生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第132話 カガリの逃げた先

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 カガリは、ミアに衝撃を与えないよう細心の注意を払いながら、街道を駆けていた。

(もう少しだ……がんばれ……)

 言葉は通じないが、気持ちは伝わっていてほしいと、カガリは切に願っていたのだ。
 そして、プラヘイムの街が正面に見えて来た時、希望は絶望へと変わった。

「てぇーー!!」

 街から大きな号令があがると、城壁から射出されたバリスタと大量の矢。しかし、その全てが地面を抉っただけである。

「てぇーー!!」

 そして、間髪入れずに放たれた2射目は軌道修正され、その狙いの中心は間違いなくカガリであった。
 カガリは、雨のように降り注ぐそれを最小限の動きで躱す。

(何故、街の兵士達が私を狙うのだ!?)

 首には従魔の証たるアイアンプレート。背中には負傷したギルド職員がいる。
 何かの間違いかと疑うカガリであったが、考えている暇はなかった。
 いくらカガリとは言え、ミアを背負いながらの城壁突破は困難を極める。この状況では街中も安全とは限らない。

(ならば、主との合流を優先するまで)

 カガリは街をぐるりと迂回し、ノーザンマウンテンの入口である山の麓まで来ると、その異変に気が付いた。
 森の中からこっそり様子を窺うと、そこにいたのは街で見かけた兵士達。
 暇そうに立っている守衛とはわけが違う。常にピリピリと何かを警戒している様子。

(何故こんなところに……)

 辺りは切り立った崖が続く山道だ。ミアを乗せていてはそれを駆け上ることも不可能。ミアを一時的に森に隠し、その間に兵士たちを蹴散らすことは可能だが、その責任を追及されるのは九条だ。

(くそっ! ……少々遠いが仕方ない……)

 カガリは成すすべなく、王都スタッグへと足を向けた。

 見えてきたのは山間に設けられている関所。その警備は厳重そのもので、蟻1匹通さないと言わんばかり。
 前回通った時とは違い、昼間だと言うのに門が降り、通行手形を持っている商人でさえ追い返されている現状に、カガリは目を疑った。
 急がなければならない気持ちと、自分の行動が読まれているかもしれないという事実に、焦りと苛立ちを隠せなかったのだ。

(ここも迂回せざるを得ぬか……)

 それすらも読まれているのではないかと勘繰ってしまうが、カガリに残された道はそれしかない。
 カガリは南の山を登り、関所の迂回を始めた。

(ミスト領さえ出てしまえば……)

 だが、現実は甘くはなかった。同じ鎧の兵士達が、列を成して山を登って来る。背の高い草木をその槍で薙ぎ倒しながら。

(山狩り……!?)

 徐々に南へと追い込まれていく。

(ミアが私の毛を掴んでさえいれば、こんな包囲網なぞ……。何か……何かあるはずだ……)

 諦めるにはまだ早いと、カガリは打開策を思案するも、焦りがその思考を鈍らせる。
 このままでは、山頂に追い込まれる。その前に九条が来てくれる奇跡でも起きない限り、カガリ達に助かる道は残されていなかった。

(主ならどう動くだろうか……)

 カガリは九条のことを考えていた。九条は出来るだけ戦わないように、穏便に事を済ませて来た。
 それだけの力があるのにも拘らず、決して自らが命を奪うようなことはしなかった。
 バイス達をダンジョンから追い払った時も。王子の使いを名乗る者達を村から追い払った時も。ウルフ狩りからコクセイ達を守った時もだ。
 そしてカガリは、その存在を思い出した。それは九条の管理するダンジョンの事である。

(あそこなら安全やもしれぬ……。ミアをそこへ隠し、私が主を呼び戻しに行けば……)

 カガリが身軽になれば殺さないよう適度に兵士達を蹴散らし、注意を向けさせることも可能なはず。
 兵士達をミアから離すことも出来て一石二鳥。そうと決まれば善は急げだ。

(主のダンジョンが山狩りの捜索範囲に入る前に辿り着かなければ……)

