみや巨大なワームを倒した時のような達成感も。人を殺したという罪悪感も感じない。まるでそれが日常であるかのような感覚。
 敢えて言うならば、害虫を殺した程度の感情しか沸いてこなかったのである。
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