 それを見つけるのは容易であった。九条の匂いが微かに漏れ出ていたからだ。
 カガリは、正規の入口と呼ばれるこちら側から入った事はないが、地下3層に大きな封印の扉と呼ばれるものがあるのは知っていた。
 この土地、この場所は名実ともに九条の物。相手は獣や魔物ではない。人間であれば、断りなく入って来る者はいないはず。
 カガリはそれを信じ、ダンジョンの奥へと入って行った。そこはまるで掃除でもしているのかと思うほど、不自然に綺麗だった。

(だが、今はそんなことどうでもいい。ミアの安全を確保し、一刻も早く主に知らせなければ……)

 暫く進むと、それらしい扉がカガリの前に聳え立っていた。金属故の重厚感。それは巨大な門だ。
 うっすらと光る扉は封印の力の影響であり、それを開けられるのは、九条とダンジョンを管理している108番と呼ばれる怪しい管理人だけ。
 カガリはその前にミアをそっと下ろした。ミアの意識は戻らず、激しい呼吸はやむことなく続いている。
 額には汗が滲み、痛々しく突き刺さる矢の周辺は赤く染まっていた。
 だが、それを抜くことは出来ない。傷口から血が溢れ出てしまえば、カガリには止める手段はないのだ。
 名残惜しそうにミアに頬を寄せたカガリは覚悟を決め、飛ぶような速度で九条の元へと駆け出した。

 ————————————

「行ったか?」

「ああ」

 それを待ちわびていたのは、他でもないノルディックだ。カガリの索敵範囲に入らないよう、マウロのマーキングだけを頼りに追って来ていた。
 ここに逃げ込むだろうことは想定済みであったのだ。そうなるようニールセン公から借りた兵で、追い込んだのだから。

(九条が管理しているダンジョンだ。身を隠すには絶好の場所だろう……)

 ミアは魔物に殺されたという筋書きなのだ。それがダンジョンなら都合がいい。

(九条を呼びに戻ったところで、間に合うまい)

 九条が受けた依頼はダンジョン調査。そこの深さは推定地下30層。早くても攻略までに5日はかかる。
 ノルディックは勝利を確信し、口元を緩めた。

「よし、いくぞ。ニーナ、松明を持て」

「はい」

 3人は馬を降りると、ダンジョン内部へと足を進めた。

 ————————————

「うぅ……ここは……。ぐぅっ!?」

 ひんやりとした床が体温を下げ、ミアはようやく目を覚ました。それはカガリが出て行ってすぐのことだ。
 左肩の強烈な痛み。それに加えて頭痛に激しい倦怠感がミアを襲う。

(ここは何処? なんでこんなところに……。カガリは? おにーちゃんは?)

 ミアは右手だけでなんとか体を起こすと、後ろの扉に寄りかかる。それだけのことに酷く体力を消耗した。
 右手を左肩に回すと何かが自分の体から突き出ているのを感じた。それに触れると激痛が走る。

(――ッ!? ……何かの棒……。矢……かな……)

 ミアはその処置方法をギルドで習っていた。回復魔法をかけながら、引き抜けばいいだけである。
 しかし、それは2人での作業。1人で処置する場合は、まずそれを抜かなければならない。
 ミアは深呼吸して覚悟を決め。それを握った。

「ぐっ! ……あっ……あぁぁぁぁぁ……!!」

 それは抜けなかった。激痛に耐えられず、手を離してしまったからだ。
 僅か10歳の子供にそんなことが出来るはずがない。想像以上の痛みでミアの目からは涙が零れた。

(なんでこんなものが私に……)

 ミアは痛みに耐えながらも、過去の記憶を必死に手繰り寄せた。

(マウロさんが私を……?)

 状況を鑑みればそれが1番可能性が高い。だが、その理由がわからなかった。

(私をここに連れてきたのは誰?)

 そこでミアは気が付いた。

「カガリ!? カガリは!!」

 ミアが矢に射抜かれたのならば、カガリが牙を剥くのは当然だ。相手はプラチナプレートの冒険者。恐らく無事では済まされない。

(ここから出なきゃ……)

 ミアは足に力を入れ、光る扉に寄りかかりながらもなんとか立ち上がった。
 いざ歩き出そうと呼吸を整えると、ダンジョン内に響き渡る足音にミアはハッとした。
 奥の通路から少しずつ明かりが漏れ始めると、見えて来たのは白い鎧の大男。
 ノルディックがミアの姿を確認すると、嬉しそうに悪魔のような笑みを浮かべたのだ。
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